学位論文要旨



No 213752
著者(漢字) 柳田,誠
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギダ,マコト
標題(和) 培養ヒトマスト細胞の生物学的特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 213752
報告番号 乙13752
学位授与日 1998.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第13752号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨

 マスト細胞は、即時型アレルギー反応において、ヒスタミン、ロイコトリエンおよびサイトカイン等のケミカルメディエーターを放出することにより、effector細胞として中心的な役割を果たしている。ケミカルメディエーターの遊離は、マスト細胞上の高親和性IgEレセプターが、抗原特異的IgEと多価抗原との結合を介して架橋されることが引き金となって惹起される。マスト細胞の生物学的性状に関しては今日までに膨大な数の知見が集積されているが、これらの研究のほとんどはげっし類のマスト細胞を用いて実施されたものである。しかし、ヒトとげっし類のマスト細胞では、その分化・増殖機構、内因性プロテアーゼの性質ならびに薬剤感受性等において、本質的な違いが認められている。従って、ヒトのアレルギー性疾患を念頭においてマスト細胞を研究するには、ヒトマスト細胞を用いることが望まれる。ヒトマスト細胞を用いた研究は、細胞取得の難しさが原因となり大きく立ち後れてきたが、最近になり、血液幹細胞増殖因子(SCF)存在下で臍帯血単核細胞を浮遊培養することにより、試験管内でヒトマスト細胞を分化・増殖させることが可能になった。ただし、この方法で得られるマスト細胞の純度および数は、実験に用いる上でまだ十分なものではない。

 そこで申請者は、最初に、純度100%のヒトマスト細胞を大量に得る方法を確立するため、培養条件の検討を行った。その結果、100ng/mlのSCFおよび10〜100ng/mlのinterleukin(IL)-6の共存下で臍帯血を浮遊培養し、1週間に1度、付着細胞の除去操作を行うことにより、16週目には、5×107個の臍帯血単核細胞から、純度100%のヒトマスト細胞を107個のオーダーで取得できるようになった。IL-6はSCFとのシナジー効果を発揮し、マスト細胞の前駆細胞の増殖を促進するものと推察される。また、週に1度の付着細胞の除去操作は、マクロファージの貪食作用およびGM-CSFの産生を抑制することにより、ヒトマスト細胞の培養に好影響を与えるものと推察される。これらの細胞は、主にtryptaseを内因性プロテアーゼとして含有するT型ヒトマスト細胞であったが、平均で40%程度のchymase陽性マスト細胞も混在していた。電子顕微鏡による観察では、ヒト肺マスト細胞に類似した特徴を示した。これらのマスト細胞は、IgEレセプターを介するヒスタミン遊離機能を備えていた。

 次に、得られた培養ヒトマスト細胞の生物学的特性を明らかにする目的で、マスト細胞の生存に対する各種サイトカインの影響について調べた。12週間以上培養したヒトマスト細胞は、培養液中よりSCFおよびIL-6を除去すると、2日目以降に核濃縮およびDNAの断片化を起こしてアポトーシスにより死滅した。その際、12種類のサイトカインをそれぞれ単独で添加すると、SCF以外にも、Th2サイトカインであるIL-3、IL-4、IL-5およびIL-6は培養ヒトマスト細胞のアポトーシスを抑制し、濃度依存性に生存延長作用を示した。一方、IL-2、IL-9、IL-10、IL-11、tumor necrosis factor-、transforming growth factor-1 および nerve growth factorは何ら作用を示さなかった。さらに、Th1サイトカインであるinterferon(IFN)-も培養ヒトマスト細胞のアポトーシスを抑制し、濃度依存性に生存を延長することが示された。以上の生存延長作用は、混在する細胞や血清の存在を必要とせず、また、細胞濃度による影響も受けないことから、マスト細胞に対する直接作用であることが示された。

