学位論文要旨



No 213724
著者(漢字) 浅川,栄一
著者(英字)
著者(カナ) アサカワ,エイイチ
標題(和) 走時線形内捜を用いた波線追跡法の開発とトモグラフィ解析への適用
標題(洋) Raytracing by Linear Traveltime Interpolation and its Application to Tomography
報告番号 213724
報告番号 乙13724
学位授与日 1998.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13724号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉井,敏尅
 東京大学 助教授 歌田,久司
 東京大学 助教授 岩崎,貴哉
 東京大学 助教授 平田,直
 千葉大学 教授 伊藤,谷生
内容要旨

 近年の物理探査技術の進展にはめざましいものがあり、高密度精密観測によって地下(地殻)構造の詳細が明らかにされるようになってきた。このような探査データから地下の情報を抽出する種々の方法がこれまで開発されてきた。例えば、反射法は地下の構造をイメージングする優れた方法であるが、地下の"地震波速度"を正確に押さえないかぎり,その構造(とくに深度断面)は歪んだ像になってしまう。本研究では、走時トモグラフィ技術を使って、主として物理探査によって得られる高密度な人工地震のデータを解析し、比較的浅い部分(数千m以浅)の速度構造(速度及び反射面)を客観的に推定する方法を開発し、実際のフィールドデータに適用しその有効性を検証した。

 高密度な地震探査データを用いてトモグラフィ解析を行うためには、それに適した波線追跡法が不可欠である。そのために、本研究では「走時線形内挿法」(Linear Traveltime Interpolation Method,LTI)と名付けた波線追跡法の開発を行った。トモグラフィ解析では、水平方向・鉛直方向の不均一を柔軟に記述できるセル構造モデルを扱う。走時線形内挿法の特徴は、セルの境界において走時が線形に分布していると仮定した上で、セル内では波線が直線になることを利用し、走時・波線計算はすべてセルの境界上でのみ行ない、計算精度、計算効率を高めている点である。この走時の線形分布の仮定は、物理的には局所的に地震波が平面波として伝播することを意味する。走時線形内挿法は、前進過程において最短走時を計算し、後進過程においてその走時を使って波線を追跡するという2段階の処理から成り立っている。構造が複雑な場合でも、屈折や散乱を考慮しながら、安定的に走時・波線を計算できる。この手法は幾何学的な考察に基づいて開発されたものであるが、Vidale(1988)が提案したアイコナル方程式の差分解法による走時・波線計算と数学的に密接に関連しており、従来の方法より近似精度の点で優位である。

 透過トモグラフィ法は、通常2つの坑井間の速度構造を推定する方法として使用される。初動走時データを用いて、計算走時に合致する様に速度モデルを更新する非線形な解析法である。速度構造は計算波線や走時に従って更新され、また、波線は速度構造に基づいて計算される。実際の適用に関しては、問題を局所的に線形化し、トモグラフィのインバージョンと波線計算(LTI)を交互に繰り返すことによって最終的な速度構造を求める。インバージョンでは、測定上の制約などから解が不安定になることが多いため、平滑化条件を付加することによって解の安定化を図った。丹那盆地と大分県湯坪地熱地域で坑井間トモグラフィを実施し、トモグラフィ解析法を適用し速度断面を求めた。第1図に湯坪地域でのトモグラフィ実験の結果を示す。その結果は、ほかの物理探査の結果(検層記録、反射法地震探査記録など)と非常に良い一致を示し、実データに対する本方法の有効性を示している。

第1図:湯坪地域におけるトモグラフィ結果

 坑井間トモグラフィ探査は坑井間の速度構造を高精度に把握する上では有効な方法であるが、コストの面からは、より一般的に実施されている反射法地震探査データを使った速度推定法が有効である。そこで反射法地震探査データの初動や反射走時を用いた反射トモグラフィ法を開発した。反射トモグラフィ法では、反射面の位置と速度構造が未知数となるため、従来のアプローチでは反射面の位置をほかの情報によって固定し、速度構造のみ走時データを使用して再構成するという方法が採用されていた。本研究では、トモグラフィ処理にマイグレーション的な処理を付加することによって、走時データのみから反射面の位置と速度構造を同時に推定する方法を開発した。速度推定では、線形走時内挿法を反射波に拡張してトモグラフィインバージョンを用いる。反射面の推定では、すべての発震点・受振点の対で観測された反射走時を使って、その反射走時を与える可能性のある点(複数)をマッピングし、それらの点が集中する部分を反射面と見なすことによって行った(走時データのマイグレーション処理)。処理のフローチャートを第2図に示す。まず、初期構造を仮定して、反射走時をマイグレーションし反射面の推定を行う。次にこの反射面に対して反射波線の計算を行い、それらの波線に沿ってトモグラフィインバージョンを行い速度構造を更新する。この2つの処理を繰り返し適用することによって、最終的に速度構造と反射面の位置を推定することができる。この処理フローを数値シミュレーションモデルについてその有効性を検証した。さらに、速度構造が既知の物理モデル実験装置で取得された実データに対しこの方法を適用した。実際のデータにおいてはすべての反射面からの反射走時をすべて同定するのは困難であるため、特徴的な反射イベントのみを入力データとして解析した。第3図に物理モデルと最終結果を示す。この実験結果から本手法によれば、特徴的な反射イベントの走時を使用して、それに挟まれた領域の速度構造(特に水平方向の変化)が推定できることが示された。

第2図:反射トモグラフィ処理フロー第3図:物理実験モデル(上)とトモグラフィ結果(下)
審査要旨

 本論文は全部で6章からなる。第1章は序であり、第2章は本論文の基礎となる走時線形内挿による波線追跡法の開発、第3章はその透過トモグラフィ法への応用、第4章は反射波に対する新しい波線追跡法の開発、第5章はこれらの手法を合わせた反射トモグラフィ法の開発と応用という構成になっている。第6章は議論とまとめである。

 物理探査にはさまざまな手法があるが、実際の調査で特に有力なのは人工的な震源から発する地震波を用いたいわゆる反射法探査である。反射法探査は地下の構造を映像的に見ることができるというのが最大の利点であるが、地下の地震波速度構造が正しく推定されていないかぎりその像は歪んだものとなってしまう。本論文は、いわゆる地震波トモグラフィの手法を使った地下速度構造の推定を反射法探査の精度向上に反映させることを目標に、基本となる新しい波線追跡法とそれを使った構造探査の新しい手法を開発するとともに、実際のデータに応用してその手法の有効性を検証したものである。

 いわゆる地震波トモグラフィの解析においては、きわめて多数の震源・観測点の組み合わせについて地震波の波線と走時を繰り返し計算する必要があるので、それに適した高速で精度のよい波線追跡法が不可欠であり、これまでも多くの研究者によってさまざまな手法が開発されてきた。論文提出者が開発し「走時線形内挿法」と名付けた波線追跡法では、トモグラフィ解析で通常使われるセル構造モデルにおいて、セル境界上における走時が線形に分布していると仮定される。この計算法は最短走時の計算とそれに基づく波線の追跡という2段階の処理からなっており、構造が複雑な場合でも安定して走時・波線を計算することができ、従来の類似の方法に比べて計算速度と精度の点で勝っている。

 論文提出者は、この走時線形内挿法を2つの孔井間の速度構造の推定、いわゆる透過トモグラフィに応用して、その有効性を検証した。丹那盆地および大分県湯坪地域での深さがそれぞれ500mおよび1500m程度の孔井における実際のデータに応用して、検層記録や反射法探査記録などと比較した結果、微細な構造にいたるまで非常によく一致することを確認した。

 丹那盆地や湯坪地域での例のような孔井を使った透過トモグラフィは、精度よい地下速度構造を推定できる優れた手法であるが、ボーリングのコストの面での短所も無視できない。この点を考慮して、論文提出者は、より一般的に行われている反射法探査のデータに応用できる反射トモグラフィ法を開発した。この方法では、反射面の位置と速度構造を未知数と考え、新しく開発された反射面推定法の処理とトモグラフィ処理を組み合わせることによって、走時データのみからこれらの未知数が推定される。この際、トモグラフィの計算には、走時線形内挿法を反射波のために拡張したものが使われる。初期モデルから出発して、反射面の形の推定、トモグラフィによる反射面より上の地震波速度の推定の処理を繰り返すことにより、最終的な地下構造モデルを得ることができる。この手法を速度構造が既知のモデルを使った超音波実験の実データに応用し、その複雑な速度構造がかなりの精度で推定できることが確かめられた。

 このように、本論文は新しい波線追跡法などに基づく地下構造探査の手法を開発するとともに、その有効性を実データの解析などをつうじて検証したものである。論文提出者による新しい手法は、複雑な地下構造を精度よく推定できることを可能にしたきわめて実用的なものであり、高く評価できる。

 一方、この手法の分解能、精度についての定量的な検討が必ずしも十分ではないことも、審査委員から指摘された。こうした検討を積み重ねることで、この手法の信頼性もさらに高まるものと考えられる。

 なお、本論文第2章は川中卓氏との、第3章の一部は川中卓氏、笹田政克氏との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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