学位論文要旨



No 213696
著者(漢字) 江崎,浩
著者(英字) Esaki,Hiroshi
著者(カナ) エサキ,ヒロシ
標題(和) ATM技術を用いたインターネットにおける高速パケット転送アーキテクチャに関する研究
標題(洋) A High Speed IP Packet Forwarding Architecture over Internet using ATM Technology
報告番号 213696
報告番号 乙13696
学位授与日 1998.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13696号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斉藤,忠夫
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 助教授 相田,仁
内容要旨

 ATM(Asynchronous Transfer Mode)技術は、与えられたパケットフローに要求される通信品質(QoS;Quality of Service)を満足することのできる高速データリンク技術とされ、本来BISDN(Broadband Integrated Service Digital Network)の実現解としてITU(International Telecommunication Union)で検討が進められてきた通信技術である。ATM技術は、ルーターをネットワーク内部に持たずに大規模な高速ネットワークを供給することのできるネットワーク技術であると考えられていた。しかしながら、コネクションレスデータグラム転送技術を用いて構築されている現在のインターネットサービスをATMネットワーク上で実現することを考えると、ATMがエンドエンドに仮想コネクションを提供可能な大規模なデータリンクネットワークを提供することができるとしても、やはり、ATMデータリンクネットワークの中にはルーターを設置する必要がある。

 本論文では、ATM技術を用いたインターネットおよびイントラネットが解決すべき2つの大きな課題を解決するアーキテクチャの検討・評価を行っている。1つはATMプラットフォーム上での高速大容量パケット転送を行うことのできるルータアーキテクチャ、もう1つはATMプラットフォーム上での誤りのない大規模なマルチキャストサービスの実現アーキテクチャである。

 ルーターから構成されるネットワークをATMネットワークの上にOverlayさせるアーキテクチャ(e.g.,NHRP,Next Hop Resolution Protocol)が数多く提案されているが、ルーティングループが形成されたり、ルーターでのパケット処理能力不足といったルーターネットの本質的な問題は解決することができていない。本論文では、ルーターのパケットスイッチイングエンジンとしてATMセルスイッチを利用することで、大容量でスケーラブルなパケット処理能力を実現する。本論文で提案・評価しているアーキテクチャでは、1つのサブネットアドレスで現わされるサブネット(本論文ではサブネットが物理的に連続した排他的な領域をもつモデルで議論しているが、実際にはサブネットは物理的に連続した領域である必要はなく、RFC1577モデルのように物理的には連続して存在しないいわゆる論理サブネットでも構わない)は、ルーターを用いて相互接続される。このサブネットがATM技術(正確にはコネクションオリエンティッドなデータリンク技術を適用している場合)を用いている場合には、ルーターでのIP転送エンジンとしてセルスイッチ(ATMスイッチ)を用いることが可能であり、セルスイッチをIPパケットの転送エンジンとして流用することで、安価で高性能(大きなスループット)かつスケーラブルな高性能ルーターを提供することができる。本論文にて提案しているこのようなセルスイッチエンジンを内部に持つようなルーターをCSR(セルスイッチルーター)と呼んでいる。CSRでのセルスイッチエンジンを用いたパケットの転送は、エンドユーザーのパケットフローに対してのみ行うもので、パケットをどの隣接ルーターに転送するかという判断は通常のルーティングプロトコル(e.g.,OSFP,BGP)が行う。つまり、CSRはルーターであり、動的にネットワークの状態に対応して、パケットの転送経路を変更すことができる。既存ルーターの問題点であった、ソフトウェアによるパケット転送処理によるパケット処理能力不足を、ATM技術の大きな特徴の1つであるハードウェアによるデータ転送処理を用いて解決することができる。

 現状のインターネット上でのデータ通信サービスは、ベストエフォートサービス上でのユニキャストおよびマルチキャストデータ交換である。さらに、マルチキャストデータ交換のアプリケーションは、リアルタイムのビデオや音声のみで、ユニキャスト上のアプリケーション(e.g.,telnet,ftp)のようにアプリケーションレベルでの誤りのないデータ交換は実現していない。ATMネットワーク上でのデータ交換サービスとしては、ようやく最近、通常の(ある程度のデータの誤りは許容する)マルチキャストの実現方法の検討が行われている段階であり、誤りのないマルチキャストデータ交換の実現方法に関するものはない。しかしなから、将来のインターネット上でのアプリケーションを考えると、大規模で誤りのなしマルチキャストサービスを用いたアプリケーションが登場することは明らかである。インターネット上での、多数の参加者によるインターラクティブなゲームなどは非常にポピュラーなアプリケーションとなることが予想される。また、誤りのないマルチキャストサービスは、効率的な情報の配送(e.g.,ソフトウェア配送)技術としても利用される可能性が非常に大きい。複数(クライアント数分の)のユニキャストセッションを用いた情報配送モデルと、マルチキャストチャネル(i.e.,IPv4 class D)を用いた情報配送モデルを比べると、情報配送の効率およびクライアント間での公平性などの観点から、マルチキャストサービスを利用することが必要となる。そこで、大規模な誤りのないマルチキャストサービスをATMネットワーク上で実現するアーキテクチャの検討・提案および数値評価を行っている。ATM特有の問題である、パケットのセル化およびスイッチ型のデータの転送にともなうエンドエンドパケット転送品質の劣化に対処するために、ATMレイヤレベルでの前方誤り訂正制御を提案している。また、多数のクライアントおよび大きな物理領域に広がるクライアントに対処するために、ソフトステートに基づいた状態管理方法を提案している。提案しているアーキテクチャを用いることで、高スループットで誤りのないマルチキャストデータ転送サービスをATM技術を用いた大規模ネットワーク上で実現することが可能となる。

審査要旨

 本論文はA High Speed IP Packet Forwarding Architecture over Internet using ATM Technology(ATM技術を用いたインターネットにおける高速パケット転送アーキテクチャに関する研究)と題し、全8章から成り、英文で記述されている。

 第1章はIntroductionであり、本論文の目的を述べる序章となっている。インターネットにおいては情報量が増大しており、大量のデータ転送に際してのサービス品質(QoS)の保証が求められている。本論文の目的は大きなスループットを持つATMプラットフォームを活用して、QoSを保証した大容量のルータアーキテクチャを提供することと、ATMプラットフォームを活用した大規模なエラーフリーのマルチキャストサービスを提供することであるとしている。

 第2章はATM Technology and Internet Protocol(ATM技術とインターネットプロトコル)と題し、本論文の背景となるATMとインターネットプロトコル(IP)について概括している。まず現在のデータ転送方式を共有メディアデータリンク、STM、ATMおよびパケット転送に分類し、ATMとIPの特徴を述べると共にATMのサービス機能およびインターネットプロトコルスイートについて説明し、インターネットにおいて、データリンクとしてATM仮想回線接続(VCC)を利用する方法のフレームワークを示している。

 第3章は Related Works of IP over ATM Architecture(ATM上のIPアーキテクチャの関連研究)と題し、インターネット接続にATMを活用する従来の研究についてATM上でIPを実現する方法と大規模な誤りのないマルチキャストを実現する方法について整理している。ATM上でIPを実現する方法としては3つのモデルを示している。クラシカルパケット転送モデルはルータ間にATMリンクを形成するものであり、サブネットモデルに従う利点を持つがQoSの保証の問題、ルータごとのパケット組立遅延等の問題がある。ショートカットパス転送モデルでは目的のIPアドレスに対して近道で到達できるATMアドレスを見付けるモデルである。これはIPのサブネットモデルから外れており、ルーティング上の問題を生ずるおそれがある。トランスペアレントリンクを用いたラベルスイッチのモデルでは、タグあるいはラベルと呼ばれる新たなヘッダ情報を付加してATMネットワーク上のセルを転送しようとするものである。この方式では商品化例も少なくないが、標準のATMインタフェースにはない機能であり、公衆網等を利用することはできない。またマルチキャストサービスのアーキテクチャについてはネットワークを大規模化する場合の従来の技術的問題点を指摘している。

 第4章はATM Network Architecutre using Cell Switch Router(セルスイッチルータを用いたATMネットワークアーキテクチャ)と題し、ATM上でIPを実現する新たな方法を提案している。セルスイッチルータ(CSR)はルータ間のATM接続をデータリンクとするサブネットモデルに従っている。まずサブネットモデルに従うことの利点を説明した後、CSRのアーキテクチャを明らかにしている。セルスイッチルータはホップバイホップのパケット転送、カットスルー形のパケット転送および、VC制御の機能を持ち、パケットの性質に応じてこれらの機能を選択使用して大容量を実現する。

 第5章はEvaluation and Discussion of Cell Switch Router(セルスイッチルータの評価と検討)と題し、第4章で明らかにした構造を持つセルスイッチルータの性能評価を行っている。システムスループットとしては現在の高速ルータより一桁大きいスループットを容易に実現でき、また遅延変動もおさえることができる。

 第6章はLarge Scale Error-free Multicast Service Architecture over ATM Networks(ATMネットワークを使った大規模な誤りのないマルチキャストサービスアーキテクチャ)と題し、ATMネットワークを使ったマルチキャスト方式を提案している。マルチキャストにおいて、各受信点はシーケンス番号からパケットの紛失を検出し、NACKを発生する。分岐点はNACKが複数生じたときにはこれをとりまとめて再送を要求することにより、誤り回復のための制御パケットの増大を軽減できる。

 第7章はPerformance Evaluation of Error-Free Multicast Architecture over ATM Networks(ATMネットワークを使った大規模で誤りのないマルチキャストアーキテクチャの性能評価)と題し、第6章で示したマルチキャスト方式の性能を評価している。NACKパケットのとりまとめによってNACK伝送のための帯域は大幅に減少する。また106個程度の多数の受信者がいる場合でもIPパケットの再送のオーバヘッドは充分小さい。

 第8章はConclusionであり、本論文の結論となっている。

 以上本論文はATM技術を用いた高性能IPルータの新規な方式を提案し、その有効性を明らかにしたものであって、電子情報工学上貢献するところは少なくない。よって本論文は博士(工学)の論文審査に合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50697