学位論文要旨



No 213734
著者(漢字) 今西,宏明
著者(英字)
著者(カナ) イマニシ,ヒロアキ
標題(和) 肝虚血再灌流障害におけるTumor Necrosis Factorと活性酸素の影響について
標題(洋)
報告番号 213734
報告番号 乙13734
学位授与日 1998.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13734号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 助教授 斎藤,英昭
 東京大学 講師 有田,英子
内容要旨 【研究の背景及び目的】

 肝虚血再灌流障害は肝移植あるいは肝切除時において避けられないものであり、それ故にprimary nonfunction又は肝不全を惹起するのでその機序を解明し防止策を立てることが急務である。しかしその機序はいまだ詳しく解明されていない。肝虚血再灌流においては、組織中のTumor necrosis factor(TNF)が虚血時に上昇し、再灌流時に血中へ放出されるとともに活性酸素が産生される。こうしたメディエーターの作用が肝及び遠隔臓器の障害をもたらすと考えられている。TNFが肝細胞内で活性酵素を発生し障害を惹起するとの報告がある。またクッパー細胞や好中球がTNFによって刺激され、スーパーオキサイドや過酸化水素を産生することも明らかにされている。一方で活性酸素がTNFの産生を増大させていることも報告されている。しかしこれまでTNFと活性酸素との両者を組み合わせて、肝細胞毒性を検討した報告はまだない。そこで筆者はこれらのメディエーターがどのように相互に影響しあって細胞毒性をもたらすかを解明する目的で培養肝細胞を用いて検討した。

【対象と方法】肝細胞の分離・培養及び細胞毒性の評価

 Sprague-Dawleyラットの門脈にカニュレーションしコラゲナーゼ灌流法により肝細胞を分離し、24時間培養した後それぞれの実験に供した。細胞毒性の評価は3-[4,5-dimethylthiazol-2-yl]-2,5-diphenyltetrazoliumbromide(MTT)活性を用いた。すなわちミトコンドリアの脱水素酵素の作用でMTTが黄色から紫色のホルマザンに変化するのを550nmの波長で吸光度を測定し細胞毒性を百分率で表した。

H2O2、TNFの肝細胞に対する単独及び相互作用

 まず活性酸素である過酸化水素(H2O2)とTNFでそれぞれ単独に肝細胞を刺激し、H2O2では15min-24hにおいて経時的かつ10-1000Mの濃度において、またTNFでは24時間0.2-2000ng/mlの濃度において肝細胞毒性を調べた。またTNFと活性酸素の両者が同時に肝細胞を刺激した場合相乗作用により肝細胞毒性を発揮するか否かを調べる為、TNFを0-2000ng/mlとH2O2(500M)を同時に24時間肝細胞に曝露させ肝細胞毒性を検討した。また異時性に刺激した場合同様な影響をもたらすかを調べる為、先ずTNFを0-2000ng/ml24時間肝細胞に曝露させた後H2O2(1000M)に5時間曝露させて同様の検討を行った。またこれらの肝細胞障害において還元型グルタチオン(GSH)が保護的に働いているか否かを調べる為、-glutamylcysteine synthetase阻害剤であるDL-buthionine-[S,R]-sulfoximine(BSO)を用いて肝細胞からGSHを枯渇させH2O2の細胞毒性を検討した。具体的にはBSOに24時間曝露させた肝細胞とさせなかったものとをその後H2O2に5時間曝露させ細胞毒性を比較検討した。

グルタチオン及びカタラーゼ活性

 TNFによる肝細胞の影響を調べるため、細胞内還元型グルタチオン(GSH)、酸化型グルタチオン(GSSG)、及びカタラーゼ活性をTNF(2000ng/ml)に肝細胞を曝露させた後に測定した。

【結果】H2O2、TNF単独及び相互作用による肝細胞毒性

 TNFを単独で24時間肝細胞を刺激したが、2000ng/mlの濃度までは全く細胞毒性はなかった。それに対してH2O2を単独で肝細胞に曝露したところ、500M以上かつ1時間以上で明らかに細胞毒性が時間及び濃度依存性に存在することが明らかになった。

 次にTNFとH2O2(500M)を両者同時に肝細胞に24時間曝露したところ、TNFが濃度依存性に細胞毒性を示すことが明らかになった(図1)。両者が同時に肝細胞を刺激する環境では細胞毒性は相乗的に発現することが判明した。すなわちH2O2(500M)だけを肝細胞に曝露させると26.7±7.3%の細胞毒性であるのに対して、TNF(2000ng/ml)をH2O2(500M)に追加したときは73.3±7.4%に増強させた。

図1 同時性にTNFとH2O2を肝細胞に曝露した場合の細胞毒性

 次に異時性にTNFで肝細胞を24時間刺激した後に、H2O2(1000M)を5時間曝露するとTNFが肝細胞に対して保護的に働くことが示された(図2)。すなわちTNFを含まない培養液に24時間インキュベーションした後H2O2(1000M)に曝露すると、細胞毒性は59.1±3.0%だが、TNF(2000ng/ml)と24時間インキュベーションした後H2O2に曝露すると、細胞毒性は31.3±2.3%と明らかに減少した。

図2 異時性にTNF(24時間)とH2O2(5時間)を肝細胞に曝露した場合の細胞毒性
BSOを組み合わせたときの肝細胞に対する細胞毒性

 まず肝細胞をTNF(2000ng/ml)と、GSHの枯渇物質であるBSO(0.1mM)とを24時間インキュベーションしたのちH2O2に曝露すると、細胞毒性は53.0±4.7%と明らかに防御的効果は低下した(図2)。次にBSO(0.1mM)と肝細胞を培養することによってH2O2に対する感受性を増すかどうかについて検討したところ、肝細胞をBSOに曝露させるとコントロールと比べて有意にH2O2の細胞毒性が増すことが明らかになった。

TNFの肝細胞内GSH、GSSG、カタラーゼ活性に及ぼす影響

 TNF(2000ng/ml)を肝細胞に曝露させて細胞内の還元型グルタチオン(GSH)および酸化型グルタチオン(GSSG)の経時的な定量を行ったところ、GSHは時間の経過とともに増加し24時間でコントロールに比べ約2倍(222±41%)に上昇した。またオキシダント刺激の指標となるGSSGは3時間で約2倍(193±33%)に上昇し、その後は低下した。これに対しカタラーゼ活性はTNFによって全く影響を受けなかった。

【考察】

 TNFの細胞毒性の実験では、2000ng/ml(4×104U/ml)の高濃度でも肝細胞は全く死滅しないことが明らかになった。一方TNFは腫瘍細胞系に対して細胞毒性を発現するが、TNFに細胞を曝露することによって耐性を獲得することが知られている。TNFに対する耐性が誘導されるメカニズムについては明白ではない。しかしTNF感受性であるL929腫瘍細胞系をTNFに曝露させGSHを上昇させることによって耐性を獲得することが報告されている。さらに他の数種類のレポートでも、manganous superoxide dismutase(Mn-SOD)の遺伝子発現が高まることで、あるいはフェリチン重鎖、heat shock protein、plasminogen activator inhibitor type-2などのタンパクを発現させてTNFに対する抵抗性を導くことが報告されている。今回の実験では、肝細胞をTNFに曝露させることによってH2O2に対する防御作用が誘導されることを明らかにした,H2O2に対する細胞内の防御因子として代表的なものにグルタチオン系とカタラーゼが挙げられる。そして肝細胞内のこれらの抗酸化物質が、TNFによって導かれるH2O2に対する防御作用に寄与しているか否かを調べた。GSHの枯渇物質であるBSOがTNFのH2O2に対する防御作用を抑制するか否かを検証する為、肝細胞をTNFとBSOの両者同時に曝露しその後にH2O2に曝露したところ防御作用は低下した。最後にTNFを肝細胞に曝露させて細胞内GSHとカタラーゼ活性を測定した。TNFによってGSHは222%に上昇したが、カタラーゼは影響を受けないことが明らかになった。TNF曝露後3時間でGSSGが上昇したが、これはTNFが肝細胞に対してオキシダントによる酸化ストレスを与えていることを示している。GSHがTNFによって上昇するメカニズムとして最も考えられるのは、TNFによって細胞内に活性酸素が作られGSHが急激にGSSGに変換される一方それとは逆に、GSHの合成が進むことによって刺激を受ける前よりその量が増加するのではないかということである。

 肝虚血再灌流障害のメカニズムを解明し、それをできるかぎり少なくすることが我々の目標である。具体的には肝移植の際、ドナーから肝を取り出し移植するまでの保存期間や肝切除時に肝門部での血行遮断時間を安全に延長させることが大きな課題である。これまでTNFの細胞に対する毒性が重視されてきたが、一方でTNFが肝再生に働くことも明らかにされており、ここで得られた知見と考えあわせると臨床的応用としてTNFレベルを肝虚血の前に上昇させ、TNFのもつ細胞保護作用、細胞増殖作用のメリットを生かしつつ、虚血再灌流時の細胞障害性を軽減することが可能ではないかと推測された。

【まとめ】

 肝細胞においてTNFは2000ng/mlの濃度以下では細胞毒性はないことが示された。TNFとH2O2を肝細胞に同時に曝露するとのH2O2単独の細胞毒性を上回って発揮するにもかかわらず、先にTNFを曝露させるとH2O2に対して細胞保護作用を発揮することが明らかになった。すなわちTNFは活性酸素の細胞毒性を増大させる一方、時期を換えることにより活性酸素に対する細胞保護作用を備えるようになるという異なる二つの影響をもたらすことが明らかになった。その細胞保護作用は抗酸化物質であるGSH活性の上昇によって活性酸素に対する耐性が生じると考えられる。

審査要旨

 本研究は肝虚血再灌流障害のメカニズムを解明し、それをできるかぎり軽減することを目的として、TNFと活性酸素がお互いどのように関連し、肝細胞に対して影響するかをラットの培養肝細胞を用いて検討したもので、下記の結果を得ている。

 1.TNFを単独で24時間肝細胞を刺激したが、2000ng/mlの濃度までは全く細胞毒性はなかった。それに対してH2O2を単独で肝細胞に曝露したところ、時間及び濃度依存性に細胞毒性があることが明らかになった。

 2.TNFとH2O2(500M)を両者同時に肝細胞に24時間曝露したところ、TNFが濃度依存性に細胞毒性を示すことが明らかになった。両者が同時に肝細胞を刺激する環境では細胞毒性は相乗的に発現することが判明した。すなわちH2O2(500M)だけを肝細胞に曝露させると26.7±7.3%の細胞毒性であるのに対して、TNF(2000ng/ml)をH2O2(500M)に追加したときは73.3±7.4%に増強させた。

 3.異時性にTNFで肝細胞を24時間刺激した後に、H2O2(1000M)を5時間曝露するとTNFが肝細胞に対して保護的に働くことが示された。すなわちTNFを含まない培養液に24時間インキュベーションした後H2O2(1000M)に曝露すると、細胞毒性は59.1±3.0%だったが、TNF(2000ng/ml)と24時間インキュベーションした後H2O2に曝露すると、細胞毒性は31.3±2.3%と明らかに減少した。

 4.肝細胞をTNF(2000ng/ml)と、GSHの枯渇物質であるBSO(0.1mM)とを24時間インキュベーションしたのちH2O2に曝露すると、細胞毒性は53.0±4.7%と明らかに防御的効果は低下した。次にBSO(0.1mM)と肝細胞を培養することによってH2O2に対する感受性を増すかどうかについて検討したところ、肝細胞をBSOに曝露させるとコントロールと比べて有意にH2O2の細胞毒性が増すことが明らかになった。

 5、TNF(2000ng/ml)を肝細胞に曝露させて細胞内の還元型グルタチオン(GSH)および酸化型グルタチオン(GSSG)の経時的な定量を行ったところ、GSHは時間の経過とともに増加し24時間でコントロールに比べ約2倍(222±41%)に上昇した。またオキシダント刺激の指標となるGSSGは3時間で約2倍(193±33%)に上昇し、その後は低下した。これに対しカタラーゼ活性はTNFによって全く影響を受けなかった。

 以上、本研究によりTNFは活性酸素の肝細胞に対する細胞毒性を増大させる一方、時期を換えることにより活性酸素に対して細胞保護作用を備えるようになるという異なる二つの影響をもたらすことが明らかになった。その細胞保護作用は抗酸化物質である細胞内GSHの活性が上昇することによって、活性酸素に対する耐性が生じると考えられた。これまでTNFの細胞に対する毒性が重視されてきたが、一方でTNFが肝再生に働くことも明らかにされており、ここで得られた知見と考えあわせると臨床的応用としてTNFレベルを肝虚血の前に上昇させ、TNFのもつ細胞保護作用、細胞増殖作用のメリットを生かしつつ、虚血再灌流時の細胞障害性を軽減することが可能ではないかと推測された。本研究は肝虚血再灌流障害のメカニズムの解明とその予防に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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