学位論文要旨



No 213692
著者(漢字) 張,海鴎
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,カイオウ
標題(和) 溶射法による天然模様加飾射出成形金型の製造
標題(洋)
報告番号 213692
報告番号 乙13692
学位授与日 1998.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13692号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 横井,秀俊
内容要旨

 本論文は、溶射をはじめとする複合化技術により金型表面の加飾・耐磨耗表層の創製,金属バックアップおよび安全、効率な原型分離を実現した新しい天然模様加飾射出成形金型製造プロセスを開発し,ラピッドハードツーリングに広く応用されていく可能性を明らかとしたものである。

 これまでの既存天然模様加飾型製造法は,長期間で高価であったり,型耐久性が不十分である等の欠点があり,プラスチック成形において最も高い重要度を持つ射出成形金型には未だに広く適用されていません。本研究は、この現実に対応し,使用材料に制約されず、迅速安価に型製作可能な溶射法により,短時間、低価格、良品質の量産用天然模様加飾射出成形金型の開発に取り組んできた。

 新しい製作法としては,先ず天然母材モデルからの高融点材料溶射や溶射層よりの分離を可能とする被溶射原型を新たに開発する。この原型に必要な厚さまでステンレス鋼または超硬合金を溶射し,これらの溶射層を金属鋳造によりバックアップする。その後ショットブラストにより溶射転写面の天然模様を損傷せずに原型を分離することにより,金型表面に天然模様加飾・耐磨耗表層を創製するという製造プロセスを提案した。一連の製作工程や適正製作条件を明らかにしたことにより,溶射法による天然模様加飾金型の製造プロセスを確立した。

 この新しい製造プロセスの開発に成功したことにより,従来の電鋳法における製造工程の長引くや高価,精密鋳造法及び溶射法における金型の耐久性の低い難点を克服し,短納期・低価格・良品質の天然模様加飾射出成形金型を製造することが可能となった。

 論文は序言と結論を含めて全8章より構成されている。

 第1章"序言"においては,既存加飾金型製造法、特に天然模様加飾金型製造法を分類して概観し,溶射法をはじめ各製造方法の特質、現状および問題点について述べている。天然模様加飾射出成形金型の開発への要望から、溶射法が最も有力との結論に至った本研究の技術的背景を明らかにして,研究の目的および主たる内容を明確にしている。

 第2章"溶射による天然模様加飾金型製作法の検討"においては,既存溶射法では天然模様加飾射出成形金型の開発ができなかった最大な理由は耐熱被溶射原型が存在していないことを指摘している。この難点を克服する為の新しい金型製造法としては、溶射法及び精密鋳造法の特長を活用する複合法を提案する。この発想に基づいた製造プロセスの構想から,実際のプロセスの樹立に向かって,各工程を追って予想される技術難点を研究課題として取り上げ,その解決手法を論じている。

 第3章"金属・セラミック複合粉末による被溶射原型"においては,既存被溶射原型の中で金属粉末焼結による原型が高融点材料溶射に耐えうる耐熱性を持つことに着眼して,新しい原型材料としては,先ず溶射層と親和性の良好な金属粉を選択する。次にその短所なる溶射材との親和性と溶射層よりの分離性の不適性さに起因する溶射材の付着難,かつ,溶射層よりの分離難の問題点を解決するためには,金属粉に溶射層との親和性と分離性を調整するセラミック粉末を適当量添加することが有効ではないかと考えた。このような複合原型材を用い,かつ,適正な製作条件を見出すことにより,(1)高融点材料溶射可能の耐熱性,(2)溶射層が付着可能な親和性,(3)溶射層から分離可能の分離性,(4)高い寸法と転写精度の諸特性を必要とする原型を開発することが可能であることを示している。

 この様な観点から,本研究では,金属粉末としては鉄系溶射層と親和性の良好な鉄粉を選び,表面転写精度を向上するため微細鉄粉添加の混合鉄粉を採用する。セラミック粉末としては安価で通気性型で実績のあるムライト粉を選択する。さらに中川研究室で開発された通気性セラミック型製造技術により,鉄粉とムライト粉の混合比および焼成温度を種々に変化させ,ステンレスプラズマ溶射実験により,これらの製作条件と溶射層の付着性,溶射層よりの分離性,さらに寸法精度および表面と微細凹凸の転写性との関係を調べている。これらの実験結果は、付着と分離の両立,良好な寸法精度と転写精度を持たせるには,鉄粉とムライト粉の混合比が5:5,焼成温度を500℃にした製作条件が適正であることを明らかにしている。

