学位論文要旨



No 213760
著者(漢字) 井戸垣,孝治
著者(英字)
著者(カナ) イドガキ,タカハル
標題(和) 配管内マイクロ移動機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 213760
報告番号 乙13760
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13760号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 下山,勲
内容要旨

 原子力発電プラントやガス配管群などにおいては、放射能や各種ガス等の人体にとって危険な環境や人間が入り込めない狭小な空間での検査や補修が必要である。上記のプラントにおいては、小さいものでは直径10mm程度までの種々のサイズの配管群が用いられており、狭小な空間での検査や補修を行なうメンテナンスシステムが求められている。特に配管内部の検査や修理においては分解修理を必要としない管内走行型の検査システムへのニーズが高い。しかし、直径10mm以下の微小な配管内を移動して検査や修理を行う微小配管内検査システムとしては、幾つかの研究例はあるものの未だ基本原理を探究する研究段階に留まっているのが現状である。

 本研究は、直径10mm程度の配管内を無索で移動する「自律型配管内マイクロ移動機構」を実現することを目的とする。その条件としては、原子力発電所の復水器を仮想の適用対象として考え、曲管を含む分岐を有さない長さ20m程度の金属配管を対象とする。環境としては、システム検査時においては常温で大気中とする。

 本研究においては、相互に密接に関係する2つのメインテーマ(主題)に取り組む。第1の主題は、上記の研究目標である「自律型配管内マイクロ移動機構」の実現を図ることである。第2の主題は、「配管内マイクロ移動機構」の開発を通じて、マイクロシステム構築のための設計指針を得ることである。

 第1の主題に対しては、無索の配管内マイクロ移動機構を構成する各要素部品の選定と要素技術開発、及び、それら部品のシステム化技術開発によって達成する。

 第2の主題に対しては、第1の主題である「自律型配管内マイクロ移動機構」の実現に向けて、どのような考え方で設計の準備を行い、どのような知見を得つつ、どのような判断のもとに設計を進めるかという、各過程における設計の指針を整理することによってその方向性を得る。

 研究の進め方として、以下の5つのステップで行う。

 第1ステップでは、研究のニーズを明確化し、研究の成果によってどのような技術的・社会的効果が得られるかを明確化する。続いて、当該分野における従来の研究を調査して研究課題を整理し、具体的な研究対象を絞り込むとともに定量的な研究目標を設定する。

 第2ステップでは、目標とする研究対象自身をその構成要素として包含するサブシステムについて考察し、研究対象に必要とされる機能を明確化する。さらに、その機能を実現するための方式を列挙して分類し、現時点で得られる技術を用いて各方式を試作することによって、必要機能を実現するために最適な方式を選定するとともに開発が必要な主要要素部品を明確化する。

 第3ステップでは、従来技術とその問題点を調査・整理した上で、物理的な原理・原則を踏まえながら自然界に学びつつ発想の転換を行い、主要要素部品を開発する。

 第4ステップでは、研究目標のプロトタイプを試作し、システム化する際の課題を実験的に明らかにする。明らかになった課題の中で、システムの試作的実現のために必要な課題を抽出し、その課題解決のために必要な要素技術を開発する。

 第5ステップでは、システム構築のために不可欠なその他の技術開発、或いは技術応用を行い、研究目標のトータルシステムを試作して性能を把握するとともに、次の段階へ進むための課題を把握する。

 本論文は「配管内マイクロ移動機構に関する研究」と題し、6章から構成されている。第1章では配管内マイクロ移動機構に関する従来の研究について概観し、現状の配管内マイクロ移動機構に関する問題点・課題について明らかにする。

 第2章では配管内マイクロ移動機構として適した機構の選定と、その駆動部に用いるアクチュエータへの要件について詳述する。具体的には、回転型移動機構と伸縮型移動機構を対象に配管内マイクロ移動機構としての適性選定を行う。回転型移動機構としては車輪型移動機構に着目し、1/1000スケールの自走型マイクロカーを対象として車輪型移動機構の限界を把握する。伸縮型移動機構としては、振動斜毛型とインチング型、慣性型移動機構についてそれぞれプロトタイプを試作し、配管内マイクロ移動機構として圧電素子を用いた慣性型移動機構が適していることを示す。

