本研究はヒトの胃癌より細胞株を確立し、さらにその細胞が上皮増殖因子により細胞増殖が促進される特徴を利用しその増殖作用を検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.脳転移を生じたスキルス胃癌の35歳女性より採取された脳脊髄液より分離された腫瘍細胞はMEM培養液にて継代培養され、単層に付着する細胞株としても確立された。分離された細胞は印環輪細胞を有する低分化型腺癌で’JR-St’と命名された。電子顕微鏡像では細胞表面に多数のmicrovilliを有し、腫瘍マーカー’CEA’と’CA-19-9’の著明な産生が示された。 2.さらにこの細胞株を用いて各種増殖因子(EGF,TGF- ,IGF-1)に依る増殖刺激作用を検討した結果、10ng/mlのhEGF下においてコントロールに比較し[3H]-thymidineの取り込みは約3倍であり細胞数においては1.35倍の増殖を示し,1ng/mlのTGF- 下においては[3H]-thymidineの取り込みは約2倍を示したが、細胞数においては有意差を認めなかった。IGF-1による刺激は[3H]-thymidineの取り込みにおいても細胞においても全く影響のないことが示された。 3.EGF受容体に関する検討は[125I]-hEGFを用いたEGFRアッセイの結果、Scachard解析により細胞あたりのEGFR数は約40,000個と算定された。 4.total RNAをChomczynski法により分離しさらにmRNAを選択し、これに対して癌遺伝子c-fos,c-myc,erbB1,erbB2の発現がノーザンブロット法により検討された。’JR-St’におけるEGFとTGF- によるDNA合成促進作用は[3H]-thymidineの取り込みの増加で証明されたが、実際に増殖因子添加後の経時的mRNAの抽出により、c-myc,c-fosのそれぞれに発現の経時的増加が示され、EGFとTGF- による増殖刺激作用が裏づけられた。c-erbB1とc-erbB2はEGFとTGF- とは無関係に発現が認められ、特にc-erbB2が多量に発現していた。 以上、本論文はヒト胃癌細胞株を確立し、その性状を検討したものであるが、これまで確立されたスキルス胃癌細胞株は少なく、また単層付着培養が可能であるものの報告はほとんどない。この特徴は今後安定的な実験系を確立する上で非常に有用と思われる。また、この細胞株のEGFリセプターの存在を示し、またEGFによる細胞増殖作用が細胞数の増加とともにmRNA発現のレベルでも確認されたことは、発癌のメカニズム解明の実験系として、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |