学位論文要旨



No 213755
著者(漢字) 三神,厚
著者(英字)
著者(カナ) ミカミ,アツシ
標題(和) 埋設基礎と地盤の動的相互作用解析の簡便化に関する研究
標題(洋)
報告番号 213755
報告番号 乙13755
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13755号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨

 土木構造物の地震被害の程度は,構造物の基礎が埋設されている地点の地盤構造の影響を強く受ける.このため,構造物の地震時挙動を把握するためには,構造物のみならず構造物の基礎とそれを支える地盤の3次元的な地形,地質条件を考慮した動的相互作用解析を行う必要がある.したがって構造物と地盤との動的相互作用解析は非常に煩雑なものになり,多大な労力や時間,費用を要する.また,解析に要する地盤データ調査においても同様に多大な労力を要するものとなる.

 しかしながら,解析対象には地盤と地震動という非常に不確定性の強いものを含んでいるので,例えば有限要素法のような精細な手法を用いて解析を行うことが必ずしも得られる結果の信頼性に結びつかない.そこで本論文では,基盤上の軟弱表層地盤中に埋設されている基礎構造物に対して,所要の解析精度を保った上で埋設基礎とその側方地盤との動的相互作用に支配的な影響を及ぼす要因の絞り込みを行い,解析の簡便化を図る.解析にはサブストラクチャー法を用いる.このサブストラクチャー法とは,地盤ばねで支えられた基礎に作用する強制地震力と慣性力を,重ね合わせの原理に従い,それぞれキネマティック相互作用と慣性力相互作用と呼ばれる2つの現象に分けて考える方法である.そしてこの2つの動的相互作用を支配する要因の絞り込みを行い,解析の簡便化を図った.これにより,解析に要する手間や時間が格段に少なくなり,また地盤モデルの取り扱いが格段に容易になったため,様々な地盤や基礎の解析条件に対しても適用が可能になった.また,地盤モデルの簡便化に伴い,地盤パラメーターの数が激減したことから,原位置地盤データ計測にあたっては,大幅な省力化が図られる可能性がある.

 本論文の第1章では,上記の目的および既往の研究と本研究の位置づけ,構造物と地盤の動的相互作用の解析手順について述べている.第2章では,埋設基礎と地盤の動的相互作用のうち,地震動のキネマティック相互作用について,解析の簡便化を図っている.剛で大きな埋設基礎に対する側方地盤からの地震動入力を考える時,入力地震動のうち波長の短い高周波成分に関しては,入力の効果が埋設基礎の各部で異なり,それらは互いに打ち消し合う.その結果,基礎に対して有効な入力とならず,いわゆる入力損失が生ずる.このことから,簡便化にあたって埋設基礎の側方地盤の高次振動モードを無視し,第1次の固有振動モードのみ考慮したときの基礎の応答を評価する簡便化を行い,これを第1次近似解とした.この入力損失は,基礎のサイズと硬さが入力地震波に対するローパスフィルターの働きをすることによるものであるので,さらに簡易な方法として,表層地盤の地震動成分のうち,高周波成分を取り除き,表層地盤の第1次の固有振動モードの寄与のみ考慮したときの地盤応答によって剛体基礎の応答を近似的に表現する簡便法を提案した.

 基礎に対して地震動が入力されると,基礎には慣性力が働き,それによって地盤反力が生ずる.第3章では,この埋設基礎の底面の中心を軸としたロッキングに対する地盤反力すなわち,地盤ばねの値の簡便な評価法について検討している.この地盤ばねの値は,地盤のせん断弾性係数(せん断波速度)の影響を強く受けるが,一般にこのせん断弾性係数は,深さ方向に非常に複雑にばらつきながら,深くなるにつれ増加する分布を呈している.しかしながら,厳密な方法(薄層要素法)を用いたパラメトリックスタディーを行った結果,せん断一次の固有振動数が等しい地盤では,たとえ,せん断弾性係数の分布が異なっていても,この特定のモードに対する地盤ばねの値にはさほど影響しないことがわかった.このことから,本論文では表層地盤の第1次の固有振動モードに着目し,慣性力相互作用解析モデルの簡便化を図っている.埋設基礎のロッキングにより地盤に逆三角形状の強制変位が与えられると仮定すると,この変位は表層地盤の固有モードを用いて級数表示される.このとき,各固有モードによる地盤反力の基礎底面周りのモーメントを考えると,第2次モード以降では地盤深さ方向の正負の反力が交互に現れるため,正負の反力成分が互いに打ち消し合い,全体として基礎に対する有効な反力とならない.そこで本論文では,表層地盤深さ方向に第1次の固有振動モードを仮定し,地盤反力の簡便な評価を行った.地盤深さ方向に振動モードを仮定したため,その分の自由度が減って計算時間およびパラメーターの数が格段に減ったにもかかわらず,所要の精度を有する解が得られた.さらに,地盤条件として水平成層地盤を考慮し地盤ばねの評価を行った結果,厳密な方法による解に比べ,多少地盤ばねを過小評価するが,概ね良い近似が得られた.また,表層地盤下の基盤への波動逸散を擬似的に考慮するための便法についても検討を加えた.

 この地盤ばねは,基礎周辺の地盤構造や基礎の諸条件によって大きく影響されるので,第4章では,より複雑な地盤の条件として,基盤が傾斜しているような不整形地盤を考慮し,簡便化モデルを適用している.このような不整形地盤を考慮するには,地盤モデルを有限領域で切断し,切断箇所には仮想地盤境界を設定した上で領域内を離散化する必要がある.また,基礎の条件として,杭のようにフレキシブルな構造への適用や任意断面形状を有する複数の基礎が隣接する場合に対しても簡便化モデルを適用し,モデルの妥当性や適用の限界について検討を加えた.

 第5章では,模型実験による解析モデルの検証を行っている.透明でポアソン比がほぼ0.5であるような地盤モデル(ポリアクリルアミドゲル)中に円筒基礎模型が単独で埋設されているか,あるいは2つの基礎が近接して埋設されていて片方にインパルスが加えられる.この時の,基礎のインパルス応答を計測するとともに,基礎から地盤中に放射された逸散波動の様子をモアレ法を用いて可視化した.それと同時に,本簡便化手法によってこれらの実験に対応する基礎の時刻歴応答解析および基礎から地盤への逸散波動伝播シミュレーションを行い,双方について結果を比較した.基礎が単独で存在する場合のインパルス応答に関しては,実験結果と解析結果とで良い一致がみられた.しかしながら,2つの基礎が近接している場合には,打撃されない方のケーソンの応答に関して実験と解析とで食い違いが見られた.これに関しては,実験モデルのサイズが小さいことによるモデル境界条件の影響であると考えられる.

 ここまで述べてきたように,本論文で提案する簡便化モデルではパラメーターの数が少ないことが大きな特長であり,このことは地盤データ計測を容易にする可能性を示唆している.第6章では,本簡便化解析に対応した原位置地盤データ計測について述べている.埋設基礎の地盤ばねの簡便な評価を行うに際し,従来は解析法を簡便化するだけであったが,本来,地盤調査も含めたトータルな意味での簡便化を考える必要がある.本研究では,表層地盤の固有振動数が地盤ばねに対する支配的なパラメーターであることが示されている.そこで,地表面において比較的容易かつ安価に,その場所での地盤の固有振動数を測定できる常時微動計測を利用して地盤ばねを簡便に評価する方法を示し,今後の展望とした.

 第7章では,以上の研究成果をまとめるとともに,今後,検討を重ね解決すべき課題について述べている.

審査要旨

 本論文は,地盤と埋設基礎の動的相互作用に支配的な影響を持つパラメータを抽出し,地震時の埋設基礎構造物の応答解析の著しい簡便化を図った研究成果をまとめたものである.土木構造物の地震被害の程度は,構造物の基礎が埋設されている地点の地盤構造の影響を強く受ける.したがってこのような構造物の地震時挙動を的確に把握するためには,構造物の基礎とこれを支える地盤の動的相互作用を解析に反映させる必要がある.しかしながら,構造物に比べてはるかに大きな広がりを持ち,3次元的に物性の複雑な変化を見せる地盤の全てのデータを解析に用いることは著しい困難を伴う.また地震動という予測の困難な不確定性の高い入力を想定していることで,精緻な解析を進めることが必ずしも得られる結果の信頼性向上に結びつかない.

 そこで本論文では,基盤上の軟弱表層地盤中に埋設されている基礎構造物を対象に,構造物とその側方地盤との動的相互作用に支配的な影響を及ぼす要因を特定し,解析に必要なパラメータの絞り込みを進め,所要の解析精度を極力保ちながら解析の著しい簡便化を図っている.動的相互作用を大きく支配する要因を絞り込むプロセスではサブストラクチャー法の解析スキームを用いている.サブストラクチャー法とは,地震入力に剛性の高い基礎構造物が完全に追随しないことによるキネマティック相互作用と,基礎構造物の慣性力が,さらに地盤の動きを変化させるという慣性力相互作用の各々を個別に解析し足し合わせる手法である.動的相互作用を2つの効果に分離することで,それぞれの物理現象を大きく支配する要因の特定が容易になり,少ないパラメータで相互作用効果の精度の高い推定が可能になった.解析パラメータの数が激減したことは,多様な地盤と基礎に対しても本手法を用いることを容易にした.さらに,原位置での地盤パラメータの計測についても大幅な省力化が図られる可能性があることを示している.

