学位論文要旨



No 213751
著者(漢字) 鈴木,雅美
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサミ
標題(和) 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の骨への作用
標題(洋)
報告番号 213751
報告番号 乙13751
学位授与日 1998.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第13751号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨

 Colony-stimulating factor(CSF)は造血細胞の増殖・分化を調節する因子であり、granulocyte CSF(G-CSF)は顆粒球系前駆細胞とそれ以降の好中球系細胞の増殖、分化および成熟好中球の機能を調節することがよく知られている。一方、骨吸収を司る破骨細胞は造血幹細胞に由来し、CSFsが破骨細胞の形成に関与しており、特にmacrophage CSF(M-CSF)は必須の因子であることが明らかにされている。ところで、G-CSFの骨への作用については知見が極めて少なく、近年、G-CSFが造血系への作用とともに骨調節にも関与することを示唆する研究がなされつつあるが、その詳細についてはいまだ明らかにされていない。そこで、本研究では、recombinant human G-CSF(rhG-CSF)投与によって誘導されるラットおよびマウスの骨組織の変化を病理学的に検索し、G-CSFの骨への作用を検討した。得られた結果は下記の通りである。

1.rhG-CSF投与に伴う骨変化の病理学的特徴

 ラット(6週齢)にrhG-CSFを10,100および1,000g/kgの用量で28日間反復静脈内投与した。白血球数の増加、髄外造血の亢進に伴う脾臓の腫大および骨髄における顆粒球系細胞の増加に伴うcellularityの上昇などの造血系の変化は、10g/kg以上の群に用量依存性にみられた。100g/kg以上の群では、造血系の変化に加え、骨にも用量依存性の変化が認められた。すなわち、骨幹端および骨端の海綿骨骨梁ならびに骨幹の皮質骨骨内膜部など、生理的に活発な骨吸収が行われている部位に、破骨細胞性骨吸収の亢進と膜内骨化による骨形成を特徴とする骨変化が認められた。破骨細胞性骨吸収はほとんどすべての部位に認められ、そのうち約半数の部位では骨吸収に加えて骨形成が認められた。これらの結果より、高用量のrhG-CSFは造血系とともに骨に作用し、生理的に骨吸収の盛んな部位に形態変化を誘導することが明らかになった。

2.rhG-CSF投与に伴う骨変化の形成と骨の生理的状態、特に骨成長との関連

 6週齢の成長期ラットと成長の緩やかな14週齢のラットに、rhG-CSFを100およびl,000g/kgの用量で28日間反復静脈内投与した。6週齢ラットでは、100g/kg以上の群の骨幹端、骨端および骨幹に骨の変化が認められた。一方、14週齢ラットでは、1,000g/kg群にのみ変化が認められ、また、骨変化は骨幹端に限局していた。骨変化の組織学的特徴に週齢による差はみられなかったが、骨変化の程度を病理組織学的に比較した結果、6週齢群が14週齢群より高値を示した。これらの結果より、rhG-CSF投与により骨吸収および骨形成を特徴とする骨変化が週齢に関係なく形成されるが、成長期にある6週齢ラットは成長の緩やかな14週齢ラットに比べて骨変化が形成されやすく、rhG-CSF投与に伴う骨変化の形成には骨の生理的状態、特に、骨吸収活性が深く関与することが明らかになった。

3.rhG-CSF投与に伴う骨変化の形成と骨髓造血状態との関連

 ラット(14週齢)に1,000g/kgのrhG-CSFを28日間反復静脈内投与した。骨髄では顆粒球系細胞の増加に伴うcellularityの上昇が認められ、いずれの骨も対照群に比べて高いcellularityを示した。骨変化は活発に造血が営まれている骨髄を有する骨にのみ認められた。したがって、rhG-CSF投与に伴う骨変化は骨髄造血状態と密接に関連しており、また、活発な造血を営む骨髄内では高用量のrhG-CSF投与により破骨細胞への分化能を有する前駆細胞が多数供給されるものと考えられた。

4.rhG-CSF投与に伴う骨変化の病理発生

 骨変化の形成過程を経時的に観察するとともに、破骨細胞性骨吸収を強力に抑制するビスフォスフォネート(BP)を前処置し、rhG-CSFによって誘導される骨変化における骨吸収と骨形成との関連について検討した。まず、ラット(6週齢)に1,000g/kgのrhG-CSFを1〜28日間反復皮下投与した。その結果、骨吸収の亢進が投与3日後から、また、骨形成が投与7日後から、それぞれ認められ、いずれも投与期間が長くなるに従い増強した。また、骨吸収が骨形成の発現頻度を常に上回っていた。骨変化は、生理的に活発な骨吸収が行われている部位に観察され、初期には主に骨幹端に、その後、投与期間が長くなるに従い、骨端および骨幹にも認められた。ついで、ラット(6週齢)にBPを前処置した後、1,000g/kgのrhG-CSFを14日間反復皮下投与した。その結果、BPの前処置により、破骨細胞性骨吸収の抑制とともに膜内骨化による骨形成も抑制された。以上の結果より、rhG-CSF投与による骨変化の病理発生に関しては、破骨細胞性骨吸収の亢進が先行し、その後、カップリング機構に基づく膜内骨化による骨形成が起こるものと考えられた。

