学位論文要旨



No 213727
著者(漢字) 高橋,洋
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ヒロシ
標題(和) 熱水変質鉱物の定量的解析による細倉鉱山の化石地熱系の復元
標題(洋)
報告番号 213727
報告番号 乙13727
学位授与日 1998.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13727号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 歌田,實
 東京大学 教授 島崎,英彦
 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 教授 正路,徹也
 千葉大学 教授 井上,厚行
内容要旨

 高温下の地熱系では,透水性の高いゾーンで,熱水と岩石が反応する熱水変質作用が生じる。我国の『活地熱地域』では,多種の熱水変質作用が報告されている。一方,『化石地熱系』であるエピサーマル鉱脈型熱水鉱床の熱水変質作用は,「母岩の変質」として古くから研究されてきた。しかしながら,これらの研究では,鉱脈のごく近傍を対象とし変質をもたらした熱水の温度や性質の解明を目的としたもので,化石地熱系全体の把握は行われていない。本研究は鉱脈型鉱床である細倉鉱床を例とし,『熱水変質鉱物の定量的解析』により化石地熱系の全貌を復元することを目的とした。

 化石地熱系を復元するために必要な要素は,水理構造,熱水の性質などの「静的」な要素と熱水の流動などの「動的」な要素からなる。化石地熱系では熱水活動の足跡は熱水変質帯として保存されているため,熱水変質鉱物の解析が地熱系解明の重要なアプローチである。静的要素は変質鉱物の鉱物組合せによる変質分帯などの『定性的解析』で把握が可能であるが,地熱系全体を把握するためには動的要素が最も重要である。しかしながら,動的要素は最も解明困難な要素である。本研究では,変質強度の定量化を基に,定性的解析により把握できない熱水流動量,流動方向(通路),熱水と地下水の混合などの動的要素を『定量的解析』で解明し,細倉鉱床の化石地熱系モデルを作成した。さらに,この細倉鉱床の化石地熱系モデルの他のエピサーマル鉱脈型鉱床への適用について考察した。

 宮城県北西部に位置する細倉鉱床は我国を代表する鉛亜鉛鉱床で,鉱床生成年代は中新世後期である。鉱床域(鉱脈分布域)はNE-SW方向約4km,NW-SE方向約3kmの範囲である。鉱床域および周辺の地質は,主に先新第三系,新第三系中新統からなる。主要鉱脈である富士本脈の周辺母岩は,下〜中部中新統の安山岩溶岩・火砕岩で,安山岩溶岩は塊状部・自破砕質角礫帯・断層角礫帯の3岩相からなる。自破砕質角礫帯は溶岩上部の浅部レベルに,断層角礫帯は鉱脈際に分布する。

 富士本脈周辺の母岩にはカリウム質変質と珪化からなる熱水変質作用が認められ,X線回折分析と薄片の顕微鏡観察を基にした鉱物組合せから,中性熱水変質帯(A・B・C帯)と酸性熱水変質帯(D帯)に分帯した。中性熱水変質帯は鉱脈から外側に向かって,A帯→B帯→C帯と累帯配列を示す。A帯は主に安山岩溶岩の断層角礫帯に分布し,その幅は1〜31mである。B帯の幅は深部〜中部レベルでは10m程度であるが,安山岩溶岩の自破砕質角礫帯が分布する浅部レベルでは79mと増大する。C帯はB帯の外側の鉱床域に広く分布する。また,D帯は浅部レベルでA帯中に脈状に小規模に分布する。鉱脈周辺の母岩と同層準の岩石には,鉱床域外の広範囲で緑泥石化・方解石化で特徴づけられる広域変質作用が認められる。鉱脈周辺では広域変質作用に,その後の鉱化作用を伴う熱水活動による熱水変質作用が重複していると解釈される。本研究では,広域変質岩を出発物質として鉱脈周辺の熱水変質岩の変化を検討した。

 変質岩(熱水変質岩および広域変質岩)には,カリ長石・セリサイト類・石英・緑泥石・スメクタイト・方解石が同定される。カリ長石・セリサイト類は主にA・B帯に生じ,熱水変質作用を特徴づける変質鉱物である。A帯中の石英と緑泥石は顕微鏡下では原組織を破壊して生成しており,明らかに熱水変質鉱物である。一方,B・C帯中の石英と緑泥石は広域変質岩の産状と類似し,広域変質岩の残存鉱物と考えられる。同様な産状からスメクタイトはA・B・C帯の一部に認められる熱水変質鉱物である。また,方解石はB・C帯の一部に認められ,広域変質岩の残存鉱物である。

