本論文は「非線形特性を考慮した自動車の横方向運動性能に関する研究」と題し、7章からなる。 自動車の非線形な車両運動は、タイヤの有するコーナリング力の非線形性が大きなこと、限界領域での自動車の操縦がドライバの特性によって大きく影響を受けること、車両がロールすることによって生じる非対称性などの非線形機構運動の存在からその解析が困難であった。しかし近年、自動車の車両運動に関する要求が安全の面からも高まるにつれ、事故回避性能に重要な影響を及ぼすこの領域の運動性能向上の期待が高い。 本研究は、自動車の横方向の運動性能について実際の車両の開発で問題となっている課題を解明し、問題を解決するための設計手法等の確立を行うことを目的としたものである。 第1章「緒論」では、線形モデルを中心とした従来の研究を総括、それらに対し本研究で解決を試みる自動車の横方向運動性能の非線形性について説明を行い、また本研究の目的および本論文の構成について述べている。 第2章「車両のモデル化手法」では、車両運動解析の基本となるモデル化について、平面内の2自由度運動を記述する二輪モデル、サスペンションの影響を検討するロール軸、ロールセンタを有するモデルを導出している。またサスペンションのモデル化において、従来から存在するロール軸を使用したモデル化では、車両に働くコーナリングフォースによって車体に生じる上下運動であるジャッキアップ特性を正しく記述できず、新しいロール方向モデル、機構解析言語の使用が必要なことを示している。 第3章「非線形サスペンション幾何学」では、上に述べた問題を解決するためにサスペンションのジオメトリに起因する車両の非線形なロール挙動について述べている。研究はサスペンションの幾何学的特性によるカテゴリー分けに始まり、それぞれのカテゴリーについて、ロールセンタなどのサスペンション幾何学特性がロール角、ジャッキアップに代表される非線形なロール挙動にどのような影響を与えるかをシミュレーションによって明らかにしている。ここで得られた知見は、前輪駆動車向け後輪サスペンションであるマルチリンクビームサスペンションの設計に適用され、生産車両の運動性能を向上させている。 第4章「限界走行時の車両運動性能」では、自動車の動性能の評価方法について述べている。まず限界走行時の自動車の運動について検討を行い、限界時の走行では自動車の回転並進の2自由度運動がより複雑に連成する点、タイヤのコーナリングフォースが飽和する点、ドライバ自動車間の閉ループ系が車両に大きな影響を与える点により運動性能の評価が困難になることを指摘している。この指摘に基づき本論文では、f・r状態面という車両の前後タイヤスリップ角を使用する評価手法を提案し、f,rと車両のヨーレイト、操舵角、車体スリップ角等の関係に着目し、ドライバ自動車間の閉ループ系が存在する場合の車両運動について考察を加えている。また、サーキット走行実験を行い、この新しい状態面上の軌跡により閉ループ系を含めた車両の限界走行時の運動性能評価が可能であることを官能評価の結果との比較などを用い実験によって示している。 第5章「非線形車両運動の制御」では、タイヤの摩擦力が飽和する限界領域の制御性能を向上させる方法について検討している。一般に車両の制御においてタイヤの摩擦力が失われると制御が困難になるが、この現象を可制御性の面からを数学的に考察し、タイヤ力飽和の非線形をモデルに有する制御則をスライディングモード制御をはじめとした非線形制御理論により制御成績を高めることを検討している。制御則の導出にあたっては、可制御性が失われる状態の目標設定方法に第4章の結果を用いスライディング制御の切り替え面を可変にする制御則を提案している。これらの制御によって限界領域の車両運動性能が向上することを四輪操舵、制駆動力によるヨーモーメント制御について示している。さらにパラメータが不確かな場合の制御成績について、適応則の有無、制御ゲイン量の効果について検討している。また上記の制御などでは制御状態量として車体スリップ角を必要とするが、それを精度よく推定する手法として適応型のオブザーバを提案している。このオブザーバについてが路面の摩擦係数の変化などに対して安定した高精度の推定が可能であることを実験結果を用いて示している。 第6章「車両運動設計法」では、車両の非線形領域までを考慮に入れた車両運動ならびにサスペンションの設計方法について述べている。ここではタイヤの発生力を決定するパラメータに着目し、さらに第3,4章で得られた結果を用いることで線形非線形両方の領域運動性能を最適化させるサスペンションの設計方法が提案されている。この設計手法が実際のサスペンション設計において有効であることをマルチリンクビームサスペンションの設計を例に示している。さらに制御サスペンションが標準的に適用された場合についてサスペンション設計がどのように変化するかについて考察を加えている。 第7章「結論」では、以上の結果を総括している。 以上を要するに、本研究は自動車が非線形領域にある場合の車両の横方向運動の解明に寄与するとともに、サスペンション、制御則の設計を通してこれらを解決する方法を示している。またその結果は実際の生産車両の安全向上を通して社会に還元されているに留まらず、それを実現する設計技術向上にも貢献している。そして、非線形な車両運動についてそれを決定づける主要な因子であるシステム飽和、幾何学、機械人間系、制御理論について深い考察を与えている。以上の様に本研究で得られた知見は自動車工学、制御工学及び機械工学に寄与するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |