学位論文要旨



No 213729
著者(漢字) 小宮根,真弓
著者(英字)
著者(カナ) コミネ,マユミ
標題(和) ケラチンK6調節領域におけるIL-1及びTNF responsive elementの同定
標題(洋)
報告番号 213729
報告番号 乙13729
学位授与日 1998.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13729号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 小田,秀明
 東京大学 助教授 相馬,良直
内容要旨

 ケラチンは、上皮系細胞に発現している細胞骨格蛋白の一つで中間径フィラメントに属し、現在までに約30種が知られている。それらのケラチン蛋白は分化、部位特異的に発現されているが、そのメカニズムは未だ解明されていない。炎症性皮膚疾患においてはケラチンK6、K16、K17といった正常表皮には認められない炎症性ケラチンが発現されているが、その発現調節についてもその解明は端緒についたばかりである。筆者は、これら炎症性ケラチン発現の機序を明らかにする目的で、炎症性サイトカインの中でも比較的早期に働くことの知られているIL-1及びTNFの、ケラチン転写活性に対する働きを研究対象とした。

 ケラチンK6は、EGFにより転写活性が誘導されることが判明しており、そのresponsive elementがすでに我々の研究室において同定されていた。また、我々が所有している381bpのケラチンK6調節領域はケラチンK6の上皮細胞特異的な発現を担うに充分な長さであることはすでに証明されていた。この381bpのケラチンK6調節領域は、他の我々の持つケラチン調節領域の中でIL-1及びTNFによって特異的に誘導された。そこで筆者は、ケラチンK6調節領域のdeletion construct及びmutation constructを作製し、ケラチンK6調節領域におけるIL-1及びTNFのresponsive elementの同定を試みた。その結果、これらのサイトカインは共に、HeLa細胞においては4つのC/EBP like siteを介してケラチンK6の転写活性を誘導すること、表皮細胞においてはこの4つのsiteのうち、3、4番目のpalindromicなC/EBP like siteを介してケラチンK6を誘導することが明らかとなった。筆者はまたゲルシフト法により、このresponsive elementにTNF及びIL-1により誘導される蛋白が結合することを示し、その結合はC/EBP consensus sequenceにより阻害されることを示した。またこのバンドの一部は、抗C/EBP抗体によりスーパーシフトしたことから、この配列に結合する蛋白の一部はC/EBPであることが判明した。

 さらに、IL-1によるケラチンK6誘導はEGFにより阻害されるが、TNFによる誘導はEGFにより阻害されず、また、PCPLC(phosphatidylcholin-specific phosopholipase C)阻害剤であるD609は、TNFによるケラチンK6誘導は阻害するがIL-1によるケラチンK6誘導は阻害しなかった。これらの事実は、TNF及びIL-1が別々の経路によりケラチンK6を誘導することを示唆している。最後に、培養ヒト正常表皮細胞におけるこれらサイトカインのケラチン遺伝子転写に対する影響を調べていく過程で、筆者はトランスフェクション操作により培養表皮細胞からIL-1が放出され、それが実験結果を左右する可能性のあることを発見した。表皮細胞からのIL-1放出は、トランスフェクションによる表皮細胞障害の程度を反映するものであった。また数種のトランスフェクション法を比較したところ、コンフルエントな細胞を用いたポリブレン-DMSO法が最も効率がよく、しかも表皮細胞からのIL-1放出が最も少ない方法であることが判明した。

 筆者の同定した配列に結合するC/EBPは、などのファミリーメンバーを持ち、いずれも同様な配列に結合することが知られている。この中でC/EBPはIL-1やTNFにより誘導されることが知られており、IL-6やIL-8などの転写調節にも関わっていることが知られている。さらにC/EBPファミリーは、血液細胞や脂肪細胞において分化依存的に発現が認められ、表皮細胞においてもその分化の過程で重要な役割を担っている可能性が考えられる。

 筆者の研究は、疾患そのものに結びつくようなものではないが、分化及び部位特異的発現の見られるケラチン遺伝子の調節領域についての研究により、表皮細胞の分化のメカニズム、さらには調節領域あるいは関与する転写因子の異常により発症する疾患の発見などへの道が開かれれば幸いである。

審査要旨

 本研究は、炎症性皮膚疾患において種々のサイトカインにより発現が制御されていると考えられるケラチン遺伝子の発現調節機構を明らかにするため、培養正常ヒト表皮角化細胞にケラチン遺伝子調節領域をトランスフェクトする系にて、炎症性サイトカインであるIL-1、TNFによるケラチン遺伝子の発現調節機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1、我々の持つ種々のケラチン遺伝子調節領域-CATコンストラクトを正常ヒト表皮角化細胞にトランスフェクトすることにより、ケラチンK6のみがIL-1、及びTNFにより発現誘導された。

 2、ケラチンK6調節領域のdeletion construct及びmutation constructを作製し、ケラチンK6調節領域におけるIL-1及びTNFのresponsive elementの同定を試みた結果、これらは、HeLa細胞においては4つのC/EBP siteを介してケラチンK6の転写活性を誘導すること、表皮細胞においてはこの4つのsiteのうち、第3、第4番目のpalindromicなC/EBP siteを介してケラチンK6を誘導することが明らかとなった。さらにゲルシフト法により、このresponsive elementにTNF及びIL-1刺激により核蛋白の結合が誘導され、そのバンドの一部は抗C/EBP抗体によりスーパーシフトしたことから、この配列に結合する蛋白の一部はC/EBPであることが判明した。

 3、同じくケラチンK6調節領域-CAT constructを正常ヒト表皮角化細胞にトランスフェクトする系において、IL-1によるケラチンK6誘導はEGFにより阻害されるが、TNFによる誘導は阻害されないこと、また、PCPLC(phosphatidyl-cholin-specific phospholipase C)阻害剤であるD609は、TNFによるケラチンK6誘導は阻害するがIL-1によるケラチンK6誘導は阻害しなかったことより、TNF、IL-1によりるケラチンK6誘導は、それぞれ別々の経路により引き起こされることが示唆された。

 4、培養ヒト表皮角化細胞へのトランスフェクションの過程で、培養上清中のIL-1をELISA法にて測定したところ、トランスフェクション操作により実験結果を左右する程度の量のIL-1が放出されることが明らかとなった。数種のトランスフェクション法を比較検討したところ、コンフルエントな細胞を用いたポリブレン-DMSO法が最も効率がよく、しかも表皮細胞からのIL-1放出が最も少ない方法であることが判明した。そのため上記実験において、トランスフェクション法としてコンフルエントな表皮細胞をもちいたポリブレン-DMSO法を用いた。

 以上、本論文は培養ヒト表皮角化細胞において、ケラチンK6調節領域のみがIL-1、TNFにより誘導され、さらにそのresponsive elementはpalindromicなC/EBP siteであることを明らかにした。本研究はこれまであまり知られていなかったケラチン遺伝子の発現調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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