本研究のねらいは、未来の子ども達が動植物とのふれあいを通じて豊かな日常生活を送ることができるよう、その環境作りに資することにある。そのために、現代の子どもが行っている自然観察を題材とし、子どもが野外で観察の対象として認識している動植物と、その認識要因を明らかにし、どのような特性をもつ動植物が子どもによって認識されやすいのかをを明らかにした。 本論文は、序章・終章を含む5章で構成されている。 『序章』では、本論文の背景・目的・方法を明らかにし、既往研究のレビューを行い、本研究の位置付けを明確にすると共に研究対象のしぼり込みを行った。 自然、特に動植物との直接的なふれあい体験を子ども時代により多く持つことが、生命に対する倫理観や生物に対する理解を深める上で重要であることは、すでに多くの人々が指摘するところである。一方で、近年の環境の変化や子どもの生活形態の変化により、子どもが動植物とふれあう機会自体は減少しており、再びその機会を取り戻すことが急務であるとの認識も高まっている。子どもが動植物とふれあえる空間づくりや、子どもの動植物に対する意識の活性化を図ろうとする時、今の子供達が実際にどのような動植物とのふれあいを行っているかを明らかにすることは、基礎的な情報の整備として重要である。 以上の背景に基づき、本研究は、1)子どもが認識している動植物を明らかにすること、2)子どもが動植物を認識するきっかけ・理由(認識要因)を明らかにすること、3)認識された動植物の特性を明らかにすることにより、子どもの動植物の認識に関するモデルを構築すること、の3点を目的としている。 研究の対象とする「子ども」は、幼児に近い年齢である小学生から成人に近い年齢である高校生までとし、研究の方法としては、動植物認識の実態の把握については小学生から高校生までの子どもが自らの自然観察体験をもとに作成した絵地図と解説文の解析により行い、認識された動植物の特性の把握については動植物の生態に関する研究者の知見及び文献を参考として行った。 『第1章』では、子どもが作成した絵地図及び解説文の解析から、子どもがどのような動植物を認識したのかを明らかにした。 表現方法の違いにより、表現された動植物が異なることが予測されることから、描画(絵地図)と記述(解説文)を別に扱った。だが本章の結果により、表現方法にかかわらず、「鳥」「虫」「草」「木」の4対象種群(生物の分類群に準じるカテゴリーで、本研究において便宜的に設けたもの)が多く認識されており、全認識対象種数の8割を占めることが明らかとなった。 小学生は、認識対象となった種の多様さにおいて中学生・高校生よりも低かったが、1種当たりの平均認識回数においては高校生を上回る対象種群もみられた。しかしながら、動植物の認識回数には総じて年齢差があまり見られないことが示唆された。 認識回数の上位種は、描画は1ツユクサ、2アブラゼミ、3オオバコ、4エノコログサ、5シオカラトンボであり、記述では1セミ、2サクラ、3フナ、4トンボ・シオカラトンボ・アブラゼミであった。これら上位種の多くは「遊び」に使われる動植物である。年齢別にみると、小・中学生においてはこの傾向が強く現れているが、高校生になると、遊びと直接かかわりがない木や鳥などの認識回数も多く、年齢に応じて認識する動植物の特性や関わり方が異なることが示唆された。 年齢によって表現手法の選択に傾向が見られた。描画および記述回数を対象種群別に比較すると、小学生においては、記述回数よりも描画回数が多い対象種群が多く、中学生においては、描画回数よりも記述回数が多い対象種群が多く見られた。このことから小学生は描画によって、中学生は記述によって、認識した動植物を表現する傾向があることが示唆された。この傾向については、発達心理学の知見においても「描画から記述への(表現手段の)移行期」として指摘されている。 『第2章』では、子どもが認識した動植物のうち「鳥」「虫」「草」「木」に対象をしぼり、解説文から、子どもが対象動植物を認識した理由や、動植物に対する理解の内容を示している表現を抽出し、これを「認識要因」として明らかにした。 その結果、「認識要因」は14の認識要因群に分類でき、さらに1)動植物が持つ物理的諸特性に関するもの、2)動植物の親しみやすさに関するもの、3)動植物に関する情報・知識に関するもの、4)動植物の出会いやすさに関するもの、の4つの認識要因タイプに分類できることを明らかにした。 「認識要因タイプ」のレベルで対象種群別にみると、いずれの対象種群においても『物理的諸特性』『出会いやすさ』『親しみやすさ』『情報・知識』の順に多くの認識要因が挙げられていた。対象種群間の差異を「認識要因群」別にみると、鳥と虫は「物理的諸特性」に含まれる認識要因群など、<知覚>との関わりが強い認識要因群が多く挙げられ、草と木では「親しみやすさ」「情報・知識」など、<記憶>や<知識>との関わりが強い認識要因群が多く挙げられていることが明らかとなった。 また、小学生において認識回数が多かった「草」では、「日常生活での関わり」に関する認識要因が多く挙げられ、高校生において認識回数が多かった「木」では、「逸話・背景・知識」などの認識要因が多いことから、小学生は高校生よりも「遊び」等の日常的な関わりが認識要因となる傾向が強く、高校生は小学生よりも「知識」が認識要因となる傾向が強いことが示唆された。 本章では、4つの認識要因タイプを、子どもと認識対象との間を結ぶ軸上に位置づけ、模式的に表現した。 『第3章』においては、動植物がもつ特性と認識のされやすさとの関わりから、子どもによって認識されやすい動植物とはどのような特性をもつ種であるかを明らかにした。 第1章で明らかにした認識対象動植物のうち「鳥」「虫」「草」「木」のうち、複数の子どもが描画あるいは記述した種を「描画(記述)されやすい種」とみなし、これらがどのような特性を持つかを明らかにした。動植物の特性を評価するため、第2章で明らかにした14の認識要因群のうち、地域性や環境条件を考慮せずに動植物を評価し得ると考えられる12の認識要因群を選び、これらを基本として特性把握指標を設定した。最終的に4つの対象種群に対してのべ30の特性把握指標が設定できた。 これらの指標に基づいて描画(記述)対象種の定性的・定量的特性の評価を行ない,全種における評価結果と「描画(記述)されやすい種」の評価結果との比較から、描画・記述それぞれにおける「認識モデル」を作成した。 その結果、鳥は6つの象限、虫・草・木は8つの象限に分かれる認識モデルによって、特性と認識されやすさの関わりが表現できることが明らかとなった。 その中で、動植物の特性と認識されやすさの関わりにおいて、年齢間よりも、むしろ対象種群間において差異が大きかった。虫は特性評価を行なった多くの指標が認識に大きく関与しており、虫がもつ特性の多様な側面が子どもの認識を促していることが示唆された。対照的に、草と鳥は限られた指標が認識されやすさに関与していることが明らかとなった。これら4つの対象種群において、認識への関与が認められた指標としては、鳥の「外見の目立ち」、虫の「教科書」「遊び」、草の「遊び」、木の「教科書」「遊び」であり、動植物との関わりにおいての「遊び」の重要性が改めて示唆される結果となった。 描画と記述における認識モデルの比較の結果、両者の傾向は一致しており、違いとしては、各指標が動植物の認識に関与する度合いや、差異に有意性が認められるか・否か、程度にとどまっていることが明らかとなった。 『終章』では、本論文の結論として、本研究によって得られた知見を整理するとともに、今後の展開の方向として、4つの可能性を示した。 |