学位論文要旨



No 213673
著者(漢字) 三神,武
著者(英字)
著者(カナ) ミカミ,タケシ
標題(和) 界面重合法マイクロカプセルに関連するO/Wエマルジョンの安定性と生成
標題(洋)
報告番号 213673
報告番号 乙13673
学位授与日 1998.01.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13673号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 橋本,和仁
内容要旨

 界面重合法マイクロカプセルは、近年様々な分野に応用されその技術の進歩はめざましいものがある。その応用の一つとして、筆者は電子写真用のトナーにこの技術を展開し、界面重合法マイクロカプセルトナーを発明した。このマイクロカプセルトナーは、芯が主に磁性粒子のような顔料と定着性成分で構成され、その周りを界面重合膜で覆われた直径が約10m弱の微粉末である。省エネを狙い、熱ではなく圧力で定着させるトナーである。界面重合法マイクロカプセルトナーは、芯を構成する磁性粒子含有油性物質にモノマーを含ませ、これを異種のモノマーを含む水性媒体中に乳化し、油滴界面で界面重合反応を進めて作製される。従ってこのO/W型エマルションの生成過程がマイクロカプセルトナーの粒子サイズを制御する重要な過程である。またトナーとしての特性を付与するために、界面重合法マイクロカプセルトナーの粒子表面を湿式法で化学修飾する必要がある。筆者は、このトナーの[1]粒子サイズ制御方法の確立を目的に界面反応性モノマーや磁性粒子を油相に含むO/W型エマルションの速度論的安定性をモデル系で研究した。[2]粒子表面の湿式化学修飾の可能性見極めを目的に、界面反応性モノマーとの反応を利用した化学修飾の可能性を研究した。またこのトナーは狭粒子サイズ分布が望まれるので、[3]新規に創出した均一粒子サイズ分布乳化法の基礎として液滴の分裂過程の研究も行った。

[1]粒子サイズ制御方法の確立

 [1.1] O/W型エマルションの油相内に溶解している炭素官能型3官能イソシアネートと水/ジエチレントリアミンとの界面反応で生成した界面重合膜は、力学的な反発力でエマルションを安定化(合一停止までの時間の短縮化)する。材料要因/工程要因の影響を調べ、粒子サイズの設計空間を定量的に把握したが、この設計空間では、界面重合膜の生成量でO/W型エマルションの安定性を記述できることが分かった。この中で興味のある材料起因の研究結果は次の通りである。

 ・ Si官能型3官能イソシアネートは加水分解してNH3を発生するが、これをO/W型エマルションの油相内で炭素官能型3官能イソシアネートと併用すると、顕著に合一停止までの時間を短縮出来ることが分かった。油滴界面で効率よく炭素官能型3官能イソシアネートにNH3が供給されるからと思われる。図.1に炭素官能型3官能イソシアネートにSi官能型多官能イソシアネートを併用した効果を示す。縦軸のtsatは、安定性評価がスタートしてからエマルションの粒子サイズの成長が止まるまでの時間であり、横軸のm0は、安定性評価スタート時のmで、mはエマルションの粒子サイズに相当するパラメーターで、mが大の程粒子サイズが小さくなるパラメーターである。Si官能型の多官能イソシアネートは(CH3)nSi(NCO)4-nであり、a,b,c,dの順にn=3,2,1,0に対応するものを炭素官能型3官能イソシアネートと共に油相に含ませ、エマルションの安定性を評価した。

図.1 エマルションの安定性に及ぼす炭素官能型3官能イソシアネートとSi官能型多官能イソシアネートの併用効果

 この結果から分かる様に、nが小さい程、tsatが短い。これはnが小さい程、(CH3)nSi(NCO)4-nの加水分解速度が大きい順番と一致していることは興味深い。

 ・ 油相の極性が、炭素官能型3官能イソシアネートの反応率に影響することが分かった。油相がDBPとDBP/流動パラフイン混合液の場合の炭素官能型3官能イソシアネートの反応率を測定した結果を、図.2に示す。DBPに流動パラフィン(LP)を混合すると安定性評価がスタートしてからエマルションの粒子サイズの成長が止まるまでの時間tsatが短くなり、これは炭素官能型3官能イソシアネートの反応率の向上と対応している。油相が比較的極性の大きいDBPでは相対的に膨潤した界面重合膜が生成し、DBPに流動パラフインを混合して極性を下げると緻密な界面重合膜が生成するらしい。

図.2炭素官能型3官能イソシアネートの反応率及びmの時間変化

 ・ 乳化剤であるAOTは、添加量によっては界面重合膜の生成を阻害する。界面反応性モノマーやプレポリマーの界面への移行が阻害されるのであろう。

 [1.2] 磁性微粒子を油相に分散して含むO/W型のエマルションにおいて、磁性微粒子の磁気的引力がエマルションの安定性に影響を及ぼし不安定化させることが分かった。油滴の合一への影響を実質的に無くすためには、油滴の表面に吸着して厚い吸着層を形成しうる高分子乳化剤[例えばPVA]を使うのが有効である。

[2]粒子の表面修飾の可能性確認

 ・ 油相内の炭素官能型3官能イソシアネートの働きで安定化したO/W型エマルションにおいて、油滴の界面に存在している未反応のイソシアネート基に、n-プロピルアミンを反応させ得る事が分かった。このことは、本発明のマイクロカプセルトナー表面を、表面処理を目的とした材料[一官能アミン]で湿式修飾出来ることを示している。

[3]新規な均一粒子乳化法のアイデア創出とその可能性見極め

 ・ 真っ直ぐな毛細管が集積した膜に疎粒子サイズのO/W型エマルションを通過させ、流動/停止を繰り返して油滴を細分化し粒子サイズを均一化するという新しい膜乳化装置のアイデアを創出したが、このアイデアの可能性を見極めるため次ぎのようなモデル実験を実施した。毛細管の中で相溶しない液体でかこまれた長い液柱をつくり、これを静置すると界面にキャピラリー波が発生し粒子サイズが揃った液滴に分裂することを明らかにした。この過程を理論的に解析するとともに実験的に理論を証明し、上記アイデアの可能性を確かめる事が出来た。

審査要旨

 電子写真(Xerography)用のトナーは、画像情報の最終的価値を決定する高分子複合機能材料であり、高性能化、高機能化を目指し技術改良、革新が続けられている。現在上市されているトナーの殆どは溶融混練粉砕法で作製され、複写機やプリンター内で用紙上に画像形成された後、熱ローラー等で熱定着される。近年、地球環境保全の要請から複写機やプリンターの省エネルギーの必要性が高まっている。そこでトナーをより低温で定着するために、主材料であるポリマーの低Tg化や低分子量化が研究されてきたが、粉体流動性や粉体保存性が悪化し、溶融混練粉砕法で作製されるトナー材料の改善ではエネルギー消費の低減に限界があった。そこで、論文提出者は、圧力定着による省エネルギーを狙い、界面重合法マイクロカプセル技術を電子写真用トナーに展開した界面重合法マイクロカプセルトナーを発明した。まず(1)トナー材料/作製条件とトナー構造との関連を詳細に検討し、平均粒子サイズ制御技術を確立した。又(2)界面反応性モノマーの機能を調べ、トナーの帯電性付与にとって重要な粒子表面修飾の可能性を新規に見出した。さらに、(3)トナーの粒子サイズ分布を溶融混練粉砕法よりも狭くすること狙った膜乳化デバイスのアイデアを創出し、細長い液柱の細分化過程を解析してその可能性を実証した。

 (1)においては、トナーの平均粒子サイズを決定するO/W型エマルションの平均粒子サイズが、炭素官能型イソシアネートと水或いはジエチレントリアミンとの界面反応で生成する界面重合膜の厚みと密度で記述出来ることを明らかにした。さらに、Si官能型イソシアネートを併用して水との反応でO/W界面にアンモニアを生成し、これにより界面重合膜の厚みと密度を制御出来ること、即ちO/W型エマルションの平均粒子サイズを制御出来ることを示した。また油相の極性でも同じくO/W型エマルションの平均粒子サイズを制御出来ることを明らかにした。一方、乳化剤であるAOTは、添加量がある値以上では、界面重合膜の生成が阻害されることも示した。さらに、黒色磁性粒子を油相に含むO/W型エマルションにおいて、磁気的引力が平均粒子サイズに及ぼす影響を理論的に解析し、PVAのような高分子乳化剤を使用すれば、この影響を実質的に無くせることを明らかにした。(2)では、界面重合膜で安定化したO/W型エマルションにおいて、油滴の界面に残存している未反応イソシアネート基にn-プロピルアミンを反応させ得ることが分かった。これにより本発明のマイクロカプセルトナーの表面を、一官能アミン基を有する各種の水溶性化合物で湿式表面処理出来る可能性が明らかになった。(3)においては、均一粒子サイズのエマルションを作製出来る新規な膜乳化装置のアイデアを創出し、毛細管の中での液柱の細分化過程を理論的かつ実験的に解析することにより、その可能性を実証した。

 本研究の結果、界面重合法マイクロカプセルトナーは、複写機やプリンターの省エネルギーを狙った圧力定着用トナーとして開発が期待出来るトナーであることが明らかとなった。つまり、本発明の界面重合法マイクロカプセルトナーの系は、界面反応を伴う材料や磁気的吸引力を伴う材料で構成され、作製過程で必須の材料形態であるO/W型エマルションの速度論的安定性の視点からみるとかなり扱いにくい材料を内包している。従って、そもそも粒子作製が可能なのか、粒子表面の化学修飾が可能なのかといった懸念が潜在していた。それにもかかわらずこれらの懸念を一掃出来たことは、本発明の実現に向けての大きな進歩である。さらに従来の溶融混練粉砕法トナーを凌駕しうる狭粒子サイズ分布化の可能性を示したことは、新規な機能を本発明の界面重合法マイクロカプセルトナーに付与出来る可能性を示唆したものである。

 つまり、論文提出者の研究により、新規に発明した界面重合法マイクロカプセルトナーの(1)粒子サイズ制御技術が確立され、また(2)粒子の湿式表面修飾の可能性が実証され、さらに(3)均一粒子サイズ乳化の可能性も示された。このように、この研究により、界面重合法マイクロカプセルトナーの研究が大幅に進展し、該トナーが電子写真用の圧力定着トナーとしてのポテンシャルを有することが明確になった。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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