本研究は肝虚血再灌流障害のメカニズムを解明し、それをできるかぎり軽減することを目的として、TNFと活性酸素がお互いどのように関連し、肝細胞に対して影響するかをラットの培養肝細胞を用いて検討したもので、下記の結果を得ている。 1.TNFを単独で24時間肝細胞を刺激したが、2000ng/mlの濃度までは全く細胞毒性はなかった。それに対してH2O2を単独で肝細胞に曝露したところ、時間及び濃度依存性に細胞毒性があることが明らかになった。 2.TNFとH2O2(500 M)を両者同時に肝細胞に24時間曝露したところ、TNFが濃度依存性に細胞毒性を示すことが明らかになった。両者が同時に肝細胞を刺激する環境では細胞毒性は相乗的に発現することが判明した。すなわちH2O2(500 M)だけを肝細胞に曝露させると26.7±7.3%の細胞毒性であるのに対して、TNF(2000ng/ml)をH2O2(500 M)に追加したときは73.3±7.4%に増強させた。 3.異時性にTNFで肝細胞を24時間刺激した後に、H2O2(1000 M)を5時間曝露するとTNFが肝細胞に対して保護的に働くことが示された。すなわちTNFを含まない培養液に24時間インキュベーションした後H2O2(1000 M)に曝露すると、細胞毒性は59.1±3.0%だったが、TNF(2000ng/ml)と24時間インキュベーションした後H2O2に曝露すると、細胞毒性は31.3±2.3%と明らかに減少した。 4.肝細胞をTNF(2000ng/ml)と、GSHの枯渇物質であるBSO(0.1mM)とを24時間インキュベーションしたのちH2O2に曝露すると、細胞毒性は53.0±4.7%と明らかに防御的効果は低下した。次にBSO(0.1mM)と肝細胞を培養することによってH2O2に対する感受性を増すかどうかについて検討したところ、肝細胞をBSOに曝露させるとコントロールと比べて有意にH2O2の細胞毒性が増すことが明らかになった。 5、TNF(2000ng/ml)を肝細胞に曝露させて細胞内の還元型グルタチオン(GSH)および酸化型グルタチオン(GSSG)の経時的な定量を行ったところ、GSHは時間の経過とともに増加し24時間でコントロールに比べ約2倍(222±41%)に上昇した。またオキシダント刺激の指標となるGSSGは3時間で約2倍(193±33%)に上昇し、その後は低下した。これに対しカタラーゼ活性はTNFによって全く影響を受けなかった。 以上、本研究によりTNFは活性酸素の肝細胞に対する細胞毒性を増大させる一方、時期を換えることにより活性酸素に対して細胞保護作用を備えるようになるという異なる二つの影響をもたらすことが明らかになった。その細胞保護作用は抗酸化物質である細胞内GSHの活性が上昇することによって、活性酸素に対する耐性が生じると考えられた。これまでTNFの細胞に対する毒性が重視されてきたが、一方でTNFが肝再生に働くことも明らかにされており、ここで得られた知見と考えあわせると臨床的応用としてTNFレベルを肝虚血の前に上昇させ、TNFのもつ細胞保護作用、細胞増殖作用のメリットを生かしつつ、虚血再灌流時の細胞障害性を軽減することが可能ではないかと推測された。本研究は肝虚血再灌流障害のメカニズムの解明とその予防に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |