Campylobacter jejuniは食中毒起因菌として公衆衛生学上の意義は大きいにもかかわらず、一般に、この食中毒の原因食品の特定は困難であるとされている。有力な感染源として鶏肉が最も重視されており、鶏肉処理場の設備や処理水をはじめ解体された鶏肉から本菌が検出されることがある。ブロイラー農場における出荷時に多くの鶏が腸内にC.jejuniを保菌していることも知られており、その汚染源として鶏舎内の飲料水または野性動物などが疑われてきた。しかし明確な汚染経路や本菌の由来は特定されていないし、またブロイラーが保菌するに至る要因も解明されていない。これは、本菌を培養検査していたのでは、鑑別のための生化学的性状検査が煩雑で長時間を要し、多検体を処理することが困難で、また、環境試料などの低濃度汚染源を調べる上での感度が充分でないことによるものと考えられる。 そこで、これらの問題を解決するため、まず第1章(鶏糞便中のC.jejuni検出のためのコロニーハイブリダイゼーション法の応用)では、鶏糞便中のC.jejuniを迅速かつ特異的に検出することを目的として、コロニーハイブリダイゼーション法の応用を行った。標準菌株であるC.jejuni subsp.jejuni ATCC 33560からゲノムDNAを抽出してニックトランスレーション法を用いてビオチン標識DNAプローブを作製し、C.jejuniの近縁種およびEscherichia coli、Salmonella Enteritidisから抽出したDNAとの交差反応を調べるため、コロニーハイブリダイゼーションを実施した。その結果、このプローブはC.jejuniのDNAと強く反応し、わずかにC.coliと交差反応を示したがC.lari、C.fetus、C.hyointestinalis、C.sputorum、Escherichia coli、およびSalmonella Enteritidisとは全く反応しなかった。 C.jejuni陰性の鶏糞便にC.jejuniを混合したサンプルをスキロー寒天培地で培養し、その表面に発育したコロニーをナイロンメンブランに転写してコロニーハイブリダイゼーションを実施した結果、C.jejuniのDNAを確実に認識することが判明し、C.jejuni陰性の鶏糞便のみからなるサンプルでは培地上ではC.jejuni以外のコロニーが多数認められたにもかかわらず、陽性スポットはみられなかった。C.jejuni陰性の鶏糞便の希釈系列(10-1〜10-6倍)を作製し、それぞれに原液109CFU/mlのC.jejuni懸濁液を10-1〜10-6倍に希釈した菌液を混合してスキロー寒天培地で培養し、コロニーハイブリダイゼーションを実施したところ、糞便濃度にかかわらず、期待した数のC.jejuniを検出することができた。したがって、この方法は、鶏糞便のように雑菌が多数存在する場合でも存在が少数のC.jejuniを検出できることが明らかになり、より詳細な疫学調査に応用可能であると考えられた。 次に、第2章(コロニーハイブリダイゼーションを用いた入雛から出荷までのブロイラーのC.jejuniのによる汚染状況の解明)では、この方法を利用して、ブロイラー農場において入雛から出荷までのC.jejuniによる汚染状況を検討し、従来の増菌培養法との比較を行った。 ブロイラー農場における従来の培養法でのC.jejuni汚染調査によると、汚染鶏舎では多くの場合3週齢ごろから陽性鶏が出現し始め、出荷時にはほとんどの鶏がC.jejuniを保菌していた。しかしながら、従来の検査法では感度と迅速性の問題から、詳細な調査の実施が困難でありブロイラー農場のC.jejuni汚染源は検討されていない。そこで、より感度が高く迅速なコロニーハイブリダイゼーション法を用いてブロイラーのC.jejuni汚染状況を検討した。対照とした農場は6鶏舎を有する1養鶏場で、このうち1万から1万5千羽が飼育されている3鶏舎を4月と7月に2回調査した。入雛から出荷まで1週間ごとに各鶏舎から3羽ずつ雛を得て研究室に持ち帰りエーテル麻酔後、放血死させて盲腸を取りだし、その内容物中のC.jejuniを上述のコロニーハイブリダイゼーション法を用いて検出した。4月の調査では、1週齢から5週齢まで陽性率は33%から67%で推移しその後6週齢から出荷直前の8週齢までは83%から100%で推移した。7月の調査では1週齢から3週齢までは50%から83%、4週齢以降は100%であり、4月の場合とほぼ同様な陽性率の推移パターンがみられた。この結果から、コロニーハイブリダイゼーション法による検査では、従来の培養法での報告よりも早い週齢でC.jejuni陽性例が出現することが明らかになった。7月の調査において、これらに加え入雛して1時間以内の雛を2鶏舎からそれぞれ10羽ずつ採材して検査した結果、20羽中7羽がC.jejuni陽性を示した。このことから雛の一部は入雛時にC.jejuniを保菌している可能性が示唆された。 さらに、第3章(PCRおよびサザンブロットハイブリダイゼーションによる鶏糞便中C.jejuniの検出)では、より感度よくC.jejuniを検体から直接かつ迅速に検出するため、PCRとサザンブロットハイブリダイゼーションを応用し、ブロイラーおよび発育鶏卵のC.jejuniによる汚染状況を解明した。Oyofoらの方法に準じて、C.jejuniの鞭毛物質である蛋白Flagellin Aをコードする遺伝子の一部を増幅する一対のプライマー(pg50、pg3)を用意した。C.jejuniを保菌していない雛の糞便に標準菌株を混合したサンプルの希釈系列からDNAを抽出してPCRを実施した結果、その検出感度は3.4x104CFU/mlであった。一方、糞便を含まない標準菌株のみの希釈系列を用いた検出感度の測定では、1.0x102CFU/ml以下であった。泳動後のアガロースゲルをナイロンメンブランにブロットしハイブリダイゼーションを実施した(PCR-SBH法)。ハイブリダイゼーションおよび発色は前述のコロニーハイブリダイゼーションと同様の手順を用いた。PCR-SBH法では3.4X102CFU/mlの菌を検出することができ、PCR法より感度が100倍上昇した。 これらの方法で3週齢までの雛のC.jejuni保菌状況を検討したところ、PCR法ではすべて陰性であったが、PCR-SBH法では初生雛10例中2例、1週齢の雛6例中1例、2週齢の雛6例中5例、3週齢の雛6例中2例が陽性であった。この結果から、0から3週齢の雛の一部がすでにC.jejuniに汚染されている可能性が示唆された。 また、孵化場から18日齢の発育鶏卵を得て、その盲腸内容物中のC.jejuni DNAを検索した。PCR法とPCR-SBH法を実施した結果、PCR法ではすべて陰性であったがPCR-SBH法では51例中2例がC.jejuni陽性を示した。これらのサンプルを増菌培養しても菌は分離されなかったことから、増殖可能な状態で菌が盲腸内に生息し以後の菌の伝播や拡散において何らかの役割を担っているか否かは不明であったが、この成績から、18日齢の発育鶏卵の盲腸内にC.jejuniのDNAが既に存在している場合があると考えられた。 さらに、第4章(フラジェリン遺伝子のRFLPを用いたブロイラーにおけるC.jejuniとC.coliの分布の解析)では、C.jejuniのPCR産物の制限酵素切断パターン(RFLP)を解析することにより菌株の遺伝子型別を実施し、種鶏とブロイラーから分離されたC.jejuniの型を比較することによってC.jejuniによる汚染経路を検討した。 鹿児島県内の56ヵ所のブロイラー育成農場を調査した。このうち85鶏群から食鳥処理場へ出荷する直前のおよそ8週齢のブロイラーを5羽ずつ得て、その盲腸内容物中のC.jejuniとC.coliを分離同定したところ、17群(20.0%)がC.jejuni陽性、4群(4.7%)がC.coli陽性であった。分離同定した菌株および標準菌株としてCampylobacter jejunisubsp.jejuni ATCC33560からDNAを抽出し、C.jejuniの鞭毛物質である蛋白Flagellin Aをコードする遺伝子の全域を増幅する一対のプライマー(FL1、FL2)でPCRを行った。PCR産物を回収し制限酵素Dde Iで消化し、2.0%のagarose gelで2時間100Vで電気泳動を行った。DNA断片はトランスイルミネーターで可視化し、直ちに写真撮影した。プライマーFL1、FL2は、分離した21菌株すべてのDNAを増幅し型別することができた。それぞれの泳動パターンから菌株をfla typeとして分類したところ、14型に分類され、同じ農場の入雛時期が異なるブロイラーから異なった型の菌が検出された。 4株のC.jejuniが4ヵ所の種鶏場から分離され、それらの種鶏由来のブロイラーから4つのfla typeのC.jejuniが分離された。ブロイラーから分離されたC.jejuniのうち3つのfla typeは、それぞれの種鶏から分離されたC.jejuniのfla typeとは異なっていた。また、それぞれの飼育農場での次回の飼育群において異なる種鶏から導入されたブロイラーからは他の3つのfla typeが検出された。これらの結果から、同一の農場であっても飼育群の異なるブロイラーにおいては異なる型のCampylobacterに汚染される可能性が高いことが示唆された。 |