学位論文要旨



No 213665
著者(漢字) 郷田,桃代
著者(英字)
著者(カナ) ゴウタ,モモヨ
標題(和) 都市空間の空隙に関する形態学的研究
標題(洋)
報告番号 213665
報告番号 乙13665
学位授与日 1998.01.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13665号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨

 都市空間の空隙とは、「都市という3次元空間で建物に占められないで残る空間」を意味するもので、建物と非建物という都市空間の物理的な様相の相異のみに着目した概念である。建物が高密度化した都市空間において、空隙の形態は、日照などの都市環境を決定する大きな要因であり、都市景観にも深く関与し、土地活用という社会的、経済的な観点からも重要である。すなわち、都市の様々な局面に多大なる影響を与える空間であり、都市・建築の計画学的な立場からすれば、直接的な研究対象として客観的な評価が求められる範疇にある。

 本研究は、このような空隙に着眼する意義に基づき、都市空間における空隙を対象として分析、モデル化を行なうが、従来の研究が主に定性的な側面に着目していたのに対して、定量的な面を重視した分析手法を提案し、ケーススタディを通してその有効性を検証するものである。

 本論は、序、論文構成、第1章から第7章、APPENDIX、および参考資料からなっている。第1章から第7章は3編に大別され、第1章から第3章は理論編、第4章から第6章は分析編、第7章は総括編として位置付けられる。

 第1章から第3章では、空隙を定量的に把握するための理論を展開する。

 第1章「研究の目的と背景」では、研究の背景、主題と目的、方法、既往研究とその位置付けについて述べる。まず、都市空間の空隙を形態的な観点から捉え、定量的に把握する理論の確立と実践を目的とすること、その方法は1)空隙の定量的把握に関する理論の提示2)分析モデル適用についての方法論の確立3)実際の都市における広域的な空隙の分析に従うことを明示する。既往研究は、形態、密度、配置の3系統に分類して説明されるが、ここでは都市空間における「図」としての建物が計量評価の主たる対象とされ、「地」としての空隙が直接的に計量されることは稀であることを指摘している。そして、既往研究のひとつ「活動等高線論」の平行閉曲線の概念に基いて分析手法を展開し、この理論を都市・建築の計画学へと応用した研究として、本研究を位置付ける。

 第2章「空隙の定量的把握に関する基礎論-近傍モデルの提示-」では、空隙を定量的に把握するための分析モデルの提示に向けて、その基礎的な概念と論理を構築する。はじめに、空隙を「地表面より上部の空間で建物群の補集合」として幾何学的に定義し、建物からの近さによる空隙の性状の違いを仮定して、建物の近傍を措定する。建物の近傍を一般化した点、面、立体の近傍について考察した後、都市空間における建物の近傍を幾何学的に定義した上で、適切な設定方法を検討し、複数の近傍モデルを提示する。近傍モデルという概念は、距離をパラメータとして、空間内における物体が影響を与える周辺の境界を措定するものであり、各々の近傍モデルは距離のとり方が異なるものと捉える。2次元空間では、影響が方位によらず均質な「等方型」と方位に依存して異なる「異方型」、3次元空間では「全球型」「半球型」「円錐型(上方・下方)」の近傍を提示し、また近傍の補集合を用いたモデルも提案する。そして、これらの有効性を確認するために、日影や延焼などの現実の事象を取り上げ、そこに潜在する近傍の考え方を明らかにする。

 第3章「空隙の定量的把握に関する方法論-分析モデルの提示-」では、近傍モデルを展開させ、空隙を定量的に把握するための分析モデルを提示する。近傍モデルの概念を敷衍して、建物からの距離がある範囲内の点の集合を影響圏とし、影響圏よりも外側の空間を離隔圏とする。提示する分析モデルは、距離をパラメータとして影響圏および離隔圏を決定し、その距離による変化を記述することで、複雑な空隙の形態を評価し、定量的な把握を可能にするものである。近傍モデルの意味を勘案して複数の分析モデルを考案し、2次元空間では「等方距離圏」「異方距離圏」「投影距離圏」、3次元空間では「高度別等方距離圏」「高度別投影距離圏」「立体投影距離圏」「開放距離圏」の各モデルを提示する。「等方距離圏モデル」は、等方型近傍に対応し、建物境界からの平面的な距離により影響圏を決定する。すなわち、地表面において建物境界からの距離以下の領域を距離の影響圏と設定する。をパラメータとして、影響圏及び離隔圏の面積や形状が変化するが、これにより建物と空隙の形態的特性を捉える。「異方距離圏モデル」は、異方型近傍に対応し、建物境界からの平面的な距離が方向により重み付けされる。「投影距離圏モデル」は、下方円錐型近傍に対応し、設定角度で建物立面を地表の空隙平面上に投影することにより、投影角度の影響圏を決定するもので、建物境界からの距離がその建物の高さに応じて重み付けされることになる。「高度別等方距離圏モデル」は、地表面とは異なる高度の2次元平面で「等方距離圏モデル」を適用し、各高度を重層的に考察して擬似的に3次元空間の空隙を捉えるもので、「高度別投影距離圏モデル」も同様に考える。「立体投影距離圏モデル」は、下方円錐型近傍に対応し、3次元空間において、空隙に属する点と建物屋上面とを最短で結ぶ線と建物壁面とのなす角度が、建物の屋上面から設定される角度以下となる点の集合を影響圏とする。「開放距離圏モデル」は、上方円錐型近傍の補集合によるもので、建物の屋上水平面から上方に設定された上方円錐型近傍で空隙を二分し、近傍部分の補集合を影響圏とする。各分析モデルの数理的性質は、標準的な建物モデルへの適用により明らかにされる。分析モデルの意義は、距離をパラメータとした空隙の形態的状況の記述にあるが、このことは 1)新たな指標としての可能性2)地域分析ツールとしての可能性3)計画学的な研究への展開の可能性4)空隙の分布状況を詳細に記述する可能性を示すとして、分析の理論を結ぶ。

 第4章から第6章では、分析の理論に基づき、ケーススタディとして東京における空隙の分析を実践する。

 第4章「ケーススタディの方法論-データベースの作成-」では、データベースの作成方法を検討する。データベースは、主に東京都都市計画地図情報システムのデータを利用して作成するため、この既存データの内容を把握した上で、分析上必要なデータの内容を検討し、作成手順を決定する。作成したデータベースは、東京における4km四方の地域3ヶ所を包含し、「建物形状」「土地用途」「建蔽率・容積率」「建物細密画像」「土地用途細密画像」「建蔽率細密画像」「容積率細密画像」の各種データで構成される。

 第5章「ケーススタディの方法論-分析の方法-」では、データベースに分析モデルを適用して、考察を行うための方法とプロセスを検討する。まず、各分析モデルを計算機上で実現するために、データベースの大きさを考慮した合理的なアルゴリズムを考案する。また、適用結果を考察するために、空隙の形態的特性を反映した分析指標とその出力形式について検討する。最後に、ケーススタディ全体の分析手順を分析のフローチャートとして提示し、分析モデル適用の方法論を確定する。

 第6章「東京における空隙の形態分析」では、ケーススタディの結果と考察を示す。分析のスケールは、地域単位を4km四方としたスケールIと、2km四方としたスケールIIの二つで、それぞれ西部(渋谷周辺)、中心部(銀座周辺)、東部(江東周辺)の3ヶ所を対象地域として設定する。スケールIでは、広域的に空隙の分布状況を捉えることを目的とし、等方距離圏モデルの適用結果とその土地用途を考察する。等方距離圏モデルでは、各距離における領域の画像データや離隔距離の等値線図を観察して空隙の分布状況を捉えるとともに、地域の空隙規模を示す最大離隔距離や最大空円の径、距離と領域面積の関係を示すデータとグラフを用いて、定量的に地域の比較分析を行う。スケールIの分析では、最大離隔距離や空隙の分布様態あるいは距離と領域面積の関係について、中心部の傾向が他地域と異なることなどが明らかにされた。スケールIIでは、様々な角度からやや局所的に空隙の状況を捉える目的とし、全分析モデルを適用し考察する。どの分析モデルも、等方距離圏モデルと同等の出力に基づいて考察するが、高度別のモデルでは高度による変化を捉え、また立体投影距離圏モデルと開放距離圏モデルでは、各距離における空隙高度の等高線図および空隙のアクソメ図や断面図を観察して、3次元空間における空隙の分布状況を捉えるとともに、距離と影響圏の面積、体積、平均高度との関係を示すグラフを用いて考察する。スケールIIの分析では、全般的に各分析モデルの差異がその適用結果に反映され、分析モデルによって中心部の傾向が顕著に異なることなどが明らかにされた。最後に分析を総括して、東京における空隙の状況を描出するともに、その考察により分析モデルの有効性をある程度実証できたとしている。

 第7章「総括と展望」では、本研究の意義や問題点、今後の展望を総括する。本研究の最大の意義は、1)空隙を定量的に把握するための概念と理論を構築し、複数の分析モデルとして提示したこと2)東京という高密度な地域における広域を対象として、空隙の分析を実践したことの2点であり、どちらも本研究の独創性を示すものである。また、本研究の特徴は、空隙を一義的に評価することではなく、空隙を評価するための分析手法を用意したことにあり、これは他の研究との連携により空隙の評価手法として展開する可能性を示している。