 第3章では圧電素子を用いた配管内慣性型移動機構用の駆動部アクチュエータについて論ずる。無索を目指した移動機構においては、低消費電力で高速に移動するために変位と発生力が大きなマイクロアクチュエータが不可欠である。同時に、配管径変化に対応しつつ摩擦損失の少ない高効率な機構の実現には、柔軟で摺動部を有さない構造が必要である。まず、圧電積層型アクチュエータは熱により特性が劣化することを示す。次に、圧電バイモルフを積層したアクチュエータ(以下、力積層型アクチュエータと称す)を提案し、配管内マイクロ移動機構の基本機能を実現するためのアクチュエータとしての可能性を検討する。さらに、圧電ユニモルフを積層してパラレルメカニズムを構成したアクチュエータ(以下、伸縮屈曲型アクチュエータと称す)を開発し、柔軟な構造で大きな変位が得られることを示す。

 第4章では配管内移動機構のプロトタイプを試作形成してその各種特性について詳述するとともに、直接接合の放熱効果とおよび移動機構の低消費電力化ついて論ずる。配管内移動機構のプロトタイプとして、直径10mmの配管内を移動して配管内壁の傷等を検査する慣性型のマイクロ移動検査マシンを試作し、曲管でも移動可能であることを示す。また、移動機構としてのシステム放熱効率化のため、PZTと金属との直接接合技術に着目して試作を行い、システム放熱効果が向上することを示す。さらに第3章で提案した力積層型アクチュエータによる移動機構を提案し、移動機構の低消費電力化を実現する。

 第5章では金属配管内の移動機構に無索でエネルギーを供給する方法に関して詳述する。具体的には第4章で提案した力積層型移動機構へのマイクロ波によるエネルギー供給を試みる。システムの構成と要素技術である受信アンテナと整流回路について詳細に論ずるとともに、無索での移動実験を実現する。

 第6章では、本論文のまとめを行う。圧電バイモルフを積層した力積層型の慣性型移動機構とマイクロ波によるエネルギー供給とを組み合わせたマイクロ移動機構で、直径10mm程度の曲管を含む分岐を有さない長さ20m程度の金属配管内における自律型無索移動機構を実現することにより本研究の目標、及び、第1の主題を達成するとともに、以上の配管内マイクロ移動機構の研究を通じて、第2の主題であるマイクロシステム構築のための各種設計指針を得ることができたと結論づけている。

審査要旨

 本論文は,「配管内マイクロ移動機構に関する研究」と題し,内径10mm程度の配管内を無索で移動する自律型配管内マイクロ移動機構を実現することを目的とした研究成果をまとめたものであり,6章からなっている.

 原子力発電プラントやガス配管群などにおいては,放射能や各種ガス等の人体にとって危険な環境や人間が入り込めない狭小な空間での検査や補修が必要である.とくに,配管内部の検査や修理においては,分解を必要としない管内走行型の検査システムへのニーズが高い.しかし,直径10mm以下の微小な配管内を移動して検査や修理を行うシステムの開発を目指した研究例は,幾つかあるものの,未だ基本原理を探究する段階にとどまっているのが現状である.そこで,原子力発電所の復水器の配管を仮想の適用対象として考え,曲管を含む,分岐を有さない長さ20M程度の金属管を具体的な対象として開発したのが本研究の成果であるマイクロ移動機構である.

 第1章「序論」では,配管内マイクロ移動機構に関する従来の研究について概観し,現在の配管内マイクロ移動機構に関する問題点・課題について明らかにしている.とくに,エネルギー供給のための配線は,移動機構の移動可能範囲の制限や負荷等の問題で避けるべきであると述べ,無索方式を採用しなければならない根拠を説明している.また,製作については,半導体加工技術と微細機械加工技術を融合する必要性を述べている.

