1971年のILO(The International Labour Organization)海事総会において、「船内船員設備その他の作業区域における有害な騒音の規制に関する勧告(第141号)」が採択され、各国政府に船内騒音の規制を行う制度を設けるように勧告された。日本においても乗組員の作業環境および居住性の見地から騒音低減の問題がとり上げられ、1975年7月に3,000総トン以上の外航船に対して、船主団体と全日本海員組合との間で船内騒音防止のための「騒音に関する覚え書き」が締結され、騒音規制値が設定されている。さらに、IMO(International Maritime Organization)では、騒音規制に関する国際的な共通の枠組みを設定することを目的に、1980年10月に"The Code on Noise Levels in Ships"が策定され、その規制騒音レベルは、居室で60dB(A)、機関室で75dB(A)となっており、各国の規制の標準的なものとなっている。1974年に(社)日本造船学会のP37居住区騒音特別委員会で実施した船内騒音レベルの計測結果では、規制を満たす騒音レベル60dB(A)以下の居室は、40,000載荷重量トン未満の船舶の上甲板第三層以下の居室の半数以下であり、騒音低減対策の研究が急務であることを示している。 さらに、200海里にも及ぶ経済水域の海洋調査が実施されており、そこではソーナーを始めとする各種音響機器が用いられている。この海洋調査では、母船に搭載されている推進用機関および補助機関の振動に起因する水中放射音が問題となり、水中への放射音の極力少ない船が必要となってきている。しかし、水中音に関する研究は軍事機密に属すためか、これに関する報告が非常に少ないのが現状である。 本論文は、宇宙船打ち上げ時の高周波数域の音響加振による宇宙船の疲労破壊を究明するために考えられたSEA法(Statistical Energy Analysis)を船舶の居住区騒音および水中放射音の予測に適用するために実施した研究をとりまとめたもので、その内容はモーダルデンシティ算出法、騒音分布の一様でない大きなまたは長い空間の取り扱い方法、居室内装材の取り扱い方法、接水平板の固有振動数およびモーダルデンシティ算出法、水中音放射率の求め方などであり、実験結果との比較検討も行っている。 SEA法のパラメーターの一つであるモーダルデンシティの計算において、従来の方法は存在しないモード形まで計算の対象に含めていたので、この修正を行った。対象が平板の場合は周囲長さ/面積の値の影響が、空気要素(部屋)の場合は全表面積/体積および全稜長/体積の値の影響が低周波数になるほど大きくなり、低周波数ほどこれらの影響を無視できないことを明らかにし、この影響を考慮したモーダルデンシティの修正計算式を得た。この修正計算式を用い、SEA法適用限界のモード数を10程度とすると、補強材で囲まれた標準的な大きさの鋼板および標準的な大きさの居室では適用下限が1オクターブ中心周波数で250Hzとなる。なお適用上限周波数は、鋼板の剪断変形を無視できる周波数から求められるが、10%の誤差を許すと1オクターブ中心周波数で8kHzとなる。 次に、船舶居住区画には、縦横比の大きな通路や面積の大きな部屋があり、ここでは騒音分布が一様ではない。しかし、これらの空間を一つのSEA要素に割り当てると均一な騒音レベル結果となり、実際と異なる結果となる。そこで、このような空間内の場所により騒音レベルが異なる現象を計算で求められるようにするため、エネルギ透過率100%の仮想壁の考え方を導入し、その効果を確認した。 また、居住区画内の騒音、振動を求めるには、船体前部はその影響を考慮出来ればよく、水中放射音を求める場合は居住区画の影響を考慮して船体外板の振動分布が求められればよい。そこで、隣接するSEA要素の影響を取り込んだ等価要素を得る方法を提案し、この方法を用いると、解くべきSEA方程式の数を大幅に減らすことができることを示した。 さらに、水中放射音の予測を可能にするため、接水平板のモード数算出法、水中音放射率について検討を行い、振動モードの同一性を利用して、空気中で振動しているモードと同じモードで振動している接水平板には〔空気中の曲げ波の波長/〕×水の密度の質量が付着しているものと考えて良いことを導きだし、実験モード解析による結果と比較して、その妥当性を確認すると共に、空気中の振動数と接水振動数の関係を明らかにし、接水平板のモード数を求める方法を得た。 また、実験により接水平板の水中音放射率を求め、Maidanikの式による結果と比較して、Maidanikの式は接水平板には適用できないことを確認し、実験結果を基に平板の寸法、材料定数から水中音放射率を得る実験式を求めた。この実験式による計算結果は、実験結果と比較して±5dBの差の範囲に収まっており、ほぼ実用的な精度である。 水中音の計算は、接水効果を考慮して船体外板の振動レベルを求めた後、これに水中音放射率を乗じて船体外板各部の水中音放射パワーレベルを求めて水中音計算の音源とし、さらに音源を十分に点音源と見なせる大きさに分割した後、各点音源からの音圧を距離減衰の式を適用して求め、これを重ね合わせる方法を採用することとした。 以上に述べた結果を織り込んだ電子計算機プログラムを作成し、この計算結果と実物大居住区モデルでの計測結果および実船計測結果と比較を行った。実物大居住区モデルでは計算結果と計測結果の差は±2dB以内で、実船での比較では空気音は計測値に対して計算値は±3dB以内に約70%が、±5dB以内では約90%、固体音(振動)では±3dB以内に約58%が、±5dB以内では約80%という結果を得た。ついで水中音に関しても小型鋼船の実験結果と計算結果の比較を行い、計測結果と計算結果の差は船体外板の振動レベルで±5dB程度、水中音で±3dB程度であることを確認した。以上から、SEA法が船舶の居住区騒音および水中音予測に適用可能であるとしている。 最後に、船体に貼付型制振鋼板(サンドイッチタイプ)および制振合金を船体構造に適用した場合の検討を実験と計算によりおこない、貼付型制振鋼板は剛性値、質量が等価な平板を考え、損失係数に実測値を用いればよく、制振合金の場合は損失係数にのみ実測値を用いれば、それ以外は鋼の値を用いれば、SEA法をそのまま適用できることを示している。 以上 |