学位論文要旨



No 213697
著者(漢字) 美野,真司
著者(英字)
著者(カナ) ミノ,シンジ
標題(和) 石英系光回路を用いた高速光電子ハイブリッド集積回路に関する研究
標題(洋)
報告番号 213697
報告番号 乙13697
学位授与日 1998.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13697号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 本研究は、次世代通信・交換技術に必要とされる、石英系光回路を用いた高速光電子ハイブリッド集積回路の実現を目指して行われたものである。近年マルチメディア通信の発展に伴い、通信、情報処理の一層の大容量化が望まれており、その通信システムや交換システムに用いられるモジュールは高速化、高機能化が求められている。そのようなモジュールとしては従来電子回路のみが実用化されているが、電子回路は高速動作、消費電力、システム内の信号転送能力それぞれに電気の本質に基づく課題が存在し、それらを解決できる技術が望まれている。本論文はそのような電気の集積回路に光集積回路を同一基板上に集積することにより電子回路のボトルネックを解決すること目指すアプローチであり、石英系光波回路と光能動素子搭載機能、高速電気配線機能を合わせ持つ実装用基板(PLCプラットフォーム)の実現を目指した。まずその実現に必要とされる基盤技術について研究し、そしてそれらを実際に高速モジュールに応用可能なことを示した。

 以下、背景、従来技術と課題、本論文の研究内容についてさらに詳細に述べる。

[背景]

 マルチメディア通信の発展にともない通信の大容量化、伝送速度の高速化が進められ、次世代通信技術として、波長分割多重(Wavelength Division Multiplexing:WDM)など光の特性を生かした通信システムが研究され高機能モジュールが求められている。一方、交換システムにおいても高速処理化が望まれており、高速化、消費電力、データ転送能力など電子回路の本質に基づく課題を解決できる技術が望まれている。従来このようなシステム側の要求に基づき電気信号処理の一部を光信号処理に置き換える技術が模索されている。このような電気と光が混在する高機能サブシステムは、光半導体素子、光受動回路、電子回路を個々にモジュール化し光ファイバや同軸ケーブルでつなぐことにより構成されてきた。しかし高機能化、高密度化、製造コストの低減などの要求から光電子集積技術への期待が高まっている。そのような集積化へのアプローチとして大別するとハイブリッド集積技術、モノリシック集積技術があり、本論文ではハイブリッド集積技術を用いた高速化技術について研究を行った。

[従来技術と課題]

 本論文以前の従来技術について以下に述べる。まず光回路としては石英系光波回路(Planar Lightwave Circuit:PLC)が特性、信頼性ともに優れており受動回路として実績がある。さらにそのPLCに光半導体素子を高精度にハイブリッド実装する技術も実現されている。このようなPLCによる光回路機能と光素子搭載機能とを合わせもつ実装用基板をPLCプラットフォームと呼ぶ。しかしこのPLCプラットフォームは、高速電気配線機能を持たず高速モジュールに応用されていなかった。

 このPLCプラットフォーム上に高周波電気配線を形成しようとすると、基板として用いているSiの誘電損失が大きく、電気配線部の伝送損失が大きかったり素子搭載部での寄生容量が生じたりして、特性が劣化するという課題が存在した。ここでPLCプラットフォームにSi基板が用いられている理由は、PLCの基板として実績があり、また素子搭載部としてSi基板の高精度エッチング技術が用いられているためであり、PLCプラットフォームにSi基板は不可欠である。したがってPLCプラットフォーム上に、アルミナなどの絶縁体上に構築された高速電気配線技術をそのまま用いることができなかった。

[本論文における研究内容]

 上記の課題を解決するため、本文では、電気配線部において、(1)数十ミクロンの厚い石英ガラスをバッファー層としてSi基板上に挿入してSi基板の影響を低減する、(2)Si基板の特性を改善することにより誘電損失を低減する、また素子搭載部において(3)寄生容量を低減するために新しい搭載構造を採用する、ことを行った。また光電子ハイブリッドモジュール技術は総合技術であり、高速電気配線技術以外にも、放熱特性、残留熱応力などの課題が存在する。それらについても定性的に問題のないことを確認した。そして以上の基盤技術を用いて、PLCプラットフォームが実際に10Gb/s級の高速モジュールに応用できることを確認した。

 まずPLCプラットフォームを高速モジュールに応用可能にするために必要な基盤技術について研究した。

 (1)電気配線部のコプレーナ線路(Coplanar Waveguide:CPW)について、石英系光導波路と同一の形成プロセスで形成可能な、石英ガラス厚膜を挿入する構造で誘電損失の大きいSi基板の影響を弱め伝送損失の低減を行った。その結果、厚さ30mの石英ガラス厚膜の挿入により、伝送損失を2GHzで1.0dB/cm以下に低減した。また特性インピーダンスについても、CPWのストリップ導体の幅wとギャップsとの比を変化させることにより、50を中心に制御・設計可能であることを確認した。

 (2)さらに電気配線部のCPWについて、Si基板の高抵抗化を行い伝送損失のより一層の低減を図った。まずSi基板の低抵抗化の原因が、光導波路の形成プロセスにおける熱履歴により生じた酸素サーマルドナーに起因することを明らかにした。そしてこのサーマルドナーを熱処理と急冷との組合せにより消滅させてSi基板を高抵抗化し、CPWの伝送損失を6GHzで0.5dB/cmまで低減した。このように10Gb/s級の高速モジュールに応用可能な低損失なCPWを実現した。

 (3)また電気配線部の高周波電気配線として、グランドを安定に確保できアレー配線、電源配線を含む回路への応用に優れ、Si基板の影響を受けない薄膜型マイクロストリップ線路(Thin Film Mictostrip Line:TFMS)の形成・評価を行った。その結果、特性インピーダンスを50を中心に幅広く制御でき、また伝送損失が6GHzで0.7dB/cmまで低減できるという結果を得た。このように10Gb/s級の高速モジュールに応用可能な低損失なTFMSを実現した。

 (4)PLCプラットフォームの素子搭載部として、寄生容量を低減した、高周波に対応可能な型の素子搭載部の提案と実現を行った。具体的には電極にAuSn半田バンプを用い、これをアンダークラッド上に移しSiテラスと分離させた。この構造で電気的な接続を実現するためには、調心後に電極を膨らませる必要がある。これに対してAuSn半田バンプがリフロー時に表面張力によりボールアップする現象を用いた。そして実際に光素子を強く接続固定できることを確認した。

 (5)以上の各電気配線の実験値をシミュレーションの結果と合わせより一般化して各高周波配線の設計指針、性能限界について見積もり、PLCプラットフォーム固有の問題であるSi基板の誘電損失の影響が除かれていることを確認した。そして各々の電気配線の適用領域を明らかにして、PLCプラットフォーム上の電気配線の設計論について述べた。さらにマイクロ波集積回路、光モノリシック集積回路と比較してPLCプラットフォームの特徴について考察し将来像について述べた。

 つぎに上記の基盤技術を用いて実際にモジュールを製作しPLCプラットフォームを高速モジュールに応用可能なことを確認した。ただしハイブリッド集積技術は総合技術であり、上記の基盤技術以外にも、光素子の放熱特性、半田バンプからの残留熱応力など考慮すべき課題が存在する。まずこれら残された課題について述べ、従来の報告からの考察などにより問題のないことを定性的に確認した。

 (6)2.5Gb/sで動作可能な光電子ハイブリッド集積送信モジュールの製作を行った。ここで電気配線部に石英ガラス厚膜を挿入したCPWを、素子搭載部に従来の薄膜電極型のSiテラスを用いた。そして半導体レーザ(Laser Diode:LD)素子には周波数帯域が8GHz以上のFabry-Perot型のものを用い、LDドライバICには5Gb/sまでの高速動作が可能なGaAs-MESFET(Metal-Semiconductor Field Effect Transistor)を用いた。パッケージ化したモジュールは2.5Gb/sで良好な動作特性を示し、PLCプラットフォームが実際に2.5Gb/s級の高速光送信モジュールに応用可能なことが示された。

 (7)次に2チャンネルアレーのOEIC(Optoelectronic Integrated Circuit)受光素子をPLCプラットフォーム上に実装して、10Gb/sで動作可能な受信器アレーモジュールを製作した。PLCプラットフォームの素子搭載部にはAuSn半田バンプ採用、高周波対応素子搭載部を用い、またOEIC素子の電源配線には2層の電極構造を持つ低インピーダンスな電源配線を用いた。この受信器アレーモジュールは8GHzの周波数帯域を持ち、搭載した素子の周波数特性を劣化させないことが示された。このようにPLCプラットフォームを10Gb/sの高速動作モジュールに応用できることを確認した。

 さらに電気配線部に長さ50mmのCPWを用いたLDサブモジュール、長さ50mmのTFMSを用いたLDサブモジュールの製作・評価を各々行った。そして10Gb/sの高速動作に必要な帯域を確保していることを確認した。

 本論文で実現したPLCプラットフォームを用いた高速光電子ハイブリッド集積技術は、将来的な光電子集積回路の基本的な要素を含んでおり、従来の電子回路と光信号処理とを融合する技術として今後の発展が期待される。

審査要旨

 本論文は、次世代光通信に向けた石英系平面光回路(planar lightwave circuit,PLC)に基づく高速光電子ハイブリッド集積モジュールに関し、その実装基板であるPLCプラットフォーム上の低損失マイクロ波伝送線路の設計、試作方法、および高周波素子搭載方法を研究し、それらを応用して超高速光電子集積モジュールを実際に試作、評価した結果をまとめたもので、9章より構成されている。

 第1章は序論であって、研究の背景、動機、目的と、論文の構成を述べている。大容量、高速マルチメディア通信を支えるハードウェアの中核は、高速な電子集積回路と光デバイスである。電気と光が混在する通信サブシステムは従来、個別部品を光ファイバや同軸ケーブルでつなぐことにより構成されてきた。しかし高機能化、高密度化、製造コスト低減などの観点から光電子集積技術への期待が高まっている。そのような集積化のアプローチはハイブリッド集積とモノリシック集積に大別されるが、本論文では、石英系平面光回路(PLC)を実装基板として用いるハイブリッド集積を対象とする。従来PLCプラットフォームは、高速電気配線機能を持たず高速モジュールに応用されてこなかった。PLCプラットフォーム上に高周波電気配線を形成しようとすると、用いているSi基板の誘電損失に起因して伝搬損失が大きかったり、素子搭載部での寄生容量が生じたりして、特性が劣化するという問題が存在した。本論文はこれらの問題を解決し、光電子集積モジュールの超高速化を達成せんとするものである。

 第2章は「PLCプラットフォームにおけるコプレーナ線路(1)」と題し、電気配線部のコプレーナ線路(Coplanar Waveguide,CPW)について、石英系光導波路と同一プロセスで形成可能な、石英ガラス厚膜を挿入する構造でSi基板の誘電損失の影響を弱め、伝送損失を低減する試みにつき論じている。厚さ30mの石英ガラス厚膜の挿入により、伝送損失を2GHzで1.0dB/cm以下に低減した。また特性インピーダンスについても、CPWのストリップ導体の幅とギャップとの比を変化させることにより、50を中心に制御、設計可能であることを示した。

 第3章は「PLCプラットフォームにおけるコプレーナ線路(2)」と題し、Si基板の高抵抗化を行って伝送損失をより一層低減したことについて述べている。まず、Si基板の低抵抗化の原因が、光導波路の形成プロセスにおける熱履歴により生じた酸素サーマルドナーに起因することを明らかにした。そしてこのサーマルドナーを熱処理と急冷との組合せにより消滅させてSi基板を高抵抗化し、CPWの伝送損失を6GHzで0.5dB/cmまで低減することに成功した。これは、10Gb/s級の高速モジュールに応用することができる。

 第4章は「PLCプラットフォームにおける薄膜型マイクロストリップ線路」と題し、高周波電気配線としてグランドを安定に確保でき、アレー配線、電源配線を含む回路への応用に優れ、Si基板の影響を受けない薄膜型マイクロストリップ線路(ThinFilm Microstrip Line,TFMS)の形成、評価を行った結果について論じている。特性インピーダンスを50を中心に幅広く制御でき、また伝送損失が6GHzで0.7dB/cmまで低減できることを明らかにした。ここで開発された低損失TFMSも、10Gb/s級の高速モジュールに適用可能である。

 第5章は「AuSn半田バンプ採用 高周波対応素子搭載部」と題し、高速動作向けに寄生容量を極力低減したPLCプラットフォーム上の素子搭載構造を提案し、試作を行った結果について記述している。具体的には、電極にAuSn半田バンプを用い、これをアンダークラッド上に形成することでSiテラスと分離させた。この構造で電気的な接続を得るには、調心後に電極を膨らませる必要がある。これに対しては、AuSn半田バンプがリフロー時に表面張力によりボールアップする現象を利用した。試作の結果、実際に光素子を強力、確実に接続固定できることを示した。

 第6章は「PLCプラットフォームにおける電気配線の設計論」と題し、2〜4章の各高周波線路特性の実験値をシミュレーション結果と比較検討し、各線路の設計指針、性能限界についてより一般化して論じた。また、各々の適用領域を明らかにした。さらにマイクロ波集積回路、光モノリシック集積回路と比較したPLCプラットフォームの特徴について考察している。

 第7章は「光電子ハイブリッド集積2.5Gb/s LDモジュールの製作・評価」と題し、高速光電子ハイブリッド集積送信モジュールを実際に作製したことについて記述している。ここでは、電気配線部に2章記載の石英ガラス厚膜を挿入したCPWを、素子搭載部には従来の薄膜電極型のSiテラスを用いた。また半導体レーザ(LD)には周波数帯域8GHz以上のファブリーペロー型のものを、LDドライバICには5Gb/s動作が可能なGaAs-MESFET型を、それぞれ用いた。パッケージ化したモジュールは2.5Gb/sで良好に動作し、PLCプラットフォームが高速光送信モジュールに適用可能であることを実際に示した。

 第8章は「10Gb/s動作OEIC搭載受信器アレイモジュール、およびLDサブモジュールの製作・評価」と題し、2チャンネルアレイの受光用光電子集積回路(Optoelectronic Integrated Circuit,OEIC)をPLCプラットフォーム上に実装して、10Gb/sで動作可能な受信器アレイモジュールを作製したことについて述べている。5章のAuSn半田バンプ高周波対応素子搭載部を利用するとともに、OEIC素子の電源配線には2層電極構造低インピーダンス配線を利用した。この受信器アレイモジュールは8GHzの周波数帯域を有し、搭載した素子の周波数特性を劣化させないことが示された。さらに電気配線部に長さ50mmの3章記載CPWを用いたLDサブモジュール、同じく長さ50mmの4章記載TFMSを用いたLDサブモジュールを各々製作、評価して、10Gb/sの高速動作に必要な帯域の確保されていることを示した。このように、PLCプラットフォームが10Gb/s級高速動作モジュールに応用可能であることを初めて実証した。

 第9章は結論であって、本研究で得られた成果を総括している。

 以上のように本論文は、次世代光通信システムの主力デバイスとして期待されるPLCプラットフォーム上のハイブリッド光電子集積回路において、10Gb/s級動作を可能とするマイクロ波電気配線技術と高周波特性に優れた素子搭載技術とを確立し、これら技術を応用した高速光通信送信モジュールならびに受信モジュールを開発してその有効性を実証したものであって、電子工学分野へ貢献するところ少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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