学位論文要旨



No 213720
著者(漢字) 潮,秀樹
著者(英字) Ushio,Hideki
著者(カナ) ウシオ,ヒデキ
標題(和) La2-xSrxCuO4の電子構造及び常伝導相の物性
標題(洋) Electronic Structure and Normal State Properties in La2-xSrxCuO4
報告番号 213720
報告番号 乙13720
学位授与日 1998.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13720号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 家,泰弘
 東京大学 助教授 青木,秀夫
 東京大学 助教授 高田,康民
 東京大学 助教授 藤森,淳
内容要旨

 BednorzとMullerの銅酸化物高温超伝導体の発見以来、多くの実験的・理論的研究がなされているが、多くの理論的研究が単一のb1gバンド(混成軌道)のみを考慮している中、上村らはドープされたホールがハバード・バンド(Cu-dz2,面内酸素の,頂点酸素のOpz混成軌道)に入り局在スピン(混成軌道)と相互作用すると考えて、二階屋モデルを提唱した。一方、上村・江藤の変分関数を用いた第一原理のクラスター計算によれば、軌道の局在スピンと軌道のホールのスピンが平行に結合した3B1g多重項状態と軌道の局在スピンとb1g軌道のホールのスピンが平行に結合した1A1g多重項状態のエネルギー差はSr濃度によって変化するが、たかだか0.2eVである。クラスター間の飛び移り積分の大きさは0.3eVであるから、上村・諏訪は反強磁性状態の領域ではキャリヤー・ホールは軌道からb1gへと移り、3B1g1A1gとが混じり合ったコヒーレントな固有状態を構成することを提唱した。彼らのモデルは局在スピンの軌道と、2種類のキャリヤー・ホールの軌道が相互作用を及ぼしているという考え方に立っており、拡張二階屋モデルと呼ばれる。超伝導状態のLSCOにおいても局在スピンの超交換相互作用による反強磁性スピン相関が残っていることが、中性子散乱の実験などで観測されていることから、スピン相関距離の範囲で局在スピンが反強磁性状態を構成すると考えることができ、拡張2階屋モデルは全体としての反強磁性が消滅した超伝導状態のLSCOにも適用できると考えられる。

 この論文の主要な目的の一つは有効ハミルトニアン

 

 を近似的に解き、スピン相関領域の中で、キャリヤー・ホールはAサイト(軌道の局在スピンが上向きのサイト)では軌道に入り3B1g状態を構成し、Bサイト(軌道の局在スピンが下向きのサイト)ではb1g軌道へと移り1A1g状態を構成することを示し、その状態のエネルギー固有値を計算することである。そのために我々はキャリヤー・ホール状態と局在スピン状態を分離し、キャリヤー・ホールと局在スピンの相互作用をキャリヤー・ホール状態に繰り込むことにより、キャリヤー・ホールのエネルギー固有状態を導く。

 第3項の超交換相互作用は、各サイトでの局在スピンの向きを上向きまたは下向きにするスピン相関を生じさせる項であるから、局在スピンが反強磁性相関を持つと仮定したことの中にすでに取り入れられている。我々は第4項の局在スピンとキャリヤー・ホールのスピン間の交換相互作用Kと第5項のHubbard U(二つのキャリヤー・ホールが同じサイトに入らないための斥力を表す)を平均場近似的に取り扱う。これらの項は、反強磁性秩序の残るスピン相関領域の中では、各サイトでの軌道とb1g軌道のエネルギーをスピンの向きに応じて変えることになる。具体的には、式(1)の第一項・第二項の有効一電子ハミルトニアンをバンド計算にフィットさせたSlater-Kosterパラメタをつかった強結合型ハミルトニアンで表し、その一電子のハミルトニアンを解き、更に、波数k0=(/2a,/2a,0)での縮退を利用して、近似的に各サイトに局在した固有状態を作る。その固有状態を基底として第4項・第5項は次のような対角行列になる。

 

 この式の行列要素は上村・江藤がクラスター計算した1A1g状態と3B1g状態のエネルギーから決め、こうして得られたハミルトニアンを元の34個の原子軌道を基底とする強結合型ハミルトニアンにユニタリ変換する。この原子軌道を基底とする表示で第4項・第5項のハミルトニアンが最近接の原子間の要素だけ持つと仮定すると有効ハミルトニアンは一意的に決まる。

 こうして求めた有効ハミルトニアンを解いて得られた"エネルギー・バンド"が図1であり、このバンドを使って計算したフェルミ面が図2である。通常のLDAバンド計算とは異なり、ホールをドープしないLa2CuO4ではこの図のエネルギー・バンドは全て満たされており、La2CuO4が反強磁性のモット・ハバード絶縁体であるという実験結果と良く一致する。キャリヤー・ホールの入るいちばん上のフラットなバンドの形状やフェルミ面の形状はBi2212、Bi2201のARPESの実験結果と良く似ており、特にAebiらは短距離反強磁性相関を示す折り返されて生じた小さなフェルミ面を観測しており、我々の理論の検証になっている。

図1.局在スピンとの相互作用を繰り込んだ"エネルギー・バンド"。図2.LSCOにおけるx=0.125に対するフェルミ面。

 図3は計算したキャリヤー・ホールの波動関数を示したものである。超伝導になる前の状態に対応する点の波動関数はBサイト(下向き局在スピンのいるサイト)でb1g軌道であるのに対し、超伝導になったあとの状態に対応するG1点の波動関数は軌道とb1g軌道を交互にとっている。この結果はChenらの偏光を使ったX線吸収の実験結果と一致している。

