本論文は全部で6章からなる。第1章は序であり、第2章は本論文の基礎となる走時線形内挿による波線追跡法の開発、第3章はその透過トモグラフィ法への応用、第4章は反射波に対する新しい波線追跡法の開発、第5章はこれらの手法を合わせた反射トモグラフィ法の開発と応用という構成になっている。第6章は議論とまとめである。 物理探査にはさまざまな手法があるが、実際の調査で特に有力なのは人工的な震源から発する地震波を用いたいわゆる反射法探査である。反射法探査は地下の構造を映像的に見ることができるというのが最大の利点であるが、地下の地震波速度構造が正しく推定されていないかぎりその像は歪んだものとなってしまう。本論文は、いわゆる地震波トモグラフィの手法を使った地下速度構造の推定を反射法探査の精度向上に反映させることを目標に、基本となる新しい波線追跡法とそれを使った構造探査の新しい手法を開発するとともに、実際のデータに応用してその手法の有効性を検証したものである。 いわゆる地震波トモグラフィの解析においては、きわめて多数の震源・観測点の組み合わせについて地震波の波線と走時を繰り返し計算する必要があるので、それに適した高速で精度のよい波線追跡法が不可欠であり、これまでも多くの研究者によってさまざまな手法が開発されてきた。論文提出者が開発し「走時線形内挿法」と名付けた波線追跡法では、トモグラフィ解析で通常使われるセル構造モデルにおいて、セル境界上における走時が線形に分布していると仮定される。この計算法は最短走時の計算とそれに基づく波線の追跡という2段階の処理からなっており、構造が複雑な場合でも安定して走時・波線を計算することができ、従来の類似の方法に比べて計算速度と精度の点で勝っている。 論文提出者は、この走時線形内挿法を2つの孔井間の速度構造の推定、いわゆる透過トモグラフィに応用して、その有効性を検証した。丹那盆地および大分県湯坪地域での深さがそれぞれ500mおよび1500m程度の孔井における実際のデータに応用して、検層記録や反射法探査記録などと比較した結果、微細な構造にいたるまで非常によく一致することを確認した。 丹那盆地や湯坪地域での例のような孔井を使った透過トモグラフィは、精度よい地下速度構造を推定できる優れた手法であるが、ボーリングのコストの面での短所も無視できない。この点を考慮して、論文提出者は、より一般的に行われている反射法探査のデータに応用できる反射トモグラフィ法を開発した。この方法では、反射面の位置と速度構造を未知数と考え、新しく開発された反射面推定法の処理とトモグラフィ処理を組み合わせることによって、走時データのみからこれらの未知数が推定される。この際、トモグラフィの計算には、走時線形内挿法を反射波のために拡張したものが使われる。初期モデルから出発して、反射面の形の推定、トモグラフィによる反射面より上の地震波速度の推定の処理を繰り返すことにより、最終的な地下構造モデルを得ることができる。この手法を速度構造が既知のモデルを使った超音波実験の実データに応用し、その複雑な速度構造がかなりの精度で推定できることが確かめられた。 このように、本論文は新しい波線追跡法などに基づく地下構造探査の手法を開発するとともに、その有効性を実データの解析などをつうじて検証したものである。論文提出者による新しい手法は、複雑な地下構造を精度よく推定できることを可能にしたきわめて実用的なものであり、高く評価できる。 一方、この手法の分解能、精度についての定量的な検討が必ずしも十分ではないことも、審査委員から指摘された。こうした検討を積み重ねることで、この手法の信頼性もさらに高まるものと考えられる。 なお、本論文第2章は川中卓氏との、第3章の一部は川中卓氏、笹田政克氏との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 |