 変質強度の定量化では,化学分析値およびX線回折強度から鉱物量(重量%)を求めた。はじめに変質岩(17試料)の化学分析値から,主要構成鉱物の化学組成を仮定し,鉱物量を計算した。X線回折強度と鉱物量には相関関係が認められることもあるが,回折強度が質量吸収係数の影響を受けるため両者は相関関係を示さないこともある。本研究では,鉱物量が化学分析値から計算されていること,対象とする変質岩の質量吸収係数が類似すること,および主要構成鉱物の質量吸収係数がほぼ類似することより,X線回折分析による定量法はChung(1974)の外部標準法と類似する方法を採用した。X線回折強度比と化学分析値から計算した鉱物量には強い正の相関関係が認められることから検量線を作成し,これを基に109のX線分析試料の主要構成鉱物の鉱物量を計算した。この計算鉱物量から,熱水変質岩中のカリウム質変質鉱物の比率(重量%)を表す『カリウム質変質量(カリ長石とセリサイト類の計算鉱物量の合計)』を定義した。また,熱水変質作用による鉱脈周辺の母岩の成分変化は,鉱脈の近くではK2Oが増加し,Na2OとCaOが減少している。3成分の挙動により,熱水変質作用による成分変化の程度を定量的に表すため, 『変質指数([K2O/(K2O+Na2O+CaO)]×100』を定義した。安山岩を母岩とする富士本脈周辺の変質岩のカリウム質変質量,変質指数,および熱水変質作用の程度を示す指標として用いられてきた帯磁率の比較を以下に示す。

図表

 カリウム質変質量と変質指数には強い正の相関関係が認められ,変質指数もカリウム質変質の程度を定量的に表していると考えられる。同じ鉱物組合せからなる変質帯でも,カリウム質変質量・変質指数が異なり,これらの数値を使用すると変質強度の定量的区分が可能となった。帯磁率も変質強度を定量的に表現できる要素であることが確認された。

 鉱脈幅の影響を取り除いたA/V比(A帯の幅/鉱脈幅)には岩相によるA帯の発達の程度が顕著に表れる。A/V比は安山岩溶岩の断層角礫帯が6〜12と高い値を示し,火砕岩が4〜8,安山岩溶岩の塊状部が2〜4と低い値を示す。この傾向は透水性のよい岩相ほどA帯が発達しやすいことを表している。B帯の幅も岩相の透水性を反映し,その幅は安山岩溶岩の自破砕質角礫帯で増大する。熱水変質帯の幅と岩相の関係より,熱水活動期の水理構造は,自破砕質角礫帯が水平に広がる浅層帯水層となり,その水理基盤は不透水性〜半透水性の塊状溶岩と火砕岩であったと推定される。それらには局所的に高透水性の高角フラクチャー帯(断層・裂罅)が存在した。

 富士本脈周辺のカリウム質変質量分布および変質指数分布は深部〜中部レベルでは鉱脈から離れるに従い急激に減少するが,浅部レベルでは減少の程度が小さい。このため,等量線・等指数線は深部〜中部レベルでは鉱脈を中心に垂直的に分布するが,浅部レベルに向かってキノコ状に広がっている。一般に,岩石/水比は高透水性部で小さく,不透水性部〜半透水性部で大きくなる。変質分帯図とカリウム質変質量分布図および変質指数分布図との関係は,深部〜中部レベル(不透水部〜半透水部)では調和的であるが,浅部レベル(高透水性部)では両者の斜交が顕著になる。このことは同じ鉱物組合せからなる変質帯でも,深部〜中部レベルと浅部レベルでは関与した熱水量(鉱脈からの熱水流動量)が異なることを示唆している。鉱脈からの水平方向への熱水流動量は,深部〜中部レベルではわずかであったが,浅部レベルの浅層帯水層では急激にその量を増したと解釈される。また,カリウム質変質量分布図および変質指数分布図より,熱水はぼぼ垂直にフラクチャー帯を上昇し,浅層帯水層にほぼ水平方向に側方流動したことが推定される。この側方流動により大規模なカリウム質変質帯(浅部変質帯)が形成されている。

 石英の溶解度は主に温度の係数であるため(Fournier,1977),鉱脈際の珪化帯の発達は熱水の冷却の証拠となる。熱水変質作用では主にA帯に石英が生じており,広域変質岩より計算石英量(約20%)が多いA帯の変質岩の分布範囲が『珪化帯』と定義される。富士本脈周辺の珪化帯分布図では,珪化帯は中部レベルに発達する。これは熱水活動初期には浅部レベルに浅層帯水層が分布したが,浅層帯水層以深で低温地下水の混入により上昇熱水が冷却されたためと考えられる。富鉱部は浅層帯水層以深に形成され,熱水の温度低下により鉱石鉱物が沈殿したことが推定される。さらに,浅層帯水層中に熱水変質の進行により不透水性の浅部変質帯(変質帯キャップロック)が形成され,この浅部変質帯により低温の浅層地下水による冷却がなくなり,熱水温度が上昇・沸騰し,熱水からH2Sガスが放出され,その酸化による酸性熱水で酸性熱水変質帯が生成されたことが推定される。熱水の沸騰も鉱石鉱物の沈殿の要因と考えられる。

 我国の代表的なエピサーマル鉱脈型鉱床である豊羽・千歳・大江・菱刈鉱床は鉱石鉱物種が異なるが,鉱脈周辺の熱水変質帯はカリウム質変質と珪化で特徴づけられる中性熱水変質帯である。これらの鉱床では,細倉鉱床と同様に,中性熱水変質帯の幅が浅部レベルで急激に広がり浅部変質帯が形成され,これらの浅部変質帯(浅層帯水層)以深に富鉱部が形成されている。このようにエピサーマル鉱脈型鉱床にも,細倉鉱床で復元した化石地熱系モデルが適用でき,このモデルは鉱床探査の指針になると考えられる。

審査要旨

 本論文は7章より構成されている。

 第1章では研究の目的と意義について述べており,我が国の重要な金属鉱床であるエピサーマル鉱脈型鉱床が一つの化石地熱系であったことを宮城県,細倉鉱床を例として明らかにしたいとしている。また,これによって,地熱系における熱水の物理化学的変化を読みとり,エピサーマル鉱脈型鉱床の探査指針を得たいとしている。

 第2章では研究対象である細倉鉱床の地質と広域変質作用について詳しく述べている。地質については,細倉鉱床はカルデラ構造の隆起帯に位置するという新しい見解を示しているが,これは活地熱地帯と共通するものであり,化石地熱系復元のための重要な拠り所となっている。一方,広域変質作用を鉱化作用に伴う変質作用といかにして区別するかは本研究の評価を左右する重要なポイントであるが,X線回折分析と顕微鏡観察を併用し,鉱脈周辺と離れた場所の変質と比較することにより両者の区別に成功し,広域変質作用を次のように5帯に分けた;I帯…未変質帯,II帯…クリストバライト帯,III帯…スメクタイト帯,IV帯…スメクタイト・緑泥石帯,V帯…緑泥石帯。

 第3章は鉱脈周辺の概要と鉱脈の系列,分布,鉱石鉱物について記載し,その上で主鉱脈である富士本脈周辺の熱水変質作用について述べている。富士本脈は坑内の7レベルに現れるため,周辺の変質についても水平方向のみならず垂直方向の変化も知ることができた。ここでの変質岩は脈際から周辺部へ,珪化とカリウム質変質で特徴づけられるA帯,カリウム質変質・粘土化で特徴づけられるB帯,粘土化のみで特徴づけられるC帯,およびカオリナイトにより特徴づけられるD帯に分け,A帯とB帯は変質鉱物の組み合わせにより更に細分した。この内,D帯は酸性変質であり,他と性質が異なり,生成時期も後期であると判断している。

 第4章は本研究の中核をなすもので,熱水変質強度の定量化について述べている。まず,変質鉱物個々の産状を延べ,化学分析値から鉱物量を計算の際の布石としている。化学分析値は変質鉱物の理想化学組成を用いて順次鉱物量を定めていく方法で,火成岩のノルム計算に近いものである。一方,X線強度から鉱物量を求め,両者の相関性をみる検量線を作成した。X線強度から鉱物量を求める場合,本研究では鉱物による吸収係数が大きく異ならないため,比較的よい検量線が得られたので,以後はX線回折強度による鉱物量により論議を進めている。すなわち,

 カリウム質変質量=カリ長石・セリサイト類の計算鉱物量の合計と定義すると,A帯→B帯→C帯→広域変質岩と規則正しく減少することが明らかになった。成分の移動度および成分移動総量についても同様である。一方,化学分析値を用いて

 変質指数=(K2O/K2O+Na2O+CaO)×100と定義し,X線強度から計算した鉱物量を用いて変質指数を求める方法を示した。これにより変質強度を定量的に表すことができると結論した。

 第5章では以上の結果を用いて化石地熱系の復元を行っている。地質構造から熱源を推定し,全体の熱水系の輪郭を描き,重複している変質作用の分解から熱水活動の履歴を明らかにし,変質強度指数の分布から,熱水流動の方向と量を推定している。これによると,下部では脈から水平方向には熱水流動が小さく,上部では層状の広がりをみせている。この理由として,この帯が自破砕質角礫岩にあたり,この高透水岩が浅層低温帯水層となっていたと考えた。上昇した熱水はこの浅層帯水層に沿って流動すると共に,低温地下水による冷却によってその直下に富鉱体を作ったと考えることができる。このようにして鉱脈周辺の変質と鉱化をうまく説明して,化石地熱系モデルを作成している。

 第6章と第7章では化石地熱系と活地熱系の変質・地質構造などの比較を行った。我が国の代表的なエピサーマル鉱脈型鉱床はいづれも細倉鉱床と同様なメカニズムで形成されたと考察している。そして本論文で示したモデルはこの型の鉱床探査の指針になると結論している。

 本論文は,上記のように地質学にとって重要な知見を多数含むもので寄与が大きい。

 したがって,博士(理学)を授与できると認める。

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