内容要旨 | | ササゲ(Vigna unguiculata(L.)Walp.)は耐旱性の強いマメ科作物である。このため,降雨量が少なく,かつ土壌が脊痩なサヴァンナ気候帯において,子実は食生活を支えるタンパク源として,また,茎葉は飼料として重視されている。世界の総生産量は200万トンを越えるものと推定され,主産國はサブサハラ諸国とブラジルである。サヴァンナ気候帯では耐旱性が強いササゲと言えども,旱ばつにより著しく減収する頻度は高い。したがって,ササゲの耐旱性を向上させることは,サブサハラ発展途上國の,食糧生産の増大と安定化を図る上で極めて重要である。 本研究は,ササゲの耐旱性向上のための育種を支援するため,耐旱性評価方法を確立し,適切な交配親を特定するとともに,耐旱性の機作を明らかにするために行われた。実験は,ナイジェリアの国際熱帯農業研究所(IITA)カノー支所および,つくば市の国際農林水産業研究センターにおいて行われた。 1.カノーの気象資源の測定と水資源量の推定 西アフリカのササゲの主産地に位置するカノー(北緯12.0度,東経8.3度)の気象資源とその有効利用の方策,特に現在は全く行われていない乾季におけるササゲの栽培の可能性を探るため,1990年〜91年の2ケ年にわたり,気象資源と水資源の季節的分布を調査した。 (1)年間降雨量は両年で著しく異なり,旱ばつ年の90年では522mm,91年では965mmであった。日射量は,ササゲの作期となる6月〜9月では,つくば市の1.4倍,乾季では,2.0倍にも達することが判った。そのため,光という気象資源を有効に利用するためには,乾季の水資源の確保と有効利用が重要であると考えられた。 (2)そこで,乾季の播種後14週目の裸地に残留する,圃場1m2当たりの有効土壌水分を土層別に推定した。それらは,根圏が地表下120cmの場合には19kg,180cmの場合には57kgであり,これらの水から期待しうるササゲの子実収量はそれぞれ,0.5t/ha,1.4t/haとなることが判った。このことから,深根性のササゲ系統の特定または育成が,この地域における気象および水資源の有効利用の基本であることが確認された。 2.耐旱性の評価方法と極強系統の特定 耐旱性育種を進める上で最も重要なことは,可能な限り広範な遺伝資源から,抵抗性系統を効率的に選抜する手法を確立することである。ササゲの耐旱性育種では,これが確立されていないため,交配親が特定されていなかった。そこで,本研究では,まず耐旱性の評価方法を開発しつつ極強の遺伝資源を特定しようとした。 (1)第1の評価方法は,降雨が全く無い乾季の圃場を利用する方法である。すなわち,供試系統を超密植に栽植し,数ケ月後に枯死状況と生育量とを観察して5段階評価を行うというものである。この方法は省力的であり,3反復を設けても10aの圃場で約1,400系統を評価できる極めて効率的な方法であることが判った。第2の方法は,容積が約300mlの小型ポットで土壌水分を制御しつつ,個体ごとに枯死状況を観察して5段階評価を行うというものである。この方法は,個体間や系統間の競合がなく試験精度が高いので,初期分離世代における個体選抜に適することが判った。 これら2種類の方法による評価結果は良く一致し,それぞれの方法で得られた耐旱性スコアー間の相関は高く,1%水準で有意であった。 (2)これらの方法により1,000系統弱の遺伝資源を評価し,極強系統として,TVu7841,11979,11982,11986,12348,14914等を,極弱系統として,TVu7719,7778,8048,8256,8401,9357等を特定した。IITAは本実験で特定された極強系統を交配親として,ササゲの耐旱性育種を開始し,現在中期世代に至っている。 3.耐旱性系統間差の機作 耐旱性系統間差の機作を明らかにするため,極強系統と極弱系統の諸特性を比較する実験を行い,以下の結果を得た。 (1)土壌水分欠乏下での収量と乾物生産:耐旱性極強の3系統(TVu 11978,11986,12348)と極弱の3系統(TVu7778,8256,9357)を,雨季の終わりにカノーの現地圃場に播種した。極強系統の子実収量は0.9〜1.0t/haであったが,極弱系統では0.2〜0.3t/haにとどまった。