学位論文要旨



No 213712
著者(漢字) 山形,与志樹
著者(英字)
著者(カナ) ヤマガタ,ヨシキ
標題(和) 複雑な生態系を監視するための高度リモートセンシング技術 : 湿原のスペクトル指数、ミクセル分解、および分類
標題(洋) Advanced Remote Sensing Techniques for Monitoring Complex Ecosystems : Spectral Indices,Unmixing,and Classification of Wetlands
報告番号 213712
報告番号 乙13712
学位授与日 1998.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第13712号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平澤,れい
 東京大学 教授 永野,三郎
 東京大学 教授 高橋,正征
 東京大学 教授 松原,望
 東海大学 教授 下田,陽久
内容要旨

 現在、環境問題の広域化や多様化に伴い各種環境特性のグローバルな監視が急務となっている。広域的かつ長期的な環境監視を実現するためには、人工衛星搭載センサーによるリモートセンシング技術が不可欠な手段である。このため、近年さまざまな地球環境観測衛星が打ち上げられ各種リモートセンシング画像が利用可能となりつつあり、今後さらに多くのセンサー開発が計画されている。しかしながら、リモートセンシング画像を用いて複雑な自然生態系を監視する研究はまだ少なく、特に、湿地の環境特性を定量的に把握する手法については、ほとんど研究されていないのが実状である。

 メタンは地球温暖化の重要な要因の1つであり、世界のメタン排出量の約3分の1は湿地が発生源であるといわれている。しかしながら湿地からのメタン発生量の推定は、グローバルな湿地分布に関する極めて不正確な情報に基づいており、湿地からのメタン排出量の推定値には1桁近い誤差が存在している。将来の気候変動を大気循環モデルによって正確に予測するためには、湿地からのメタン放出量の正確かつ面的な推定が不可欠であり、リモートセンシング情報に基づいたグローバルな湿地分布の把握が急務となっている。一方、湿地はそれ自身、貴重な動植物の生息地として近年その重要性が認識されつつあり、脆弱な生態系である湿地の変動をモニタリングすることは自然保護の観点からも重要である。

 そこで本研究では、湿地をはじめとする複雑な生態系を監視するためのリモートセンシング手法を確立することを目的として、スペクトル指数、ミクセル分解、分類に関する研究を実施した。その結果特に、湿地における水・植生・土壌環境特性を同時に計測する新たなスペクトル指数(WTI,PVI,VSW)、スペクトル画像から複数の植生クラスの連続的な空間分布を把握する部分空間法によるミクセル分解手法、そして、複数センサー合成画像を高精度で分類するガウシアンプロセスによる分類手法を開発し、これらの手法を用いて湿地域の監視に活用することに成功した。

 本論文は以下の10章から構成されている。

 第1章では、地球環境問題との関連で、グローバルに湿地をモニタリングすることの必要性について、また、本論文を理解する上で前提となるリモートセンシング手法の基本的知識について述べる。特に、スペクトル指数、ミクセル分解、教師付き分類手法、特徴選択、さらにベイジアンアプローチについて、これらの理論的基礎と本研究とこれまでの研究との関連について述べる。

 第2章では、人工的な湿地である水田域において、洪水時の氾濫水の特性と洪水によってもたらされた植生変動(稲の収量減少)との関係を調べることを目的として、洪水時とその1月後に撮影されたLandsat TM画像を用いて実施した解析結果について述べる。解析の結果、洪水時の冠水程度と植生変動との対応関係が、多時期合成画像の主成分クラスタリングによって抽出され、収量の減少を画像データを用いた重回帰モデルによって推定することができた。

 第3章では、新たに開発したスペクトル指数を用いて洪水時の冠水状態と洪水による植生変動の対応関係を解析した結果について述べる。新たに開発されたスペクトル指数は、冠水時の氾濫水に含まれる土壌成分(濁度)を計測する指数として水濁度指数WTI(Water Turbidity Index)、植生量を計測する指数として垂直植生指数PVI(Perpendicular Vegetation Index)がある。特にPVIと実際の植生パラメータ(稲収量)との対応関係は現地調査によって決定された。解析の結果、濁度と植生変動との間に密接な関係が存在することが明らかとなり、別の氾濫地域における冠水状態と植生変動に応用して検証を実施した。

 第4章では、PVIの考えをさらに発展させ、植生、土壌、水の3成分を同時に計測することができるスペクトル指数、植生・土壌・水指数VSWI(Vegetation-Soil-Water Index)を開発した。そして多時期Landsat TM画像を用いて、釧路湿原の年次変動、季節変動の把握にこの指数を用いた結果について述べる。VSWIを計算する際には、湿地の構成要素である、植生、土壌、水に対応する代表スペクトル(End-member)点を求める必要があるが、本研究ではさらに、これらの代表スペクトル点を画像のスペクトル散布図から自動的に決定するためのアルゴリズムを開発した。

 第5章では、部分空間法による新しいミクセル分解手法を開発して、CASIセンサーで取得したスペクトル画像を用いて、湿原植生分解のミクセル分解を実施した結果について述べる。この部分空間法によるミクセル分解では、クラスごとに設定される部分空間への射影によってミクセル分解が定義され、超多波長画像のミクセル分解計算において高速性と安定性に優れた手法となっている。本手法によるミクセル分解の結果を、最小2乗法、2次最適化法、直交部分空間射影法によるミクセル分解の結果と比較した結果、スペクトル的に極めて近いクラスを除いて湿原植生を良好に分解できることがわかった。

 第6章では、確率的分離度(JM距離)とテストデータの分類精度を用いた特徴選択法を用いて、湿原判別に有効な波長帯の選択を実施した結果について述べる。釧路湿原の高層湿原植生を撮影した航空機搭載のMSS(Multi Spectral Scanner)画像を用いて波長帯選択を実施した結果、判別に有効な波長帯として、近赤外、中間赤外、緑が選択された。波長選択に際しては、トレーニングデータのクロスバリデーションを実施し、また分類手法も変化させて総合的な波長帯選択結果の評価を行った。さらに、選択された最適な波長帯を用いて植生分類図を作成した。

 第7章では、多時期のリモートセンシング画像を用いた湿原植生分類手法について述べる。湿原植生の季節変化が大きいため、1時期に取得された画像だけを用いて湿原植生を正確に判別することは困難である。そこで分類に最適な画像取得時期の組合せを決定するために、生育期間中の植生バイオマスのサンプリング調査とスペクトル計測を実施した。その結果、湿原植生の生育初期と中期に取得されたスペクトルの季節変動が湿原植生判別に有効であることがわかった。さらに実際に3時期に取得されたLandsat TM画像を用いて、正確な植生分類図を作成することができた。

 第8章では、CASIセンサーにより取得した高分解能スペクトル画像を用いて、高層湿原の詳細な植生分類を実施し、さらに現地計測に基づいて生成したDEM(Digital Elevation Model)との重ね合わせ解析を行った結果について述べる。スペクトル画像のクラスタリング結果を植生調査した結果、高層湿原内のミズゴケタイプの違いを含めた詳細な植生分類が達成され、さらに湿原内の植生分布が、湿原内の微細な標高の違い対応して変動していることが明らかになった。

 第9章では、新たに開発されたガウシアンプロセスによる画像分類手法と、各種画像データを用いた検証実験について述べる。ガウシアンプロセスは無限次元のベイジアンニューラルネットワークから派生した最新のベイジアンアプローチである。本研究において初めて、ガウシアンプロセスは画像分類手法として定式化され、画像分類実験によってその有効性が検証された。検証実験は、湿原植生タイプの判別を目的とし、多時期のLandsat TM、JERS1 SAR,ERS1 SAR画像をさまざまに組み合わせたデータを用いて、最尤法、ベイジアンニューラルネットワーク、ガウシアンプロセスの各分類手法を、同一のトレーニングデータによる学習とテストデータによる分類精度の評価によって比較したものである。その結果、ガウシアンプロセスはLandsat TMとJERS1 SARデータのセンサーフュージョン画像分類において、他手法に比較して極めて高い精度を達成することが示された。

