学位論文要旨



No 213666
著者(漢字) 古川,修
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,ヨシミ
標題(和) 非線形四輪操舵及び直接ヨーモーメント制御による車両運動性能向上の研究
標題(洋)
報告番号 213666
報告番号 乙13666
学位授与日 1998.01.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13666号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大野,進一
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 助教授 須田,義大
内容要旨

 予防安全性をより高めることを目指して、四輪操舵による車両の運動性能の向上に関する研究の進展は目覚しいものがある。四輪操舵システムの基本効果としては、高速走行時に後輪を前輪に対して同方向に操舵し、操舵に対する横加速度の位相遅れを減少させて、ドライバー車両としての閉ループ系の制御性能を向上させることである。この基本原理をもとに意図する操舵応答特性を実現するための制御アルゴリズムがこれまでに各種提案されている。また実用的な四輪操舵の効果としては低速走行時に後輪を前輪と逆方向に操舵して、取り回しを向上させることがあげられる。この低速走行時の取り回し向上と高速走行時の運動性能向上を両立させることを目標とした制御アルゴリズムが各種提案されており、実用化されているものもある。

 本研究では、舵角応動型4WSをまずとりあげ、その後輪を前輪に対して非線形に操舵制御するアルゴリズムの妥当性を前半部で検討している。閉ループ系として望ましい操舵に対するヨー角速度応答と横加速度応答の検討と、高い横加速度を伴う旋回状態での操舵応答の解析モデルから、横加速度応答の位相遅れを減少させるために後輪を前輪と常に同方向に操舵しているとヨー角速度応答のゲインが低下し、位相遅れも増大して好ましくないことが明らかになった。この観点から、直進に近い走行条件では後輪を前輪と同方向に操舵し、高い横加速度を伴う旋回状態では後輪を前輪と逆方向に操舵する基本制御概念を導いた。その条件を簡単な機構で実現する実用的な四輪操舵制御アルゴリズムとしてハンドル角が小さいときには後輪を前輪と同方向に操舵し、ハンドル角が大きくなるにつれて前後輪操舵比を徐々に減少させて、大きなハンドル操舵に対しては後輪を前輪と逆方向に操舵する、非線形な操舵制御アルゴリズムを提案した。この制御アルゴリズムによって、高い横加速度の旋回状態でも操舵に対する横加速度とヨー角速度の応答を望ましい特性に維持できることを、車両の非線形運動解析モデルから定量的に確認できた。

 しかし、今回提案している四輪操舵の非線形制御アルゴリズムでも、旋回横加速度が高くなり前後輪のタイヤ横滑り角が大きくなってくると、タイヤ横力が飽和するので後輪を操舵する効果があまり見られなくなってくる。そこで、この四輪操舵の限界を補償するためにタイヤの制動力・駆動力の左右輪差として直接ヨーモーメントを制御することが有効ではないかと考えられる。最近車両の限界運動性能を向上させることを目的とした直接ヨーモーメント制御アルゴリズムが各種提案されている。しかし、限界運動性能向上を目指した直接ヨーモーメントの制御系設計は非線形運動を対象としているので、理論的な取り扱いは容易ではない。非線形運動に対してロバスト制御理論を適用した試みはよく見られるが、これはタイヤ横力の飽和特性の情報を車両運動特性のパラメータ変動という単純な情報に集約して制御系設計を行うことになるので、タイヤの力学特性の情報を有効活用しているとはいえない。

 本研究ではタイヤの非線形力学特性に基づいて制御入力が決定するプロセスを取り入れるという新しい概念の制御系を提案している。まず、タイヤと路面間の摩擦係数と車体横滑り角の情報が容易に得られるという仮定でタイヤの力学モデルを内蔵して、意図した車両運動へスライディング面を用いて収束させる制御アルゴリズムを検討した。緊急回避行動を想定した制動を伴う車線変更の計算機シミュレーションを行い、4WSだけの場合や従来提案されている荷重比例型直接ヨーモーメント制御と比較して、本提案の直接ヨーモーメント制御を4WSへ付加することによって、車両の限界運動性能が向上する効果が著しいことが確認できた。

 さらに、より実用的な制御アルゴリズムとして、タイヤと路面間の摩擦係数及び車体横滑り角の情報が容易には得られないという条件で、車体横滑り角をタイヤ力学モデルから擬似的に推定する新しい制御概念のアルゴリズムを提案した。この制御アルゴリズムによって、摩擦係数の推定値はある程度大きい値にあらかじめ設定しておけば、実際の摩擦係数が異なっても車両の限界走行時の操舵応答特性を安定して好ましい特性に維持できることが確認できた。

