内容要旨 | | 本研究は,近年,科学技術の発達にともなってその用途が増大している金属繊維の製造技術とその応用の発展を目指し,新しい金属繊維の製造技術の提案と,その工業化のための諸技術,装置の開発を目的としている.論文は序論,総括を含め7章より構成されている. 第1章「序論」においては,本研究の背景を成す諸技術,諸研究について概観し,本研究の意義,目的について述べている.すなわち,まず,他の繊維基材と比較して,耐熱性,焼結性,電気伝導性等の金属繊維の持つ特徴と利点,およびそれを生かした工業材料研究開発の現状と可能性について述べている.さらに,これまでに研究開発が行われている金属繊維の製造技術を調査し,各種製法の概略,特徴および工学的な重要性について比較検討し,現在工業的に行われている各種金属繊維製造法にはそれぞれ適応材種,繊維品質,製造コスト等において欠点,限界があり,これらを克服した新しい製造技術が必要であることを結論付けている. 新しい製造技術となる可能性を有する方法として,薄板コイル材切削法を取上げ,この方法が優れた製造技術となる可能性を持ちながら,実際に用いられていない原因を予備実験的に検討し,切削時の薄板溶着現象により,一本一本分離した良好な品質の金属繊維が得られない事がその大きな理由であることを確認した. 第2章「各種金属のコイル材切削法における繊維溶着現象」においては,序論において予備的に検討したコイル材切削時の繊維溶着現象を,金属繊維として用いられる可能性のある各種金属を用いて詳細に検討した.さらに,この溶着現象を引き起こす要因について考察,実験的に検討,その結果に基ずいて溶着回避法の検討を行った. その結果,材種によって繊維相互の溶着率は大きく異なり,銅で26%,黄銅で18%であるが,純アルミニウム,ステンレス鋼(SUS304,SUS430)では45%と大きくなる.溶着率は工具すくい角の影響を大きく受け,すくい角を大きくすると溶着率は減少するものの,すくい角が過大になりすぎると工具刃先の急速摩耗やびびりが発生し易くなる.この刃先の急速摩耗やびびりの生じない範囲で最も溶着率の低い条件としては銅,黄銅で35°,アルミニウムで45°,ステンレス鋼では30°であることが確認された.また,溶着現象は切削時の板厚方向への幅広がり拘束による圧縮応力下での,切削熱による被削材の温度上昇で生じる新生面の金属接合現象である.この金属接合現象すなわち薄板相互の溶着を回避するため,低温切削,油膜介在による切削等を試みたが,金属繊維として主要な材種であるステンレス鋼繊維の製造では僅かな溶着低減効果しか得られないこと,プラスチック等の固体分離膜を金属薄板層間に介在させることにより溶着は回避可能である等の結論を得た. 第3章「湯溶性樹脂被覆コイル材切削法の提案」は本研究の最も重要な研究内容を含む章である.前章において,繊維溶着を回避する方法として最も有効であると考えられたプラスチック分離膜を介在させる方法により繊維製造を試みた結果,金属薄板とプラスチックフィルムとの機械的特性の相違により,コイル材の緊密な巻き付けが困難となり,薄板層間に空隙が発生,切削時の薄板のむしれ状の変形およびコイル材外周部へのめくれ現象が発生し,粉末状切りくずの生成,切削された繊維のめくれ部への巻付きが発生し,連続した金属繊維製造に重大な障害の発生することが確認された. この問題点を解決するため,分離膜と同一の物質を金属薄板表面にコーティングする樹脂被覆コイル材切削法の提案を行った。この提案した方法において,適切な分離膜材の検討,さらに,ステンレス鋼を始めとする各種金属にこの方法を適用し,切削条件の検討および製造された繊維の換算直径,強度,表面性状等の特性の検討を行った.その結果,分離膜材として湯溶性樹脂であるポリビニルアルコールを用い,皮膜厚さ15mで繊維の溶着を充分に回避出来ること,湯溶性樹脂を用いる事により,水溶性切削油剤の劣化も無く,また温水洗浄により樹脂の除去も容易であること,溶着率は被覆なしで43%であるのに対し,本方法で8%まで低減できること,換算直径は送り量5m/revの場合,板厚0.1mmで50m,板厚0.03mmで30m,さらに板厚0.01mmを用いることにより換算直径14mの細径繊維が製造可能であり,板厚と送り量を設定することにより14mから100mの範囲で任意の繊維径が得られること,また,この方法はニッケル,パーマロイ,チタン等多くの材種に適応可能である事等が確認された. 