学位論文要旨



No 213693
著者(漢字) 田村,兼吉
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ケンキチ
標題(和) プロペラと氷片の干渉に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 213693
報告番号 乙13693
学位授与日 1998.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13693号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,洋治
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 助教授 山口,一
 東京大学 助教授 佐藤,徹
内容要旨

 氷海域を航行する船舶では、砕氷片がプロペラに衝突する現象は日常的に発生しており、効率低下のほか、プロペラ翼の損傷や機関への障害など重大な結果をも引き起こす。本研究は、氷中推進性能の中でも氷中抵抗と並んで特に重要な問題となっている氷片とプロペラの干渉問題を、実験的なアプローチにより取り扱ったものである。

 従来、この問題では破壊力学的な面に重点を置き、翼が氷片を切削していくのに必要なトルクや、それによる翼荷重を求める試みが行われてきた。しかし、最近の実験的な研究などから、干渉によって生じる力の中で、流体力学的な成分が無視できないことがわかってきた。そこで、本研究ではこれらを採り入れ、「氷片とプロペラの衝突による翼荷重」を問題の中心に据えながら、「氷片の存在によるプロペラ性能の変化」も視野に入れることとした。研究対象としては、浅水海域での高効率など、氷海用プロペラとして優れた特性を持つノズルプロペラを取り上げた。現象をプロペラ近傍に限定し、干渉によるノズルプロペラの性能変化と翼荷重を取り扱い、プロペラ設計への提言を目標とした。

 第2章では、氷とプロペラの干渉に関する文献を概観した。年代を追うごとにミリングによる切削過程のみのモデルから、圧縮破壊、衝撃力、流体力学的な力を考慮したモデルへと進化し、適用範囲も固定ピッチのオープンプロペラからノズルCPPへと拡大している。しかし解明されていない点も多く、実船データの少ないノズルCPPについては、理論的モデルや計算コードのみによる氷荷重の予測の信頼度は高いとは言えない。

 第3章では、氷とプロペラの干渉過程のシナリオを提案した。ここでは、干渉による荷重成分を、氷と翼との直接的な接触による荷重Fice、氷片及び砕氷片の慣性力本体による荷重Finertia1、氷片が存在することにより生じる流体力学的な荷重Fhydro、氷片及び砕氷片の慣性力の付加質量による荷重Finertia2、の4つの成分の合成によって表している。そして、氷強度を変化させての水中及び空気中での氷片流し込み実験、氷片によるブロッケージ実験という3種類の実験を組み合わせることにより、実験による4成分への分離が可能であることを示した。

 第4章では、前章で提案した成分分離方法に基づいて、3種類の模型実験を行い、スラスト、トルク、スピンドルトルクのそれぞれを、4つの荷重成分に分離した。これにより得られた結果は、以下の通りである。

 (1)スラストの荷重成分は、Finertia1の割合が大きく、慣性力の影響が比較的大きい。Ficeの割合は小さく、氷強度の変化に対するFiceの変化も小さい。Fhydroは、他の荷重成分がスラストを減じさせるのに対し、スラストを増加させる。

 (2)トルクの荷重成分は、Ficeの割合が非常に大きく、氷強度の変化に対するFiceの変化分も大きい。Finertia2、Finertia1の値は小さい。トルクはスラストに比べて氷片の破壊の影響を直接的に受けることから、妥当な結果と言える。

 (3)スピンドルトルクの荷重成分は、全成分中Finertia1が最も大きい。

 第5章では、プロペラ直径、プロペラ回転数、前進速度、の各パラメターを変化させて、前章と同様の模型実験を行った。成分分離を行った後、前章の結果とも比較しながら、トルク成分中で卓越するFice及びFinertia1を中心に調査した結果、以下のようなことがわかった。

 (1)氷片が破壊する最低のプロペラ回転数は、破壊モードを曲げ破壊と仮定することにより精度良く求めることができる。

 (2)プロペラ回転数が低い場合、氷片は圧縮破壊すると考えられ、トルク成分ではFiceが卓越し、その値はプロペラ直径の約3乗に比例する。

 (3)プロペラ回転数が高い場合、衝突による影響が大きくなり、トルク成分ではFinertia1が卓越し、その値はプロペラ直径の約4乗に比例する。

 (4)非常に細かく氷片が破壊する場合は、Finertia2の成分を考慮する必要が生じる可能性がある。この場合には、破壊後の砕氷片の大きさの分布を仮定することにより、付加質量を簡易的に計算することが可能である。

 (5)以上より、プロペラ回転数が小さい場合のトルクの尺度影響は尺度の3乗であるが、回転数が大きくなった場合は4乗に漸近することがわかる。

 第6章では、海上保安庁の砕氷型巡視船「てしお」での実船実験結果をまとめた。実験では、歪ゲージをプロペラシャフトに取り付け、氷海域を航行中の軸トルクを計測した。計測されたトルクの定常成分は、燃料消費率から求めた値と非常に良く一致し、計測の精度が確認できた。氷片との干渉によるトルクの変動成分の最大値は定常成分と同程度で、定常成分が大きいほど干渉頻度が高くなる傾向が見られた。また、ラミング砕氷時等に起きる氷片かみこみはトルク上昇の大きな原因となることがわかった。

 第7章では、前章の実船実験結果と氷海水槽での模型実験結果との比較を行った。氷片の浮力、船速、氷厚を考慮した数を用いて模型と実船の干渉頻度を整理した結果、両者は比較的良く一致した。一方、軸トルクに関しては、Fice成分が尺度の3乗に比例、Finertia1成分が尺度の4乗に比例するとして、模型実験の値から実船への換算を行うと、トルク変動成分の最大値の推定が可能であることがわかった。また、馬力の変動成分が船速または、馬力の定常成分に比例することが確認できた。

 第8章では、氷海用プロペラの強度などを規定している船級規則についての特徴をまとめ、現状での氷海プロペラ設計法を紹介するとともに、その問題点を指摘した。砕氷船のプロペラ設計において、氷片との干渉の影響を考えた場合、一方にはその性能低下の問題が、他方にはプロペラ強度の問題がある。それぞれについて、提言を整理する。

 (A)性能低下について

 (1)流体力学的な性能低下は、主として氷片によるノズル閉塞やOLP(オーバーロードプロテクター)の作動過多等によって引き起こされる。したがって、OLPの作動しきい値は注意深く定める必要がある。

 (2)氷片との干渉頻度は模型船実験から予測可能である。ノズル閉塞による性能低下は、模型実験の成分分離によりFhydroとして計測可能であり、将来的には数値計算によっても予測可能となると考えられる。

 (3)ノズルに氷片が衝突することにより、効率の低下を引き起こす可能性があり、考慮が必要である。

 (B)プロペラ強度について

 (1)アイストルクの予測として船級規則を用いる場合、定数mの安全率は2を超える大きな値を採用する必要がある。

 (2)プロペラ強度について影響が大きいFiceについては破壊モードが純圧縮によると考えてモデル化する事により、Finertia1については翼と氷片の系をバネモデルにより仮定することにより予測可能である。

 (3)オープンプロペラのアイストルク計算に推奨されるJagodkinの方法は、ノズルプロペラには向かない。プロペラ強度計算方法としてIgnatjevの強度計算方法を使用することは簡便で有効である。

 (4)既存の氷海用プロペラの実績ベースの断面係数を考えると、CPPはFPPの50%、ノズルプロペラはオープンプロペラの約75%とすることが可能である。ただし、ミリングによるアイストルクがプロペラ直径の2乗に比例すると考えられるのに対し、ノズルプロペラでは、主となる衝突によるアイストルクは直径の約2乗と3乗の中間程度と考えられるため、オープンCPPと同程度の設計基準を採用すべきである。

 (5)強度設計の最終段階として、本論分の成分分離実験から、アイストルクの実船推定を行うことを推奨する。十分な直径の模型を使用し、模型氷の強度を実船試験での値に適合させることにより、推定精度を高めることが可能となる。

