学位論文要旨



No 213711
著者(漢字) 住本,秀敏
著者(英字)
著者(カナ) スミモト,ヒデトシ
標題(和) マウス肺癌モデルを用いた免疫遺伝子治療の基礎的研究 : GM-CSF,B7-1(CD80)あるいはIL-12の作用様式および効果の比較
標題(洋)
報告番号 213711
報告番号 乙13711
学位授与日 1998.02.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13711号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 森田,寛
内容要旨 【目的】

 マウス肺癌細胞株であるルイス肺癌(Lewis lung carcinoma:LLC)細胞に、抗腫瘍免疫応答を調節する機能が知られている各種サイトカイン(GM-CSFあるいはIL-12)または接着分子(B7-1:CD28のリガンド)の遺伝子を単独または種々の組み合わせで導入・発現させた細胞株を樹立し、同系マウスのC57BL/6に移植した場合に観察されるin vivoでの抗腫瘍免疫応答様式を比較検討した。また、遺伝子導入細胞株で免疫されたマウス脾臓T細胞を用いて、in vitroでの抗腫瘍免疫応答の様式も併せ検討した。

【方法と結果】1)GM-CSF遺伝子導入の効果

 GM-CSF遺伝子導入LLC(LLC/GM)細胞は、線照射により予め増殖能をなくした後、腫瘍ワクチンとしてマウスに皮内接種した場合、2週間後に接種した野生株LLC細胞の生着もしくは増殖を、コントロール群に比して有意に抑制した。また、この抗腫瘍ワクチン効果は親株に対して特異的なものであった。しかしLLC/GMを線照射せずマウスに接種した場合には、その造腫瘍性およびその増殖速度は野生株のものと同程度であった。

2)B7-1遺伝子導入の効果

 B7-1遺伝子導入LLC(LLC/B7)細胞を未処理でマウスに皮内接種した場合、一過性に腫瘍が形成されたものの、最終的に約9割のマウスで腫瘍が拒絶された。抗CD4または抗CD8中和抗体で処理したマウスに、LLC/B7細胞を接種したところ、抗CD8抗体処理群では100%の腫瘍形成を認め、抗CD4抗体処理群ではコントロール群と同様に腫瘍は完全に拒絶された事から、B7-1発現によるin vivoでの腫瘍拒絶に関わるエフェクター細胞は、主にCD8+T細胞であると考えられた。一方、LLC/B7を拒絶したマウスにおいて、その接種の28日後に野生株LLC細胞を接種したところ、約9割のマウスに腫瘍が形成された。また、IFN-処理により、in vitroでMHC classlの発現を誘導したLLC/B7細胞を最初の接種に用いた場合も、免疫学的記憶は誘導されなかった。以上より、この腫瘍モデル系において、B7-1遺伝子導入およびその発現は、造腫瘍能の低下には寄与するが、免疫学的記憶誘導には充分寄与できていないものと考えられた。

3)GM-CSFとB7-1遺伝子の同時導入効果

 GM-CSFとB7-1の両遺伝子を導入したLLC(LLC/GM+B7)細胞をマウスに接種した場合、造腫瘍性はLLC/B7と同程度に抑制された。一方、LLC/GM+B7あるいはLLC/B7の生着を拒絶したマウスに野生株LLC細胞を移植したところ、前者マウス群の拒絶率が後者マウス群のものより有意に高かった(55.6%vs11.8%;p=0.0283)。また、in vitro CTLアッセイからは、LLC/GM+B7免疫マウス脾臓由来T細胞は、LLC/B7免疫マウス脾臓由来T細胞に比べ、親株に対するキラー活性が約3倍高かった。

4)IL-12遺伝子導入の効果

 IL-12遺伝子導入LLC(LLC/IL12)細胞をマウスに接種した場合には一過性に腫瘍が形成されたが、最終的に90-100%のマウスで腫瘍生着は拒絶され、この拒絶率はIL-12産生量に依存した。LLC/IL12を拒絶したマウスに対して、移植後28日目に、野生株LLC細胞を接種したところ、約90%のマウスで腫瘍生着が拒絶された。In vivoにおけるLLC/IL12の腫瘍形成は、CD4+TとCD8+T細胞の両者を同時に除去した場合にのみ認められ、CD4+またはCD8+T細胞単独の除去では、いずれの場合も腫瘍は拒絶された。NK細胞除去群では腫瘍の拒絶までの期間がコントロール群より延長しており、早期の抗腫瘍免疫応答に関与していると考えられた。また、LLC/IL12で免疫したマウス脾臓由来のT細胞を用いたCTLアッセイでは、野生株LLC細胞と同系マウス由来のEL-4リンパ腫細胞の両方をターゲットとするキラー活性が観察された。ところがcold target inhibition testの結果から、このキラー活性は野性株に特異的なキラー活性および野性株とEL-4細胞の両者をターゲットにした非特異的なキラー活性の2種類から成立していることが判明した。一方既にLLC腫瘍を有するマウスに、LLC/IL12細胞を治療用ワクチンとして接種した場合、コントロールワクチンと比較して有意な腫瘍の増殖抑制を認め、一部では腫瘍が完全に消失したマウスも認められた。

5)IL-12+B7-1またはIL-12+GM-CS遺伝子の同時導入効果

 IL-12とB7-1あるいはIL-12とGM-CSFの2種類の遺伝子を導入・発現させたLLC(それぞれLLC/IL12+B7,LLC/IL12+GM)を樹立し、前述の治療用ワクチンの効果をLLC/IL12,LLC/B7ならびにLLC/GM接種群間で比較検討した。これらのうち、最も治療効果が優れていたのはLLC/IL12であり、LLC/B7やLLC/GM接種群の治療効果はコントロール群と比較して全く認められなかった。また、IL-12とB7あるいはIL-12とGM-CSFの同時発現細胞は、IL-12単独発現細胞より治療効果が劣る傾向にあった。

【結論及び考察】

 このように抗腫瘍免疫応答の様式は、腫瘍細胞に導入されるGM-CSF,B7-1やIL-12遺伝子間で異なっており、誘導されるエフェクター細胞の種類も異なることが明らかにされた。GM-CSFとB7-1はLLC細胞系においては、相補的に作用し合うことが当初は期待され、実際に両者の遺伝子を共導入した細胞株では、免疫学的記憶の成立効果と造腫瘍性の喪失効果の両者の特性が観察され、作用機構の異なる2種類の分子の相加的効果が誘導されたとものと考えられた。一方、IL-12では、一分子でGM-CSFとB7-1の両者の効果を合わせ持つような免疫応答様式が観察され、さらに治療用ワクチンとして用いた場合にも、最大の効果を誘導できたことから、この腫瘍モデル系において、IL-12はこれら3分子中最も抗腫瘍活性が強い分子であると考えられた。以上より免疫遺伝子治療の臨床応用に際し、IL-12は有望なサイトカイン分子であると考えられた。

審査要旨

 本研究は強力な抗腫瘍免疫を誘導し得る三種類の分子、GM-CSF,B7-1(CD80)またはIL-12の遺伝子を単独で、あるいは二種類同時にマウス肺癌細胞(Lewis lung carcinoma:LLC)に導入した株を樹立し、同系マウスモデルにおけるin vivoでの免疫応答様式の解析と効果の比較を行うことにより、ヒト肺癌に対する遺伝子治療に向けての基礎的解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.GM-CSF遺伝子導入LLCは、放射線処理後に腫瘍ワクチンとして同系マウスに接種した場合、親株に特異的かつ強力な抗腫瘍免疫を誘導した。しかし、放射線処理せずに接種した場合には親株と同様に腫瘍の形成を生じ、有効な免疫応答は誘導されなかった。

 2.B7-1遺伝子導入LLCを同系マウスに接種した場合、造腫瘍性が著明に抑制された。この抑制は、宿主のCD8+T細胞に依存した。しかし、GM-CSFの場合とは異なり、LLC/B7を拒絶したマウスでは親株に対する抗腫瘍免疫は殆ど誘導されなかった。LLC/B7のMH Cclass I(H-2Kb)の発現をin vitroで-interferon処理で誘導した場合にも抗腫瘍免疫の増強は起こらなかった。

 3.GM-CSFとB7-1遺伝子の両者を同時に導入・発現させたLLCでは、LLC/B7と同程度にin vivoの造腫瘍性が抑制され、かつLLC/GM+B7を拒絶したマウスでは、LLC/B7よりも抗腫瘍免疫が有意に強力に誘導された。In vitro CTL assayでもLLC/GM+B7で免疫したマウスにおいてLLC/B7よりも約3倍強力なキラー活性が誘導されていた。

 4.IL-12遺伝子導入LLCでは、in vivoの造腫瘍性が強力に抑制される一方で親株に対する抗腫瘍免疫も強く誘導された。すなわち、IL-12は一分子でGM-CSFとB7-1の両分子が誘導する作用を合わせ持つような様式の腫瘍免疫を誘導し得た。この免疫はCD4+T,CD8+TさらにNK細胞に依存して見られ、特にCD4+TとCD8+Tの両者の関与が大きかった。また、in vitroのCTL assayおよびcold target inhibition testより、IL-12は親株に特異的なキラー活性と非特異的なキラー活性の両者を同時に誘導した。

 5.LLC/IL12は、治療用ワクチンとして用いた場合にも有意な治療効果を認めた。一方、LLC/B7やLLC/GMでは治療効果は全く認めなかった。また、IL-12+B7-1の同時発現LLCやIL-12+GM-CSFの同時発現LLCでもIL-12単独に比べ効果の増強は無く、この腫瘍モデルにおいては、IL-12が誘導する抗腫瘍免疫が最も強力な活性をもたらすと考えられた。

 以上、本論文は強力な抗腫瘍免疫誘導能を有する三種類の分子が、in vivoにおいてそれぞれ異なる様式で免疫を誘導する事、またそれらの特性を生かした組合せを用いれば更に有効な免疫が誘導されうることを示している。また、これら三分子の効果比較を十分に行った報告はこれまでになく、ヒト肺癌に対する免疫遺伝子治療の臨床応用を目指した基礎的研究モデルとして重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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