このことから,試みた観察による耐旱性の評価方法は,信頼し得るものであることが判った。また,極強系統の収量は雨季のそれに匹敵することから,現在は全く行われていない乾季におけるササゲの実用栽培は,極強系統を供すれば可能となることが判った。 極強のTVu11979と極弱のTVu9357とを,国際農林水産業研究センターのガラス室内でポット栽培し,マイルドな土壌水分欠乏処理を行い,系統間で乾物生産を比較した。対照区,土壌水分欠乏区の両区とも,乾物重の推移には系統間差を認めなかった。しかし,植物の各器官への乾物の分配率には,いずれの区においても明確な差が認められた。すなわち,極強系統は極弱系統に比べ,乾物の根への分配率が著しく高く,生育後半でも低下しなかったが,莢実への分配率は著しく低かった。 根圏が異なるこれら二つの実験から,以下のことが判った。(1)下層に土壌水分が残留する乾季圃場で極強系統が多収であったのは,根の生育が優れる特性が「水の継続吸収」を可能とし,「脱水を回避」したためである。(2)極強系統が持つ,根の生育が優れる特性は,根圏と土壌水分が限定されるポット栽培では無効であり,土壌水分が十分にある条件下では,乾物の分配が根に偏るため,子実生産には不利な特性となる。(3)土壌水分欠乏下のポット栽培において,乾物生産の阻害程度に系統間差が認められなかったことから,水の利用効率には差がないものと推定される。 (2)土壌水分欠乏下での根の伸長速度:内径25mm,長さ56cmの透明なアクリルパイプをポットとして用い,耐旱性極強のTVu11986と極弱のTVu7719の幼植物を,5〜13%(W/W)の土壌水分条件下で育て,最長根の伸長速度を比較した。両系統とも,土壌水分の減少に伴い根の伸長速度は低下したが,極強系統では,伸長抑制が始まる土壌水分含有率が,極弱系統より低く,水ストレスにより伸長が抑制されにくかった。極強系統のこの特性は,根への乾物分配が多いこととあいまって,「水の継続吸収」に有利に働くと考えられた。 (3)水利用効率(WUE,mg乾物/g蒸散水)と光合成/蒸散比(PTR):耐旱性極強及び極弱の数系統をポット栽培し,WUEとPTRを測定し,系統間で比較した。しかし,先に推定されたように,両形質とも系統間に差は認められなかった。このことから,植物体における水の利用効率は,ササゲの耐旱性機構として機能していないと考えられた。 (4)蒸散速度:耐旱性極強の2系統(TVu11979,11986)及び極弱の2系統(TVu7719,9357)を,上記(2)で用いたポットで育て,土壌水分欠乏下での蒸散速度を比較した。同一土壌水分下での蒸散速度は,極強系統で小さい傾向が認められた。また,初生葉を切断し,室内に放置した場合の生体重の減少速度から蒸散速度を測定した。実験を継続した数時間における平均の蒸散速度は,常に極強系統で小さかった。極強系統のこの特性は,土壌水分欠乏下での「水の消費を強く抑制」し,「脱水の回避」による枯死の遅延に有効であると考えられた。 (5)接ぎ木植物の耐旱性:極弱および極強それぞれ4系統を小型ポットに育て,初生葉の展開完了時に,極弱-極強の4組の対を作り,相互に子葉節の位置で接ぎ木した。接ぎ穂の活着後,土壌水分を制御して耐旱性を評価した。接ぎ木植物の耐旱性は,すべての組み合わせにおいて,接ぎ穂に配された系統の耐旱性と一致した。このことから,土壌水分欠乏下で水の消費を強く抑制する極強系統の特性は,地上部が持つ特性であると考えられた。 (6)機作に関する結論:以上の結果を総合すると,ササゲの耐旱性の系統間差の主因は,Ludlow and Muchow(1990)の耐旱性の分類における「脱水回避機構」であり,この機構は「水の継続吸収」機能に因るとともに,「水消費の抑制」機能にも因ることが判った。試みた二つの評価方法のうち,圃場での評価は,主として「水の継続吸収」機能の差による乾物生産の多少を評価したものであり,ポットでの評価は,「水消費の抑制」機能の差による枯死の遅速を評価したものである。このように,耐旱性の差をもたらした主働的機能が異なるにもかかわわず,評価結果が一致したのは,これら二つの機能は同一系統に共存する場合が多く,水環境の状況に応じて働いたためと推定した。 |