学位論文要旨



No 213694
著者(漢字) 平木,講儒
著者(英字)
著者(カナ) ヒラキ,コウジュ
標題(和) カプセル型物体の動的不安定性についての実験的研究
標題(洋)
報告番号 213694
報告番号 乙13694
学位授与日 1998.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13694号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 雛田,元紀
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 小林,康徳
 東京大学 教授 佐藤,淳造
内容要旨

 本研究は,扁平な形状を有するカプセル型物体に見られる動的不安定性現象に着目し,実機飛翔の定量的な運動の予測をするための手順を確立すること,およびこれまでの研究で明らかにされなかった動的不安定性の発生メカニズムを理解することを目的とし,風洞内で1自由度の回転運動を許容した模型の運動の観察および表面圧力の測定により実験的事実を蓄積し,それを基に動的な空気力を簡潔に表現した結果を用いて実機飛翔の運動を予測し,実機飛翔結果と比較するというアプローチにより,動的不安定性はカプセル背面の圧力変動によるものであること,その結果カプセルに生じる運動は流れ場との連成により達成される安定状態と考えられること,その運動の最大振幅はカプセル形状が相似であればマッハ数のみの関数として一意的に決められること,ここで示した手順により実機飛翔の運動の最大振幅は予測可能であることを示したものである.

 本研究の背景には,近年特に注目されている火星・小惑星などの天体からサンプルを持ち帰るサンプルリターン計画において採集されたサンプルを地球に持ち帰る際に必要な再突入カプセルは主として受動的な空力安定性に頼って安定な飛行を達成することが多いが,これまでに行われたカプセル型物体の安定性についての研究から,静的には安定であっても,特に遷音速域において動的には不安定になり運動が発散する傾向があることが指摘されていることが挙げられる.

 本論文は全5章から構成され,第1章では問題の提起を行い,これまでの動的不安定性に関連する研究を概観し,研究を進める上での問題点を抽出し総括するとともに本論文の目的を明白にしている.第2章では,対象とするカプセル形状について動的試験法の1つである1自由度自由回転法を採用して行った風洞試験の結果を述べ,そこで観察された運動と表面圧力との関連性を調べるために行った非定常圧力測定試験の結果をもとに動的なモーメントの持つ特性について議論する.第3章では,第2章で得られた結果から考えられる動的なモーメントの特性を持つようにダンピング係数をピッチ角の陽な関数として簡潔に表し,風試での運動を微分方程式で記述する.第4章では,大気球を用いての実機飛翔試験(自由飛行試験)について記述し,風試データから導出したダンピング係数を用いてのシュミレーションにより予測された姿勢運動と実際の運動を比較することで,ダンピング係数の表現の妥当性や動的不安定性のメカニズムについて議論する.第5章は結論であり,本研究で得られた成果についてまとめる.

 第1章では,まず,カプセル型物体の動的な安定性は姿勢運動を考える上で重要であること,動的な安定性を風洞等の地上設備で評価するのは動的な空気力が静的な空気力に較べ一般に小さいため困難であること,その一方で実機飛翔中の姿勢運動を定量的に予測するための地上試験の手順の確立が強く望まれていることなどが述べられる.次に,カプセル型物体の動的不安定性についてこれまでに行われた研究を総括して,動的不安定性のメカニズムが明らかになっていないことが指摘され,地上での試験と実機飛翔との間に存在する様々な相違が動的不安定性による運動に与える影響を把握することの工学的重要性が述べられている.

 第2章においては,風洞で行った三分力試験の結果から対象とするカプセル形状は静的に安定であることを確認したうえで,模型がピッチ軸まわりに自由に回転可能な装置を試作し,風洞内での模型の運動を観察している(1自由度自由回転法).その結果,模型はピッチ角0°付近から振動し始め発散の傾向を示した後ある振幅での定常振動(リミットサイクル)に落ち着くという運動を行うこと,この運動はマッハ数が1.0〜2.2の範囲で観測され,その定常振幅はマッハ数とともに変化し,マッハ数1付近で最大となる(振幅25〜30°)こと,ピッチ角の小さい範囲での振動の発散の傾向が動的不安定性によるもので,角度が増加するにつれ不安定性は弱まりいずれ安定に転ずるという傾向が見られること,などの実験的事実が示されている.これらの事実は,これまでに得られている動的不安定性についての特性と定性的に一致している.

 第2章における主眼は,この動的不安定性がどのような空気力によるものであるかを明確にすることであり,具体的には運動中の模型の前面・背面のそれぞれ上下2点(計4点)での表面圧力を計測する方法に依って行われている.これにより,動的に不安定なモーメントは背面の圧力(分布)により作り出されており,ピッチ角の増加とともに次第に減少してある角度で動的に安定なモーメントに転ずること,ピッチ角(の絶対値)が小さい間はこの動的に不安定な効果が静的に安定な効果より卓越しているために振動が発散することなどの実験事実が明らかにされている.背面圧力による動的なモーメントがピッチ角の増加とともに不安定から安定へと変化する角度がリミットサイクルの定常振幅のおよそ1/2に相当する事実は第3章における空気力の表現の際に反映される.また,運動中の圧力(動的な圧力)と静止した状態での圧力(静的な圧力)との比較から,動的不安定な効果は背面の圧力の示すピークの角度が静的な場合に較べて動的な場合は角度が大きくなる側にずれることに起因していることも実験的事実として示されている.また,静止した状態での背面上の流れのオイルフロー法による可視化結果から,ピッチ角0°で形成される軸対象な流れは不安定で,非対称な流れに移行しようとする傾向があることなども述べられている.

 第3章では,第2章で得られた実験的事実に矛盾しないように静的・動的な空気力を簡潔に表現することにより風試で観測された運動を微分方程式で記述することを行っている.具体的には,動的な空気力に対応するダンピング係数を上に凸なピッチ角の2次関数として書き表すことにより,第2章で得られた実験的事実,すなわち,ピッチ角の小さい範囲では動的に不安定で角度が増加するにつれ安定へ転ずるという傾向,および(ダンピング係数が0になる角度をとすれば定常振幅は2になるというこの微分方程式の特性から)動的なモーメントは定常振幅のおよそ半分の角度で不安定から安定へと変化するという事実を矛盾なく満たすことができることなどが示されている.また,この表現に基づいて各マッハ数における風試での運動を再現した結果は実測値と良好に一致し,風試から空気力がマッハ数の関数として得られることも述べられている.

 第4章においては,気球を用いて高度36kmから行った実機の飛翔試験(自由飛行試験)の結果と,第3章で得られた空気力を用いての姿勢運動シュミレーションの結果が比較され,これまでの手順の妥当性が検証される.両者の比較については,振動が最大振幅に至るまでの過程には有為な差異が認められるが,最大振幅に到達後の全迎角の時間履歴について一致の具合は良好であることなどが述べられる.また,この事実は,風試と自由飛行試験との間には質量特性や飛翔環境などの運動を支配するパラメータに相違が存在するが,それらの相違は最大振幅にはほとんど影響を及ぼさず,従ってダンピング係数におけるは両試験間で同一であることを示すことが指摘される.これらの実験的事実に基づいて,最大振幅を決めるは形状が相似であればマッハ数によって一意的に決まるものであること,リミットサイクルの状態は物体の運動と特に後流の流れとの連成によってもたらされる定常解(安定解)であると考えられることが述べられている.また,第2章で行った圧力測定や背面の可視化結果から,安定なリミットサイクルに至るプロセスは,ピッチ角0°近傍では後流の軸対称な流れは不安定である,ピッチ角の小さい範囲では静的に安定な効果より後流の不安定な流れに起因する背面の圧力変化が作り出す動的に不安定な効果の方が大きい,結果として物体の運動を誘起し安定なリミットサイクルに推移していく,という経緯で説明されている.

 第5章では本研究の結論として,工学的な立場としてはカプセルの運動が最大で25°ないし30°程度の振幅の振動が持続するもののこれ以上の発散に至ることはないこと,また,この特性は飛行環境や質量諸元などのパラメータに依らず形状が決まればマッハ数の関数として一意的に振幅が決定できること,およびこれを簡単な動的風試によって定量的に求める手順とその妥当性が示されたことなどの成果を得たことが述べられている.

審査要旨

 工学修士 平木講儒 提出の論文は,「カプセル型物体の動的不安定性についての実験的研究」と題して日本語で書かれ,5章からなっている.