5.rhG-CSF投与に伴う骨髓微小環境の変化

 ラット(6週齢)に1,000g/kgのrhG-CSFを4〜28日間反復皮下投与し、骨髄間質細胞の構成・分布および細胞動態、ならびに細胞外マトリックスの構成・分布の変化を検索した。骨吸収部周辺の間葉系組織内には、破骨細胞および酒石酸抵抗性酸ホスファターゼ(TRAP;破骨細胞マーカー酵素)陽性を示す単核の破骨細胞前駆細胞が多数認められた。ブロモデオキシウリジン(BrdU)を用いた細胞動態の解析の結果、破骨細胞は投与開始初期には分化・成熟期の細胞から供給され、その後、増殖期の細胞からも供給されていた。破骨細胞が多数存在する吸収骨近辺の間葉系組織内には、ED-1(単球/マクロファージ/樹状細胞系マーカー抗原)陽性、酸ホスファターゼ(ACP)陽性およびED-2(マクロファージマーカー抗原)陰性の細網細胞様細胞が密に、また、アルカリホスファターゼ(ALP)陽性および/あるいは-平滑筋線維アクチン(-SMA)陽性の線維芽細胞様細胞が散在性に、それぞれ認められた。BrdUを用いた細胞動態の解析より、これらの細胞の多くはrhG-CSF投与開始後に増殖・分化していた。細胞外マトリックスの分布については、フィブロネクチン(FN)、1型コラーゲン(Coll I)およびヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)が間質細胞間に網の目状に広く認められ、骨組織に接することなく存在する破骨細胞およびTRAP陽性単核細胞を取り巻くように観察された。IV型コラーゲンおよびラミニンは主に小血管周囲にみられ、破骨細胞との間に明瞭な関連は認められなかった。以上の結果より、高用量のrhG-CSF投与に伴い骨髄間質細胞および細胞外マトリックスの構成・分布が変化し、破骨細胞の形成および活性化を亢進する骨髄微小環境が構築されるものと推察された。また、骨髄間質細胞では、ED-1陽性、ACP陽性およびED-2陰性の細網細胞様細胞、ならびに、ALP陽性および/あるいは-SMAの線維芽細胞様細胞が、また、細胞外マトリックスではFN、Coll IおよびHSPGが、それぞれ破骨細胞の形成・活性化を亢進する骨髄微小環境の構築に重要な役割を果たしているものと考えられた。

6.rhG-CSF投与の大理石骨病マウス(op/op)への影響

 M-CSFの産生欠乏により大理石骨病を起こすop/opマウス(5週齢)に、rhG-CSFを10,100,1,000および10,000g/kgの用量で28日間反復皮下投与し、骨病態の変化を検討した。その結果、rhG-CSF投与群で用量依存性に一次海綿骨長軸長の短縮が観察された。破骨細胞数およびその分布については、rhG-CSF投与群とop/opマウス対照群との間に明確な差は認められなかった。rhG-CSF投与によりop/opマウスの骨病態が一部改善されたことより、G-CSFはM-CSFの関与しない機構で骨への作用を有するものと推察された。また、破骨細胞の分布に変化をきたすことなく骨病態が改善したことから、op/opマウスの特徴である加齢とともに骨病態が自然治癒する現象にG-CSFが関与している可能性が示唆された。

 以上、本研究により、高用量のrhG-CSFは造血系とともに骨に作用し、骨幹端など生理的に破骨細胞の働きが盛んな部位に破骨細胞性骨吸収の亢進と膜内骨化による骨形成を特徴とする形態変化を起こすことが明らかにされた。また、骨変化の病理発生について、破骨細胞性骨吸収の亢進が先行し、その後、カップリング機構に基づく骨形成が起こることが初めて示された。さらに、rhG-CSFの骨への作用機構については、高用量のrhG-CSFが顆粒球(好中球)系細胞とともに破骨細胞系細胞の供給を亢進させ、同時に、骨髄間質細胞および細胞外マトリックスの構成・分布を変化させて、破骨細胞の形成および活性化を亢進する骨髄微小環境を構築することが明らかにされた。このように、本研究の成果は、G-CSFによる、より普遍的な骨および骨髄の形態および機能の調節機構を明らかにしていく上で極めて重要であると考えられる。

