学位論文要旨



No 213740
著者(漢字) 原口,暢朗
著者(英字)
著者(カナ) ハラグチ,ノブロウ
標題(和) 水田における土壌物理性の不均一性の統計的評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 213740
報告番号 乙13740
学位授与日 1998.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13740号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨

 近年、水田においては直播栽培や環境負荷軽減のための土壌・水管理技術の確立にあたり、土壌中の物質量の推定や移動現象の予測精度の向上のため、土壌物理性の不均一性の統計的評価法の確立が特に要請されるようになっている。土壌物理性の統計的評価に関する既往の研究を、「サンプリングにおける設定要素と土壌物理性の統計的性質との関係」「土壌物理性の統計的性質とそれに影響する物理的な要因との関係」「水田における土壌物理性の統計的性質の特徴」の3つの視点から総括した結果、「サンプルスケールと土壌物理性の統計的性質との関係が不明確であること」「農地における土壌物理性の不均一性の特徴的要因は人為的管理作業であること」「水田の作土層の土壌物理性の統計的性質は、人為的管理作業の影響を受けて時間的・空間的に変動すること、水田の耕盤層の土壌物理性は、立地条件の影響を強く受けること」が明らかにされた。これらのことから、本研究では、水田における土壌物理性の不均一性を総合的に評価すべく、作土層においては「人為的管理作業による土壌物理性の空間変動性への影響を明らかにすること」、耕盤層においては「水田の立地条件を反映した土壌物理性の不均一性を分布として合理的に評価する方法を明らかにすること」の2つの課題を設定した。

 はじめに、耕盤層における課題を解決するため、不均一性評価に用いられてきた統計理論である推測統計学及びgeostatistcsによって耕盤層の土壌物理性の不均一性を分布として合理的に評価するための問題点を考察した。その結果、サンプルスケールと土壌物理性の分布との関係に関しては、土壌物理性そのものを確率変数とみなすこれらの統計理論では取り扱うことができないことを明らかにし、この問題の解決のためには土壌間隙構造の不均一性の視点が必要であることを指摘した。

 この視点に基づいて、耕盤層を想定した土壌物理性の確率モデルを提案した。はじめに、一定の厚さを持つ耕盤層の間隙構造を、毛管状の粗間隙と緻密な土壌マトリクスの2つの領域に分けることによりモデル化した。このモデルに基づいて、断面積aのサンプルに含まれる直径Diの粗間隙の本数Naiはポアソン変数であること、土壌マトリクスの間隙率emは正規変数とみなせることを示した。次いで、これらの間隙レベルの確率変数を用いて、代表的な6項目の土壌物理性、すなわち、飽和から吸引圧Hまでの脱水率(積算脱水率)、吸引圧HからH+△Hまでの脱水率(微分容水量)、飽和透水係数、吸引圧Hにおける体積含水率、乾燥密度及び吸引圧Hにおける含水比を確率的に定義した。その結果、検討の対象とする吸引圧の上限値を粗間隙径の下限値に対応する値とするとき、積算脱水率、微分容水量及び飽和透水係数は、サンプル断面積aもしくは吸引圧HをパラメータとするNaiの一次関数、体積含水率及び乾燥密度は、サンプル断面積aもしくは吸引圧HをパラメータとするNaiとemの一次関数、含水比は、サンプル断面積aと吸引圧HをパラメータとするNaiとemの一次関数の比として表されることを示した。加えて、これらの土壌物理性の確率的な定義から、Naiの分布は微分容水量の分布の定数倍で近似され、emの分布は粗間隙径の下限値に対応する吸引圧における体積含水率の分布と一致することを明らかにした。

 土壌物理性の確率的な定義に基づいて、耕盤層におけるこれら6項目の土壌物理性の確率分布とサンプル断面積及び吸引圧との関係を明らかにするため、期待値の理論による解析的考察と間隙レベルの確率変数Naiとemの分布のパラメータに仮想的な数値をあてはめた数値計算を行った。数値計算における仮想的な数値は、耕盤層の間隙構造に関する既往の知見を考慮し、(1)単位面積当たりの粗間隙の度数は間隙径の増大に伴って指数関数的に減少する(2)間隙レベルの確率変数Nai及びemは互いに統計的独立である(3)土壌マトリクスの間隙率emは、サンプル断面積によらず一定な平均と分散を持つ正規分布に従う。加えて、その平均は粗間隙率の平均より十分大きい(4)粗間隙径の下限値に対応する吸引圧を100cmH2Oとする、の4つを満たすように与えられた。その結果、Naiの分布と定数倍の関係にある微分容水量の確率分布は、サンプル断面積a及び吸引圧Hが小さいとき正の歪みを持つ分布形になり、サンプル断面積aもしくは吸引圧Hの増大に伴って正規分布に適合する割合が高くなることを示すとともに、これらの特徴はNaiのポアソン性に起因することを明らかにした。また、粗間隙径の下限値に対応する吸引圧においてemの分布に一致する体積含水率の確率分布は、サンプル断面積a及び吸引圧Hによらず正規分布に適合する割合が高いことを示すとともに、これらの特徴はemの正規性に起因することを明らかにした。加えて、Naiの一次関数として表された他の2つの土壌物理性、すなわち積算脱水率及び飽和透水係数の確率分布は、微分容水量の分布に関する上記の結果とほぼ同様な特徴を持つこと、Naiとemの関数として表された他の2つの土壌物理性、すなわち乾燥密度及び含水比の確率分布は、体積含水率の分布に関する上記の結果とほぼ同様な特徴を持つことを明らかにした。

