本研究は、最近の僧帽弁手術において頻用されている経中隔上方到達法において、洞結節動脈がしばしば損傷されるという事実からこれが術後の洞結節の機能に対しどのような影響を及ぼしているかという点につき検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.術後中期遠隔期における経中隔上方到達法(TSS)症例と洞結節動脈を損傷しない右側左房切開法(RLA)症例との2群間で洞調律維持率を比較したところ、両群間に有意差を認めなかった。 2.TSS群で術前洞調律であったものも術直後は手術侵襲の影響等により一過性の上室性不整脈を示す症例は見られたがそれらはいずれも退院時に洞調律に復しておりそれが中期遠隔期まで維持されていると考えられた。 3.TSS群のうち術後も洞調律を維持している症例につき電気生理学的検査を施行したところ、洞結節機能を反映する指標であるSNRT、CSRT、SACTはいずれの症例においても正常値を示した。 4.3.の症例に対し心房内マッピングを施行したところ、心房内最早期興奮部位は高位右房または中位右房であり、TSS術後も洞結節およびその近傍が歩調取り部位として機能していることが示唆された。 5.3.の症例に対し冠状動脈造影を施行し術前のそれと比較したところ、術前に認められていた同動脈は術後いずれも途絶もしくは消失しており、かつ他の側副血行の発達は見られなかった。 6.内因性心拍数も洞結節機能を反映する指標として有用とされるが、3.の症例中測定をした4例中3例で予測値を下回る結果となりさらに遠隔期における検討の余地を残した。 7.TSS群の術後12誘導心電図上の特徴としてP波の電気軸が術前に比して左方に偏位しあたかも調律部位が移動したかの如き傾向を示したが、心房内マッピングで洞結節が術後も歩調取りを行なっていると推測される事と、術中心外膜側マッピングで得た結果とから類推して、これは心房に切開が加わることによりこの切開線が電気的障壁となって心房内興奮伝導のベクトルが変化することにより生じると考えられた。 以上、本論文は経中隔上方到達法において洞結節を損傷した症例においても従来指摘されていたような術後の洞機能不全は予測されたほど頻度の高い合併症ではない事を臨床データより明らかにした。 本研究は僧帽弁膜症患者に対しより安全かつ良好な術野の展開を可能にする切開法の普及に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |