学位論文要旨



No 213708
著者(漢字) 沢田,哲治
著者(英字)
著者(カナ) サワダ,テツジ
標題(和) 抗リウマチ薬の作用機序に関する多面的研究
標題(洋)
報告番号 213708
報告番号 乙13708
学位授与日 1998.02.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13708号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 講師 織田,弘美
 東京大学 講師 滝沢,始
 東京大学 講師 滝,伸介
内容要旨 【はじめに】

 慢性関節リウマチ(rheumatoid arthritis,RA)は関節滑膜を病変の主座とする慢性炎症性疾患である。本疾患は病期の進展に伴って高度の関節機能障害をきたし、時には関節外症状のために生命の予後も脅かされる点で、難治性慢性疾患の代表である。RAの病態を形成する因子としては、関節内に遊走する活性化好中球、関節滑膜に大量に存在する炎症性サイトカイン、関節局所にオリゴクローナルに集積しているT細胞、リウマチ因子など自己抗体を産生するB細胞、血管新生、増殖しパンヌス形成にいたる

 マクロファージおよび滑膜細胞などを挙げることができる。これらの因子の中でも、マクロファージおよび滑膜細胞の担う役割は大きい。一方、現在のRA治療の中心は疾患修飾性抗リウマチ薬(DMARD、Diseasemodifying anti-rheumatic drugs)と呼ばれる一連の薬剤である。DMARDの作用機序はいまだ明らかにされていないが、標的細胞のひとつとして単球・マクロファージおよび滑膜細胞が挙げられている。

 本研究の目的はTHP-1細胞などを用いた実験系により、DMARDの作用機序を主に細胞内現象の観点から多元的に解明するすることにある。THP-1はヒト単球系細胞株であり、単球・マクロファージおよび滑膜細胞のモデルとして研究対象に用いた。本研究は三部から構成される。第一部ではチオール基含有抗リウマチ剤であるbucillamine(BUC)が活性酸素を介するアポトーシス誘導により、滑膜増殖を抑制する可能性につき論じた。第二部では同じ金製剤に分類されるauranifin(AUR)とgold sodium thiomalate(GST)が細胞内プロテアーゼ活性に異なる影響を与えることを明らかにした。第三部では新たな抗リウマチ薬として期待されるメタンスルフォンアニリド系薬物が、Leucine methyl ester(Leu-OME)による細胞死の抑制というユニークな薬理活性を有することを明らかにした。

【第一部】目的:

 本研究の目的はプシラミン(BUC)が銅イオン存在下で、活性酸素産生を介してアポトーシスを誘導するか否かを検討することである。

方法:

 銅イオン存在下でのTHP-1に対するBUCの細胞毒性はMTTアッセイおよびPI(propidium iodide)染色法により測定した。またDNAラダー(1%NP40の可溶化分画に存在する遊離DNAとして検出)やsubdiploid DNAピーク(70%エタノール固定後のPI染色により細胞内DNA量の測定により同定)を指標にアポトーシスの有無を検討した。活性酸素の産生量はhydroethidine(HE)と2’,7’-dichlorofluorescin diacetate(DCFH-DA)を用いて測定し、細胞膜透過性の変化はFluorescence diacetate(FDA)やPIを用いてフローサイトメトリーにより評価した。

結果と考察:

 BUCと銅イオンによるTHP-1の細胞死はカタラーゼの添加により完全に回避された。これはBUCと銅イオンによるTHP-1の細胞死に、過酸化水素など活性酸素の産生が必須であることを意味する。また、この細胞死は赤血球の添加によっても完全に回避されたので、赤血球は活性酸素のスキャベンジャーの役割を果たすと考えられる。銅イオン存在下でBUCはTHP-1にDNAラダーやsubdiploid DNAピークを出現させた。このアポトーシスに特徴的なDNA degardationの出現に先立ち、活性酸素の産生(HEの増大)や選択的な(PI排除能は保たれるが、DCFH-DA/FDAを漏出する点で)細胞膜透過性の変化が認められた。

 結論:BUCと銅イオンは活性酸素を介してアポトーシスを誘導する。従ってBUCの作用機序として、RAで見られる滑膜細胞の異常増殖をアポトーシスにより抑制する可能性が示唆された。

【第二部】目的:

 本研究の目的は単球/マクロファージ細胞内プロテアーゼ活性におよぼす、AURとGSTの影響を明らかにすることである。

方法:

 実験には末梢血単核球およびTHP-1を用いた。細胞内のカテプシンB/L、エラスターゼおよびグランザイムA様の酵素活性は、rhodamine 110にて標識したペプチド基質を用いて、基質の切断の結果生じる蛍光強度(緑色)としてフローサイトメーターにより測定した。単球分画の酵素活性は抗CD14抗体と二重染色することにより解析した。

結果と考察:

 今回の実験範囲内で、蛍光基質および金製剤に細胞障害性はなかった。従って蛍光基質で染色した細胞の、蛍光強度の金製剤によってもたらされる変化は、細胞内プロテアーゼ活性への影響の結果であると解釈することができる。AURにより単球およびTHP-1のカテプシンB/L活性は濃度依存性に抑制された。一方、GSTは単球およびTHP-1のエラスターゼ活性に影響を与えず、カテプシンB/L活性に対しては、単球とTHP-1とで異なる影響を与えた。即ち、THP-1のカテプシンB/L活性はGSTにより抑制されたが、逆に単球のカテプシンB/L活性はGSTにより増強された。GSTは単球のグランザイムA様活性に影響を与えなかった。

結論:

 AURはカテプシンB/Lおよびエラスターゼ活性の阻害作用を有すると考えられる。AURとGSTは末梢血単球のカテプシンB/L活性に対して異なった影響をおよぼすことから、抗リウマチ作用における2種類の金製剤の作用機序が異なる可能性が示唆された。GSTによる単球のカテプシンB/L活性増強というユニークな薬理作用が、GSTの臨床的有用性と関連しているか否かは今後の検討課題である。

【第三部】目的:

 Leucine methyl esater(Leu-OME)は細胞内で、遊離LeucineあるいはLeucyl leucine methyl ester(Leu-Leu-OME)に代謝され毒性を発揮する試薬である。遊離Leucineによりライソゾーム内の浸透圧は上昇し、自己融解に至る。Leu-Leu-OMEは細胞内でさらにdipeptidyl peptidase Iの作用により(Leu-Leu)n-OMEへと代謝され、その結果アポトーシスが誘導される。T614をはじめとするメタンスルフォンアニリド系抗炎症剤はcyclooxygenase2(COX-2)阻害剤として近年注目されている薬剤のひとつである。本研究では、T614をはじめとするメタンスルフォンアニリド系抗炎症剤がLeu-OMEの細胞毒性に与える影響について検討した。

方法:

 THP-1細胞のviabilityはMTTアッセイ法またはtrypan blue色素排除法により検討した。末梢単核球細胞にしめる単球(CD14抗原陽性)の陽性率はフローサイトメーターを用いて検討した。またTHP-1の細胞内コンパートメント(主にライソゾーム)のpHも、pH感受性蛍光試薬であるFITC-dextranを用いてフローサイトメーターにより測定した。

結果:

 セリンプロテアーゼ阻害剤であるphenylmethylsulfonyl fluoride(PMSF)と同様に、メタンスルフォンアニリド系抗炎症剤であるT614、FK3311、CGP28238、NIM-03、NS398は、程度の差こそあれ、すべてLeu-OMEによるTHP-1の細胞死を抑制した。しかし、Leu-Leu-OMEによるTHP-1の細胞死や、Leu-OMEによる単球の細胞死は抑制できなかった。逆に、ライソゾーム内のpHを上昇させることでライソゾーム機能を抑制するクロロキンや塩化アンモニウムは、Leu-OMEによる単球の細胞死を抑制したが、THP-1の細胞死を抑制できなかった。PMA(phorbol 12-myristate acetate)で刺激し分化誘導を促進しても、Leu-OMEによる細胞死はクロロキンや塩化アンモニウムによって抑制されなかった。ライソゾームのpHに関して、クロロキンや塩化アンモニウムはライソゾームpHを上昇させたが、T614とPMSFはライソゾームpHに影響を与えなかった。

結論:

 Leu-OMEによる細胞死に対するT614とPMSFの薬理学的効果の相同性から、T614もプロテアーゼ阻害剤として作用しうる可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は慢性関節リウマチ治療に重要な役割を果たしている抗リウマチ薬の作用機序解明を目的としたものである。単球・マクロファージ細胞を用いた実験系により、種々の抗リウマチ薬に関して主に細胞内現象の観点から作用機序を検討し、下記の結果を得ている。

I活性酸素を介するアポトーシス誘導

 (1)チオール基含有抗リウマチ剤bucillamineは、銅イオン存在下でTHP-1の細胞死を誘導した。この細胞死はカタラーゼの添加により完全に回避されたことから、過酸化水素など活性酸素が細胞死のメディエーターであることが示唆される。一方この細胞死は赤血球の添加によっても完全に回避され、赤血球は活性酸素のスキャベンジャーの役割を果たすと考えられる。

 (2)bucillamineは銅イオン存在下で、DNAラダーやsubdiploid DNAピークを出現させた。このアポトーシスに特徴的なDNA degardationに先立ち、活性酸素産生や選択的細胞膜透過性の変化が認められた。アポトーシスの誘導はAnnexin V結合性、TUNEL法によっても確認された。また単球にも、THP-1細胞と同様にアポトーシスが誘導された。他の抗リウマチ薬にはアポトーシス誘導能は認められなかった。

 (3)bucillamineは活性酸素を介してアポトーシスを誘導することから、慢性関節リウマチで見られる滑膜細胞の異常増殖を、アポトーシス誘導により抑制する可能性が示唆された。

II細胞内プロテアーゼ活性

 (1)細胞内プロテアーゼ活性を蛍光ペプチド基質を用いて、フローサイトメーターにより測定した。auranofinにより単球およびTHP-1のカテプシンB/L活性は濃度依存性に抑制された。一方、gold sodium thiomalateは単球およびTHP-1のエラスターゼ活性に影響を与えず、カテプシンB/L活性に対しては、単球とTHP-1とで異なる影響を与えた。即ち、THP-1のカテプシンB/L活性はgold sodium thiomalateにより抑制されたが、逆に単球のカテプシンB/L活性は増強された。gold sodium thiomalateは単球のグランザイムA様活性に影響を与えなかった。他の抗リウマチ薬は細胞内プロテアーゼ活性に影響を与えなかった。

 (2)auranofinとgold sodium thiomalateは末梢血単球のカテプシンB/L活性に対して異なった影響をおよぼすことから、抗リウマチ作用における2種類の金製剤の作用機序が異なる可能性が示唆された。

IIILeucine methyl ester(Leu-OME)による細胞死抑制活性

 (1)Leu-OMEはライソゾーム酵素により代謝され、単球・マクロファージに細胞毒性を与えることが知られている。メタンスルフォンアニリド系抗リウマチ薬であるT614、FK3311、CGP28238、NIM-03、NS398は全てLeu-OMEによるTHP-1細胞死を抑制し、その抑制効果はT614で最も強く認められた。一方、セリンプロテアーゼ阻害剤であるPMSFもLeu-OMEによるTHP-1の細胞死を抑制した。

 (2)メタンスルフォンアニリド系抗リウマチ薬はLeu-Leu-OMEによるTHP-1細胞死や、Leu-OMEによる単球の細胞死は抑制しなかった。

 (3)FITC-dextranを用いてライソゾームpHを測定したところ、クロロキンと塩化アンモニウムはライソゾームpHを上昇させたが、T614とPMSFは影響を与えなかった。更に、クロロキンと塩化アンモニウムは、Leu-OMEによる単球の細胞死を抑制したが、THP-1の細胞死を抑制しなかった。

 (4)Leu-OMEによる細胞死に対するT614とPMSFの薬理学的効果の相同性から、T614もプロテアーゼ阻害剤として作用しうる可能性が考えられた。

 以上、本論文は単球・マクロファージ細胞を用いた解析により、抗リウマチ薬の新たな薬理活性として、活性酸素産生を介するアポトーシス誘導能(チオール基含有抗リウマチ薬)、細胞内プロテアーゼ活性調節機能(金製剤)、ライソゾーム酵素抑制活性(メタンスルフォンアニリド系抗リウマチ薬)を明らかにした。本研究は抗リウマチ薬の作用機序解明に極めて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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