本論文は、超音波ドップラー血流速度測定装置を利用した無侵血管力学特性評価法を、臨床用の動脈硬化症識別評価法として実用化すると共に、代用血管の動的コンプライアンスミスマッチ評価法として適用することを目的としたものである。本評価手法による生体血管の力学特性評価の妥当性、臨床実用化のための評価アルゴリズムおよび臨床用評価法について研究し、また本手法を粘弾性を有する代用血管のコンプライアンスミスマッチ問題に適用して、その動的挙動に基づいた評価法を提案し、代用血管の力学的適合性を評価すると共に、静的評価法による結果と対比してその臨床的意義について研究した結果をまとめたものである。 第1章では、生体血管および代用血管の力学特性評価法の現状を述べ、血管の非線形変形挙動を無侵襲非接触の非観血的手法により評価する必要性について整理すると共に、論文の構成について述べている。 第2章では、研究目的を示している。 第3章では、ドップラー装置による無侵襲血管力学特性評価法の基本原理を述べると共に、体外実験および評価を行い、評価の妥当性について数値解析的手法による検討を行った結果をまとめている。通常、ドップラー血流計は血流速度測定に用いられるが、これを血管壁に垂直に設置して測定対象を血管壁の半径方向歪速度とすることにより、血管壁の動的変形挙動を検出可能であることを原理的に示し、モデル血管を用いた体外実験によりこれを確認すると共に、得られる検出波形が対象物の力学特性変化に従って変化することを示した。ここで、血管壁の非線形変形挙動を検出波形から評価するためのパラメータとして、血管壁の加速度および減速度に相当するP1およびP2、血管拡張期における瞬間応答特性を表すt/Tの三種類を提案している。 次に、力学モデルを用いた数値解析を行い、理論的ドップラー波形における評価パラメータ値を算出することにより、これらパラメータの値が材料の力学特性の変化に伴って特徴的に変化することを明らかにした。すなわち、血管壁の粘性増大に伴いP2値が急激に低下し、弾性的瞬間応答性の劣化に伴ってt/Tが増大することを示した。これらの結果に基づき、無侵襲評価法により得られる検出波形を解析し、評価パラメータ値の相互関係を知ることにより、血管壁の粘弾性的特性を無侵襲かつリアルタイムで局所的に評価可能であることを明らかにしている。 第4章では、無侵襲評価法の臨床実用化に向けた検討を行っている。まず、体外拍動環境下において、動脈硬化を発症した生体血管に対する無侵襲評価を行い、本手法によって生体血管の疾患の有無による力学特性の相違を検出し、得られた評価パラメータ値に基づいた評価結果が実際の血管の力学特性と対応していることを明らかにしている。この結果から、本評価法の臨床応用の可能性を示している。 次に、臨床で予想される拍動圧の個体差の影響を除く手法として検出波形を周期および波高で正規化し定性的な評価を行えるようにした臨床用解析アルゴリズムを提案すると共に、本アルゴリズムを用いた臨床試験を行い、臨床生体血管においても体外試験時と同様の判定法により血管壁の力学特性を評価し得ることを示している。また、P2/P1とtm/Tの2値マップ表示による評価法が、健常血管と疾患性血管とを識別し、動脈硬化による力学特性変化のレベル評価を行えることを明らかにした。以上の結果から、本評価法の臨床における動脈硬化症識別評価法としての実用化が可能であることを示している。 第5章では、無侵襲評価法による代用血管の動的力学特性評価を提案している。現用の各種代用血管について拍動環境下での無侵襲評価を行い、本評価法により代用血管の動的弾性応答特性評価が可能であることを示している。また、それらの結果と生体血管の臨床評価結果とを比較することで動的条件下での生体血管に対する動的挙動適合性評価を行い、拍動条件下での変形挙動特性においてはゴアテックス代用血管が生体血管と極めて良好な力学的適合性を有すること、本評価法では従来とは異なる評価が得られることを明かにしている。さらに、評価マップ上での生体血管と代用血管との評価の相違を動的コンプライアンスミスマッチと捉え、代用血管の力学適合性における新たな評価法として提案している。 第6章では、動的コンプライアンス評価法としての無侵襲評価法の意義について検討した結果をまとめている。各代用血管について従来の静的力学試験によるコンプライアンスミスマッチ評価を行い、動的コンプライアンスミスマッチ評価では静的評価と異なる結果が得られていることを明らかにしている。この結果に関して、粘弾性を有する代用血管が動的応力条件において変形応答に遅れを生じることにより、生体血管に対する変形挙動の相違が拡大することを示し、この状態を動的コンプライアンスミスマッチと定義している。さらに、粘弾性体が速度依存の応力-歪特性を有することから、体内動的応力下での吻合部コンプライアンスミスマッチ評価における動的評価の必要性を指摘している。 以上の結果から、無侵襲評価法が動的コンプライアンスミスマッチを定性的に評価する方法として有用であることを明らかにしている。 第7章では、本研究で得られた知見と今後の課題についてまとめ、本論文の結論を述べている。 以上これを要するに、本研究では超音波ドップラー法による生体血管ならびに代用血管の無侵襲力学特性評価法の応用を目的とし、臨床における動脈硬化症の識別評価法として実用可能な評価手法を確立すると共に、これを代用血管のコンプライアンスミスマッチ問題に関する動的評価法として捉え、代用血管の開発において、より実際的な力学的適合性判定法を提案し、かつ現用の代用血管に新たな観点からの評価を加えたものであり、医用工学上貢献するところが大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 以上 |