学位論文要旨



No 213761
著者(漢字) 三田村,楽三
著者(英字)
著者(カナ) ミタムラ,ラクゾウ
標題(和) 自動車の駆動・制動力配分が旋回性能に及ぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 213761
報告番号 乙13761
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13761号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 大野,進一
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 助教授 鎌田,実
内容要旨

 自動車の動きは「走り、曲がり、止まり」に代表されるように、駆動、制動及び旋回性能が基本である。従来の研究では、駆動・制動力の前後輪配分および左右輪配分による旋回性能への影響が究明され、最近では四輪操舵機構含めた統合制御により、旋回性能の向上と旋回姿勢の改善を実現している。ただし従来の研究においては、特定の条件における制御事例の成果が主体となっており、大局的にみてその制御が有利な条件で試行されているかどうかの検証が不足している。そこで本論では、駆動・制動力の四輪への配分が車の旋回横加速度(旋回性能ともいう)に及ぼす影響を包括的に解明している。併せて四輪が有効に活用される場合に車の旋回性能は大幅に向上できることを主唱している。

 車の基本挙動を調べるために、先ず四輪車を前後各一輪の二輪モデルにして考察する。このモデルでは、タイヤの能力を円で近似する。これを摩擦円と呼び、半径は接地荷重に路面摩擦係数を乗じた値とする。タイヤの発揮できる駆動・制動及び旋回横力のベクトル和は、摩擦円の中心を起点として、この摩擦円から逸脱することはできない。この前提から出発して先ずDynamic Square(以下Squareと略す)と呼ぶ図形を用いて車の挙動範囲を図形化する。これは横軸に前輪駆動力(制動力はマイナス、車両重量で無次元化、以下同じ)、縦軸に後輪駆動力をとり、各駆動力が上述の摩擦円以内で発揮できる限界を図形化したもので、一般には四角形を構成する。このSquareは路面摩擦係数が大きい程大型になる。これは摩擦円が大きいことを示す。また重心がホイールベースの中間に位置するほど、Squareは菱形に近付く。重心が前後いずれかに偏る場合、あるいは重心が高い場合は、Squareの形が矩形から遠ざかり四辺の長短差が激しくなる。

 車の駆動時には、後輪への荷重移動が増えるために、後輪の摩擦円が大きくなり、前輪のそれは小さくなる。この傾向は重心が高いほど顕著になる。同様に制動時には、前輪の摩擦円が大きくなり後輪の摩擦円は小さくなる。このことは、駆動時には後輪がより大きな駆動力を負担することができ、制動時には前輪がより大きな制動力を負担できることを意味している。駆動・制動の両者に対処するためには、前後輪ともそれぞれの負担の最大値で強度等を決めなければならないから、結果としてコスト、重量の上昇を招く。Squareの形が菱形に近付くほど、前後輪の負担が平準化されて有利な条件が整う。したがってSquareの形は、車の基本諸元の評価基準を提供することになる。

 次にSquareの内部の点(X,Y)に着目すると、この点では駆動・制動力のベクトルは前後輪各々の摩擦円に届いていないから、これと直角方向の旋回横力(単に横力ともいう)を出力することができる。この横力が摩擦円に届く場合は、駆動・制動及び横力のベクトル和で摩擦円が飽和していると言い、この場合の横力を飽和横力と呼ぶ。前後輪とも飽和横力を出力すると、車は重心回りに回頭モーメントを発生して車の旋回軌道が変わる。本論では円旋回を前提とするから、回頭モーメントをゼロにするように前後輪いずれか一方の飽和横力を抑制する。この抑制された横力と、もう一方の飽和横力との和がこの場合の旋回横加速度となる。同じ横加速度Gsを生じる点をつなぐとSquareに似た形が得られる。Gsの値を段階的に選べば、Squareの中に等高線に相当する等Gs線を描くことができる。すなわち加速・減速と旋回性能との関係を、このSquareによって定量的に把握することができる。この中で前後輪とも飽和横力を出し、かつ回頭モーメントがゼロになる点の軌跡をNeutral Steer Lineと呼ぶ。この線と縦横両軸とで、加速・減速性能と旋回性能とが最適化される点の軌跡が構成される。これは路面摩擦係数が一定の条件下であるから、常理想駆動力配分曲線と名付ける。

 上述の抑制された横力は何らかの外乱によって放出され、車の回頭を誘発する場合がある。このとき車は旋回円軌道の内側へ向こうとするOversteer、または軌道の外側へ向こうとするUndersteerのいずれかの挙動を示す。この傾向をYaw Potentialと呼び、この度合はやはり等高線的にSquareに表現できる。この図をHandling Squareと呼び、さらに前輪駆動(FWD)、後輪駆動(RWD)、四輪駆動(4WD)などの各駆動・制動方式を、同Squareの中で図形化した図をCombination Squareと呼ぶ。このSquareを用いて、任意の重量配分、重心高さ、路面摩擦係数における車の諸挙動を予測することができる。この中で、FWDは重量配分が前輪寄りの諸元に適し、RWDは後輪寄りの重量配分に向いている。前後推進軸の回転差を拘束した4WD、および常理想駆動力配分型4WDは、重量配分に関係なく最大の加速・減速性能を発揮する。

 さて二輪モデルを用いて車の基本挙動が解明されたが、旋回時における左右の荷重移動および駆動力移動の影響を解明するために、表1に示す四種の四輪モデルへ展開する。先ず(1)は二輪モデルに対して旋回横加速度の低下が大きい。これは摩擦円が左右輪で異なるのに対して駆動力は左右均分されるから、飽和横力の左右合計が二輪モデルの横力よりも減少するためである。(2)は外輪の横力が内輪の飽和によって凍結されるので横加速度は更に低下する。現在の自動車のほとんどが(1)あるいは(2)の方式を採用している事実より、二輪モデルからの結論は楽観側であり、四輪モデルによる検討が必要であることを示している。(3)は左右駆動力差による回頭モーメントが抑制輪の横力を解放する方向に働く場合があり、これによって横加速度は二輪モデルより向上する。特に横加速度の値が大きい領域で効果が顕著になる。また(3)では、Gsの変化を見越した常理想駆動力配分曲線と、の変動を見越した変動理想駆動力配分曲線とが一致するという特長がある。(3)は以上の特長から今後の四輪車のパターンになるものと考えられる。

表1 四種の四輪モデル

 (4)は(3)の不飽和輪に着目し、この不飽和成分の一部を付加横力へ、残りをこの付加横力による回頭モーメントを相殺する左右逆位相の駆動力移動に割り当てることによって、横加速度の上乗せを実現するものである。Squareの周辺は不飽和度が高いので(4)による横加速度の利得が大きい。したがって(3)をベースに(4)を展開することによって車の旋回性能は大幅に向上する。

 最後に以上の考察の検証と、著者が従来手掛けた実車開発への応用について述べる。フラットベルトの試験装置でのCombination Squareの検証は、回頭モーメントの値まで含めて大略の傾向的確認ができた。ただし(4)については供試車および試験法含めまだ不十分であり、間接的に効果を確認する程度に留まった。

 一方歴代主要車種の開発に当たっては、Dynamic Square初め各Squareが活用されて、駆動方式の設定(’88ギャラン)、制御則の策定(’91デイアマンテ)、前後重量配分と駆動方式の設定(’91パジェロ)、電子制御四輪駆動の制御則の策定(’93ギャラン)、左右駆動力移動の方向付け(’97ギャラン)、および空、積車で挙動変化の少ない燃料タンク配置の設定(クロスカントリーラリー車)などでその効用を発揮して開発の方針決定に寄与し、開発活動の効率化を実現した。

