学位論文要旨



No 213736
著者(漢字) 丸岡,佳美
著者(英字)
著者(カナ) マルオカ,ヨシミ
標題(和) 新規NMDA受容体グリシン部位拮抗薬SM-18400によるin vitro脊髄反射活動抑制作用およびin vivo神経保護作用
標題(洋)
報告番号 213736
報告番号 乙13736
学位授与日 1998.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13736号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 杉山,雄一
内容要旨

 脳卒中は脳血流停止により死亡や運動機能障害、記憶障害などの後遺症をもたらす疾病である。停止した脳血流が一定時間で回復した場合、あるいは脳血流が部分的に保持されていた場合には虚血性神経障害が徐々に進行することが知られており、この過程で薬物療法により神経細胞障害を阻止することが可能である。虚血性神経障害の発症には興奮性アミノ酸であるグルタミン酸の大量放出、グルタミン酸受容体の活性化による神経細胞の持続的な興奮、そして神経細胞内への過剰なCaイオシ流入が関与すると考えられ、脳卒中後遺症の治療薬としてNMDAタイプのグルタミン酸受容体拮抗薬の臨床開発が進められている。ところが、NMDA受容体のチャネル部位拮抗薬およびNMDA結合部位拮抗薬は精神異常惹起作用などの副作用が認められたため、近年、副作用が少ないと考えられるNMDA受容体のグリシン部位拮抗薬が注目されている。

 本研究では、NMDA受容体のグリシン部位拮抗薬候補化合物である新規三環性キノキサリンジオン誘導体、SM-18400((S)-9-chloro-5-[p-aminomethyl-o-(carboxymethoxy)phenylcarbamoylmethyl]-6,7-dihydro-1H,5H-pyrido[1,2,3-de]quinoxaline-2,3-dione hydrochloride trihydrate)が虚血性神経障害治療薬として応用可能かどうかを検討した。

1.In vitro脊髄反射活動を用いたNMDA受容体グリシン部位拮抗薬の効力評価系の確立

 まず私は、NMDA受容体グリシン部位拮抗薬の効力評価系の確立を試みた。脊髄反射系の主要な神経伝達物質はグルタミン酸であり、特に多シナプス性反射(PSR)はNMDA受容体を介した反応であることが知られている。そこで、幼若ラット摘出脊髄標本を用いたin vitro脊髄反射実験系においてNMDA受容体グリシン部位拮抗薬および他のNMDA受容体拮抗薬、すなわちチャネル部位拮抗薬およびNMDA結合部位拮抗薬、のMgイオン感受性PSRに対する効力評価を行った。

 本実験系においてグリシン部位拮抗薬7-chlorokynurenate(7-Clkyn)適用は濃度依存的なPSR抑制作用を生じ、一方、単シナプス性反射に対してはわずかな抑制作用しか生じなかった。本研究は、グリシン部位拮抗薬が脊髄PSR抑制作用を有することを初めて示した研究である。同様の選択的、濃度依存的なPSR抑制作用はチャネル部位拮抗薬MK-801((+)-5-methyl-10,11-dihydro-5H-dibenzo[a,d]cyclohepten-5,10-imine maleate;dizocilpine)およびNMDA結合部位拮抗薬CPP(3-[(±)-2-carboxypiperazin-4-yl]-propyl-1-phosphonate)、APV(DL-2-amino-5-phosphonovalerate)の適用においても認められた。PSR抑制の効力はMK-801>CPP>APV=7-Clkynの順であった。これらの結果より、本実験系においてPSR抑制作用を指標としてグリシン部位拮抗薬を含むNMDA受容体拮抗薬のNMDA受容体活性化抑制作用が評価できること、さらにそれらのPSR抑制の効力が比較可能であることが明らかとなった。

 また、グリシン部位アゴニストD-Serを同時適用すると、7-ClkynによるPSR抑制作用の大部分が消失したのに対し、MK-801あるいはCPPによるPSR抑制作用はD-Ser併用の影響を受けなかった。この結果より、グリシン部位拮抗薬はD-Serに対する感受性により他のNMDA受容体拮抗薬と差別化できることが明らかとなった。

 また、抑制性グリシン受容体拮抗薬strychnineの作用を7-Clkynの作用と比較した。Strychnineの単独適用はPSRを著明に増強し、内在性グリシンが抑制性グリシン受容体を介してPSRに負の制御をかけていることが示された。しかしながら、7-Clkynはstrychnine存在下でも著明にPSRを抑制した。このように7-ClkynとstrychnineはPSRに対して対照的な作用を有することが認められ、7-Clkynが抑制性グリシン受容体に作用するという可能性は排除された。さらに、これらの発見によりNMDA受容体グリシン結合部位はPSRの発生に関与していることが示唆された。

 以上より、in vitro脊髄反射実験系はNMDA受容体グリシン部位拮抗薬の効力評価系として有用であることが示された。

2.SM-18400のin vitro脊髄反射抑制作用の検討

 SM-18400の効力をin vitro脊髄反射実験系にて評価した。SM-18400およびその誘導体、ID-17263(9-bromo-5-(carboxymethyl)-6,7-dihydro-1H,5H-pyrido[1,2,3-de]quinoxaline-2,3-dione)およびID-17332(trans-6-methyl-ID-17263)、はいずれもPSRを選択的、濃度依存的に抑制した。同様のPSR抑制作用は他のグリシン部位拮抗薬5,7-dichlorokynurenate(5,7-diClkyn)、4-trans-2-carboxy-5,7-dichloro-4-phenylaminocarbonylamino-1,2,3,4-tetrahydroquinoline(L-689,560)および(±)-3-amino-1-hydroxy-2-pyrrolidone(HA-966)でも認められた。検討を行った化合物のPSR抑制の効力は次の通り:SM-18400>MK-801>L-689,560>ID-17332>CPP>ID-17263>5,7-diClkyn>APV=7-Clkyn>HA-966。SM-18400はL-689,560よりも強力な、さらに、チャネル部位拮抗薬MK-801よりも強力なPSR抑制作用を有することが示された。また、SM-18400によるPSR抑制作用はD-Ser併用により消失することが示された。

 以上より、SM-18400は既知のNMDA受容体拮抗薬よりも強力なPSR抑制作用を有する、強力なNMDA受容体グリシン部位拮抗薬であることが明らかとなった。

3.SM-18400のin vivo神経保護作用の検討

 スナネズミを用いた重篤な一過性前脳虚血負荷モデルにてSM-18400の神経保護作用を検討した。スナネズミに15分間前脳虚血負荷後、血流を再開通し、8時間後までの神経症状および28日後までの生存時間を観察した。10または30mg/kgのSM-18400を血流再開通後に3回腹腔内投与すると、10mg/kg以上の用量にて神経症状発現の改善作用が、30mg/kgにて生存時間の延長作用が認められた。また、今回のモデルでは体温維持を実施しなかったが、SM-18400投与群における体温変化は対照群と比較して有意差は認められなかった。一方、NMDA結合部位拮抗薬CGS-19755(cis-4-phosphonomethyl-2-piperidine carboxylic acid)3、10または30mg/kgの腹腔内投与により、3mg/kg以上の用量にて神経症状発現の改善作用が、10mg/kgにて生存時間の延長作用が認められた。また、CGS-19755の10mg/kg以上の投与により有意かつ用量依存的な体温低下作用が認められ、さらに、顕著な筋弛緩作用が認められたことより、CGS-19755処置は非特異的な中枢抑制作用を伴うことが明らかとなった。

 これらの結果より、SM-18400は重篤な前脳虚血負荷モデルにおいて血流再開通後処置にて生存時間延長作用および神経症状発現改善作用という神経保護作用を有することが見出された。さらに、SM-18400は非特異的な中枢抑制作用が比較的小さく、特異的な、末梢投与で有効な虚血性神経障害保護薬となりうる可能性が示された。

4.結論

 私はin vitro脊髄反射実験系においてNMDA受容体グリシン部位拮抗薬がMgイオン非存在下にて脊髄多シナプス性反射(PSR)抑制作用を有することを見出した。さらに、in vitro脊髄反射実験系におけるPSR抑制作用を指標としてグリシン部位拮抗薬の効力評価系を確立した。

 続いて、同評価系において新規三環性キノキサリンジオン誘導体の探索を行い、SM-18400が既知のNMDA受容体拮抗薬よりも強力なPSR抑制作用を有する、強力なNMDA受容体グリシン部位拮抗薬であることを見出した。

 さらに、SM-18400の腹腔内投与は重篤な一過性前脳虚血負荷モデルにおいて生存時間延長作用および神経症状発現改善作用という神経障害保護作用を有するものの、体温低下といった非特異的な中枢抑制作用を伴わないことを明らかにした。これらの結果より、SM-18400は特異的な、末梢投与で有効な虚血性神経障害保護薬となりうる可能性が示された。

 以上の成績より、NMDA受容体のグリシン部位拮抗薬は脳虚血性疾患における神経障害に対する新たな治療薬として有望と考えられる。

審査要旨

 脳卒中における虚血性神経障害はグルタミン酸による神経細胞死が原因の一部と考えられている。そこで、脳卒中後遺症の治療薬としてグルタミン酸受容体サブタイプであるNMDA受容体のチャネル部位拮抗薬およびNMDA結合部位拮抗薬の臨床応用が検討されているがいずれも副作用などの点で問題がある。NMDA受容体にはグリシンが結合部位があり、チャネル活性を増大させる。本研究では副作用のより少ない虚血性神経障害治療薬を目指して、NMDA受容体グリシン部位拮抗薬候補化合物である新規三環性キノキサリンジオン誘導体SM-18400の薬理学的プロフィールを解析した。

1.In vitro脊髄反射活動を用いたNMDA受容体グリシン部位拮抗薬の効力評価系の確立

 脊髄反射系の主要な神経伝達物質はグルタミン酸であり、特に多シナプス性反射(PSR)はNMDA受容体を介した反応であることが知られている。そこで、摘出脊髄標本を用いたin vitro脊髄反射実験系においてグリシン部位拮抗薬および他のNMDA受容体拮抗薬のMgイオン感受性PSRに対する効力評価を行った。その結果、グリシン部位拮抗薬7-クロロキヌレン酸はチャネル部位拮抗薬MK-801およびNMDA結合部位拮抗薬CPPと同様に選択的かつ濃度依存的なPSR抑制作用をもつことを見出した。また、グリシン部位アゴニストD-Serを同時適用すると、7-クロロキヌレン酸によるPSR抑制作用の大部分が消失したのに対し、MK-801あるいはCPPによるPSR抑制作用は影響を受けなかった。以上より、Mgイオン感受性脊髄PSR抑制を指標にグリシン部位拮抗薬の効力評価が可能であることが示された。また、本研究はグリシン部位拮抗薬が脊髄PSR抑制作用を有することを初めて示した研究である。

2.SM-18400のin vitro脊髄反射抑制作用の検討

 SM-18400の効力をin vitro脊髄反射実験系を用いて評価した。SM-18400およびその誘導体ID-17332,ID-17263はいずれもPSRを選択的かつ濃度依存的に抑制した。SM-18400はグリシン部位拮抗薬L-689,560やチャネル部位拮抗薬MK-801よりも強力なPSR抑制作用を有すること、また、SM-18400によるPSR抑制作用はD-Ser併用により消失することが明らかになった。これらの結果から、SM-18400は既知のNMDA受容体拮抗薬よりも強力なPSR抑制作用を有する強力なNMDA受容体グリシン部位拮抗薬であることが明らかとなった。

3.SM-18400のin vitro神経保護作用の検討

 スナネズミを用いた重篤な一過性前脳虚血負荷モデルにてSM-18400の神経保護作用を検討した。スナネズミに15分間前脳虚血負荷後、血流を再開通し、神経症状および生存時間を観察した。30mg/kgのSM-18400を血流再開通後に3回腹腔内投与を行うと、神経症状発現の改善作用および生存時間の延長作用が認められた。また、今回のモデルでは体温維持を実施しなかったが、SM-18400投与群における体温変化は対照群と比較して有意差は認められなかった。NMDA結合部位拮抗薬CGS-19755は同モデルにおいて、SM-18400と同様に神経症状発現の改善作用および生存時間の延長作用が認められた。しかし、CGS-19755投与群では用量依存的な体温低下作用が認められ、さらに顕著な筋弛緩作用が認められたことより、CGS-19755は非特異的な中枢抑制作用をもつことが明らかとなった。以上の結果より、SM-18400は重篤な前脳虚血負荷モデルにおいて血流再開通後処置にて生存時間延長作用および神経症状発現改善作用という神経保護作用を有することを示した。さらに、SM-18400は非特異的な中枢抑制作用が比較的小さく、特異的かつ末梢投与で有効な虚血性神経障害保護薬となりうる可能性が示唆された。

 以上、本研究は新規三環性キノキサリンジオン誘導体SM-18400が強力なNMDA受容体グリシン部位拮抗薬であることを見出し、その虚血性神経障害保護薬としての可能性を明らかにした。さらにその過程でNMDA受容体グリシン部位への作用を評価する実験系を確立した。虚血性神経障害治療薬の新しい方向性を示した研究であり、NMDA受容体研究に貢献するものである。従って、博士(薬学)の学位の授与に値するものと認めた。

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