 尚、APPENDIXはIからVよりなっているが、それぞれ第1章から第7章の理論的な展開を補完するものであり、参考資料には、分析データ集、プログラム集、文献リストを集めている。

審査要旨

 本論文は都市空間における空隙の分布の様態を形態学的な視点から調査・分析したものである。研究対象の空隙は「都市という3次元空間において建物に占められないで残る空間」として定義される。従来の都市論においては建物が『図』で、その残余としての空隙は『地』として扱われてきた。しかし、稠密化した現代の都市空間において空隙は、単に土地の有効活用という社会的、経済的な要請のみならず、都市環境や都市景観の形成にも深く関与し、より積極的な意味付けの下で計画論に組み込まれるべきものであるとの認識が生じている。本論文は都市・建築の計画学的な立場から、空隙そのものを研究対象とし、その現状分析とモデル化を通して都市空間の評価方法を確立しようとするものである。従来の研究が主に定性的な側面に着目していたのに対して、本研究は定量的な面を重視した分析手法のいくつかを提示し、そのケーススタディを通して空間モデルとしての有効性を検証している。

 論文は、7章から成り、巻末にAPPENDIXと参考資料が付けられている。

 第1章は、研究の背景、目的、方法に関する記述と既往研究の概説で、本研究を平行閉曲線の概念に基づく分析手法を発展させた理論であると位置づけている。

 第2章は、空隙の定義と近傍概念の措定である。近傍は等方型近傍と異方型近傍に大別される。都市空間への適用を前提として、等方型近傍として全球型近傍モデルを、異方型近傍として半球型近傍モデルと円錐型近傍モデルを提案している。

 第3章は近傍モデルに基づく都市空間の分析モデルの提示である。建物がその周囲に場を形成すると仮定した場合、建物からある距離以内を影響圏とし、その外側を離隔圏とする。近傍概念に対応した距離に基づき影響圏と離隔圏が決定されるが、2次元空間のモデルとして「等方距離圏モデル」、「異方距離圏モデル」、「投影距離圏モデル」を、3次元空間のモデルとして「高度別等方距離圏モデル」、「高度別投影距離圏モデル」、「立体投影距離圏モデル」、「開放距離圏モデル」を提案している。

 第4章はケーススタディで使用するデータベースの作成方法に関する記述である。データベースは、主に東京都都市計画地図情報システムのデータを利用して作成しているが、その内容と作成手順について解説している。

 第5章は前記データベースに基づく分析手法の提案で、データベースの大きさを考慮した合理的なアルゴリズムと分析指標に関する説明である。

 第6章は東京の3地域(東部、中心部、西部)に対する分析結果と考察である。分析対象地域として4km四方のスケールIと、2km四方のスケールIIの二つを設定している。スケールIは、広域的な空隙の分布状況を捉えることを目的とするもので、等方距離圏モデルの適用結果とその土地用途の考察から、中心部の傾向が他地域と異なることなどを明らかにしている。また、スケールIIは、様々な角度から局所的に空隙の状況を捉えることを目的としているが、全ての分析モデルを適用することにより3次元空間における空隙の分布状況を捉え、その空間特性を明らかにしている。最後に分析の総括として、東京における空隙の状況を描出するともに、分析モデルの有効性を検証している。

 第7章は本研究の意義や問題点の整理と、今後の展望である。本研究の意義として、空隙を定量的に把握するための概念と理論を構築し、複数の分析モデルを提示したことと、および、東京という高密度な地域を対象として、空隙の分析を実践したことを挙げている。また、本研究の特徴として空隙を評価するための複数の分析手法を提案したことを挙げ、他研究との連携により空隙の評価手法として展開する可能性を示し得たとしている。

 APPENDIXのI〜Vは、第1章から第7章の理論的な展開を補完するもので、また、参考資料は分析データ集、プログラム集、文献リストである。

 以上要するに、本論文は現代の都市空間を空隙という視点から捉え、その近傍概念をモデル化することにより新しい空間概念を提示したもので、現代都市論として極めて独創的なものである。従来の都市論が感性的な判断を根拠としていたのに対し、本論文は数理的な手続きに基づき都市空間の特性を分析したもので、新たな都市像を描くことの可能性を実証的に示したものとして高く評価できる。これは建築計画学、都市計画学の分野に新たな視点を導入するもので、その意義は極めて大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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