審査要旨

 本論文は「自動車の駆動・制動力配分が旋回性能に及ぼす影響に関する研究」と題し、6章からなっている。

 自動車の運動は「走る、曲がる、止まる」に代表されるように、駆動、制動及び旋回性能が基本であり、駆動・制動力の前後輪配分及び左右輪配分による旋回性能への影響が解明され、近年四輪操舵機構を含めた統合制御により、旋回性能の向上と旋回姿勢の改善が実現している。しかし、従来の研究では特定の条件下における制御事例の成果が主体であり、大局的に見てその制御が有利な条件で施行されているかどうかの検証が不足していた。本論文は、駆動・制動力の四輪への配分が車の旋回性能に及ぼす影響を包括的かつ大局的に捉えることのできる図形表示法を考案し、車の四輪の駆動・制動力を有効に活用して車の旋回性能が大幅に向上できる設計手法を確立している。さらに、これらの手法を市販車の設計企画に実際に適用して、その有効性を実証している。

 本論文の第1章は「序論」で、自動車の駆動・制動力配分と旋回性能に関する技術的背景、旋回性能向上に関する従来の研究の概要を述べ、本研究の必要性を明らかにし、かつこの論文の内容及び特徴を概説したものである。

 第2章は、「車のDynamic Square」と題し、本論文の中核となるDynamic Squareの定義を述べ、二輪モデルを用いてその用途を考察している。このDynamic Squareとは、横軸の正方向に前輪の駆動力、負の方向に前輪の制動力、縦軸の正方向に後輪の駆動力、負の方向に後輪の制動力をとった二次元座標上で、前後輪の駆動・制動力について、そねぞれが車の挙動として成立する範囲を図示したものであり、その範囲は四角形になる。これにより、車両開発の基本主要諸元である軸間距離、重心の前後位置、重心高などの影響がDynamic Squareの図形上の特徴として端的に把握できることを述べている。

 第3章は、「駆動・制動力配分と旋回性能」と題し、円旋回を前提に加速・減速性能すなわち駆動・制動力の前後輪配分と旋回性能との関係を論じている。Dynamic Squareの内側では駆動・制動力がまだ限界に達していないので各輪は横力を出すことができ、車は旋回性能を持つ。このとき、前後輪の横力の合計が車の旋回横加速度Gsを生み、Dynamic Squareの内側に旋回横加速度の等高線(Gs=一定)を描くことができる。また、横力による車重心周りの回頭モーメント(ここではYaw Potentialと呼ぶ)の等高線も描くことができ、これをHandling Squareと呼び、車のOS/US特性なども解析できる。さらに、前輪駆動、後輪駆動、四輪駆動などの駆動方式を同Square中で図形化したものをCombination Squareと呼び、任意の重量配分、重心高さ、路面摩擦係数における車の諸挙動を予測できることを示している。

 第4章は、「四輪モデルへの展開」と題し、旋回の横加速度に伴う左右輪間の接地荷重の変化を配慮した四輪モデルによる考察を行っている。ここでは前後・左右の荷重移動のによる接地荷重変化を配慮した駆動・制動力および横力の発生方式を、Variable Steer,Fixed Steer,Fixed Slip,Reciprocal Tractionの4類型に分類できることを示し、前の2者は既存の発生方式として実用化されているが、後の2者は将来四輪それぞれの有する能力を車の運動に最大限活用する手法として著者が提案している。

 第5章は「試験結果および実車への応用」と題し、新たに開発したフラットベルトを用いたシャシーダイナモメータを用いて実車試験を行い、提案したCombination Squareを実測して検証している。また、実車開発における本論の応用を5例示し、本論が開発方針の決定に寄与し開発活動の効率化を実現したことを実証している。

 第6章は「結論」であり、以上の結果を要約したものである。

 以上を要するに、本論文は、自動車の駆動・制動力配分がその旋回性能に及ぼす影響を提案したDynamic Squareを用いて図形化し、車の基本諸元から四輪自動車の挙動を包括的かつ大局的に予測できる手法を開発して、実車開発に応用してその有効性を実証したものであって、機械工学ならびに自動車工学に寄与するところが大きい。また、多くの実車開発に応用され、自動車工業の発展にも大いに貢献している。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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