 第10章では、本論文における主な研究成果について総括すると共に、湿地をはじめとする各種の複雑な生態系の監視において、本論文で開発された手法を活用する方向について議論し、最後に将来の課題について述べる。

 本研究で新たに開発されたこれらの手法は、特に湿地のモニタリングを目的としたものであるが、他の各種陸域生態系のモニタリングにおいても同様に有効である。特に、近い将来、NASAのEOS計画をはじめとして、生態系モニタリングを目的とした各種環境観測衛星が計画されているが、これらの衛星プラットフォームによって取得されるリモートセンシング画像の解析に際して、本研究で得られた成果を活用し、本研究のアプローチをさらに発展させることが可能である。

審査要旨

 本論文は、湿地を主対象とする複雑な生態系を監視するためのリモートセンシング手法の確立をめざし、スペクトル指数、ミクセル分解、画像分類に関する研究を実施したものである。その結果特に、湿地における水・植生・土壌環境特性を同時に計測する新たなスペクトル指数(WTI,PVI,VSWI)、スペクトル画像から複数の植生クラスの連続的な空間分布を把握する部分空間法によるミクセル分解手法、そして、複数センサー合成画像を高精度で分類するガウシアンプロセスによる画像分類手法を開発し、これらの手法を用いて実際の湿地域の監視に適用した結果についてまとめたものである。

 本論文は以下の10章から構成されている。

 第1章では、研究の目的と方法論の理論的基礎について述べている。すなわち、地球環境問題との関連で、グローバルに湿地をモニタリングすることの必要性と、方法論の概略についてである。スペクトル指数、ミクセル分解、教師付き分類手法、特徴選択、さらにベイジアンアプローチについて述べ、本研究と先行研究との関連についてまとめている。

 第2章では、人工的な湿地である水田域において、洪水時の氾濫水の特性と洪水によってもたらされた植生変動(稲の収量減少)との関係を調べることを目的として、洪水時とその1月後に撮影されたLandsat TM画像を用いて実施した解析結果についてまとめている。解析の結果、洪水時の冠水程度と植生変動との対応関係が、多時期合成画像の主成分クラスタリングによって抽出され、収量の減少を画像データを用いた重回帰モデルによって推定することに成功している。

 第3章では、新たに開発されたスペクトル指数を用いて洪水時の冠水状態と洪水による植生変動の対応関係を解析した結果について述べている。新たに開発されたスペクトル指数は、冠水時の氾濫水に含まれる土壌成分(濁度)を計測する指数としての水濁度指数WTI(Water Turbidity Index)、植生量を計測する指数としての垂直植生指数PVI(Perpendicular Vegetation Index)である。特にPVIと実際の植生パラメータ(稲収量)との対応関係は現地調査によって判定された。解析の結果、濁度と植生変動との間に密接な関係が存在することが明らかとなり、別の氾濫地域における冠水状態と植生変動に適用して方法論の検証を行っている。

 第4章では、PVIの考えをさらに発展させ、植生、土壌、水の3成分を同時に計測することができるスペクトル指数、植生・土壌・水指数VSWI(Vegetation-Soil-Water Index)の開発について述べている。さらに多時期Landsat TM画像を用いて、釧路湿原の年次変動、季節変動の把握のためにこの指数を用い、その結果についてまとめている。VSWIを計算する際には、湿地の構成要素である、植生、土壌、水に対応する代表スペクトル(End-member)点を求める必要があるが、本研究ではさらに、これらの代表スペクトル点を画像のスペクトル散布図から自動的に決定するためのアルゴリズムの開発を行っている。

 第5章では、部分空間法による新しいミクセル分解手法の開発とその適用結果について述べている。CASIセンサーで取得したスペクトル画像を用いて、湿原植生分布のミクセル分解を実施した。この部分空間法によるミクセル分解では、クラスごとに設定される部分空間への射影によってミクセル分解が定義され、これが超多波長画像のミクセル分解計算において高速性と安定性に優れた手法であることが示された。さらに本手法によるミクセル分解の結果を、最小2乗法、2次最適化法、直交部分空間射影法によるミクセル分解と比較した結果、本手法がスペクトル的に極めて近いクラスによる部分を除いて湿原植生を良好に分解できることを確認している。

 第6章では、確率的分離度(JM距離)とテストデータの分類精度を用いた特徴選択法を用いて、湿原判別に有効な波長帯の選択を実施した結果について述べている。釧路湿原の高層湿原植生を撮影した航空機搭載のMSS(Multi Spectral Scanner)画像を用いて波長帯選択を実施した結果、判別に有効な波長帯として、近赤外、中間赤外、そして緑が選択されている。波長選択に際しては、トレーニングデータのクロスバリデーションを実施し、また分類手法も変化させて総合的な波長帯選択結果の評価が行われている。さらに、選択された最適な波長帯を用いて植生分類図が作成された。

 第7章では、多時期のリモートセンシング画像を用いた湿原植生分類手法について述べている。湿原植生の季節変化が大きいため、1時期に取得された画像だけを用いて湿原植生を正確に判別することは困難である。そこで分類に最適な画像取得時期の組合せを決定するために、生育期間中の植生バイオマスのサンプリング調査とスペクトル計測を継続的に実施し、その結果、湿原植生の生育初期と中期に取得されたスペクトルの季節変動が湿原植生判別に最も有効であることを見出し、さらに実際に3時期に取得されたLandsat TM画像を用いて、正確な植生分類図を作成している。

 第8章では、さらに詳細な湿原植生分布の測定法について述べている。CASIセンサーにより取得された高分解能スペクトル画像を用いて、高層湿原の詳細な植生分類を実施し、さらに現地計測に基づいて生成したDEM(Digital Elevation Model)との重ね合わせ解析を行った結果、高層湿原内のミズゴケタイプの違いを含めた詳細な植生分類が可能となり、湿原内の植生分布が、湿原内の微細な標高の違いに対応して変動していることを明らかにしている。

 第9章では、本研究において新たに開発されたガウシアンプロセスによる画像分類手法と、各種画像データを用いた検証実験について述べている。ガウシアンプロセスは無限次元のベイジアンニューラルネットワークから派生した最新のベイジアンアプローチである。本研究において、ガウシアンプロセスが初めて画像分類手法として定式化され、画像分類実験によってその有効性が検証された。検証実験は、湿原植生タイプの判別を目的とし、多時期のLandsat TM、JERS1 SAR,ERS1 SAR画像をさまざまに組み合わせたデータを用いて、最尤法、ベイジアンニューラルネットワーク、ガウシアンプロセスの各分類手法を、同一のトレーニングデータによる学習とテストデータによる分類精度の評価によって比較している。その結果、ガウシアンプロセスはLandsat TMとJERS1 SARデータのセンサーフュージョン画像分類において、他手法と比較して極めて高い精度を示すことが示された。

 第10章では、本研究における主な成果について総括すると共に、湿地をはじめとする各種の複雑な生態系の監視に、本研究で開発された手法が有効に活用できることが述べられ、最後に湿地植生のグローバルな継続的観測の実施に際し残されている課題について触れている。

 このように本論文は湿地の植生モニタリングを目的とする新たな画像解析手法の開発結果をまとめたものであり、その手法の有効性がそれぞれ研究されている。ここで展開された画像解析手法の高度化の方法論は、他の各種陸域生態系のモニタリングにおいても同様に有効であろう。事実、近い将来、NASAのEOS計画をはじめとして、生態系モニタリングを目的とした各種環境観測衛星が計画されているが、これらの衛星プラットフォームによって取得されるリモートセンシング画像の解析に際して、本研究で得られた成果を活用し、本研究のアプローチをさらに発展させることが計画されている。

 このような展開の基礎ともなる独自の方法論を開拓し、その有効性を実証したことに対し、審査委員会は、本論文を博士(学術)の学位論文に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54046