学位論文要旨



No 213672
著者(漢字) 吉田,伊知朗
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,イチロウ
標題(和) AlGaInP赤色レーザの研究
標題(洋)
報告番号 213672
報告番号 乙13672
学位授与日 1998.01.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13672号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 助教授 小田,克郎
内容要旨

 1996年秋にデジタルビデオディスク(DVD)の実用化が始まったが、これには、650nmで発振するAlGalnP赤色半導体レーザが用いられている。AlGalnP赤色レーザについて、以下の研究を行った。

 このレーザのクラッドにはAlGalnPが用いられる。また、GalnP活性層を用いて普通に作ったレーザの波長は670nm程度であり短い波長のレーザを作製するためには活性層にAlを加えることが考えられる。ところがAlGalnPの結晶成長時には、Alと酸素に起因すると思われる非発光再結合中心が結晶に取り込まれやすい。このため、AlGalnPの光学特性は悪化しやすい。

 これを改善するための問題点の1つは光学特性の指標として用いられるフォトルミネッセンス強度の測定の精度と定量性が低いことである。フォトルミネッセンス強度は測定系に依存し、また、相対的な強度すらも励起強度に依存する。すなわち2つのサンプル:A,Bのフォトルミネッセンス強度を比べたときに、弱励起ではサンプルAの強度が強いが強励起ではサンプルBの強度が強い、ということがありうる。

 単一準位を仮定したレート方程式をとくことにより、フォトルミネッセンス強度の励起強度依存性を解析したところ、通常の測定条件においては、フォトルミネッセンス強度が励起強度の何乗に比例するかというパラメータが、測定系に依存しにくい指標になることがわかった。

 図1に、Al/(Al+Ga)を0から、0.3まで増やして700℃で成長した場合、および、Al/(Al+Ga)を0.2に固定して成長温度を700℃から760℃まで高めた場合の、フォトルミネッセンス波長とを示す。Al組成を増やすと波長は短くなるがが大きくなっていることから結晶性が悪化していることがわかる。一方、組成を固定して成長温度を高めると波長が短くなりかつ、が小さくなっており結晶性が向上していることがわかる。なお、組成が同じであるのに波長が変化するのは、成長温度を高めることによって自然超格子の形成が妨げられたためと考えられる。

図1 AlGalnPダブルヘテロ構造の室温フォトルミネッセンス波長と

 レーザの波長を短くする別の方法は、面方位が(100)から傾いた基板を用いることである。面方位が傾いていると自然超格子が形成されにくくなり短波長化することが知られていた。ところがその場合、ビーム形状がゆがみ、また、チップ側面が傾くためチップのハンドリングがむずかしくなってしまうという問題があった。(100),(511),(311)面の各基板に、AlGalnPを成長し、そのフォトルミネッセンス波長を調べた。その結果、図2に示すように、760℃という高温で成長することにより(100)基板でも面方位を傾けた場合同様、短波長にできることがわかった。

図2 成長温度を変えたときの室温フォトルミネッセンス波長の基板面方位依存性

 半導体レーザの活性層に歪の加わる組成の材料を用いることでレーザ特性を改善できる可能性があることが知られていた。ただし、歪が加わると転移が発生して結晶性が損なわれる可能性がある。

 図3に、歪量を-0.7%から+0.65%まで変えた100Åの歪量子井戸の液体ヘリウム温度(4.2K)でのフォトルミネッセンスを示す。すべての歪量において、鋭く、無歪の層からと同程度の強度のピークが観測され、高品質な歪量子井戸が形成されていることがわかる。このデータおよび、同様にして作成したほかのサンプルからのフォトルミネッセンスエネルギーを歪量の関数としてプロットしたものを、図4に示す。圧縮歪側、引っ張り歪側共、ほぼ直線に乗っており、転位で緩和することなく弾性的に歪んでいることを示唆している。フォトルミネッセンスエネルギーの歪量依存性が異なっているのは、引っ張り歪側ではlight holeが発光に寄与し、圧縮歪側ではheavy holeが発光に寄与するためである。

図3 歪量子井戸の低温フォトルミネッセンススペクトル図4 歪量子井戸の低温フォトルミネッセンスエネルギーの歪量依存性

 我々は歪量子井戸構造をこの材料系のレーザに初めて適用した。図5に、Ga0.43ln0.57P歪多重量子井戸レーザ(圧縮歪0.65%)の電流-光出力特性を温度を変えて測定したものを示す。それまでのGalnPレーザの最高発振温度は100℃程度であったのに、このレーザは150℃でも発振した。また、それまでのGalnPレーザのしきい値は最も低いものでも20mA程度であったが、共振器長を160mと短くした歪多重量子井戸レーザのしきい値は13.9mAというはるかに低い値を示した。

図5 GalnP歪多重量子井戸レーザの電流-光出力特性

 活性層にAlGalnP歪量子井戸層を用いることにより発振波長の短波長化を試み、He-Neガスレーザ(632.8nm)とほぼ同等の波長(632.7nm)で発振するデバイスを得た。図6に電流-光出力特性と発振スペクトルを示す。これは(100)基板を用いたものとしては、それまでで最も短い波長で室温連続発振するデバイスであった。

図6 AlGalnP歪多重量子井戸レーザの電流-光出力特性と発振スペクトル

 歪量子井戸レーザの優れた特性の応用として、ダブルビームレーザを試作した。たとえばレーザプリンタにダブルビームレーザを用いると印字速度を2倍にすることができる。図7に断面模式図を示す。それまではこのように共通の活性層とPクラッド層を持つダブルビームレーザは電流のクロストークが大きすぎて使えないと信じられていたが、このレーザではPクラッドのAlGalnPのドープ量を高くするのが難しく抵抗が高いこともあり、電流のクロストークは問題にならなかった。また、温度特性が優れているため熱クロストークも最小限に抑えられた。

図7 ダブルビームレーザの断面模式図(ビーム間隔15m)

 図8にそれぞれのビーム、そして両ビームを同時に点灯したときの電流-光出力特性を示す。2つのビームの特性はほぼ同一である。この特性から見積もったクロストークは、点灯時6mW出力で非点灯時にバイアス電流を流した場合約3%と実用レベル(5%以下)であった。

図8 ダブルビームレーザの電流-光出力特性

 以上、

 (1)AlGalnP結晶の光学特性を評価する簡便で定量的な手法を開発し、その評価手法を利用して優れたAlGalnP結晶成長技術を開発した。

 (2)その結晶成長技術を利用して、(Al)GalnP歪量子井戸構造レーザを作製し、低しきい値、低電流動作、安定した温度特性、短波長発振などの優れた特性がえられることを示した。

 (3)歪量子井戸レーザの低電流動作、優れた温度特性を生かす応用例として、ダブルビームレーザを作製し、実用レベルの低クロストークが得られることを示した。

審査要旨

 1996年秋にデジタルビデオディスクの実用化が開始されたが、これには、650nmで発振するAlGaInP赤色半導体レーザが用いられている。1982年にレーザの発振現象が報告されてから約15年の歳月を経て本格的な実用化が始まった。当時、既にAlGaInPレーザ技術は実用段階にあったが、赤色レーザの実用化に長期間を要したのは、レーザの高性能化のために高品質AlGaInPの結晶成長など多くの問題の解決が必要だったためである。本論文はAlGaInP結晶成長技術の開発や歪量子井戸構造の適用等、AlGaInP赤色レーザの高性能化について論じたものである。

 論文は全5章から成っている。

 第1章は序論であり、AlGaInP赤色レーザの歴史とその技術的背景について論じ、本論文の目的と構成について述べている。

 第2章は、AlGaInP、GaInPの結晶成長と評価について論じている。本系レーザのクラッド層にはAlGaInPが用いられている。またGaInP活性層を用いて作成したレーザの波長は670nm程度であり、更に短い波長のレーザを作製するためには活性層にAlGaInPを用いることが考えられる。AlGaInPの結晶成長時には、Alと酸素に起因する非発光再結合中心が結晶に取り込まれやすく、このため、AlGaInPの光学特性は劣化しやすいという問題があった。

 これを改善するための問題点の1つとしえ著者は、光学特性の指標として用いられるフォトルミネッセンス強度の測定の精度と定量性が低いことであると指摘している。フォトルミネッセンス強度は測定系に依存し、また相対的な強度すらも励起強度に依存している。すなわち2つのサンプル、A、Bのフォトルミネッセンス強度を比べたときに、弱励起ではサンプルAの強度が強いが強励起ではサンプルBの強度が強いということがありうるのである。

 著者は、単一準位を仮定したレート方程式をとくことにより、フォトルミネッセンス強度の励起強度依存性を解析し、通常の測定条件においては、フォトルミネッセンス強度の励起強度依存性の何乗に比例するかというパラメータが測定系に依存しにくい指標になることを示し、これを用いて高品質AlGaInPの成長に成功している。

 レーザの波長を短くする別の方法に、面方位が(100)面から傾いた基板を用いる方法がある。面方位が傾いていると自然超格子が形成されにくくなり、レーザが短波長化することが知られている。(100),(511),(311)面の各基板に、AlGaInPを成長し、そのフォトルミネッセンス波長を調べ、高温で成長させることにより(100)基板でも面方位を傾けた場合同様、短波長にできることを示している。

 一方、活性層に歪を与え得る組成の材料を用いてレーザ特性を改善できる可能性があることが知られていた。しかし、歪が加わると転位が発生して結晶性が損なわれる可能性がある。そこで著者は歪量を-0.7%から+0.65%まで変えた100Åの厚さの歪量子井戸を作成し、液体ヘリウム温度でのフォトルミネッセンスを測定した結果、鋭く、無歪の層からと同程度の強度のピークを観測し、高品質な歪量子井戸の形成に成功している。

 第3章では、歪量子井戸構造のレーザについて述べている。著者らは歪量子井戸構造のAlGaInP赤色レーザを始めて作成した。従来のGaInPレーザの最高発振温度は100℃程度であったが、著者らの歪井戸レーザは150℃でも発振した。GaInPレーザのしきい値は最も低いもので20mA程度であったが、共振器長を160mと短くした歪多重量子井戸レーザのしきい値は13.9mAという低い値を示した。また活性層にAlGaInP歪量子井戸層を用いることにより発振波長の短波長化を試み、He-Neガスレーザ(632.8nm)とほぼ同等の波長(632.7nm)で発振するデバイスを得ている。

 第4章では、歪量子井戸レーザの応用として、ダブルビームレーザについて論じている。レーザプリンタや光ディスクにダブルビームレーザを用いると印字速度やデータ転送速度を2倍にすることができる。著者らはAlGaInPレーザに適した構造とプロセスを提案し試作した。歪量子井戸レーザは温度特性が優れているため、約3%と実用レベルの低クロストーク特性が得られている。

 第5章は総括である。結晶成長、低しきい値化、短波長化などの技術はほぼ見極めがついており、今後の重要課題は、低雑音化とダブルビームあるいは3つ以上のビームを持つマルチビームレーザの実用化であると述べている。

 以上を要するに、本論文は、AlGaInPの結晶成長技術の開発により高品質な結晶を得、またフォトルミネッセンス解析手法を提案し、高品質AlGaInPと歪量子井戸を用いたAlGaInp赤色レーザ特性について詳細に論じ、低しきい値、低電流動作、短波長発振等の優れた特性を実現したものであり、材料工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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