学位論文要旨



No 213732
著者(漢字) 長田,理
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,オサム
標題(和) NMDA型グルタミン酸受容体拮抗薬MK-801及び非NMDA型受容体拮抗薬CNQXが麻酔下ラット体性 : 自律神経反射電位に及ぼす影響
標題(洋) The effects of MK-801,a glutamate N-methyl-D-aspartate(NMDA)receptor antagonist,and CNQX,a non-NMDA receptor antagonist,on the somatosympathetic reflex discharges in anesthetized rats
報告番号 213732
報告番号 乙13732
学位授与日 1998.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13732号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 田上,恵
内容要旨

 グルタミン酸は中枢神経系で神経伝達物質として作用する興奮性アミノ酸の一種として注目を集めている。グルタミン酸受容体は、NMDA(N-methyl-D-aspartate)型、キスカル酸(quisqualate)ないしAMPA(alphaamino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole-propionic acid)型、カイニン酸(Kainate)型の3つに大別されるが、このうちNMDA型受容体については侵害刺激に対する脊髄後角細胞での疼痛反応に関与しているとする報告が数多く存在する。また、非NMDA(non-NMDA)型受容体についても侵害性・非侵害性刺激伝達において中枢性に関与している可能性が指摘されている。特に麻酔学領域においては、静脈麻酔薬であるケタミンがNMDA受容体拮抗薬であることが判明して以来、グルタミン酸受容体と麻酔作用の関連について関心が高まっている。

 体性求心性A及びC線維への電気刺激によって交感神経遠心性線維に惹起される体性-自律神経反射は、体性感覚神経A線維由来のA反射と体性感覚神経C線維由来のC反射が潜時の差によって分離して誘発される特徴がある。このC反射を指標にすると感覚神経C線維を主とする痛覚刺激の中枢神経内反射経路の活動状況を知ることができるため、麻酔下であっても鎮痛効果の指標として用いることが可能とされている。この体性-自律神経反射を用いた実験系により、現在までに数々の薬物の鎮痛効果が研究されている。

 本研究では体性-自律神経反射におけるグルタミン酸受容体の関与を明らかにするために、NMDA受容体拮抗薬と非NMDA受容体拮抗薬の静脈内(全身)投与、くも膜下(脊髄)投与、大槽内(脳幹)投与が体性-自律神経反射電位に与える影響を比較検討した。

 実験にはウレタン・クロラロース麻酔下の雄Wistar系ラットを用いた。気管切開後に呼気終末二酸化炭素濃度が3%となるよう調節呼吸管理とし、赤外線ランプと保温マットを用いて直腸温を37〜37.5℃に維持した。大腿動脈に挿入されたカニューレを圧トランスデューサーに接続して連続的に動脈圧を測定するとともに、大腿静脈に挿入されたカニューレを輸液及び薬物投与経路として使用した。薬物のくも膜下投与経路として、大後頭孔と第1頚椎の間から脊髄腰膨大部までくも膜下腔に約8cmカニューレを挿入した。薬物の大槽内投与経路として、大後頭孔と第1頚椎の間から頭側に向けてくも膜下腔に約0.4cmカニューレを挿入した。顕微鏡下に脛骨神経を露出し、白金双極電極にかけて単発電気刺激(20V、0.5ms、0.33Hz)を与え、同じく顕微鏡下に交感神経腎臓枝を露出し、白金双極電極にかけて誘発される体性-腎交感神経A反射・C反射電位をコンピューターを用いて20回加算平均し記録とした。本実験ではグルタミン酸受容体拮抗薬として、NMDA受容体非競合性拮抗薬であるMK-801((5R,10S)-(+)-5-methyl-10,11-dihydro-5H-dibenzo[a,d]cyclo-hepten-5,10-imine hydrogen maleate)と、AMPA受容体競合性拮抗薬であるCNQX(6-cyano-7-nitroquinoxaline-2,3-dione)を用いた。安定したA反射及びC反射が記録された後に、この2種類のグルタミン酸受容体拮抗薬をおのおの生理食塩水に溶解して静脈内投与、くも膜下投与、大槽内投与し、反射電位を経時的に測定・記録した。薬物投与直前の波形に対するA反射電位及びC反射電位の振幅の百分率を用いて薬物の投与効果を評価した。

 MK-80lの静脈内(i.v.)投与・大槽内(i.c.m.)投与によって、有髄A線維への刺激によって惹起されるA反射および無髄C線維への刺激によって惹起されるC反射は共に統計学的有意にかつ用量依存性に抑制された。大槽内投与では、静脈内投与に比べて著しく少量で同程度の抑制効果が認められた。一方、MK-801のくも膜下(i.t.)投与では、大槽内投与でA反射・C反射を十分抑制した量を大きく上回る量を投与しても両反射に変化は認められなかった。(Fig.1)

Fig.1

 CNQXの静脈内(i.v.)投与・大槽内(i.c.m.)投与によって、有髄A線維への刺激によって惹起されるA反射および無髄C線維への刺激によって惹起されるC反射は共に統計学的有意にかつ用量依存性に抑制された。大槽内投与では、静脈内投与に比べて著しく少量で同程度の抑制効果が認められた。一方、CNQXのくも膜下(i.t.)投与では静脈内投与で効果が認められるほどの大量に投与した際にA反射・C反射を抑制したものの、大槽内投与でA反射・C反射を十分抑制した量を大きく上回る量を投与しても両反射の抑制は無視できるほど小さかった。(Fig.2)

Fig.2

 MK-801及びCNQXの静脈内投与の結果から、NMDA受容体拮抗薬及び非NMDA受容体拮抗薬が共に侵害性刺激に対する反応を抑制することが示唆された。NMDA受容体拮抗薬に関しては、静脈麻酔薬であるケタミンがNMDA受容体拮抗薬であることを考えればこの結果は納得がいくものである。一方、CNQXの持続静脈内投与が排尿反射を抑制するという報告もあり、非NMDA受容体拮抗薬に関しても静脈内投与により体性刺激に対する反応を抑制すると考えられた。

 脊髄にグルタミン酸受容体が存在し、NMDA受容体拮抗薬及び非NMDA受容体拮抗薬の両者が脊髄後角神経細胞の活動性を抑制するという報告は多いが、本研究ではMK-801及びCNQXのいずれを脊髄へ投与しても体性-自律神経A反射・C反射を抑制しなかった。この点に関しては次のような可能性が考えられる。まず、脊髄に薬物を投与した際の脊髄後角神経細胞に関する研究では脊髄後角細胞の活動性が抑制されることは確かであるものの、上脊髄レベルでの作用については検討することが不可能である。また、無麻酔動物を用いた慢性疼痛に関する研究では、脊髄へ投与された薬物が髄液を通して直接脳幹に作用したり、血液中に吸収されて脳内で作用を及ぼしている可能性も否定できない。実際、少量のグルタミン酸受容体拮抗薬をくも膜下に投与しても疼痛に対する反応に影響が認められなかったとの報告も存在する。本研究では、MK-801及びCNQXについて大槽内投与で十分効果が認められた量をくも膜下投与しても体性-自律神経反射が抑制されなかったことから、急性侵害性刺激においては脳幹部への投与に比較して脊髄への投与では抑制効果がない、もしくはほとんど認められないと考えられた。しかしながら、急性侵害性刺激を伝達する神経細胞が慢性疼痛を伝達するものと異なるのであれば、この相違を合理的に説明することが可能であろう。

 MK-801及びCNQXの大槽内投与によって、静脈内投与に比較して非常に僅かな投与量で体性-自律神経反射を抑制した。体性-自律神経反射の中枢は脳幹部に存在することが判明しており、グルタミン酸受容体はこの反射中枢において興奮性神経伝達に関与していると考えられた。

 以上の結果から、NMDA受容体拮抗薬、非NMDA受容体拮抗薬の両グルタミン酸受容体拮抗薬が体性-自律神経反射に対して抑制的に作用すること、その作用部位は脊髄レベルではなくむしろ反射中枢が存在する脳幹レベルであることが確認された。

審査要旨

 本研究は、中枢神経において重要な役割を演じていると考えられる興奮性アミノ酸であるグルタミン酸の疼痛刺激伝達経路への関与形態および関与部位を明らかにするため、麻酔下ラット体性-自律神経反射モデルを用いて、体性-腎交感神経反射電位に対する2種類のグルタミン酸受容体拮抗薬の影響を3つの薬物投与経路について比較検討を行い、下記の結果を得ている。

 1.グルタミン酸NMDA型受容体非競合性拮抗薬であるMK-801の静脈内投与により、有髄A線維への刺激によって惹起されるA反射および無髄C線維への刺激によって惹起されるC反射は共に統計学的有意にかつ用量依存性に抑制された。又、非NMDA受容体拮抗薬であるCNQXの静脈内投与により、A反射およびC反射は共に統計学的有意にかつ用量依存性に抑制された。この結果、麻酔下ラットNMDA受容体拮抗薬及び非NMDA受容体拮抗薬の静脈内投与により侵害性刺激に対する反応が用量依存性に抑制されることが確認された。

 2.MK-801及びCNQXの大槽内投与により、静脈内投与に比べて著しく少量で同程度の抑制効果が認められた。体性-自律神経反射の中枢は脳幹部に存在することが判明しており、グルタミン酸受容体はこの反射中枢において興奮性神経伝達に関与していることが確認された。

 3.脊髄にグルタミン酸受容体が存在し、NMDA受容体拮抗薬及び非NMDA受容体拮抗薬の両者が脊髄後角神経細胞の活動性を抑制するという報告は多いが、本研究ではMK-801のくも膜下(i.t.)投与では、大槽内投与でA反射・C反射を十分抑制した量を大きく上回る量を投与しても両反射に変化は認められなかった。又、CNQXのくも膜下(i.t.)投与では静脈内投与で効果が認められるほどの大量に投与した際にA反射・C反射を抑制したものの、大槽内投与でA反射・C反射を十分抑制した量を大きく上回る量を投与しても両反射の抑制は無視できるほど小さかった。これらの結果から、急性侵害性刺激においてはMK-801及びCNQXの脳幹部への投与に比較して脊髄への投与では抑制効果がない、もしくはその効果は非常に小さいと考えられた。

 4.以上の結果を統合すると、NMDA受容体拮抗薬、非NMDA受容体拮抗薬の両グルタミン酸受容体拮抗薬が体性-自律神経反射に対して抑制的に作用すること、その作用部位は脊髄レベルではなくむしろ反射中枢が存在する脳幹レベルであることが確認された。

 以上、本論文は麻酔下ラットにおいて、NMDA型グルタミン酸受容体拮抗薬・非グルタミン酸受容体拮抗薬を用いた体性-腎交感神経反射電位の解析から、体性-自律神経反射経路にグルタミン酸が主に反射中枢において興奮性神経伝達に関与していることを明らかにした。本研究はこれまで確認されていなかった疼痛刺激伝達経路におけるグルタミン酸の関与形態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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