審査要旨

 本論文は「プロペラと氷片の干渉に関する実験的研究」と題し、9章から成っている。

 第1章は緒言で本論文の背景、研究の必要性について述べている。北極海航路の可能性の高まりとともに氷海域を航行する船舶の開発の必要性が増し、研究すべき課題の一つとして、砕氷片とプロペラの干渉の問題がある。提出者は特にノズルプロペラ(プロペラ翼のまわりを断面が翼型の円形ノズルでおおったプロペラ)と砕氷片の干渉の問題を取り上げ、氷片による翼荷重の増加とプロペラ性能の変化について研究している。

 第2章では、本研究課題についての過去の研究成果を概観している。プロペラと氷片の干渉については重要でありながら経験的な手法が多く、特にノズルプロペラについては氷荷重の予測の信頼性は低いとして、研究の必要性を述べている。

 第3章はこの実験的研究についての提出者の方法について述べたものである。提出者は氷とプロペラの干渉過程を観察、調査することにより、氷片がプロペラに及ぼす影響を、下記の4つの成分に分けて取り扱うことが出来るとしている。すなわち、プロペラ翼に生ずる荷重成分は、氷片と翼の直接的な接触による荷重Fice、氷片の慣性力に基づく荷重Finertia1、氷片が存在することにより生じる流体力学的な力Fhydro、氷片の付加質量による荷重Finertia2の4つの成分の合成により表せるとしている。そして、強度を変化させて氷片を作製し、水中でプロペラ翼面に流し込む実験、空気中での同様の実験および氷片をプロペラ近傍に固定させてその影響を調べる実験の3種類の実験を行い、その結果を組み合わせることにより、上に述べた4成分の分離が実験により可能であることを示している。

 このような実験方法は提出者が独自に考案した方法であって、氷の強度が温度や製作方法によって変化することを、たくみに利用したもので独創性が高い。

 第4章と第5章は、第3章で提案した方法に基づいて行った、膨大な数の実験の結果について述べている。このような実験はこれまでほとんど行われておらず、データそれ自身が貴重な資料である。

 第4章ではプロペラのスラスト、トルクおよび可変ピッチプロペラの作動に重要であるスピンドルトルクのそれぞれを上述の4つの荷重成分に分離しその大小について論じている。

 第5章ではパラメータとしてプロペラ直径、プロペラ回転数、前進速度を変化させて行った実験の結果を解析し、スラスト、トルクへの各パラメータの影響について考察している。さらにトルクに対してはFiceが、スラストに対してはFiceとFinertia1が大きいことから、これらの成分の影響をくわしく調査している。そして氷片の破壊モードを推定することにより、模型実験結果から実船の場合を推定するのに必要な尺度影響の問題を論じている。

 第6章は本研究で対象としているノズルプロペラを装備した砕氷型巡視船「てしお」の実船実験について述べている。歪ゲージをプロペラシャフトにとりつける方法で軸トルクを計測し、氷況と平均トルク、その変動分の大きさの関係について調査している。このような実船での計測例はほとんどデータが公表されておらず、貴重である。

 第7章では第6章で述べた実船実験と、対応する模型実験の結果を比較し、プロペラと氷片の干渉に対する尺度影響について論じている。干渉の頻度を支配する無次元数を見出し、また軸トルクについてはFiceが尺度の3乗に、Finertia1が尺度の4乗に比例するとして換算すると、模型実験結果から実船のトルク変動成分の最大値の推定が可能であることを見出すなど、実用上有益な知見を得ている。

 第8章はまとめとも云うべき部分で、氷海用プロペラの強度を規定している各国の政府規則、船級規則について考察し、砕氷船のプロペラ設計の考え方について提言している。プロペラと氷片の干渉の問題において、氷片による流体力学的な性能低下が顕考となることは希であり、プロペラ強度の問題が最も重要であること、プロペラ設計荷重を考える際、ノズルプロペラは普通プロペラの約75%、可変ピッチプロペラは固定ピッチプロペラの約50%としてよいことなどの結論を得ている。

 第9章は結言である。

 以上を要するに本論文は氷海中を航行する船舶のノズルプロペラについて、氷片との干渉の影響、特にプロペラ荷重の増大について、膨大な量の実験により解明して設計に役立つ資料を得たもので、船舶流体力学、氷海工学の発展に資するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格を認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54044