学位論文要旨



No 213743
著者(漢字) 佐藤,泰一郎
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タイイチロウ
標題(和) ダイズ主根の生育に寄与する土壌の三相および硬度に関する研究
標題(洋)
報告番号 213743
報告番号 乙13743
学位授与日 1998.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13743号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨

 近年,農業生産の将来像として,大型区画で生産性の高い汎用農地の整備が急務となっている.この圃場整備は,用排水の整備,土層改良,耕地の集団化により,農地の将来の営農に即した機械の効率的な運行と合理的な水管理を行うことができる生産性の高い農地を創出するためにある.しかし,水田から畑への転換は,土壌硬度の増大,砕土性の悪さ,過度な締固めや練り返しによる排水不良などにより,作物の発芽や根系の広がりを制限する.そのため,汎用農地における圃場整備では,根の伸長特性を考慮し作物生育を阻害させないような土層,土壌の条件を満足させる必要がある.特に,播種直後の作物の生育初期は,成長した個体に比べ,外部の環境の影響を強く受け自己制御能力が乏しい.このように,生育初期の段階は,土壌の物理性の影響を強く受け,収量性に決定的な影響をおよぼす.したがって,根の生育にとってどのような物理性が適当かということは重要であり,土壌水分や硬度を指標にして定量的に明らかにする必要がある.

 本研究は,生育初期における土壌中の根の特性を次の3つに分けて考えた.第1は,根の侵入の可能性と土壌の三相と硬度の関係である.第2は,土壌中を伸長する根の長さを土壌三相分布と硬度の関係である.第3は,土壌中を伸長する根が発揮する力である.このような1本の根を対象とした場合の土壌の硬さを測定するためには,硬度針(ピンペネトロメータ)を作製し,根の伸長からみた土壌硬度を定義する.そして,生育初期の根が適正に生育する土壌の物理性を,黒ボク土畑表土の充填土とダイズ主根を使用して,種子からでてきた根と土壌の水分,乾燥密度,硬さについて明らかにすることを目的とした.

 そこで,土壌硬度計を作製して硬度を定義し,根の生育を土壌への侵入・土壌中を伸長・発揮される伸長力の3つの場合を考え,乾燥密度・含水比と土壌硬度の関係で各々実験を行った.そして,根が適正に伸長する土壌の物理性を考えると次のようにまとめられる.

 試作したピンペネトロメータによる土壌硬度は,直径0.8mmの先端が平面の円筒を約10mm/sの速度で垂直に深さ5mmもしくは10mmまで貫入させたときの最大値とした.図1は,土壌硬度と乾燥密度・含水比の関係をあらわしたものである.充填土の土壌硬度は,硬度測定の間隔を5mmとすると,平均土壌硬度に対して約40%のばらつきがあった.また,山中式土壌硬度計との比較から伸長が阻害される土壌硬度(山中硬度22〜23mm)よりも大きくなるときに精密な土壌硬度測定が可能であり,ピンペネトロメータの有用性を示した.

図1 黒ボク畑表土の土壌硬度と乾燥密度・含水比の関係

 根の土壌への侵入は,播種床と計測用円筒からなる生育ポットで実際にダイズ根を生育させることにより測定した.実験は,光,温度,給水,蒸発散を制御できる室内で行った.根の計測用円筒への侵入は,生育ポットを分解して根が計測用円筒に侵入したか否かを確認する方法とした.そして,計測用円筒の上端に到達した全部の根に対する土壌へ侵入した根の数の比を「根の侵入個体数比」としてあらわした.図2は,根の侵入個体数比と土壌硬度の関係をあらわしたものである.黒ボク土畑表土は,土壌硬度を根の侵入の指標として考える場合,79gf以下で確実に根が侵入し,140gf以下では侵入する可能性があり,土壌硬度が根の侵入に有効な指標(侵入限界評価)となった.しかし,異なる土壌で根の侵入を硬度でのみであらわすのは十分でない.硬度計の土壌への貫入が力学的なものに対して,根の侵入が生理的な要因を含むことによるものと考えられる.

図2 黒ボク土畑表土の根の侵入個体数比と土壌硬度の関係(▲:含水比45%,△:含水比41%,●:含水比30%)

 根の伸長測定は,根の侵入と同じ装置を使用して行った.図3は,乾燥密度・含水比による播種後の根長をあらわしたものである.黒ボク土畑表土での根の伸長は,乾燥密度0.9g/cm3含水比41%を境界に乾燥密度が高くなる,含水比が低下すると伸長が阻害された.土壌硬度との関係からは,根の伸長に対する硬度は,75gfまでは,根の伸びが阻害されなかった.しかし,根の伸長を硬度のみで評価するのは十分でなく,むしろ,乾燥密度・含水比との関わりであらわすのが適している.土壌中を伸長する根は,間隙を押し広げ土粒子を排除しながら伸びる.そのために根の伸長は,土粒子の移動できる間隙の量をあらわす乾燥密度の影響を明確に受ける.また,根の伸長により排除される土粒子が移動するときの土粒子間の摩擦を軽減する水分が影響していると考えられる.

図3 含水比・乾燥密度による播種後の根長

 根の伸長力測定は,頂点に直径1.0mmの穴をあけた底部がロート状の生育ポットで,根が天秤を鉛直方向に押す力とした.図4に,乾燥密度,含水比,土壌硬度別の伸長力測定開始から2.5時間までの伸長力の変化を示す.この図は,適度な土壌硬度を持った乾燥密度0.9g/cm3含水比41%の伸長力は,発揮直後より他の条件より1.5〜2倍程度大きく,時間を経る毎にその差が大きくなった.これらのことから,伸長力は,根の伸長にストレスとならな場合では膨圧を維持する程度のできるだけ小さな伸長力を発揮し,適度なストレスを与える乾燥密度0.9g/cm3含水比42%では,根を活性化させる生理的な作用が生じ伸長力が大きくなると考えられる.また,硬度が高い土壌を伸長する根は,主根の伸長力を十分に発揮せずに分枝根を伸長させるような生育のための補償作用があると考えられる.

図4 根の伸長力測定開始直後の変化

 このように,土壌中を伸長する根は,土壌の間隙,水分,空気の三相分布と土壌硬度の影響に対して,生理的な反応を示し,力学的な反応へと変換して生育すると考えられる.そして,根が適正に伸長する土壌の物理性は,圃場整備および土層改良と作物生産に対して,また,持続可能な農業を支えるための礎となりうると考えられる.

審査要旨

 大型区画の汎用農地の整備では、水田から畑への転換利用や畑から水田への転換利用が作物の生育に支障なく円滑に行われるように土壌の物理性を整える必要がある。とくに生育初期における根の生育に影響をおよぼす土壌の物理性、その中でも土壌の含水比や乾燥密度の関数である三相および土壌硬度の適正な整備が必要である。本論文は、この整備のために必要とされる工学的指針を明らかにするために、黒ぼく土におけるダイズ(エンレイ)主根の生育の場合を取り上げて土壌硬度の測定機器ならびに根の伸長力測定機器を開発し、主根の土壌への侵入、伸長、伸長力を物理的に表示しようとしたものであり、8章から構成されている。

 第1章は序論であり圃場整備と作物の生育に関する諸関係を明らかにし、第2章で既往の文献を整理し、課題と問題点を指摘している。

 第3章は、使用した有機物が多い黒ぼく土畑表土および比較試料として粘土分が多い灰色低地土心土について水分特性を始めとした土壌物理性を克明に明らかにするとともに、使用したダイズの発芽特性および播種の方法、ならびにメタルハライドランプの照度30000lxのときのダイズの初期生育の状況や播種床の土壌水分の制御状況等の実験に関わる基本的な知見について述べている。

 第4章は、根の侵入時における土壌硬度を測定しうるように、直径0.8mm、長さ50mmの先端が平らな細いステンレス製貫入針を用い、この針が土壌に貫入する際に発生する反力を水圧に変換して測定するピンペネトロメータ土壌硬度計を試作して、土壌の含水比、乾燥密度を種々に変え、10mm深貫入で1cm2当たり3.7箇所の土壌硬度を測定し統計処理をしたところ、慣用されているコーン状の貫入部をもつ山中式硬度計による土壌硬度と較べて、この硬度計が根の生育を阻害する土壌硬度の領域、すなわち山中式硬度で約20mm以上の硬度域をよい精度で、より精密に評価できることを明らかにしている。

 第5章では、直径50mm,高さ100mmの土壌カラムを用い、表面1cmの深さに播種されたダイズの主根が2.5日後に約37mmの長さになったときの土壌への侵入の様子を調べたところ、黒ぼく土畑表土では乾燥密度が1.0g/cm3より大きくなると含水比が35%以下、ピンペネトロメータ硬度が132gf(山中式硬度計の24mmに対応)以上では侵入が阻害され、灰色低地土心土では乾燥密度が1.28g/cm3以上になると水分が多くピンペネトロメータ硬度がわずか37gf(山中式硬度計の16mmに対応)でも侵入が阻害されることを明らかにし、山中式硬度計では根の土壌への侵入の様相を正確に評価しきれないことを述べている。

 第6章では、黒ぼく土畑表土を例にして、第5章と同様の条件で生育したダイズ主根が伸長する様子を詳細に調べたところ、乾燥密度0.9g/cm3以上、含水比41%以下、ピンペネトロメータ硬度が75gf(山中式硬度計の20mmに対応)以上になると侵入は可能でも伸長は阻害される。しかし、土壌硬度が逆に小さくなりすぎると伸長が必ずしも良くなるとは一概に言えず、低い場合には伸長の変動が大きくなり、最適伸長は25-30gfのときに見られ、その伸長速度は1mm/hを上回ることを明らかにした。

 第7章では、根の伸長力を測定している。すなわち、直径50mm、高さ100mmの土壌カラムの底部をロート状に作り、主根をガイドするために先端に内径1mm、長さ5mmの素焼きのパイプを取り付け、ここを通過した主根の先端が成長にともなって天秤上皿を押す力を自動計測し、その最大値を根の伸長力としている。その結果、黒ぼく土畑表土中で生育する場合のダイズの主根の伸長力は70-142gfの範囲にあり、例えばピンペネトロメータ土壌硬度が75gfのときには120gfの伸長力が表れるというように土壌硬度よりも大きい伸長の力が表れる。また、土壌硬度が大きくなりすぎると伸長力は小さくなる一方、根の伸長が十分に保証されるような小さい土壌硬度の時も根の伸長力は小さくなることを明らかにした。

 以上要するに、ダイズの播種直後の主根の生育を適正に保証するために必要な土壌の硬度や根の伸長力について新たに開発した測定方法によって明らかにして、主根の生育状況を考慮した農業土木的圃場整備が行えるよう整備すべき土壌物理的な指標を乾燥密度、水分および土壌硬度を中心にして示したものであり、農地環境工学、水利環境工学、環境地水学の学術上、応用上貢献するところ少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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