位相シフト干渉計測法は、干渉計の干渉縞を光の波長の数十分の一以下の精度で読み取る精密計測法として、物体形状の計測などに広く使われている。現状では、縦分解能が波長の十分の一から百分の一、ダイナミックレンジが5000程度である。ところが最近、紫外から軟X線領域の光学が盛んになり、ナノメートルオーダーの測定分解能が要求されるようになった。また、非球面レンズなどの発達により、球面からの形状偏差がミリメートルを超える光学素子の計測が要求され、ダイナミックレンジの拡大も重要な課題となっている。 これまでの干渉計測では、基準となる平面の精度が測定誤差の最大の要因であった。しかし、最近の超精密平面加工の進歩により、可視光の波長の百分の一以下の精度の平面を得ることが可能になってきた。この結果、誤差の要因として、干渉縞に高調波成分が含まれ正弦波から歪むことによる誤差、位相変調量の誤差、位相変調に伴う信号振幅の変動、などの系統的誤差が測定精度を決める主要因となるに至った。これまでもこのような系統誤差を補償する縞解析法が考案されてきたが、本論文の著者は、従来法をはるかに超える高い補償能力をもつ縞解析法を発見し、干渉計の測定精度の向上に成功した。 本論文は5章からなる。 第1章は序論であり、従来の位相シフト干渉計測法の問題点が指摘され、本研究の位置づけが述べられている。 第2章「誤差補償干渉縞解析法」では、著者の考案による新しい縞解析法が詳述される。 著者は、系統誤差を、干渉縞歪誤差と位相変調誤差に分け、縞解析法を次の3つに分類する。第1のグループは、1974年にBruningにより導入されたフーリエ解析法であり、干渉縞歪誤差を補償することができる。第2のグループは、干渉縞歪誤差に加えて位相変調誤差を補償する縞解析法であり、90年代初めより研究が盛んになってきている。第3のグループは、1994年に著者によって最初の例が導かれた解析法で、第2のグループの補償能力に加え、干渉縞歪誤差と位相変調誤差の積の項も同時に補償する方法である。フィゾー干渉計のような多光束干渉計では、干渉縞の高調波成分は小さくはなく、2つの誤差の積の項まで補償することが有効である。 著者はこれら3つの方法を、理論解析やランダムな雑音が混入した場合の数値実験を使って比較検討し、次のような評価を得た。フーリエ解析法はランダム雑音があっても安定で優れた方法であり、広く使われているが、位相変調誤差の補償能力はない。第2のグループの方法は、位相変調誤差の補償は可能であるが、ランダム雑音に対する安定性に問題があり、サンプル点数を多くするとランダム誤差のためかえって精度が落ちるという欠点がある。これに対し、著者の考案による方法では、サンプル点数は増えるが、ランダム雑音に対する安定性は格段に改善される。 第3章「誤差補償縞解析法を用いたロンキー干渉計」では、前章で導入された方法をロンキー干渉計に応用し、特に干渉計のダイナミックレンジの拡大を図っている。ロンキー干渉計は大口径の反射鏡など非球面度の大きな物体の形状測定に良く用いられるが、この干渉計は多光束干渉となるため、画面の端でコントラストが低下するなどいくつかの欠点を有する。この問題を解決するため、正弦波格子を試作し、高調波成分を抑えるとともに、誤差補償縞解析法を適用することにより、従来法に比べ誤差を1/6程度に低減でき、ダイナミックレンジを6倍に改善できた。 第4章「回折型光波干渉計による位相測定法」の第1節では、色分散がない干渉計である二重回折格子干渉計の改良法について述べている。この干渉計では、回折格子の精度がそのまま干渉計の位相の読取精度に効いてくるため、従来の機械的に作られた回折格子を用いたのでは精度に限界がある。この限界を超えるため、著者は2つの球面波を干渉させたときに生じる双曲線格子を利用することを試みた。レーザー光を用いると、高精度の双曲線格子を比較的容易に製作することができる。ただし、直線格子ではない分、波面に収差が生じる。著者は2つの異なる双曲線格子を組み合わせることにより、収差を補正することを試み、実用的な解を見いだした。この設計に基づき実際に実験を行い、従来法より数倍精度の高い干渉計を実現した。 第4章第2節では、ホログラフィ干渉計に用いる計算機ホログラムの製作法に関するもので、拡大された原画像プロッターで描写し、写真縮小する方法の改善法が述べられている。 第5章は結論に当てられている。 以上を要するに、本論文は、成熟した技術であると考えられていた位相シフト干渉計の縞解析法に、系統的誤差を補償する新しい方法を提案し、その有効性を実証したものである。加工精度が向上し、ナノメートルオーダーの計測法が日常的に要求される中で、取り扱いの容易なレーザー干渉計測法の更なる高精度化に貢献した業績は高く評価される。よって本論文は物理工学に対し寄与するところ大であり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |