1950年代以降、世界的規模の活発な研究開発により発見された抗生物質により、細菌性感染症のほとんどが制圧されるに至っている。しかしながら近年、これら抗生物質の濫用によって出現した薬剤耐性菌、なかでもとくに高い耐性度を示すグラム陽性菌のメチシリン耐性黄色ブドウ状球菌(MRSA)が臨床の場において深刻な問題となってきた。一方、平素は無害な弱病原性微生物による感染症(日和見感染症)が近年大きな問題となりつつある。日和見感染症は、1)免疫不全症や悪性腫瘍等の疾病または免疫抑制剤や抗炎症剤の投与による免疫機能の低下、2)抗生物質投与による共生菌の抑制から生じる菌交代現象、および3)医療機関内における院内感染などが原因とされる。また、日和見感染症の多くを占める真菌症に対して有効な薬剤は、amphotericin Bをはじめとするポリエン系抗真菌剤もしくはアゾール系合成抗真菌剤に限られているのが現状である。
このような背景の下に本研究では、土壌微生物を対象として新規抗MRSA物質ならびに抗真菌物質の探索を行った。その結果、新規抗MRSA化合物としてYM-47515を、また新規抗真菌化合物としてYM-47522、YM-47524、YM47525およびYM-170320を単離・構造決定することができた。さらに天然物とその誘導体について活性の評価を行い、医薬としての可能性を検討した。その概要は以下の通りである。
1.抗MRSA薬の探索 水溶性アミノ配糖体抗生物質を産生するMicromonospora属放線菌が、極めて稀にしか脂溶性抗生物質を産生しないことに着目し、該当する243菌株について抗MRSA活性を調べた結果、gentamicin生産性の1菌種に顕著な活性を認めた。そこで、本菌株を大量に培養し、培養液の酢酸エチル抽出液から、遠心液々分配および逆相シリカゲルを用いたクロマトグラフィーにより順次精製し、新規抗MRSA抗生物質YM-47515(1)を単離した。
本物質は、各種機器分析の結果、分子式C17H29NO4[HRFABMS:m/z334.1990(M+Na+)]の、天然物には珍しいイソシアノ基(Vmax2140cm-1)を含む脂肪酸と推定された。平面構造は主に2次元NMRの解析により決定されたが、エポキシ基を含む官能基の位置と相対立体配置については、同時に単離した分解物2の構造および既知類縁化合物aerocyanidinとのスペクトルデータの比較から推定した。
ペーパーディスク法による活性の評価を行ったところ、本化合物はグラム陽性菌、とりわけMRSAを含む黄色ブドウ状球菌Staphylococcus aureusに対して強力かつ特異的な抗菌活性を示すことが判明した。一方、YM-47515の分解物2は、YM-47515(1)に比して弱いながらも抗菌活性を示したが、S.aureusに対する特異性は見られなかった。
2.抗真菌薬の探索 作用機作の異なる新規抗真菌物質の発見を目的として、次の3種のスクリーニングを行い、新規抗真菌化合物の発見を試みた。
1)抗Rhodotorula acuta物質 薬剤高感受性酵母Rhodotorula acutaに対する抗真菌活性を指標に、2万種におよぶ土壌微生物をスクリーニングしたところ、Bacillus属細菌に著しい活性を認めたので、活性物質の単離・構造決定を行った。すなわち、大量培養して得た培養液をDiaion HP-20で分画後、活性画分を遠心液々分配と逆相シリカゲルを用いたクロマトグラフィーにより順次精製し、新規抗真菌物質YM-47522(3)を単離した。
本物質は、スペクトルデータから分子式C24H33NO4で、共役二重結合、ベンゼン環を含むことが推定された。2次元NMRを詳細に解析した結果、本化合物はケイ皮酸がエステル結合した直鎖アルケニルアミドと判明した。さらに、3をアルカリ加水分解後、2,2-dimethoxypropane処理して得たアセトニド4のNMRスペクトル解析から、相対立体配置を推定した。なお、本化合物の絶対立体配置は、Ermolenkoらの全合成によって決定された。
YM-47522(3)は、Candida属、Cryptococcus属およびRhodotorula属酵母に対して増殖阻害活性を示したが、糸状菌、細菌に対しては不活性であった。興味深いことに、Rhodotorula属酵母に対して特に強力な抗真菌活性を示した(MIC0.05〜0.1g/mL)。なお、L1210マウス白血病細胞に対する細胞毒性も認められた(IC500.41g/mL)。一方、YM-47522(3)をマウスCandida感染症モデルを用いて評価したところ、有意な薬効は認められなかった。そこで、3に含まれるケイ皮酸残基に着目し、微生物変換により調製した各種誘導体(5-11)について活性の評価を行ったが、いずれの誘導体についても活性の改善は見られなかった。
2)抗Candida物質 Candida albicansに対して顕著な抗真菌活性を示した未同定真菌株の培養液酢酸エチル抽出物を、シリカゲルクロマトグラフィーおよびヘキサンからの再結晶により順次分画後、最終的に逆相HPLCによって精製した結果、2つの新規抗真菌物質YM-47524(12)およびYM-47525(13)を単離することができた。
これら化合物は、2次元NMRを含むNMRとHREIMSスペクトルの解析により、trichothecene骨格を有する類縁体と推定された。さらに2次元NMRを詳細に解析した結果、いずれも環状trichothecene骨格より成る平面構造を有することが判明した。さらに、ROESYスペクトルの解析、およびroridin A等の既知類縁化合物とのNMRデータの比較により、両化合物の相対立体配置を推定した。
YM-47524(12)とYM-47525(13)ともに、MIC6.25g/mLでC.albicansの成長を特異的に阻害した。一方、両化合物ともL1210マウス白血病細胞に対して極めて強い細胞毒性を示した(IC500.002g/mL以下)。
3)エルゴステロール合成阻害作用を有する抗真菌物質 真菌類に特有な細胞膜成分エルゴステロールの合成阻害剤存在下、集落形態変化を起こすCandida tropicalis変異株を用いて抗真菌物質の探索を行った結果、未同定真菌株培養抽出液に顕著な活性を認めた。そこで本菌株を大量に固体寒天培養し、培養菌体のアセトン抽出物を、遠心液々分配クロマトグラフィー、逆相HPLCにより順次精製し、新規抗真菌物質YM-170320(14)を単離した。
本物質の分子式はC37H62N4O9で、NMRデータからペプチド性化合物と推定された。さらに2次元NMRを詳細に解析した結果、異常アミノ酸3残基と不飽和脂肪酸を含む平面構造を明らかにできたが、立体構造は未定のままである。
YM-170320(14)は、C.tropicalis変異株に対して100g/mLの濃度で集落形態変化を誘起したが、明確な抗真菌活性を示さなかった。
以上、本研究で得たYM-47515(1)をはじめとする5種の新規抗生物質は、現在問題となっている病原菌に対して特異性に優れた抗菌活性を示し、新しい抗菌、抗真菌剤として有望である。さらに、YM-47522(3)は、新規骨格を有する抗真菌化合物で、作用機作の解明を含め今後の展開が期待される。これらの知見は、特異性に優れたアッセイ系を用いれば土壌微生物からも新規有用抗生物質を発見する可能性が大きいことを示すものである。