井原西鶴の町人物浮世草子『日本永代蔵』は教訓的発想に基礎づけられた事実性の強い作品であるとされてきたが、これを虚構(フィクション)の世界として構想されたものとしてとらえ直そうとするのが本論文の大きなテーマである。 本論文は「序 問題の所在」及び「第一部 表現構造」・「第二部 致富道」・「第三部 造形」・「第四部 作家と作品」とで構成されている。 「序 問題の所在」は『日本永代蔵』冒頭の文章を分析することによって、作者西鶴の基本的な創作態度を明らかにしようとしたものである。従来、作者の町人としての基本思想を示したものと位置づけられて来た冒頭文を、最近の研究動向を参看しながら、西鶴のより複雑な心理状態に基礎づけられたものであり、軽妙で戯謔的な筆致で記されていることを跡付けようとしたものである。具体的には、裕福な町人の家に生まれた西鶴の家業を放擲してしまったという体験がもとになって、金銭をめぐる様々な経済生活をテーマとする虚構の世界を創作するに至ったのではないかとの見通しを示し、その結果西鶴が独特の文章表現方法を採用している可能性を論じたものである。 以下はそのことを踏まえた具体的な分析作業である。「第一部 表現構造」は、『日本永代蔵』巻頭の「初午は乗てくる仕合」と最終章「智恵をはかる八十八の升掻」及び作中に見られる様々な矛盾した記述と重複表現について検討した三章からなっている。そこでは、西鶴が個々の話に於いては必ずしも総てを云い切ってはおらず、作品全体を総合的に判断して初めて一個の意味が成立するような創作方法を採っており、矛盾した物言いや重複表現はそのために意図的になされたものであることを論じている。そのような作品の基本的な条理を意味するものとして本論文では構造論理乃至は論理構造という用語を使用している。暉峻康隆・谷脇理史両氏は『日本永代蔵』が二段階に分かれて成立したとの所説を展開しておられるが、第一部は、そのような二段階成立論には批判的な筆者の基本的な読み方を提示したものである。 『日本永代蔵』はあり得べき致富の道を説いたものであるとの論が行われていたが、これを全く別の角度から再検討したのが「第二部 致富道」である。「一 典型的致富談のテーマ」は、殆ど無一文の状態から大金持ちに成り上がったという、致富の可能性を示したものと見られていた作品群が、実はその裏で大成功を収めた者たちは殆ど例外なしに何らかの不正手段にタッチしていることをさり気なく表現するという全く異なったモティーフによるものであることを論じたものである。「二 才覚」は前章と対をなすもので、致富の積極的な手段であるはずの才覚がこの作品ではむしろ消極的なものとしてしか構想されていないことを『西鶴織留』との比較などを通して示したものである。「三 正直と始末」は、西鶴が正直というモラルに対して峻厳とも云えるとらえ方をしていること、及び始末に徹して金を貯えることが正直な在り方と整合性を持つこと等を論じたものである。西鶴は正直を"心"の問題としてとらえており、彼の云うような意味で正直であろうとすることは当時の商人の世界では殆ど履行不可能であり、お笑い草でしかないこと、にもかかわらず西鶴は正直な在り方に強いこだわりを持っていることを論じたもので「典型的致富談のテーマ」の補論的な性格を持つものである。 「第三部 造形」はバラバラに布置されたデータを総合的にまとめ上げるとどのような像が結ばれるかを、神仏・武家・手代に関して検討したものである。「一 神仏像」は商人的な発想に立脚しているこの作品では、神仏の宗教的な権威は殆ど顧慮されてはおらず、神社・仏閣そのものも営業行為としてとらえられており、人々もまたそれを金儲けの手段としか考えてはいないことを示したものである。社会的身分的には最高の権威を有するはずの武家に対して、極めて戯謔的な見方がされていることを論じたのが「二 武家像」である。越後屋三井がデバート商法によって大成功を収めた話を取り上げた巻一「昔は掛算今は当座銀」が売掛金の支払いを滞らせている武士を相手に本来は貧困階層の人々が強いられていた現金買いをさせるという皮肉な構想を持ったものであること、武士とはいたずらに武威に誇り、威張り散らす存在とされていること等々を論じ、当時耳目を集めていたと考えられる大名貸しについて作中で遠回しに触れられている可能性にも言及した。「三 手代像」は、この作品に於ける手代が「自分商い」="ほまち"に精を出して私腹を肥やし、主家を喰い物にする存在とされていることを論じたもので、従来の読み方とは全く異なる見解を提示したものである。これは、本論文に所謂構造論理として極めて婉曲な方法で提示されたものではあるが、このことを前提にすると見えてくるものの多いことは次章でも取り上げた。 「第四部 作家と作品」は、右に見たような本論文の見解に関連して何故作者がそのような書き方をしなければならなかったのかについて論じたものである。「一『日本永代蔵』の諧謔」は、この作品の基本的な性格が笑い話を志向したものである旨を論じている。西鶴作品の基調の一つとされている"咄"の要素を滑稽という側面から具体的に検証したものであるが、それと同時に笑話的なモティーフは、必ずしも十全な意味で成功を収めてはいないこと、恐らくそれは西鶴にとってこの作品で取り上げた問題の多くが極めて重大な意味を持つものばかりであり、笑って済まされない性質のものだったからであることをも併せて論じた。「二 没落譚の意味するもの」は、巻三「世はぬき取の観音の眼」・巻四「茶の十徳も一度に皆」の二つの没落譚を、これまでに明らかにしたようなこの作品の構造論理に照らして、分析し直したものである。一見すると冥罰を蒙ったかに思われるこれらの話に於いて真の原因と想定されているものは、前者では作者自身の筆誅であり、後者では主人公の心的な葛藤であることを論じている。「三 作家論の視点から」は、右に見たようなこの作品のありかたに照らして、西鶴が何故この作品を書いたのか、またこのような書き方をしたのは何故なのかを、西鶴の伝記的な側面から分析したものである。諸芸に通達し、手代に名跡を譲ってしまった西鶴自身の在り方が、この作品で口を極めて非難している人物のそれに他ならず、そうした自身に対するコンプレックスがこの作品を書かせたのであろうこと。しかもその内容は当時の世の中に於いて差し障りのあるような事柄が多く、遠回しに虚構の世界として提示しなければならなかったであろうことなどを論じている。更に西鶴は物を書く存在としての作家主体の萌芽のようなものに直面していた可能性についても触れている。 猶、参考論文として提出した『雨月物語私論』は上田秋成の読本『雨月物語』について論じたものである。『雨月物語』の文章や会話は登場人物相互の関係において或いは作者と読者との関係において成立する様々な意味内容を一つの文章のなかで表現している場合がしばしば見出される。『雨月物語私論』ではそのような現象を意味の重層性とか重層的な表現方法という言葉を使って論じているが、そうしたとらえ方は本論文に所謂構造論理或いは論理構造という概念の元になった考え方である。更に、上田秋成の生い立ちや実生活における様々な出来事に触発された心理的精神的な要素が内発的な力となって『雨月物語』という作品を成立させているというとらえ方も、作家主体の問題に触れている本論文のテーマと共通性を持つものである。 |