 第4章"ステンレス溶射層の創製条件"においては,既存溶射金型表層の低耐磨耗性の問題点を解決するために,本製作プロセスでは型表面に高融点金属溶射層を創製することが最も重要であるとされている。しかし,転写金型製作の本研究では,通常付着に有効なブラストによる原型表面の粗面化が原型表面シボ模様を損傷したり,下地結合材溶射は原型の分離不能を来す可能性があるため採用できず,結局溶射層の創製可否は適正な溶射材と溶射装置の選択,溶射条件の適正さに決まることを指摘している。溶射材料としては広範囲のプラスチック成形に応じる耐磨耗と耐食性の良好なマルテンサイド系ステンレス鋼溶射粉末を選択し,溶射装置としては性能の優れたプラズマ溶射を採用するのが適当であることを示している。

 実験では、ステンレス溶射層の形成性や特性に及ぼす溶射条件の影響を調べることにより,目標厚さまで溶射材を付着させ,良品質かつ高い転写精度を持つ一般的な皮シボ模様加飾溶射層を得られる適切な溶射条件を明らかにしている。さらに平滑面を持つ通常形状の被溶射原型に溶射際の有効な剥離対策を見出したため,本溶射金型が広範囲に製作できることを明らかにしている。

 第5章"鋳造によるバックアップ"においては,射出成形溶射金型としては高融点材料溶射層を強度や熱伝導性の良好な金属材によってバックアップすることが必要である。そのためバックアップ材料としては,射出成形に応じる強度や低価格の亜鉛合金を選び,また接合性の観点から熱変形の少なさを期待するビスマス合金を採用する理由について述べている。

 接合方法としては,鋳造によるバックアップを用いている。しかしステンレス溶射層はバックアップ合金と親和性が良好とは考えられないため,ステンレス溶射層に直接鋳造の他に,バックアップ合金との親和性が良好で,しかも熱膨張係数差の小さい中間溶射層を介する間接鋳造による接合法も試みている。

 亜鉛合金の凝固収縮による接合面に発生した熱応力を抑制するために指向性凝固法を採用し,適正冷却速度を見出すことにより,ステンレス溶射層を亜鉛中間溶射層を介して亜鉛合金と接合することを可能にした。これに対して,ビスマス合金の場合では,凝固収縮が小さいので鋳造際の保持温度をスズ中間層の融点以下の低温に設定すれば,指向性凝固をさせずにスズ中間層を介してビスマス合金と接合することが可能であり,亜鉛合金に比べ優れた作業性を持つことを明らかにしている。

 第6章"超硬合金金型への展開"においては,耐磨耗性に優れていることから型材として広く利用されている超硬合金を溶射材料として採用する理由に言及し,溶射により型表面に超硬溶射層を創製し,金属バックアップを実現することにより超硬合金金型を製作することを試みている。

 被溶射原型から,金属バックアップまでステンレス溶射金型製造プロセスの超硬合金金型製作への適用可否について検討を加えた結果,超硬溶射層は、ステンレス溶射層に比べ,原型よりの分離性がはるかに優れており,しかも良好な表面や微細凹凸形状の転写性を有すること等を明らかにしている。適正溶射条件を用いて良質な超硬合金溶射表層を創製し,かつ,亜鉛合金とビスマス合金バックアップを実現したことにより,溶射による超硬合金金型の新しい製作法を確立した。

 第7章の"射出成形金型への適用"においては,射出成形金型を目標とした本製作プロセスの実用性を調査するために,天然母材モデルと光造形モデルからの溶射金型を試作し,高圧射出成形条件下の成形実験を行い,射出成形への適用可否に関する検証を行っている。

 実験の結果は,いずれの射出成形圧力でも,問題なく射出成形することができ,しかもモデルと同等な天然シボ模様を表面に持つ射出成形品を得ている。また鏡面仕上げを必要とする金型表面も射出成形として使用できる範囲に達していることを確認している。

 第8章"総括"においては,本研究で得られた結果を各章を追って総括し,本研究の意義を述べている。さらに本研究はこれまでに存在しない手法による新しい金型の開発研究等のことから,必ずしも十分な結果を得ていない部分を今後の深化すべき研究課題として取り上げ更なる検討を行っている。

 最後に関係者各位に謝辞を述べ,本研究で残した成果に関する発表論文など研究業績の一覧を巻末に添付している.