 IL-3、IL-4、IL-5およびIL-6は、IgE抗体の産生、好酸球や好塩基球の分化・活性化等の作用を通して、アレルギー性炎症において重要な役割を果たしている。また、これらのサイトカインは、Th2細胞だけでなく、ヒトマスト細胞によっても産生されることが明らかにされている。従って、これらのサイトカインは、アレルギー性炎症局所にかなりの高濃度で存在することが推察され、炎症局所でIL-3、IL-4、IL-5およびIL-6の作用によりヒトマスト細胞の生存が延長される可能性が示唆された。

 一方、IFN-は試験管内におけるIgE抗体の産生を抑制し、マウス骨髄由来培養マスト細胞の分化・増殖を抑制する等、アレルギー性反応に対しては抑制的に作用すると考えられている。しかし、一方で、慢性期の喘息患者の血清あるいはアトピー性皮膚炎患者の患部で高濃度のIFN-が検出されることが知られている。加えて、IFN-はヒト好酸球を試験管内で活性化し、傷害作用およびFcRIIの発現を増強することも報告されている。こうしたことから、IFN-はマスト細胞や好酸球等を活性化することにより、ヒトでは一部のアレルギー性炎症において重要な役割を果たしている可能性も考えられる。また、IFN-が主な誘発因子であると推定されている乾鮮の病変部でマスト細胞の顕著な増加が報告されていることから、ヒトマスト細胞に対するIFN-の生存延長作用は、乾鮮の発現機序を考えるうえでも興味深い。

 続いて、培養ヒトマスト細胞のIgEレセプターを介するヒスタミン遊離反応に対する各種サイトカインの影響について検討した。その結果、SCF以外にもIL-4、IL-5およびIL-6は、感作中に24時間添加することにより、濃度依存性に培養ヒトマスト細胞のヒスタミン遊離反応を有意に増強した。加えて、IFN-も感作中に4時間以上添加することにより、濃度依存性に培養ヒトマスト細胞のヒスタミン遊離反応を有意に増強することが示された。げっ歯類マスト細胞では、IFN-はマスト細胞のヒスタミン遊離反応あるいはサイトカインの産生を抑制することが示されているが、今回のヒトマスト細胞を用いた検討では上述したように逆の結果が得られた。

 ところで、ヒト肺あるいは皮膚から分離したマスト細胞をSCFで10〜45分間処置することにより、その後のIgEを介するヒスタミン遊離が2倍以上に増強されることが報告されている。しかし、培養ヒトマスト細胞を1〜100ng/mlのIL-3、IL-4、IL-5あるいはIL-6で10分間処置してもヒスタミン遊離は増強されず、また、IFN-のヒスタミン遊離増強作用が発現するには少なくとも4時間以上のインキュベーション時間が必要であった。従って、IL-3、IL-4、IL-5、IL-6およびIFN-によるヒスタミン遊離増強には何らかの蛋白合成が必要であり、SCFで短時間処理した場合とは作用発現のメカニズムが異なるものと推察された。

 さらに、培養ヒトマスト細胞におけるサイトカインレセプターの発現を明らかにすることを目的として、RT-PCR法、125I標識IL-3を用いた結合実験、およびフローサイトメトリーによる解析を行った。その結果、RT-PCR法により、培養ヒトマスト細胞にIL-3、IL-4、IL-5、IL-6およびIFN-のレセプター鎖mRNAが発現していることが示された。また、125I標識IL-3を用いた結合実験により、培養ヒトマスト細胞上にIL-3に特異的な結合部位が存在することが示された。加えて、IFN-レセプターに対する抗体を用いたフローサイトメトリーにより、培養ヒトマスト細胞上にIFN-レセプターが存在することが確認された。

 以上、本研究では、臍帯血から純度100%のヒトマスト細胞を大量に得る培養方法を確立し、さらに、得られたヒトマスト細胞の生物学的特性について、サイトカインに対する反応性を中心に多くの新知見を加えることが出来た。本研究の成果は、まだ不明な点の多いヒトマスト細胞の性質やアレルギー性病態を明らかにする上で極めて有用である。