 近年特に注目されている火星・小惑星などの天体からのサンプルリターン計画において,採集サンプルの地球帰還時に必要な再突入カプセルは主として重量的制約から受動的な空力安定飛行に頼らざるを得ないことが多い.通常これらに使われる扁平な形状のカプセル型物体の安定性に関しては,遷音速域で特に顕著な特性として,ピッチ(ヨー)角に関して静的に安定であっても(すなわち,空力静安定モーメントが負であっても),ピッチ(ヨー)振動が徐々に発散して最大振幅に達し,以後その振幅で一種の定常振動に入ることが報告されている.この特性をここでは動的不安定性と呼んでいるが,従来の研究成果だけではこれに関する定量的な予測は難しく,より系統だった研究が求められてきた.

 本研究では,遷音速域で見られるこの動的不安定性について出来るだけ定量的な結果を得るとともに,実際の再突入カプセル(実機)の定量的な運動予測のための手順を確立することを目指している.風洞内(遷音速・超音速)で1自由度回転模型の運動観察および模型前面および背面上で圧力測定を行い,これに基づいて,動的な空力モーメント(ピッチ(ヨー)角速度に依存する空力動安定モーメント)を具体的に式の形で表現して実機飛翔の振動運動を予測し,さらにこれを実機寸法カプセル模型の飛翔結果と比較するという手順により,その振動の最大振幅はカプセル形状が相似であればマッハ数のみの関数として一意的に決められること等を示している.ここで示した手順により実機カプセルの飛翔運動とその最大振幅は予測可能となる.

 第1章では,カプセル型物体の遷音速域の動的不安定性について従来の研究を概観するとともに,特に動的な空力モーメントを求める種々の実験手法を比較検討している.

 第2章では,風洞で行った三分力試験の結果から対象とするカプセル形状は静的に安定であることを確認した上で,模型がピッチ軸まわりに自由に回転可能な装置を試作し,風洞内での模型の運動を観察している(1自由度自由回転法).また,この遷音速域の動的不安定性を解明する試みとして,運動中の模型の前面及び背面で圧力測定を行っている.この結果から,動的に不安定なモーメントは背面の圧力(分布)により作り出されており,ピッチ角の増加とともに次第に減少してある角度で動的に安定なモーメントに転ずること,ピッチ角(の絶対値)が小さい間はこの動的に不安定な効果が静的に安定な効果より卓越しているために振動が発散すること等を推論している.

 第3章では,静的ならびに動的な空力モーメントを式の形で表現し,風洞試験で観測されたカプセルの一軸まわりの姿勢運動を記述する非線形微分方程式を提示している.具体的には,動的な空力モーメントに対応するダンピング係数をピッチ角に関して上に凸な対称2次関数で表すことにより,第2章で得られた実験的事実,すなわち,ピッチ角の小さい範囲では動的に不安定で角度が増加するにつれ安定へ転ずるという傾向,およびダンピング係数が零となるピッチ角をとすれば定常振幅は2になるというこの微分方程式の特性から動的なモーメントは定常振幅のおよそ半分の角度で不安定から安定へと変化するという事実と一致することを示している。また,この表現に基づいて各マッハ数における風洞試験での運動を再現した結果は実測値とよく一致しており,風洞試験からがマッハ数の関数として得られることを指摘している.

 第4章では,高度36kmの気球から投下して行った実機寸法カプセル模型の飛翔試験(自由飛行試験)の結果と,第3章で得られた静的並びに動的空力モーメントを用いたシュミレーションの結果を比較し,これまでの手順の妥当性を検証している.両者の比較から,振動が最大振幅に至るまでの過程には有為な差異が認められるが,最大振幅に到達後の全ピッチ角の時間履歴はよく一致していることを示している.これらの事実から,最大振幅を決めるは形状が相似であればマッハ数によって一意的に決まるものであること,また最大振幅での運動のリミットサイクル状態は物体の運動と後流の流れとの連成によってもたらされていると推測されること等を指摘している.

 第5章は本研究の結論である.

 以上を要するに,本論文は,1自由度自由回転法を採用した風洞試験結果に基づいて、扁平な形状のカプセル型物体に見られる遷音速域の空力的な動的不安定性を簡単な関数形で表現することにより,実機飛翔の姿勢運動を実用上十分な精度で予測することが可能であることを示したもので,航空宇宙工学上寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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