 先に提案した耕盤層の土壌物理性の確率モデル、すなわち「耕盤層の間隙構造を毛管状の粗間隙と緻密な土壌マトリクスの2つの領域に分け、断面積aのサンプルに含まれる直径Diの粗間隙の本数をポアソン変数、土壌マトリクスの間隙率を正規変数とみなすこと」の妥当性を、水田の耕盤層において実測された土壌物理性の標本分布を用いて検討した。茨城県つくば市観音台にある農業工学研究所内の水稲連作体系下にある火山灰土壌水田を対象として、高さの等しく断面積の異なる3種類の容器に各々48個ずつ土壌を採取し、室内実験によって確率モデルで扱った6項目の土壌物理性の標本分布及び限界負圧を求めるとともに、軟X線写真による間隙構造の把握を行った。軟X線写真から、調査対象土層の間隙構造は「管状の粗間隙と緻密な土壌マトリクスによって特徴付けられる」ことを確認した。次いで、微分容水量の標本分布を用いて、断面積aのサンプルに含まれる直径Diの粗間隙の本数Naiがポアソン変数とみなせることを示し、微分容水量の変動係数と限界負圧の実測値を用いてその分布のパラメータを推定した。また、体積含水率の標本分布を用いて、土壌マトリクスの間隙率emが正規変数とみなせることを示し、その分布のパラメータを推定した。これらのモデルパラメータの推定値は、Naiとemの間の相関係数を除いて、数値計算で用いた仮想的な数値に与えた性質と一致した。次いで、これらのモデルパラメータの推定値を用いて、6項目の土壌物理性の確率分布を計算し、実測された標本分布と比較した。その結果、計算された土壌物理性の確率分布は、実測された標本分布と数値的及び定性的に一致した。このことにより、モデルの妥当性が検証されたと判断した。

 次に、作土層における課題を解決するため、土性の異なる2つの水田において、代かき作業による飽和透水係数、乾燥密度、体積含水率及び含水比の4項目の土壌物理性の空間分布及び空間的相関への影響を検討した。調査対象とした水田は、香川県大川郡長尾町にある香川大学農学部付属の場内の水稲・麦の二毛作体系下にある砂質土水田、及び茨城県つくば市観音台にある農業工学研究所内の湛水管理下にある火山灰土壌水田である。両圃場において、直径5cm・高さ5.1cmの容器を用いて、2本または3本の測線に沿って1.5mの間隔で代かき前後の同一位置で各々70ないし82個の土壌を採取し、室内実験によって4項目の土壌物理性の値を求めた。これらの測定値から、代かき作業による土壌物理性の空間分布への影響を検討するため、代かき前後の同一位置における土壌物理性の値の順位相関係数及び一次相関係数を計算した。また、代かき作業による土壌物理性の空間変動性への影響を検討するため、代かき前後における土壌物理性のセミバリオグラムを計算し、セミバリオグラムのはじめの数ラグにおける自己相関係数の検定を行うことにより、セミバリオグラムの示す空間的相関性を判定した。その結果、代かき前後の同一の位置における土壌物理性の値の順位相関係数及び一次相関係数は、対象とした水田及び土壌物理性によらず、概ね絶対値0.3以下の小さい値を示した。このことから、空間分布に関しては、代かき前におけるこれら4項目の土壌物理性の値の大小関係の空間的配置と、代かき後のそれとは概ね無関係であることが明らかにされた。また、空間的相関に関しては、飽和透水係数及び乾燥密度は代かき前後で概ね空間的無相関を示すこと、体積含水率及び含水比は代かきに伴い自己相関係数約0.3・レンジ5m以下の弱い空間的相関から空間的無相関へ変化することが明らかにされた。