第4章「コイル材切削法による異種材複合繊維の製造」では,溶着防止法として検討した,コイル材切削法における固体分離膜を介在させる手法,およびコーティング等の表面処理を行う手法を,溶着防止法としてではなくこれを異種複合繊維およびそれを利用した繊維成形体の製造に活用した研究を行っている.すなわち,薄板材に異種材がコーティングまたはラミネートされたコイル材あるいは樹脂と金属が積層されたコイル材を切削することによって,異材種複合金属繊維,樹脂複合金属繊維の製造実験を行い,さらに,異種材または樹脂の低融点を利用した繊維多孔質体の製造を試みた.また,同様の手法を用いて樹脂射出成形用の金属繊維混入ペレットの製造を試みた.いずれの場合においても本研究における手法が有効であることが確認された. 第5章「コイル材切削法による金属繊維製造装置の開発」では、第3章で提案し,その有効性を確認した湯溶性樹脂をコーティングするコイル材切削法を工業的生産に使用可能にするための諸装置の開発研究について述べている.まず,コイル材に溶着防止のためのポリビニルアルコール樹脂を塗付する樹脂被覆装置,この被覆コイル材の端面を切削して繊維とする繊維切削装置,切削された繊維に残存する樹脂を洗浄除去する洗浄装置を設計試作し,その基本的性能について調査した.さらに,金属繊維を各種の応用に用いる際の基本的形態である不織布の製造装置について検討を行い,その開発試作を行った。 その結果,本方法による金属繊維の製造装置である樹脂被覆装置では樹脂の供給量を調整するドクターブレードのクリアランス,コーティングロールの速度と被覆材の巻取り速度により,皮膜厚さを5〜30mの厚さに任意に塗布できること,繊維切削装置ではバックラッシュの少ない主軸回転機構とし,工具の送りは主軸回転機構とは独立させることにより安定した5〜40m/revの工具送りが可能である事,また,繊維径に応じた板厚を用いることにより,1時間当たり5kg〜20kgの繊維生産が可能であり,洗浄装置では75℃の温水を10l/minで供給し,洗浄時間20秒で塗布皮膜の97%が除去されていることが確認された.また,これらの装置は実生産に充分対応できる能力を持っていること,また,不織布製造装置においては,繊維製造時の加工硬化等により折損し易い本方法による金属繊維に適した製造装置であり,目付量のバラツキは幅1mの不織布で幅方向,長さ方向共に±5%以下である均一な不織布が製造できる事が確認された. 第6章「応用製品の開発」は,コイル材切削法により製造された各材種の金属繊維の応用の状況について述べている.まず,本方法による金属繊維が,これまでの代表的な金属繊維である集束伸線法によるステンレス鋼繊維の加工形態である撚糸,織布および前述の不織布に加工可能である事を確認し,したがって,基本的に従来の広範囲な応用において,代替使用が始まっている状況について述べた. 次に,個々のあるいは特色ある応用について説明し,まず,現在数量的に最も多く用いられている二輪および四輪自動車用の耐熱消音材としてのマフラーへの適用,新しい応用として開発された厨房用のフィルタ,石油精製用コアレッサ,石油輸送パイプのサーモコンダクター,各種油水分離フィルタ,樹脂押出し用のポリマフィルタ等について述べた.次に本方法が有効に適用できる耐熱ステンレス鋼繊維の応用に関して,排気ガスの高温化に伴う自動車マフラへの応用,新しい燃焼器具として注目されている面燃焼バーナへの応用,ジェットエンジンテストルーム用高耐熱防音壁への応用等について述べた.さらに,非鉄金属繊維の応用として銅,黄銅繊維の自動車用ブレーキパッドの補強材への応用,アルミニウム繊維のクリーンルームのフィルタへの応用,チタン繊維,ジルコニウム繊維のCO2固定装置,オゾン発生装置の電極材等への応用についても説明した. 第7章は「総括」として,本研究のまとめと今後の展望について述べた。特に,今後の展望としては,コイル材切削法のより一層の発展のために,本技術に関し必要な研究項目を詳細に挙げ,本論文において検討し得た事柄と,今後の研究に残された課題とを明確にした。さらに,残された課題に対しての研究方向を検討することによって,今後の発展のための指針を示した. |