図3.反強磁性単位胞(2CuO2)のAサイト(上向き局在スピンのいるサイト)とBサイト(下向き局在スピンのいるサイト)における、上向きスピンのキャリヤー・ホールの波動関数。

 ホール効果、抵抗率など種々の常伝導状態の性質について計算計算した結果も良く実験結果を説明している。ホール係数がunder-dope領域で1/xに比例すること、電気抵抗が低温まで温度に比例することなどは、小さなフェルミ面の当然の帰結である。ホール係数の符号の変化もこのフェルミ面から説明され、高温でのホール係数の振る舞いについてもここで計算したバンドから通常のLDAバンドへのcrossoverとして説明される。さらに1/8問題、中性子散乱のincommensurate peakについてもこのフェルミ面の形状と結び付けて説明される得ることを示した。超伝導との関連では、計算した波動関数とバンド・エネルギーを用いて電子格子相互作用を計算し、波動関数の特異性から、d波超伝導に結びつく電子格子相互作用の斥力部分が存在することを示した。

審査要旨

 本学位論文の本文は7章からなっている。第1章では、高温超伝導の舞台であるCu-Oネットワークの電子状態について、この論文で用いられるモデルが提示されると同時に論文全体の構成が紹介されている。このモデルは上村達によって提唱されたものでその特徴は、ドープされたホールが入る軌道としてCuの213720f05.gifとOのの結合軌道であるb1g軌道のみでなく、CuのとOのの反結合軌道である軌道も含めて考える点にある。これらの軌道にあるホール間には強いクーロン斥力が働くほか、213720f06.gifの反結合軌道にある局在スピンとホールとの間には交換相互作用が働いているというモデルである。さらに、隣あったサイトの局在スピン間には反強磁性的超交換相互作用が導入されている。この系は複雑な多体系であるが、ここでは、局在スピン間の反強磁性的相関が発達しているとして、局在スピンの配列を静的に止めた状態に対して一体のエネルギー帯を計算している。

 第2章では、この論文で議論される種々の物理量について、高温超伝導体における実験結果がまとめられている。すなわち、電気抵抗、ホール係数などの輸送現象、比熱、光学伝導度や角度分解光電子分光などの光学的性質、磁気的性質などである。さらに、1/8問題と呼ばれるLa1.875M0.125CuO4で見られる超伝導の抑制に関する実験、La2-xSrxCuO4の超伝導転移温度の濃度依存性がまとめられている。

 第3章では、La2-xSrxCuO4のバンド構造を第1章で議論したモデルに基づき計算する実際の手続きが述べられている。まず前述のb1g軌道と軌道を構成する原子軌道を用いて、APWによるバンド計算の結果を再現する強束縛ハミルトニアンを決定するスレーター・コスターの方法で一電子状態を記述する。波数(/2./2,0)における縮退を利用して、近似的に局在した軌道を構成し、電子間相互作用や、局在スピンとの交換相互作用を分子場として導入する。この時、局在スピンは反強磁性的にならんでいると仮定している。

 第4章では、以上の手続きによって求められたバンド構造について議論される。まず、ブリュアン域のG1点にあるファンホーブ特異点により、状態密度は鋭いピークを持つことが指摘される。次にフェルミ面が求められ、小さなフェルミ面を形成していることが示される。フェルミ面の形のみならず、分散関係も関連するBi系での角度分解光電子分光と定性的一致を示している。フェルミ面の形状、濃度依存性を検討することによって、中性子散乱の不整合ピーク、いわゆる1/8問題などについても理解する可能性があることが指摘されている。

 第5章では、超伝導転移点以上での電気抵抗、ホール効果、電子比熱、熱起電力が、前章で求められたバンド構造に基づいて一体近似の範囲で計算され、実験と比較されている。たとえば高温超伝導体の特徴として良く知られている温度に比例する電気抵抗は、小さなフェルミ面であることから電子・格子散乱のうち小さな波数を持つフォノンによる散乱が支配的であると考えることによって説明されている。一連の計算の基礎となっているバンド構造は、局在スピンの秩序を仮定したものであるが、実際は、短距離秩序であり有限の相関長である影響を考える必要のあることも指摘されている。

 第6章では、電子・格子相互作用について考察し、スペクトル関数を求め、超伝導の転移温度、対称性が議論されている。最も特徴的なことは、電子・格子相互作用でも、ここで考えたようなバンド構造に対しては、d-波超伝導が安定に存在しs-波超伝導はむしろ斥力になるとの結果である。また、超伝導転移温度の濃度依存性についても実験結果の定性的理解が可能であることが指摘されている。最終の第7章は全体のまとめに当てられている。

 高温超伝導の理論的理解については様々な視点が提案されているが、その解決は今後に委ねられている。本論文は、一つの提案された考え方にもとずき、広範な物理量の検討を行なっている。局在スピンの反強磁性相関を長距離秩序として近似している点など理論の発展がさらに必要とされるところもあるが、それらは今後の課題として十分意識されており、高温超伝導体の種々の物理量に対する理解の一つの枠組を提示した功績は大きいと考えられる。なお本論文の主要部分については上村氏との共同研究であるが、論文提出者の寄与は本質的で十分であると判断される。

 よって論文審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50699