 本論文の第1章では,上記の目的および既往の研究と本研究の位置づけ,構造物と地盤の動的相互作用の解析手順について述べている.

 第2章では,埋設基礎と地盤の動的相互作用効果のなかで,キネマティック相互作用に焦点を絞り,その解析の簡便化を進めている.剛性の大きな埋設基礎に側方地盤から地震波動が入力された場合,波長の短い高周波成分に対しては,入力の効果が埋設基礎の各部で異なり,それらは互いに打ち消し合う.その結果,基礎に対して有効な入力とならず,いわゆる入力損失が生ずる.この知見をもとに,基礎側方の地盤の高次振動モードを無視し,第1次の固有振動モードのみの寄与分を考慮して基礎の応答を評価する簡便化を行い,その妥当性を検証した.

 第3章では,慣性力相互作用の効果に焦点を絞った検討を進めている.その際,埋設基礎の主要な振動モードに対する動的な地盤剛性を評価することが必要になる.そこで埋設基礎がその底面の中心に剛体的にロッキングするモードについて地盤の複素剛性の簡便な評価法を検討している.一般に地盤のせん断弾性係数は,地盤の深さ方向に複雑にばらつきながら次第に増加する分布を示す.しかしながら,解析的な方法(薄層要素法)によるパラメトリックスタディーの結果,せん断一次の固有振動数が等しい地盤では,たとえ,せん断弾性係数の分布が異なっていても,この特定のモードに対する地盤の複素剛性はさほど影響を受けないことが明らかにされた.そしてさらに埋設基礎のロッキングで地盤に与えられる逆三角形状の強制変位を表層地盤の固有モードの線型和として表示し,それぞれのモードが地盤の複素剛性に与える寄与を考えると,1次モードによるものが圧倒的に大きいことも示された.これは第2次以上の高次モードでは,地盤の深さ方向に正負の反力が交互に現れ,これらが互いに相殺され,全体として基礎に対する有効な復元モーメントとならないからである.そこで本論文では,側方地盤の第1次固有振動モードのみを用いて地盤の複素剛性を近似する簡便法を提案している.また,表層地盤下に広がる基盤への波動逸散の影響を近似するための便法も提案している.

 第4章では,軟弱な表層地盤の下に,不整形な基盤が広がっている場合を対象に,提案された手法を適用し,その有効性を示している.この場合,基礎を含む有限な領域の地盤を柱状地盤の要素に分割し,また地盤領域の外周には波動逸散境界を設定しなければならないが、その境界の数学的な表現を誘導している.また,杭のようにフレキシブルな埋設基礎や,任意の断面形状を有する複数の基礎が隣接する場合についても,本手法を適用するべく,工夫を加えるとともに,適用の限界についても検討を加えている.

 第5章では,模型実験によって提案した簡便化解析手法の妥当性の検証を行っている.透明でポアソン比が0.5の地盤モデル(ポリアクリルアミドゲル)中の単独,あるいは併設の円筒基礎にインパルスを与え,その応答を計測するとともに,基礎から地盤中に放射された逸散波動をモアレを用いて可視化した.観測された応答,ならびに可視化された波動伝播のパターンは提案手法によるシミュレーションと概ね良好な一致を見た.

 これまで述べてきたように,本論文で提案する手法では地盤パラメーターの数が通常の解析と比べて激減していることが大きな特長であり,このことはさらに地盤の計測を容易にする可能性を暗示している.第6章では,比較的容易かつ安価に,地盤パラメータを推定する一試案を示し,今後の展望とした.

 第7章では,以上の研究成果をまとめるとともに,今後,検討を重ね解決すべき課題について述べている.

 以上,要するに,本論文で提案された解析手法およびその概念は,一般に多大な労力を要する埋設基礎と地盤の相互作用解析を大幅に簡素化し,また簡潔さを損なうことなく解析の対象をさらに複雑な地盤・構造物系に拡張できる可能性を有しており,耐震構造学のさらなる発展に資するものと考えられる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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