学位論文要旨



No 213683
著者(漢字) 高山,文夫
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,フミオ
標題(和) 新規ジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬レミルジピンの代謝に関する研究
標題(洋)
報告番号 213683
報告番号 乙13683
学位授与日 1998.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第13683号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 菅野,茂
 東京大学 助教授 局,博一
 東京大学 助教授 稲葉,睦
 東京大学 助教授 尾崎,博
内容要旨

 ジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬レミルジピンは類薬と比較して、カルシウム拮抗作用が強く、降圧作用の持続時間が長く、その化学構造上の特徴としてジヒドロピリジン環の2位にカルバモイルオキシメチル基が置換されている。

 レミルジピンの生体内での代謝安定性を確認し、その薬物代謝に基づくdrug designの有用性を立証し、その主要代謝経路を類薬と比較することは、レミルジピンの有用性を明らかにするために重要である。また、ほとんどの市販のジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬はその各光学異性体の薬効に大きな差が認められているにも関わらず、ラセミ体として開発されているが、各光学活性体は生体内において異なる体内動態ならびに毒性を発現する可能性があることから、代謝物を含めた薬物の立体選択的体内動態の研究は極めて重要である。さらに生体における薬物の代謝は様々な要因によって変動することが知られ、雌雄ラットおよびイヌにおける毒性を評価しヒトへの外挿を行う上でレミルジピンの体内動態の種差・性差の研究は重要である。そこで本研究はレミルジピンの代謝の全容を明らかにすることを目的とした。

 はじめに、レミルジピン経口投与後のラットの尿・胆汁試料およびin vitroでのラット肝S-10との反応液中の代謝物の分離検索を行ない、9種類の代謝物を同定した。レミルジピンの主要代謝経路はaromatization(M-3)、およびそれに続くエステルのoxidative cleavage(M-5、M-7)、6位のメチル基の酸化(M-6、M-8)およびイソプロピル基の酸化(M-4)で、他の経路はaromatizationせずに起こるエステルのoxidative cleavage(M-2およびM-10)およびイソプロピルエステル基のhydroxylation(M-1)であった。他のジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬においても同様な研究がされ、代謝物が同定されているが、それら代謝物の光学異性については検討されていない。そこでジヒドロピリジン代謝物であるM-2およびM-10並びに立体障害から構造上2つのジアステレオマーが存在するイソプロピルエステル基の酸化代謝物であるM-1およびM-4に着目し、M-2、M-4およびM-10はメチル化後、核磁気共鳴スペクトル又はキラル固定相高速液体クロマトグラフィーにより、それらの代謝物の立体選択性について比較検討した。その結果、M-1およびM-4はジアステレオマー混合物ではなく単一のisomerであり、M-2は(-)レミルジピンより代謝されたもので、M-10は(-)および(+)レミルジピンの両方より代謝された混合物であることがわかった。本研究によりラットにおいてジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬としては、はじめてaromatization以外の経路での立体選択的代謝を明らかにした。

 この立体選択的代謝過程を詳細に検討するために、レミルジピンおよびその各光学異性体を雌雄ラットに別々に経口投与し、レミルジピンおよび代謝物の血漿中濃度を逆相並びにキラル固定相高速液体クロマトグラフィーにより測定した。その結果、レミルジピン、M-2、M-3およびM-10の濃度は明らかに雌ラットの方が高く、雌雄ともに(-)体投与時はM-2が、(+)体投与時はM-10が、最も高濃度で推移した。なお、各光学異性体投与後のレミルジピンの生体内相互変換は観察されなかった。ラットにおける代謝の性差については他のジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬で報告されているが、ジヒドロピリジン環が保持されたエステルの酸化的分解過程に性差が認められたのは本研究が初めてであった。

 ジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬のaromatizationによる酸化不活性化に関与するチトクロームP-450の研究から、ラットでは構成酵素の性特異的なチトクロームP-450(新分類名CYP2C11)および誘導性酵素の性特異的チトクロームP-450(新分類名CYP3A1/2)が主としてaromatizationに関与し、そこに性差が認められている。さらに、ジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬の酸化体であるピリジン誘導体(Hantzsch Pyridine Esters)のエステルのoxidative cleavageおよびメチル基のhydroxylationには主としてCYP1A1又はCYP2B1が関与していることが報告されている。そこで雌雄の成熟および未成熟ラット肝ミクロゾーム並びにフェノバルビタールおよび3-メチルコランスレン処理した雌雄の成熟ラット肝ミクロゾームを用いたin vitro試験を行い、レミルジピン並びに各光学異性体の消失速度およびそれらの主要代謝物の生成速度を調べた。

 レミルジピンの代謝をNADPH産生系において検討した結果、立体選択的なM-1、M-2およびM-10の生成が認められ、レミルジピンの消失活性並びにM-1、M-2、M-3およびM-10の生成活性に性差を認めた。特に著しい性差が成熟ラットにおけるレミルジピンの消失活性並びにM-1およびM-3の生成活性にみられたが、未成熟ラットでは認められなかった。M-1の生成活性は成熟ラットでは雄のみ(+)体からM-1を生成し、その活性は未成熟ラットの約50倍であり、その生成が酵素誘導剤により阻害されたことから、(+)体の水酸化に関与しているチトクロームP-450はCYP2C11である可能性が示唆された。また、雌雄成熟ラットでのM-3の生成活性は雄ラット方が大きく、雌雄未成熟ラットにおける活性よりも低く、このM-3の生成活性の成長に伴う低下は雄ラットよりも雌ラットの方がはるかに大きかった。さらに、M-3の生成活性はフェノバルビタール処理により増大した。これらのことから、レミルジピンのaromatizationへのCYP3A1/2の関与が示唆された。M-2は(-)体からのみ生成され、この生成は雌雄ともフェノバルビタール前投与によって増大し、3-メチルコランスレン前投与によって低下した。また、M-2の生成活性は成長に伴って変化しなかった。そのため、M-2の生成に関与するチトクロームP-450はピリジン誘導体のエステルのoxidative cleavageに関与しているCYP2B1の酵素特性と似ていることがわかった。

 本研究により、ラットにおいてレミルジピンの(-)体が代謝を受けやすく、それは立体選択的にM-2が生成されることに基づくこと、(+)体から立体選択的にかつ雄ラット特異的にM-1が生成されること、両光学異性体におけるM-3への代謝活性は雄ラットの方が大きいこと、(+)体の3位のイソプロピルエステル基の水酸化や両光学異性体のaromatizationに異なる2つの雄特異的なチトクロームP-450が関与し性差を示していることを明らかにした。これはジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬の代謝研究として早期に立体選択的代謝における性差をin vivoおよびin vitro試験により、性特異的なチトクロームP-450の関与を含めて報告したものであり、性特異的なチトクロームP-450が今までに知られていたaromatizationによる酸化だけでなく、ジヒドロピリジン環の側鎖の立体選択的代謝にも関与していることを本研究によりはじめて確認した。

 ラットおよびイヌにおける14C-レミルジピンの主排泄経路はともに胆汁を介した消化管への排泄であった。ラット血漿および尿中主代謝物はM-2であったが、M-2およびM-10は雌に多く認められ、胆汁中ではM-8が雄に多く認められた。イヌでは放射能の血漿中濃度推移および尿・糞中排泄率に性差は認められず、雄イヌにおける血漿中主代謝物はM-3およびM-8、尿および糞中の主代謝物はM-8であり、ラットと比較してM-2およびM-10は少なく、レミルジピンの代謝に種差が認められた。ヒトにおいては血漿中にM-3およびM-8が高濃度に確認され、尿中にはM-7およびM-8が主として排泄され、M-10は極めて少なくM-2は定量限界以下であったことから、本研究によりレミルジピンの代謝はラットに比べてイヌの方がヒトに似ていることがわかった。これは代謝物の毒性試験をイヌにおいて実施することの根拠となり、本研究の意義は大きいと考える。

 以上まとめると、本研究によって一般的なジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬の化学構造上2位のメチル基をカルバモイルオキシメチル基に置換すると生体内での代謝が抑制されること、ラットにおけるレミルジピンの代謝にはジヒドロピリジン環からピリジン環への酸化(aromatization)のみならず、イソプロピルエステルの側鎖の水酸化(hydroxylation)および酸化的分解(oxidative cleavage)に立体選択性がみられ、そのうち立体選択的なaromatizationおよびhydroxylationには性特異的なチトクロームP-450が関与していること、並びにレミルジピンのイヌにおける代謝はラットとは異なり、ジヒドロピリジン環を保持した光学活性代謝物は少なくヒトにおける代謝物と類似していることを明らかにした。このように本研究は薬物代謝に基づくdrug designの有用性を立証し、ラセミ体として開発されているジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬の立体選択的代謝研究並びにそれに伴う代謝の種差および性差の研究の重要性を示したものである。