 また、本提案の直接ヨーモーメント制御アルゴリズムを通常の二輪操舵の車両へ適用した場合にも、大幅な限界運動性能の向上がみられることを明らかにした。

審査要旨

 古川修提出の論文は、「非線形四輪操舵及び直接ヨーモーメント制御による車両運動性能向上の研究」と題し、5章より構成されている。

 第1章は「序論」と題し、操縦性・安定性の研究の歴史的な流れを述べ、その上に立って、本研究の目的と本論文の構成を述べている。

 第2章は、「後輪を前輪に対して非線形に操舵する4WSアルゴリズム」と題し、次のように述べている。

 四輪操舵システムの基本効果は、高速走行時に後輪を前輪に対して同方向に操舵し、操舵に対する横加速度の位相遅れを減少させて、ドライバー車両としての閉ループ系の制御性能を向上させることである。この基本原理をもとに意図する操舵応答特性を実現するための制御アルゴリズムがこれまでに各種提案されている。また実用的な四輪操舵の効果としては低速走行時に後輪を前輪と逆方向に操舵して、取り回しを向上させることがあげられる。この低速走行時の取り回し向上と高速走行時の運動性能向上を両立させることを目標とした制御アルゴリズムが各種提案されており、実用化されているものもある。

 本研究では、舵角応動型4WSをまずとりあげ、後輪を前輪に対して非線形に操舵制御するアルゴリズムの妥当性を前半部で検討している。閉ループ系として望ましい操舵に対するヨー角速度応答と横加速度応答の検討と、高い横加速度を伴う旋回状態での操舵応答の検討から、横加速度応答の位相遅れを減少させるために後輪を前輪と常に同方向に操舵しているとヨー角速度応答のゲインが低下し、位相遅れも増大して好ましくないことが明らかになった。この観点から、直進に近い走行条件では後輪を前輪と同方向に操舵し、高い横加速度を伴う旋回状態では後輪を前輪と逆方向に操舵する基本制御概念を導いた。その条件を簡単な機構で実現する実用的な四輪操舵制御アルゴリズムとしてハンドル角が小さいときには後輪を前輪と同方向に操舵し、ハンドル角が大きくなるにつれて前後輪操舵比を徐々に減少させて、大きなハンドル操舵に対しては後輪を前輪と逆方向に操舵する、非線形な操舵制御アルゴリズムを提案した。この制御アルゴリズムによって、高い横加速度の旋回状態でも操舵に対する横加速度とヨー角速度の応答を望ましい特性に維持できることを、車両の非線形運動解析モデルから定量的に確認できた。

 第3章は、「タイヤの非線形力学モデルを内蔵した4WSとDYCの協調制御アルゴリズム」と題し、次のように述べている。

 今回提案している四輪操舵の非線形制御アルゴリズムでも、旋回横加速度が高くなり前後輪のタイヤ横滑り角が大きくなってくると、タイヤ横力が飽和するので後輪を操舵する効果があまり見られなくなってくる。そこで、この四輪操舵の限界を補償するためにタイヤの制動力・駆動力の左右輪差として直接ヨーモーメントを制御することが有効ではないかと考えられる。最近車両の限界運動性能を向上させることを目的とした直接ヨーモーメント制御アルゴリズムが各種提案されている。しかし、限界運動性能向上を目指した直接ヨーモーメントの制御系設計は非線形運動を対象としているので、理論的な取り扱いは容易ではない。非線形運動に対してロバスト制御理論を適用した試みはよく見られるが、これはタイヤ横力の飽和特性の情報を車両運動特性のパラメータ変動という単純な情報に集約して制御系設計を行うことになるので、タイヤの力学特性の情報を有効活用しているとはいえない。

 本研究ではタイヤの非線形力学特性に基づいて制御入力が決定するプロセスを取り入れるという新しい概念の制御系を提案している。まず、タイヤと路面間の摩擦係数と車体横滑り角の情報が容易に得られるという仮定でタイヤの力学モデルを内蔵して、意図した車両運動へスライディング面を用いて収束させる制御アルゴリズムを検討した。緊急回避行動を想定した制動を伴う車線変更の計算機シミュレーションを行い、4WSだけの場合や従来提案されている荷重比例型直接ヨーモーメント制御と比較して、本提案の直接ヨーモーメント制御を4WSへ付加することによって、車両の限界運動性能が向上する効果が著しいことが確認できた。

 さらに、より実用的な制御アルゴリズムとして、タイヤと路面間の摩擦係数及び車体横滑り角の情報が容易には得られないという条件で、車体横滑り角をタイヤ力学モデルから擬似的に推定する新しい制御概念のアルゴリズムを提案した。この制御アルゴリズムによって、摩擦係数の推定値はある程度大きい値にあらかじめ設定しておけば、実際の摩擦係数が異なっても車両の限界走行時の操舵応答特性を安定して好ましい特性に維持できることが確認できた。

 第4章は、「2WS車へのDYC制御アルゴリズムの適用」と題し、第3章で提案した直接ヨーモーメント制御アルゴリズムを通常の二輪操舵の車両へ適用した場合にも、大幅な限界運動性能の向上がみられることを明らかにしている。

 第5章は「結論」と題し、本研究の結果をまとめて示している。

 以上を要するに本論文は、車両運動性能の向上を目的として、高い横加速度の旋回状態でも操舵に対する横加速度とヨー角速度の応答を望ましい特性に維持できる四輪操舵の非線形な操舵アルゴリズムを提案し、更にタイヤの非線形力学特性に基づいて制御入力が決定されるという直接ヨーモーメント制御アルゴリズムを提案しており、工学上寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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