 本研究によって、水田の耕盤層の土壌物理性の不均一性を分布として合理的に評価する方法として、間隙構造モデルに基づく土壌物理性の確率モデルを用いた方法が明らかにされた。また、代かき作業が水田の作土層の土壌物理性の空間変動性に与える影響が具体的に明らかにされた。

審査要旨

 近年、大型区画水田の土壌管理や水管理に際し、圃場内の土壌物理性の不均一な分布が用水量や排水量の制御あるいわ環境負荷物質の排出管理などに困難をもたらしていることがわかり、この不均一性の性格や定量化について解明することが急務となっている。本論文は、火山灰土水田の耕盤層としろかき層の土壌物理性の不均一性について、土壌構造モデルから導かれる適正な確率変数を新たに選択して統計理論を適用し、それぞれ自然立地条件を反映した不均一性、人為的管理作業が反映した場合の不均一性としてこれを意義づけ、明らかにしたものであり、7章から構成されている。

 第1章は、序論であり、既往の土壌物理性統計に関する問題点を指摘し課題を整理している。第2章で、土壌物理性の位置による変動の性格およびサンプルスケールを考慮した変動の性格を把握するための推測統計学ならびにgeostatistics理論を整理して述べている。

 第3章では、土壌間隙構造について、粗間隙部分に毛管モデル、細間隙部分にマトリクスモデルを適用して結合し、間隙の数はポアソン変数であり、間隙率は正規変数となると述べ、飽和透水係数、乾燥密度、任意吸引圧下の体積含水率などの土壌物理性について間隙の数と間隙率を変数に取って関数表示し、それらの各種期待値とサンプル断面積との関係を理論的に解明した。

 第4章では、耕盤層を対象土壌とし、高さ5cm、断面積がそれぞれ41,20,7cm2の3種類の土壌試料を線上1.27m間隔で採取し、軟X線写真撮影による土壌間隙構造、飽和透水係数、乾燥密度、pF水分特性などを測定し、土壌間隙構造のモデルが適切であることを検証した後、各土壌物理性の統計量を算出し、分布形を調べている。その結果、これらの物理量はいずれも正規分布あるいわ対数正規分布に適合する。一方、飽和透水係数の平均値は断面積が大きいほど大きくなり、分散は断面積が41cm2のときに特に大きくなる。乾燥密度とpF水分では、平均値も分散も断面積とは関係を持たないなどの統計的性格を明らかにした。そして、第2章で行った理論的解析は不飽和透水係数以外の土壌物理性については十分に適用し得るものであると述べている。

 第5章では、そこで、不飽和透水係数に関する理論的解析が実態を良く表現しない原因が従来の間隙数の計算法の未熟さにあるものと分析し、単位面積当たりの間隙の数の算出方法について検討を加え、微小吸引圧区間水分量の変動係数の期待値を使って間隙の数を算出するという間隙の径の変動や屈曲の影響を取り込んだ実態に良く合う算出方法を提案し、これによって得られた理論間隙径分布を使えば、飽和透水係数の平均値の断面積による変化傾向も分散の断面積による変化傾向も実測結果を良く表現することが出来ることを明らかにした。この理論間隙径分布の計算方法は高く評価できるものである。

 第6章では、しろかき層を対象土壌とし、しろかきの前後で径5cm、高さ5cmの土壌試料を線上0.5-1.5m間隔で採取して飽和透水係数、乾燥密度、含水比などのしろかきに特有の土壌物理性を実測し、その圃場内における統計的性格としろかきがこの統計的性格におよぼす影響について相関係数、順位相関係数、セミバリオグラムを調べて検討している。その結果、このような土壌物理性はいずれもしろかきの前と後とでは全く相関がなく、全く変わったものとなっている。また空間的構造を見ると、飽和透水係数は空間的には無相関であり、しろかきによる影響はない。乾燥密度はしろかき後には弱い空間的相関が表れるふしもあるが無相関と見てよい。しかし含水比では、しろかきの前にレンジ5m以下の弱い相関があって、しろかき後では無相関になると述べ、しろかき作用の影響を明らかにしている。さらに、沖積土水田のしろかき層の乾燥密度や含水比についてもこのような検討を加え、同様の結論になることも確かめている。第7章は結論をまとめたものである。

 以上要するに、本論文は、火山灰土水田の耕盤層ならびにしろかき層の重要な土壌物理性について、圃場内の位置によって異なるものを圃場における土壌物理性として見る推測手法を提案し、圃場内の不均一性の構造を解明し、水田の圃場整備ならびに土壌や水、排出負荷の管理を適切に行うための基礎的な知見を与えたものであり、農地環境工学、水利環境工学、環境地水学の学術上、応用上貢献するところ少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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