審査要旨

 ジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬レミルジピンはそのジヒドロピリジン環の2位にカルバモイルオキシメチル基を導入し、作用持続時間の延長に成功した薬物であるが、作用が持続する原因は代謝安定性にあることが予測された。本研究はレミルジピンの代謝の全容を明らかにし、もって薬物代謝に基づくdrug designの有用性を立証することを目的として行われたものである。

 第1章では、レミルジピン経口投与後のラットの尿・胆汁試料及びin vitroでのラット肝S-10との反応液中の代謝物の分離検索を行ない、2位にカルバモイルオキシメチル基が保持された9種類の代謝物を同定した。その中で立体障害から構造上2つのジアステレオマーが存在するイソプロピルエステル基の酸化代謝物であるM-1及びM-4はジアステレオマー混合物ではなく単一のisomerであり、M-2は(-)レミルジピンより代謝されたもので、もう一つのジヒドロピリジン代謝物であるM-10は(-)及び(+)レミルジピンの両方より代謝された混合物であることがわかった。本研究によりラットにおいてジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬としては、はじめてジヒドロピリジン環のピリジン環への酸化(aromatization)以外の経路での立体選択的代謝を明らかにした。

 第2および第3章ではこの立体選択的代謝過程を詳細に検討するために、レミルジピン及びその各光学異性体を雌雄ラットに別々に経口投与し、血漿中レミルジピン及び主要代謝物濃度(M-2、M-3、M-8及びM-10)を測定した。また、性特異的チトクロームP-450は加齢及び酵素誘導剤処理により変動することが知られていることから、雌雄の成熟及び未成熟ラット肝ミクロゾーム並びにフェノパルビタール及び3-メチルコランスレン処理した雌雄の成熟ラット肝ミクロゾームを用い、NADPH産生系においてin vitro試験を行い、レミルジピン並びに各光学異性体の消失速度及びそれらの主要代謝物(M-1、M-2、M-3及びM-10)の生成速度を調べた。これらの研究により、ラットにおいてレミルジピンの(-)体が代謝を受けやすく、それは立体選択的にM-2が生成されることに基づくこと、(+)体から立体選択的にかつ雄ラット特異的にM-1が生成されること、両光学異性体におけるM-3への代謝活性は雄ラットの方が大きいこと、(+)体の3位のイソプロピルエステル基の水酸化や両光学異性体のaromatizationにそれぞれ異なる2つの雄特異的なチトクロームP-450、CYP2C11及びCYP3A1/2が関与し性差を示していることを明らかにした。これはジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬におけるジヒドロピリジン代謝物のin vivoでの立体選択的体内動態を明らかにし、in vitroにおいて雄特異的なチトクロームP-450の関与を含めて報告したものであり、性特異的なチトクロームP-450が今までに知られていたaromatizationによる酸化だけでなく、ジヒドロピリジン環のエステル側鎖の立体選択的水酸化にも関与していることを本研究によりはじめて確認した。

 第4章では、ラットおよびイヌにおける体内動態の比較を行った。ラット血漿及び尿中主代謝物はM-2であったが、M-2及びM-10は雌に多く認められ、胆汁中ではM-8が雄に多く認められた。イヌでは放射能の血漿中濃度推移及び尿・糞中排泄率に性差は認められず、雄イヌにおける血漿中主代謝物はM-3及びM-8、尿及び糞中の主代謝物はM-8であり、ラットと比較してM-2及びM-10は少なく、レミルジピンの代謝に種差が認められた。ヒトにおいては血漿中にM-3及びM-8が高濃度に確認され、尿中にはM-7及びM-8が主として排泄され、M-10は極めて少なくM-2は定量限界以下であったことから、本研究によりレミルジピンの代謝はラットに比べてイヌの方がヒトに似ていることがわかった。これは代謝物の毒性試験をイヌにおいて実施することの根拠となり、本研究の意義は大きいと考える。

 以上の様に、本研究は薬物代謝に基づくdrug designの有用性を立証し、ラセミ体として開発されているジヒドロピリジンカルシウム拮抗薬の立体選択的代謝研究並びにそれに伴う代謝の種差及び性差の研究の重要性を示したもので、学術上寄与するところは少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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