1996年秋にデジタルビデオディスク(DVD)の実用化が始まったが、これには、650nmで発振するAlGalnP赤色半導体レーザが用いられている。AlGalnP赤色レーザについて、以下の研究を行った。 このレーザのクラッドにはAlGalnPが用いられる。また、GalnP活性層を用いて普通に作ったレーザの波長は670nm程度であり短い波長のレーザを作製するためには活性層にAlを加えることが考えられる。ところがAlGalnPの結晶成長時には、Alと酸素に起因すると思われる非発光再結合中心が結晶に取り込まれやすい。このため、AlGalnPの光学特性は悪化しやすい。 これを改善するための問題点の1つは光学特性の指標として用いられるフォトルミネッセンス強度の測定の精度と定量性が低いことである。フォトルミネッセンス強度は測定系に依存し、また、相対的な強度すらも励起強度に依存する。すなわち2つのサンプル:A,Bのフォトルミネッセンス強度を比べたときに、弱励起ではサンプルAの強度が強いが強励起ではサンプルBの強度が強い、ということがありうる。 単一準位を仮定したレート方程式をとくことにより、フォトルミネッセンス強度の励起強度依存性を解析したところ、通常の測定条件においては、フォトルミネッセンス強度が励起強度の何乗に比例するかというパラメータが、測定系に依存しにくい指標になることがわかった。 図1に、Al/(Al+Ga)を0から、0.3まで増やして700℃で成長した場合、および、Al/(Al+Ga)を0.2に固定して成長温度を700℃から760℃まで高めた場合の、フォトルミネッセンス波長とを示す。Al組成を増やすと波長は短くなるがが大きくなっていることから結晶性が悪化していることがわかる。一方、組成を固定して成長温度を高めると波長が短くなりかつ、が小さくなっており結晶性が向上していることがわかる。なお、組成が同じであるのに波長が変化するのは、成長温度を高めることによって自然超格子の形成が妨げられたためと考えられる。 図1 AlGalnPダブルヘテロ構造の室温フォトルミネッセンス波長と レーザの波長を短くする別の方法は、面方位が(100)から傾いた基板を用いることである。面方位が傾いていると自然超格子が形成されにくくなり短波長化することが知られていた。ところがその場合、ビーム形状がゆがみ、また、チップ側面が傾くためチップのハンドリングがむずかしくなってしまうという問題があった。(100),(511),(311)面の各基板に、AlGalnPを成長し、そのフォトルミネッセンス波長を調べた。その結果、図2に示すように、760℃という高温で成長することにより(100)基板でも面方位を傾けた場合同様、短波長にできることがわかった。 図2 成長温度を変えたときの室温フォトルミネッセンス波長の基板面方位依存性 半導体レーザの活性層に歪の加わる組成の材料を用いることでレーザ特性を改善できる可能性があることが知られていた。ただし、歪が加わると転移が発生して結晶性が損なわれる可能性がある。 図3に、歪量を-0.7%から+0.65%まで変えた100Åの歪量子井戸の液体ヘリウム温度(4.2K)でのフォトルミネッセンスを示す。すべての歪量において、鋭く、無歪の層からと同程度の強度のピークが観測され、高品質な歪量子井戸が形成されていることがわかる。このデータおよび、同様にして作成したほかのサンプルからのフォトルミネッセンスエネルギーを歪量の関数としてプロットしたものを、図4に示す。圧縮歪側、引っ張り歪側共、ほぼ直線に乗っており、転位で緩和することなく弾性的に歪んでいることを示唆している。フォトルミネッセンスエネルギーの歪量依存性が異なっているのは、引っ張り歪側ではlight holeが発光に寄与し、圧縮歪側ではheavy holeが発光に寄与するためである。 図3 歪量子井戸の低温フォトルミネッセンススペクトル図4 歪量子井戸の低温フォトルミネッセンスエネルギーの歪量依存性 我々は歪量子井戸構造をこの材料系のレーザに初めて適用した。図5に、Ga0.43ln0.57P歪多重量子井戸レーザ(圧縮歪0.65%)の電流-光出力特性を温度を変えて測定したものを示す。それまでのGalnPレーザの最高発振温度は100℃程度であったのに、このレーザは150℃でも発振した。また、それまでのGalnPレーザのしきい値は最も低いものでも20mA程度であったが、共振器長を160mと短くした歪多重量子井戸レーザのしきい値は13.9mAというはるかに低い値を示した。 図5 GalnP歪多重量子井戸レーザの電流-光出力特性 活性層にAlGalnP歪量子井戸層を用いることにより発振波長の短波長化を試み、He-Neガスレーザ(632.8nm)とほぼ同等の波長(632.7nm)で発振するデバイスを得た。図6に電流-光出力特性と発振スペクトルを示す。これは(100)基板を用いたものとしては、それまでで最も短い波長で室温連続発振するデバイスであった。 図6 AlGalnP歪多重量子井戸レーザの電流-光出力特性と発振スペクトル 歪量子井戸レーザの優れた特性の応用として、ダブルビームレーザを試作した。たとえばレーザプリンタにダブルビームレーザを用いると印字速度を2倍にすることができる。図7に断面模式図を示す。それまではこのように共通の活性層とPクラッド層を持つダブルビームレーザは電流のクロストークが大きすぎて使えないと信じられていたが、このレーザではPクラッドのAlGalnPのドープ量を高くするのが難しく抵抗が高いこともあり、電流のクロストークは問題にならなかった。また、温度特性が優れているため熱クロストークも最小限に抑えられた。 図7 ダブルビームレーザの断面模式図(ビーム間隔15m) 図8にそれぞれのビーム、そして両ビームを同時に点灯したときの電流-光出力特性を示す。2つのビームの特性はほぼ同一である。この特性から見積もったクロストークは、点灯時6mW出力で非点灯時にバイアス電流を流した場合約3%と実用レベル(5%以下)であった。 図8 ダブルビームレーザの電流-光出力特性 以上、 (1)AlGalnP結晶の光学特性を評価する簡便で定量的な手法を開発し、その評価手法を利用して優れたAlGalnP結晶成長技術を開発した。 (2)その結晶成長技術を利用して、(Al)GalnP歪量子井戸構造レーザを作製し、低しきい値、低電流動作、安定した温度特性、短波長発振などの優れた特性がえられることを示した。 (3)歪量子井戸レーザの低電流動作、優れた温度特性を生かす応用例として、ダブルビームレーザを作製し、実用レベルの低クロストークが得られることを示した。 |