審査要旨

 マスト細胞の生物学的性状に関しての研究のほとんどはげっし類のマスト細胞を用いて実施されてきた。しかし、ヒトとげっし類のマスト細胞では、分化・増殖機構、内因性プロテアーゼの性質、薬剤感受性等において、本質的に異なっており、ヒトのアレルギー性疾患に関連したマスト細胞の研究には、ヒトマスト細胞を用いることが望ましい。最近漸く、血液幹細胞増殖因子(SCF)存在下で臍帯血単核細胞を浮遊培養することにより、試験管内でヒトマスト細胞を分化・増殖させることが可能になったが、この方法で得られるマスト細胞の純度および数は、実験に用いる上でまだ十分なものではない。申請者の研究の目的は、純度100%のヒトマスト細胞を大量に得る方法を確立し、培養マスト細胞の生物学的特性を明らかにすることである。論文は以下の4章からなる。

 第1章では、純度100%のヒトマスト細胞を大量に得る方法を確立した。100ng/mlのSCFおよび10〜100ng/mlのinterleukin(IL)-6の共存下で臍帯血を浮遊培養し、1週間に1度、付着細胞の除去操作を行うことにより、16週目には、5×107個の臍帯血単核細胞から、純度100%のヒトマスト細胞を107個のオーダーで取得できるようになった。これらの細胞は、主にtryptaseを内因性プロテアーゼとして含有するT型ヒトマスト細胞であったが、40%程度のchymase陽性マスト細胞も混在していた。また、IgEレセプターを介するヒスタミン遊離機能も備えていた。

 第2章では、第1章で得られた培養ヒトマスト細胞の生物学的特性を明らかにする目的で、マスト細胞の生存に対する各種サイトカインの影響について調べた。12週間以上培養したヒトマスト細胞は、SCFおよびIL-6を除去すると、2日目以降にアポトーシスにより死滅したが、IL-3、IL-4、IL-5、IL-6およびinterferon(IFN)-はアポトーシスを抑制し、濃度依存性に生存延長作用を示した。以上の生存延長作用は、混在する細胞や血清の存在を必要とせず、また、細胞濃度による影響も受けないことから、マスト細胞に対する直接作用であると考えられた。

 第3章では、培養ヒトマスト細胞のIgEレセプター介在性ヒスタミン遊離反応に対する各種サイトカインの影響について検討した。その結果、SCF以外にもIL-4、IL-5およびIL-6は、感作中に24時間添加することにより、濃度依存性に培養ヒトマスト細胞のヒスタミン遊離反応を有意に増強した。IFN-も感作中に4時間以上添加することにより、濃度依存性にヒスタミン遊離反応を増強した。IL-3、IL-4、IL-5、IL-6の10分間処置ではヒスタミン遊離は増強されなかった。従って、IL-3、IL-4、IL-5、IL-6およびIFN-によるヒスタミン遊離増強には何らかの蛋白合成が必要であり、SCFの短時間処理によるヒスタミン遊離増強作用とはメカニズムが異なるものと推察された。

 第4章では、培養ヒトマスト細胞におけるサイトカインレセプターの発現をしらべるために、RT-PCR法、125I標識IL-3を用いた結合実験、およびフローサイトメトリーによる解析を行った。その結果、RT-PCR法により、培養ヒトマスト細胞にIL-3、IL-4、IL-5、IL-6およびIFN-のレセプター鎖mRNAが発現していることが示された。また、125I標識IL-3を用いた結合実験により、培養ヒトマスト細胞上にIL-3に特異的な結合部位が存在することが示された。加えて、IFN-レセプターに対する抗体を用いたフローサイトメトリーにより、培養ヒトマスト細胞上にIFN-レセプターが存在することが確認された。

 以上、本研究では、臍帯血から純度100%のヒトマスト細胞を大量に得る培養方法を確立し、さらに、得られたヒトマスト細胞の生物学的特性について、サイトカインに対する反応性を中心に多くの新知見を加えることが出来た。本研究の成果は、まだ不明な点の多いヒトマスト細胞の性質やアレルギー性病態を明らかにする上で極めて有用であると考えられる。したがって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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