学位論文要旨



No 213748
著者(漢字) 永澤,亨
著者(英字)
著者(カナ) ナガサワ,トオル
標題(和) 日本海および周辺海域におけるメバル属魚類の初期生活史
標題(洋)
報告番号 213748
報告番号 乙13748
学位授与日 1998.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13748号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 沖山,宗雄
 東京大学 教授 川口,弘一
 東京大学 教授 谷内,透
 東京大学 助教授 渡邊,良朗
 東京大学 助教授 佐野,光彦
内容要旨

 メバル属魚類は北太平洋を中心に広く繁栄しており,生態学的にも産業的にも重要な種類が多いにもかかわらず,日本周辺での天然魚の初期生活史についての知見は乏しい.歴史的にみると,このことの多くはヨーロッパや北米に比較して本属仔稚魚を対象とした組織的な調査が取り組まれなかったことと,近縁種が多く仔稚魚の分類が困難であったことに起因する.ところで,日本に特徴的な研究としては高い飼育技術にもとづいた種苗生産ならびに放流技術の開発研究があり,その成果は初期生活史研究にとっても重要な情報源となっている.本研究はそれらの情報も参考にして,これまで知見の乏しかった日本海周辺におけるメバル属の天然魚の初期生活史についての知見を取りまとめたものである.

1.仔稚魚の形態発育史

 アカガヤSebastes minor,キツネメバルS.vulpes,ウスメバルS.thompsoni,メバルS.inermis,クロソイS.schlegeli,ヨロイメバルS.hubbsi,ムラソイS.pachycephalusの計7種について天然仔稚魚を用いた形態発育史の記載を行った.特にメバル属魚類に特徴的な頭部棘要素の発達に留意した.また,飼育親魚から産出されたシマソイS.trivittatus仔魚の記載を行った.これらの仔稚魚は互いに類似する場合が多いが,発育段階別に整理して比較を行うことによって同定が可能である.日本海において魚類プランクトンとして採集される機会が多いと想定されるメバル属14種の前屈曲期〜屈曲期の仔魚について既存の知見も取り入れ,主に色素胞の分布パターンによって識別可能な検索表を作成した.

2.仔稚魚の形態から推定されるメバル属魚類の系統類縁関係

 34の幼期形質を含む43形質を選び,仔稚魚の形態の知見が得られた日本産のメバル属魚類12種にカサゴS.marmoratusを加えた13分類群の系統類縁関係を推定した.外群としてこれにユメカサゴHelicolenus hilgendorfiを加えた.解析方法は分岐分類学的手法の一つである大域的最節約法を用い,分枝限定法のアルゴリズムで無根分岐図を求めた後にユメカサゴを外群としてルーティングを行った.同長の分岐図が3個得られたため,これらの厳密合意樹を系統仮説として採用した.この仮説はメバル属の単系統を支持するものの,Neohispaniscus等既存の亜属のいくつかは非単系統群であることが示唆された.得られた系統仮説とフサカサゴ科魚類,特にメバル属魚類と近縁なユメカサゴ属,ホウズキ属およびカサゴ属の地理的分布パターン,古環境に関する知見等から検討した結果,メバル属は北太平洋西部の日本周辺を中心とする海域を起源とすることが推定された.

3.初期成長

 耳石の輪紋解析によって,ウスメバル,クロソイ,キツネメバル,メバル,ヨロイメバルの計5種の初期成長を求めた.いずれの種類も後屈曲期仔魚までは偏平石の輪紋を,それ以降は礫石の輪紋を用いて解析した.前記5種中ではクロソイの成長が0.66mm/日と最も優れた成長を示し以下順に,ウスメバル0.47mm/日,キツネメバル0.45mm/日,ヨロイメバル0.36mm/日,そしてメバルの成長が0.13mm/日と最も緩慢な成長であると推定された.メバルは他の4種が屈曲期以降に成長速度が増加するのに対して屈曲期以後も成長が緩慢なままであることが特徴的であった.メバルの成長速度は大西洋のSebastes spp.とほぼ類似しているものと推定されたが,メバルを除く4種の成長速度は他の海域のメバル属魚類と比較しても高く,特にクロソイは既知の種では最も優れた成長を示すことが明らかとなった.

4.仔稚魚の分布パターン,季節別出現傾向ならびに発育に伴う生息場所の移行

 アカガヤ,ハツメ,ウスメバル,メバル,キツネメバル,クロソイ,ムラソイおよびヨロイメバルの仔稚魚の水平分布パターンを明らかにした.上記8種のうち,ウスメバル,メバル,キツネメバル,クロソイ,ムラソイおよびヨロイメバルは陸棚上に仔稚魚の分布の中心があり,特にムラソイは岸寄りに分布が偏っていた.ハツメは成魚の主分布域でもある,やや沖合の天然礁周辺に分布の中心があった.アカガヤは沿岸性の魚であるにもかかわらず,沿岸域はもとより,亜寒帯収束線より冷水側の北部日本海の中央部まで仔稚魚が出現することが明かとなり,沖合に分布していた仔稚魚は沿岸で産出されたものが移送されたものであることが推察された.

 メバル属魚類仔稚魚の季節別出現傾向を調査した佐渡海峡周辺海域では,春季にウスメバル,キツネメバル,クロソイ,ムラソイの4種が,秋季にはヨロイメバルが出現し,夏季を中心に仔稚魚が出現する種は認められなかった.上記5種のうち,ムラソイは初冬から初夏にかけて後屈曲期仔魚が出現し,出現期間が6ヶ月にも及ぶことが推定された.

 アカガヤ,キツネメバル,クロソイ,およびヨロイメバルは仔稚魚期を通じて主に海の表層で生活した後に底性生活に移行し,浮遊期稚魚の段階が存在することが明かとなった.ウスメバル仔魚は表層生活を送ったのち,変態期に入り流れ藻に随伴する生活を送り,浮遊期稚魚の段階ではほとんど全ての個体が流れ藻に随伴するものと考えられた.一方,メバル仔魚では成長にしたがって徐々に分布層が深くなり,後屈曲期〜変態期に底性生活に移行する個体が出現し,明瞭な浮遊期稚魚の段階が存在しないことが明らかとなった.

 耳石輪紋解析によって得られた初期成長の結果をあてはめ,ウスメバル,メバル,キツネメバルおよびクロソイの浮遊期の長さを推定した.最も浮遊期間が長いのはウスメバルで,流れ藻に随伴する期間を含めると110〜130日に及ぶものと推定された.他の3種ではメバルが50〜70日,キツネメバルが50〜60日,そしてクロソイが40〜60日とウスメバルに比較すると50%前後の浮遊期間であるものと推定された.

5.仔稚魚の食性

 アカガヤ,キツネメバル,ウスメバル,メバル,クロソイ,ヨロイメバルの計6種の浮遊期仔稚魚の食性について調査した.クロソイを除く5種では発育初期の仔魚はかいあし類ノープリウスを,発育の進んだ仔魚や稚魚はParacalanus parvusを主体としたカラヌス目かいあし類や枝角類のEvadne nordmanniなどを多く摂餌しており,発育が進むにしたがって大型の生物を摂餌するようになるものの,環境中に多く含まれるプランクトンを摂餌するopportunistic feederであると推察された.流れ藻に随伴するウスメバル稚魚でもこの傾向は変わらず,稚魚の餌生物の主体はP.parvusで,藻と関連性の高い表在性動物や付着性動物は利用していなかった.一方クロソイは体長10mm以上の後屈曲期仔魚になると,かいあし類等の甲殻類プランクトンに加えて仔魚を摂餌していた.浮遊期稚魚では餌生物の主体が魚卵になり,流れ藻に関係のない表層で生活していた個体は主にカタクチイワシ卵を,流れ藻に随伴していた個体は藻に付着するサンマ卵やサヨリ卵を飽食しており,クロソイは流れ藻を摂餌場としても利用しているものと考えられた.

6.総合考察

 形態発育史,系統仮説および初期生態などの知見を考慮するとメバル属魚類の進化の主傾向が,生活域としては底から離れる方向へ,体型としては流線型で,棘要素の少ない軽い頭部へ向かって来たと推察された.多くのメバル属魚類でいわゆる"浮遊期稚魚"の段階があることが知られているが,メバルのように日本周辺に出現する沿岸性種ではこれを欠くものがおり,メバル属の共通祖先には明瞭な浮遊期稚魚の段階がなかった可能性が考えられた.また,日本周辺に分布する種類では浮遊期稚魚の段階を経る種についても形態は成魚と大きな差異はなく,生息環境への適応は色彩の変換等によって行っているものと考えられた.このように,幼期における形態の特化が小さいことは潜在的な適応能力につながり,北太平洋での繁栄をもたらした可能性があると推定された.

 日本海に分布の中心がある種は10-300mと中程度の水深帯に分布する種である.これらのうち,稚魚期を流れ藻に随伴して過ごし,浮遊期間を延長するという特徴的な初期生活史パターンを持つウスメバルは対馬海流域において種分化した可能性が高いし,クロソイの仔稚魚も日本海の表層によく適応した生活史パターンを持っていると考えられた.また,北部日本海に多く出現するアカガヤも対馬海流域を中心として分布する種とは異なるものの,やはり日本海の夏の表層環境に良く適応した生活史パターンを有しているものと考えられた.

審査要旨

 メバル属魚類は北太平洋を中心に広く繁栄しており、生態学的にも産業的にも重要な種類が多いにかかわらず、仔稚魚の分類が困難であったことも原因して、日本周辺における天然魚の初期生活史に関する知見が著しく乏しかった。一方、日本独自の高い飼育技術にもとづいた種苗生産の研究成果は初期生活史にとって重要な情報を蓄積してきた。本論文はそれらの知見も参考にして、日本海周辺におけるメバル属の天然魚の初期生活史を取りまとめたもので、6章から成っている。

 第1章ではアカガヤ、キツネメバル、ウスメバル、メバル、クロソイ、ヨロイメバル、ムラソイ、シマソイの8種について、特にメバル属に特徴的な頭部棘要素の発達に留意して形態発育史の詳細な記載を行うとともに、発育段階別に近縁種仔稚魚の同定の可能性を明らかにした。また、日本海産のメバル属14種の前屈曲期〜屈曲期の仔魚については、既存の知見も加えて、主に色素胞の分布パターンによって識別可能な検索表を作成した。

 第2章では仔稚魚の形態から推定されるメバル属魚類の系統類縁関係を論じた。34の幼期形質を含む43形質について分岐分類学的解析を行い、系統仮説を求めた結果、メバル属の単系統性は支持されたが、いくつかの亜属は非単系統群であることが示唆された。さらに、この系統仮説と動物地理学的な知見などから、メバル属が北太平洋西部の日本周辺海域を中心に起源したことを推定した。

 第3章では、代表的5種の初期成長を比較検討した。耳石輪紋の解析から推定された仔稚魚の成長速度はクロソイの0.66mm/日からメバル0.13mm/日まで種間で顕著な相違が認められた。これらの結果から、メバルを除く4種の成長速度は他の海域のメバル属魚類と比較しても高く、特にクロソイは既知の種類中で最高であることが明らかになった。

 第4章では8種の仔稚魚について分布パターン、季節別出現傾向ならびに発育に伴う生息場所の移行について検討した。これらは分布中心の位置が陸棚域、やや沖合の天然礁周辺域、および沖合域にある3型に区分された。一般にこれらの種では初期発育の過程において浮遊期稚魚の段階が存在するのに対し、メバルにおいては明瞭な浮遊期稚魚の段階が存在しないことが明らかになった。流れ藻の利用形態にも種間による顕著な違いが認められた。また耳石輪紋から推定される浮遊期の長さは、流れ藻への随伴が特徴的なウスメバルが最長で110〜130日であったのに対し、他の種ではその50%前後であった。

 第5章では6種の仔稚魚の食性について検討した。クロソイを除く5種はかいあし類のノーブリウスおよび成体や枝角類を多く摂餌しており、成長にともなう餌生物の大型化傾向は認められるものの、環境中に多く含まれるプランクトンを摂餌するopportunistic feederであると推定された。一方、クロソイは体長10mm以上の後屈曲期仔魚になると、かいあし類などの甲殻類プランクトンに加えて仔魚を摂餌するようになり、浮遊期稚魚では餌生物の主体がカタクチイワシ卵や、サンマ・サヨリ卵などに移行した。本種では流れ藻を摂餌場としても利用する特徴が認められた。

 第6章の総合考察においては、まず、形態発育史、系統仮説および初期生態などの知見を総合して、メバル属魚類の進化の主傾向が、生活域としては底から離れる方向へ、体型としては流線型で棘要素の少ない軽い頭部へ向かって来たことを推定した。また、日本周辺に分布する種類では、浮遊期稚魚の段階を経る種についても形態は成魚と大きな差異はなく、生息域への適応は色彩の変換などによって行われており、幼期における形態の特化が比較的に軽微であることが潜在的な適応能力の大きさにつながり、北太平洋での繁栄をもたらした可能性があることを推定した。特に、日本海に分布の中心があるウスメバル、クロソイ、アカガヤなどの種では、日本海の環境特性へ良く適応した生活史パターンを有していることが指摘された。

 以上要するに、本論文は日本海産メバル属魚類を中心に仔稚魚の分類学を確立し、初期生活史における適応分化の実態を総合的にを解明したもので、水産資源学、魚類生活史学への貢献が顕著である。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)に値するものと判断した。

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