審査要旨

 G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)は顆粒球系前駆細胞の増殖、分化および成熟好中球の機能を調節する因子である。近年、コロニー刺激因子が破骨細胞の形成に関与することが明らかにされつつあるが、G-CSFの骨への作用については知見が極めて少なく、その詳細は明らかにされていない。申請者の研究の目的は、ラットおよびマウスへ遺伝子組換えヒトG-CSF(rhG-CSF)を投与し、G-CSFの骨への作用を明らかにすることである。論文は以下の6章からなる。

 第1章では、ラットにrhG-CSFを28日間投与し、骨変化の病理学的特徴を検討した。その結果、高用量(100および1,000g/kg)群では、造血系の変化に加え、破骨細胞性骨吸収の亢進と膜内骨化による骨形成を特徴とする骨変化が用量依存性に認められた。骨変化は、骨幹端の海綿骨など生理的に活発な骨吸収が行われている部位に認められた。これらの結果より、高用量のrhG-CSFは造血系とともに骨に作用し、形態変化を誘導することが明らかにされた。

 第2章では、骨変化と骨成長との関連を、成長期(6週齢)と成長の緩やかな時期(14週齢)のラットにrhG-CSFを28日間投与することにより検討した。その結果、6週齢ラットでは100g/kg以上の群に、14週齢ラットでは1,000g/kg群にのみに骨変化が認められた。骨変化の程度は6週齢の方が高かった。これらの結果より、成長期のラットは成長の緩やかな時期のラットに比べて骨変化が形成されやすく、rhG-CSF投与に伴う骨変化には骨の生理的状態が深く関与することが明らにされた。

 第3章では、骨変化と骨髄造血状態との関連を検討した。ラットに1,000g/kgのrhG-CSFを28日間投与したところ、骨変化は骨髄の造血状態と密接に関連していることが明らかになった。また、造血が活発な骨髄内では高用量のrhG-CSF投与により破骨細胞前駆細胞の供給が亢進している可能性が示唆された。

 第4章では、骨変化形成過程の経時観察を行い、さらに破骨細胞性骨吸収を抑制するビスフォスフォネート(BP)を併用投与し、骨変化の病理発生を検討した。ラットに1,000g/kgのrhG-CSFを1〜28日間投与し、経時的に観察した結果、骨吸収の亢進が投与3日後から、骨形成が投与7日後から認められた。いずれの投与期間でも骨吸収が骨形成の発現頻度を常に上回っていた。また、ラットにBPを前処置した後、1,000g/kgのrhG-CSFを14日間投与した結果、破骨細胞性骨吸収の抑制とともに膜内骨化による骨形成も抑制された。これらの結果より、まず破骨細胞性骨吸収の亢進が先行し、その後、カップリング機構に基づく膜内骨化による骨形成が起こることが明らかにされた。

 第5章では、ラットに1,000g/kgのrhG-CSFを4〜28日間投与し、骨髄微小環境の変化を検討した。その結果、rhG-CSF投与により骨髄間質細胞および細胞外マトリックスの構成・分布が変化し、破骨細胞の形成および活性化を亢進する骨髄微小環境が構築されることが示された。また、骨髄間質細胞では、ED-1(単球/マクロファージ/樹状細胞系マーカー抗原)陽性、酸ホスファターゼ陽性、ED-2(マクロファージマーカー抗原)陰性の細網細胞様細胞、ならびに、アルカリホスファターゼ陽性および/あるいは-平滑筋アクチン陽性の線維芽細胞様細胞が、また、細胞外マトリックスではフィブロネクチン、I型コラーゲンおよびヘパラン硫酸プロテオグリカンが骨吸収の過程で重要な役割を果たしていることが明らかにされた。

 第6章では、M-CSFの産生欠乏により大理石骨病を起こすop/opマウスに、rhG-CSFを28日間反復皮下投与し、骨病態の変化を検討した。その結果、rhG-CSF投与群に用量に依存した一次海綿骨長の短縮など病態の改善が認められ、G-CSFがM-CSFの関与しない経路での骨への作用を有することが示唆された。

 以上、本研究により、高用量のG-CSF投与は骨に破骨細胞性骨吸収の亢進と膜内骨化による骨形成を特徴とする形態変化を起こすことが明らかにされた。また、骨吸収の亢進が先行し、その後、カップリング機構に基づく骨形成が起こるという病理発生機序が示された。さらに、高用量のG-CSFが破骨細胞系細胞の供給を亢進させ、同時に、骨髄間質細胞および細胞外マトリックスの構成・分布を変化させて、破骨細胞の形成および活性化を亢進する骨髄微小環境を構築することが明らかにされた。このように、本研究の成果は、G-CSFによる、より普遍的な骨および骨髄の形態および機能の調節機構を明らかにしていく上で極めて重要であると考えられ、造血器、骨研究の推進に寄与するところが大きいと考えられる。したがって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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