 第2章「配管内マイクロ移動機構の方式検討」では,配管内マイクロ移動機構として適した機構の選定と,その駆動部に用いるアクチュエータに要求される条件について述べられている.具体的には,回転型移動機構と伸縮型移動機構を対象に配管内マイクロ移動機構としての適性選定を行っている.回転型移動機構としては,車輪型移動機構に着目し,論文提出者らのグループがかつて開発した乗用自動車の1000分の1スケールの自走型マイクロカーを対象としていろいろ検討した結果,車輪型移動機構の限界を指摘している.一方,伸縮型移動機構としては,振動斜毛型,インチング型,慣性型移動機構についてそれぞれプロトタイプを試作し,検討を行っているが,最終的には,圧電素子を用いた慣性型移動機構が最適で,これを用いるのが妥当という結論を得ている.

 第3章「駆動部アクチュエータの開発」では,圧電素子を用いた配管内慣性型移動機構用の駆動部アクチュエータについて論じられている.また,移動機構が低消費電力で高速に移動するためには,変位と発生力が大きなマイクロアクチュエータが不可欠であるのは勿論であるが,本研究が目的としている移動機構では,配管の内径の変化にも対応しつつ,摩擦損失の少ない機構の実現が要求されていることが説明され,柔軟で摺動部の無い構造が望ましいことが述べられている.それを実現するために,以下のような検討がなされている.まず,圧電積層型アクチュエータは,熱により特性が劣化することが明らかにされ,適用不可であることが示される.次に,圧電バイモルフを積層したアクチュエータが提案され,配管内マイクロ移動機構の基本機能を実現するためのアクチュエータとしては非常にすぐれており,結局はこのタイプが本研究では移動用に用いられたと述べている.これは,本論文では,力積層型アクチュエータと称されている.さらに,圧電ユニモルフを積層してパラレルメカニズムを構成したアクチュエータ(以下,伸縮屈曲型アクチュエータと称する)を開発し,柔軟な構造で大きな変位が得られることが示されている.しかし,これは移動用よりも微細なマニピュレーション用のほうに向いていると述べている.

 第4章「配管内マイクロ移動機構のプロトタイプ形成」では,配管内移動機構のプロトタイプを試作してその各種特性について詳しく述べるとともに,直接接合による放熱効果および移動機構の低消費電力化について論じている.配管内移動機構のプロトタイプとしては,直径10mmの配管内を移動し,配管内壁の傷などを検査する慣性型駆動のマイクロ移動検査マシンが試作され,曲管でも移動可能であることが実証されている.また,移動機構としてのシステム放熱効率化のために,PZTと金属との直接接合技術に着目して機構の試作を行い,システム放熱効果が向上することを実証している.さらに,第3章で提案された力積層型アクチュエータによる移動機構が作成され,低消費電力化が実現されたと述べられている.

 第5章「マイクロ波エネルギー供給」では,金属配管内の移動機構に無索でエネルギーを供給する方法について述べられている.具体的には,第4章で提案された力積層型アクチュエータを有する移動機構へのマイクロ波によるエネルギー供給が試みられ有用性が示されている.システムの構成と要素技術である受信アンテナと整流回路についても詳しく論じられ,無索での移動実験の成功が示されている.

 第6章「結論」では,本論文のまとめが述べられている.以上を要するに,圧電バイモルフを積層した力積層型の慣性型移動機構とマイクロ波によるエネルギー供給とを組み合わせたマイクロ移動機構を基本要素として,直径10mm程度の,曲管を含む,分岐を有さない長さ20M程度の金属配管内における自律型無索移動機構が実現されるとともに,配管内マイクロ移動機構の開発研究を通じてマイクロシステム構築のために普遍的に応用可能な各種設計指針を示すことに成功したもので,工学上,工業上有効なものであり,機械工学,機械情報工学に寄与するところが少なくない.よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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