審査要旨

 本論文は「溶射法による天然模様加飾射出成形金型の製造」と題し、序言と総括を含め全8章より構成されている。

 従来天然模様を表面に持つ射出成形金型は、電鋳と称するNiメッキによる方法又は精密鋳造によるものが存在していた。電鋳法は表面精度は高いものの製作に長時間かかり極めて高価であり、又精密鋳造法では表面精度が劣るのが欠点とされている。本研究は金属粉末の溶射を用いて、電鋳法並の精度を得た上で大幅な製作時間の短縮を実現する金型製作法を開発したものである。本開発技術の要は金属溶射に耐え、かつ付着性と崩壊性を兼ね備えた被溶射原型モデルを製作することにある。

 第1章では、既存の天然模様加飾金型を概観し、現状の問題点を指摘し、研究で取扱う技術開発の背景および研究目的を述べている。

 第2章では、高精度の天然模様加飾金型を短期間に製作するには、金属溶射法が原理的に適していることを示し、その新しい製造工程を提案している。この方法の実現には耐熱性のある被溶射原型の開発が必要であること、さらにその他の諸工程における幾つかの開発課題を論じており、以下の章に示す実験研究に指針を与えている。

 第3章は、被溶射原型について検討を加えたもので、本研究の最も重要な研究成果を示している。先ず溶射時の高温に耐える原型材料として、セラミック粉末を採用し、また適切な強度と付着性を持たせるため、鉄粉を混入すると共に酸化焼結を行って原型を製作する方法を開発している。また微細な表面模様の転写に関してはセラミック粉末としてムライト粉末を採用することにより実現できることを明らかにしている。この研究の中で、多くの実験的試行により、付着性と分離性を両立させ、かつ良好な転写精度を得るには、鉄粉とムライト粉の混合比を重量で1:1とし、500℃での空気零囲気焼成が適正な製作条件であることを見出している。

 第4章では、溶射材料としてステンレス鋼粉を選び、溶射法と溶射条件を明らかにしている。溶射法としてはプラズマ溶射を採用することが適当であり、溶射条件を適切に選択することにより、剥離不良を避けることが可能であるとしている。また得られた溶射層のち密性や精度についても満足できるものであることを明らかにしている。

 第5章では、ステンレス溶射層を亜鉛合金やビスマス合金のような低融点合金鋳造によりバックアップする方法について検討している。すなわち、表面酸化層の存在が避けられない溶射層と鋳造金属との付着性を向上するため、その中間に鋳造金属との親和性の高い低融点合金を溶射する方法を試み、実際に密着した金属バックアップが実現できることを示している。例えば、バックアップ金属としては鋳造性が良好で、かつ強度もある程度確保でき、凝固収縮も少ないビスマス合金が適しており、この時の中間溶射層としてはスズ合金を選択することが適当であることも示している。このバックアップ技術は現在の電鋳法にも有効に適応可能と考えられる。

 第6章では、溶射材料をより耐磨耗性の高い超硬合金に拡大し、同様な手法で溶射金型が製作できることを示し、むしろステンレス鋼溶射に比べて原型よりの分離性がはるかに優れているという結果を得ている。さらに、前章と同様な手法で金属バックアップが可能であることを示している。

 第7章では、本論文で開発された手法により、実際に射出成形金型を製作すると共に射出成形実験を行い溶射金型の有効性を確認している。先ず天然皮シボをもつ金型を製作し、表面模様が満足できる精度で成形できること示している。次に光造形モデルからもこの方法で転写金型が迅速にかつ高精度に製作できることを示している。また、離型後の金型表面仕上げ法としてブラスト処理法が適切であり、また溶射面にみがき加工を加えることにより鏡面金型を得ることも可能であることを示している。

 第8章は本研究で得られた結果を総括すると共に、既存の電鋳法と比較してその優位性を明らかにしている。さらに今後検討すべき将来の課題についても述べている。

 以上要するに、本研究はこれまで不可能とされていた天然模様をもつ表面加飾射出成形金型を、粉末溶射によって実現する方法を新たに研究開発したもので、その技術レベルが高いばかりでなくその実用性は高く工業的に有効な成果を得ている。さらにその研究過程では金属・セラミック酸化焼結体を原型として使用するなど多くの独創的試みが成されており、材料加工の面において学術的にも大きな貢献をしている。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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