学位論文要旨



No 213690
著者(漢字) 小野,直樹
著者(英字)
著者(カナ) オノ,ナオキ
標題(和) シリコン単結晶連続引上法におけるドーパントおよび酸素の濃度制御法開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 213690
報告番号 乙13690
学位授与日 1998.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13690号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 飛原,英治
内容要旨

 半導体デバイス用の基板ウエハーとなるシリコン単結晶のほとんどはチョクラルスキー法(Czochralski法、略してCZ法)によって工業的に生産されている。これは石英ルツボ中に融かした液体シリコンから、種結晶を用いて凝固させ単結晶を育成するという手法で、基本的にバッチプロセスである。この手法は現在でも広く用いられてはいるものの次のような問題点を持っている。

 (1)長尺結晶の育成に不適:ルツボ内のメルト原料がなくなるとプロセスは終了してしまうので、初期にチャージした原料に相当する長さ以上の結晶育成は原理的に不可能である。よって一回のプロセスで長尺の結晶を育成することは巨大なルツボを用いない限り困難である。またこのバッチプロセスを繰り返すには改めて最初から原料をチャージし溶解し直す必要があるため時間的及び電力的に非常に不経済である。

 (2)ドーパント・酸素濃度の不均一性:結晶の抵抗率を規定するためにメルトにリンやボロンなどのドーパント材を添加するが、これらのドーパント原子はそのメルト中の濃度より低い濃度で結晶中に取り込まれるため(いわゆる偏析現象)、メルト量の減少に伴いドーパントが濃化し、結果的に育成初期の結晶頭部と育成終了時の結晶尾部とでそのドーパント濃度に大きな不均一、つまり成長軸方向の濃度不均一が生じる。その結果、所定の目標抵抗率範囲内の部分が少なくなり製品収率が低下する。また、メルト量が減少するにつれ、メルト中酸素原子の輸送状況が変化するため、結晶中の酸素濃度が減少していくことがわかっており、その結果結晶頭部と尾部とで酸素濃度に不均一が生じる。

 これらの欠点は古くから指摘されており、CZ法が本格的に工業化してからも大きな問題であった。この問題に対し、著者はプロセスを連続化する技術の開発、およびそれを利用してドーパント並びに酸素の濃度制御法開発に関する研究を行い以下のような成果を得た。

開発(1):長尺結晶育成のための新プロセスの開発

 結晶を育成しながら原料を追加供給しメルト総量を一定に保てば長尺の結晶を引き上げることが原理的には可能となるはずである。著者の開発チームでは図1に示すような二重ルツボ法を用い、そして固体粒状原料を追加供給する手法を採用することでプロセスの連続化を実現した。外ルツボ内では継続的にその粒状原料を溶解し、内ルツボ内では単一ルツボ(バッチタイプ)と同様な結晶育成を続行できるものである。そして二重ルツボ構造内のメルトの流動状態は、ドーパント・酸素の濃度制御にも関わる重要な問題であるため、メルトの流動状態について基礎的な把握を温度測定実験と二次元軸対称k-乱流モデルを用いた数値シミュレーションにより実施した。その結果、内外ルツボ内のメルトの流動状態は、強いバルク流れは存在していないが、温度振動・時間平均温度分布の測定より、微小渦流の多く満たされた渦動粘性係数のオーダが10-5m2/sec前後の乱れた流動状態であると考えられることがわかった。

図1開発したシリコン単結晶連続引上法
開発(2):ドーパント及び酸素濃度の均一な結晶の育成技術の開発

 特にドーパント濃度の軸方向均一化をどう実現するかは工業上大きな問題である。原料を追加供給できるシステムを利用する場合、原料とともにドーパント材を追加供給することは容易に実現できよう。しかし具体的な手法としてどのようなタイミングでメルトに添加すれば良いかが課題となる。二重ルツボ法の場合のドーパント濃度均一化の基本原理は従来からわかっており、それは内ルツボと外ルツボの濃度比を1:偏析係数に設定することである。二重ルツボを用いる際、従来はこのために結晶育成前に内ルツボにドーピング材を添加(プリドーピング)を行い、強制的に濃度比を設定した。しかし現実的にはプリドーピング後にシーディング工程や結晶肩部形成工程が入りそれらに数時間費やすため、Back-Diffusionなどが発生し設定した濃度比を維持できないことがわかっている。ではどうすればよいかが開発項目となっていた。本研究ではこのプリドーピングを実施しなくてもドーパント濃度を均一にできる手法を一次元ランプモデルにより模索した。開発(1)で述べたようにドーパント原子の渦拡散係数のオーダとして10-5m2/sec前後と考えて良いので、二重ルツボの各ルツボ内では速やかに混合が進行するため、各ルツボ内の濃度をランプ化して扱うモデルを用いても大きな誤差なくマクロな濃度変化を予測できるのでここでは一次元ランプモデルを用いた。その結果、純粋な原科のみを加える場合の独特な濃度変化の解析からその結晶濃度変化の極大点が理想的な状態であることがわかり、その時点からドーパント材を加えた原料に切り替えれば濃度を一定にできることがわかった。そしてその極大点は偏析係数、各ルツボ内のメルト量の関数式で表現できることがわかった。次にこの新しいドーパント濃度制御法を実験にて試し、その有効性の実証に成功した。この手法の有効性を示すデータを図2に示す。点線は従来のバッチ式CZ法の場合の結晶の抵抗率変化(ほぼドーパント濃度に反比例)を示しており、ドーパントの濃化に伴い、抵抗率が急激に低下していることがわかる。しかし本手法によると、4インチ結晶で1000mm成長させても抵抗率をほぼ一定に維持できていることがわかり、製品仕様に対する大幅な収率改善が可能であることがわかる。

図2 新しいドーパント濃度制御法によって育成した結晶の抵抗率分布(従来のバッチ式(Normal Freezing)で育成した結晶との比較)

 連続プロセスの場合、メルト体積を一定に維持することでメルト内の酸素輸送状況が変化しないように保てるため、酸素濃度を軸方向に均一化できることが予想され、また実際にも均一化できていることが確認できた。しかしバッチ式単一ルツボの場合と濃度レベルを比較すると、同一の初期メルト量を用意した二重ルツボ法の方が若干濃度が高くなることが実験よりわかった。本研究ではどのような要因によって酸素濃度が上昇するのかに焦点を当てて調べることとし、メルト内酸素輸送現象について、乱流プラントル数を仮定する二次元モデルにて数値解析を試みた。その結果、二重ルツボ法において酸素濃度が単一ルツボ法の場合より増加する原因として、内ルツボが結晶界面にせまっていること、及び外ルツボ底部の高酸素濃度のメルトが滞留している部分から内ルツボ内へ酸素原子が浸透してくることが考えられることがわかった。

開発(3):大口径化時代への対応

 結晶口径は年々増加しており、平成9年現在では、直径8インチ結晶が主流製品となり、また12インチ結晶の育成技術が確立しつつある状況である。大口径結晶育成に対し、二重ルツボを用いた連続CZ法を応用する場合、まず口径に合わせて供給原料レートを増加させてもスムーズに継続溶解できる技術を検討する必要がある。電磁撹拌技術はそのためのアイディアであり、外ルツボ内のメルトを非接触で撹拌できるため原料溶解を促進できると期待される。本研究では電磁撹拌技術を二重ルツボ法に適用した場合、本当に有効なメリットが得られるのかを数値シミュレーションにより予測した。その結果、外ルツボの液面温度を供給原料による温度低下以上に上昇させ得ることがわかった。また撹拌効果は、外ルツボメルト内の酸素濃度を均一化し、同時に外ルツボ底部の石英内面の温度を低下させ、結果的に結晶中酸素濃度を上昇させず逆に若干低下に導くという予測を得た。

 以上の開発により、世界最長の6インチ2mのシリコン単結晶を育成する技術を工業的に可能なレベルにすることに成功した。また本研究により開発したドーパント濃度制御技術も実際に使用し、その実証を果たした。これらの技術は現在研究開発段階を終え工場サイトでの生産技術の一貫に組み込まれている。さらに結晶の大口径化に対応するために電磁撹拌技術の適用を検討し、その有効性を数値モデルにて証明することができ、将来技術への布石を打つことができた。

 以上

審査要旨

 本論文は「シリコン単結晶連続引上法におけるドーパントおよび酸素の濃度制御法開発に関する研究」と題し7章から成っている。

 第1章は「序章」であり、シリコン単結晶育成法であるチョクラルスキー法(Czochralski法、略してCZ法)を概説し、その問題点を述べている。通常のCZ法は、バッチ方式であるため長尺結晶の育成に適しておらず、初期にチャージした原料に相当する長さ以上の結晶育成は原理的に不可能であること、また結晶の抵抗率を規定するためにメルトにリンなどのドーパント材を添加するが、これらの原子はそのメルト中の濃度より低い濃度で結晶中に取り込まれるため(偏析現象)、メルト量の減少に伴いドーパントが濃化し、成長軸方向の濃度不均一が発生すること、さらにはメルト量が減少するにつれ、メルト中の酸素原子の輸送状況が変化して酸素濃度に成長軸方向の不均一が生じることなどの問題があることを指摘している。これらの諸問題を克服するために、二重ルツボ法を用いた連続引き上げ法の開発を始めたとし、その経緯および背景について述べている。

 第2章は「二重ルツボ構造におけるメルト熱流動状態の基礎的把握」であり、ドーパントや酸素のメルト内輸送を支配している対流状態を把握するために実施した温度測定実験について述べ、熱流動状態の基礎的な把握についてまとめている。また温度分布を説明するために標準的なk-乱流モデルでの数値計算を実施し、現象の把握に役立てている。そして、それらの結果から渦動粘性係数のオーダーを推測し、渦動粘性係数のオーダが10-5m2/s前後の乱れた状態であると述べている。渦動粘性係数と渦拡散係数のオーダーはほぼ等しいので、この渦動粘性係数のオーダー把握より、メルト内の物質移動の実効的拡散時間は短いとしている。

 第3章は「ドーパント輸送の制御」と題し、二重ルツボ連続引上法を用いた場合の、結晶軸方向のドーパント濃度を一定にする手法開発について述べている。

 原料を追加供給できる場合、原料と共にドーパント材を追加供給することは容易だが、どのようなタイミングでメルトに添加すれば良いかが課題となる。二重ルツボ法の場合のドーパント濃度均一化の原理は、内ルツボと外ルツボの濃度比を1:偏析係数に設定することである。このために、従来は結晶育成前に内ルツボにドーピング材の添加(プリドーピング)を行い、強制的に濃度比を設定していた。しかし、実際にはBack-Diffusionなどが発生し、設定した濃度比を維持できない。本研究では、このプリドーピングを実施しなくてもドーパント濃度を均一にできる手法を開発、提案している。すなわち、第2章の結果によりドーパントの拡散は速いことが分かっているので、各ルツボ内の濃度に対し一次元ランプモデルを用いて濃度変化を解析している。その結果、純粋な原料のみを加える場合の独特な濃度変化の解析から、その極大点が理想的な状態であり、その時点からドーパント材を加えた原料に切り替えれば濃度を一定にできることを明らかにしている。その極大点は偏析係数とメルト量の関数式で表現できることも述べている。次に、この新しい手法を実験において試し、その有効性の実証に成功している。すなわち、従来のバッチ式CZ法の場合では、ドーパントの急激な濃化に伴い4インチ径のものを250mm成長させた場合は濃度が20%変化するのに対し、本手法によると1000mm成長させても一定に維持できることを実証している。

 第4章は「酸素輸送現象の解析」であり、二重ルツボ法を用いると、単一ルツボ法より結晶中酸素濃度が高まるという現象に関し、内外ルツボを連結する導通孔の効果、およびルツボ内面の温度という観点からその原因の解析を試みている。

 第2章のk-乱流モデルを用いて解析した流れ場を用いて数値シミュレーションを試みており、その結果、二重ルツボ法においては内ルツボが結晶界面にせまっていること、また外ルツボ底部から内ルツボ内へ酸素原子が浸透してくることが酸素濃度上昇の原因となることを明らかにしている。

 第5章は「電磁撹拌技術適用の検討」であり、将来の結晶の大口径化を考慮し、現状よりも多量の固体供給原料を外ルツボにおいてスムーズに継続溶解するためのアイディアとして電磁撹拌技術に注目し、その可能性と有効性について数値モデルを通し検討している。交流磁場を用いた電磁撹拌により、外ルツボ内のメルトを非接触で強く撹拌できるため、原料溶解を促進できると期待される。モデル計算の結果は、外ルツボの液面温度を効率良く上昇させ得ることを明らかにしている。また撹拌効果は、外ルツボメルト内の酸素濃度を均一化し、結果的に結晶中酸素濃度を上昇させず逆に若干低下に導くという予測も得ている。

 第6章は「工業生産への応用」と題し、上記の連続プロセスの開発により、世界最長の6インチ・2mのシリコン単結晶を育成する技術を工業的に可能なレベルにすることに成功したことを報告している。また、本研究により開発したドーパント濃度制御技術も実際に使用し、その実証を果たしていること、現在、これらの技術は工場サイトでの生産技術の一貫に組み込まれていると記している。

 第7章は「結言」であり、本研究で得た知見と今後の課題について整理している。

 以上を要するに、本研究は従来バッチ式であったチョクラスキー法の連続化を果たし、またドーパント・酸素の濃度制御方法について新しい手法を提示した言わば一種のブレイクスルー的技術開発研究であり、機械工学、とりわけ熱工学、物質移動論、結晶工学の発展に寄与しすると共に、工業的生産技術の発展に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51070