鶏伝染性気管支炎(IB)はコロナウイルス科に属する鶏伝染性気管支炎ウイルス(IBV)の感染によって起こる鶏の急性呼吸器性疾病であり、伝播性は極めて強い。韓国では1986年に初めて野外でIBの発生が確認され、また、1990年末には韓国内の肉用養鶏場でヒナに10%位の斃死と共に下痢、腎臓の尿酸沈着、腎炎等を伴う腎臓型IBの発生が報告された。本研究は、異なる野外血清型間での組み換えによって出現する種々の新しい変異型IBVの迅速な診断法の確立やその防疫に有効なワクチン開発の基礎データの集積を目的として、4章から構成されている。 第1章では、IBVに対する5種の単クローン性抗体(MAb)を用いたDot-Immunoblotting Assay(DIA)法により、発育鶏卵で増殖した野外IBVの早期検出法及び分類を試みた。群特異的なMAbを用いたDIA法では10株のIBV標準株と12株の韓国野外分離株を早期に検出でき、最少ウイルス検出力価は103.8EID50/mlであった。また、DIA法では発育鶏卵にウイルスを接種後1-2回継代するとその尿膜腔液からIBV抗原が検出できたのに対し、従来の発育鶏卵接種法ではIBVの感染を確認するまで4-7回の継代を必要とした。これらの結果より、DIA法はIB診断に必要な時間と費用を多大に節減できることが示された。更に、4種の株特異的なMAb用いてIBVの分類を試みた結果、10株のIBV標準株と12株の韓国野外分離株は共に6群に分けられた。また、韓国野外分離株の6群のうち3群のMAb反応パターンは標準株と一致したのに対し、他の3群の野外分離株は標準株とは異なるパターンを示し、韓国には少なくとも3種類のIBV野外変異株が存在することが示された。 第2章では、Reverse Transcriptase-Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)並びにRestriction Fragment Length Polymorphism(RFLP)法を用いて40株のIBV韓国野外分離株と4株のIBV標準株の分類を試みた。制限酵素HaeIIIで処理したIBV S1遺伝子を含むDNA断片(1722bp)のRFLP切断パターンにより、1986年から1997年にかけて分離された40株の韓国野外分離株は5種類のgenotype(I、II、III、IV、V)に分けられた。このうち、1990年以降野外鶏群から持続的に分離された29株はgenotypeIIIに属し、韓国野外分離株の主流を示した。更に5種類のgenotypeから代表株をそれぞれ1株を選抜し、1日齢のSPFヒナに対する病原性を調べた。genotypeIIIの株は腎臓の尿酸沈着のみならず約50%位の致死率を示したのに対し、他の4種類のgenotype由来株は接種直後1-2日の間に軽い呼吸器症状のみを示した。一方、genotypeIIIに属するKM91株を120回発育鶏卵で継代して得られたKM91p120株で免疫したヒナはgenotypeIIIの株のみならず、最近分離されたgenotypeIVとV由来株の攻撃に耐え、防御能を示した。 第3章では、上述の5株の韓国野外分離代表株のS1遺伝子の全塩基配列を決定し、アメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストラリアのそれぞれで報告された20株のIBV S1遺伝子と比較した。S1遺伝子に対する進化系統樹解析の結果、5株の代表株のうち、3株(RB86、KM91、EY95)はマサチョーセッツgroupに、また2株(B4、EJ95)はアメリカgroupに属していることが示された。KM91とH120及びB4とArk99のS1アミノ酸配列にはそれぞれ類似する欠損や挿入などが認められた。このような遺伝子の変異は蓄積された点変異の結果と考えられた。また、EJ95のアミノ酸配列には1箇所の推定置換領域(残基472から520)とそれぞれB4とKM91と類似している領域が保存されたのに対し、EY95は2箇所の推定置換領域(残基196から260と487から533)とそれぞれH120、B4、EJ95と類似している領域が保存されていた。これは遺伝子組み換えだけではなく点変異などがIBV韓国野外株の進化の主要な機序であることを示している。 第4章では、腎臓型野外分離株であるKM91株のS1糖蛋白を発現するリコンビナントバキュロウイルス感染細胞(rS1)を作製し、その免疫原性を調べた。その結果、rS1を3回免疫した鶏では腎臓で50%の防御免疫効果を示したのに対し、不活化KM91株は腎臓と気管でそれぞれ88%と50%の防御免疫効果を示した。一方、弱毒H120ワクチンで基礎免疫した場合は、rS1を2回追加免疫すると腎臓で83%の防御効果の上昇が認められた。rS1で3回免疫した鶏では高い赤血球凝集抑制抗体の力価を示し、特に攻撃接種後には更に高い力価を示した。これらの結果より、rS1は単独でも抗体による防御免疫能を有していると推定された。 以上の通り、IBの効果的な防疫のためには今後とも韓国で流行するIBVの分離・同定を持続的に実施し、分離ウイルスの血清型を速やかに分類することが適切なワクチンの早期開発に役に立つと考えられた。また、分子生物学的手法を土台とした韓国で流行中の野外変異株の進化系統樹の研究結果は、持続的なIB生ワクチンの使用に伴う新しい変異ウイルス株の出現を反映しているものと考えられた。これらの知見は学術上貢献するところが少なくない。よつて審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |