学位論文要旨



No 213763
著者(漢字) 小林,郁夫
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,イクオ
標題(和) 心臓発作の予知監視通報システムの研究 : 特に行動認識についての研究
標題(洋)
報告番号 213763
報告番号 乙13763
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13763号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,博志
 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 助教授 鈴木,宏正
 東京大学 講師 鈴木,真
内容要旨

 現在わが国においては人口の高齢化が急速に進展しているが、社会制度や医療におけるサポート体制は高齢化に十分対応しているとはいいがたい。在宅サービスを支える要となる技術の一つに、無拘束モニターがある。心臓発作や脳梗塞などの発生を予知し、装着者本人に対して未然に警告を出したり、発作の前駆現象を検出した際には救急センターにも通報を出すなどのシステムがあれば、装着者は在宅のまま緊急時の医療サービスを受けることが可能となり、独居高齢者の生活不安の低減につながる。心臓発作の発生を予知することは、一定の測定条件を満たせば心電図の解析によって可能となっている。しかし、日常生活と病院での入院生活とでは心臓への負担が異なる。様々な日常の生活行動は、運動負荷として直接心臓に負担を与え、また運動に伴う自律神経系の活動状態の変化は間接的に心臓に影響を与える。心臓発作の予知には、心電図信号の解析ばかりではなく、行動を認識し、心臓の状態や自律神経の状態を推定することが重要である。

 そこで我々は、無拘束に心電図信号と加速度信号及び傾斜計の値を測定するシステムを構築した。心電図信号から不整脈を検出する。心拍リズムからは、ゆらぎの解析により自律神経系の状態の解析を行う。加速度信号を用いて日常の生活動作を認識し、それらを総合的に判定することにより、心臓発作の予知を行うアルゴリズムの理論検証を試みた。これらすべての情報処理系はシステムとして試作した(図1)。

図表

 システムの処理ソフトウェアは、全てリアルタイム処理として実装される。このため、アルゴリズムは高速で演算装置への負荷が小さく、かつ心臓疾患を予知するに足るだけの精度を持つことが要求される。VPC(心室性期外収縮)は、心臓発作すなわち心室細動や心室頻拍などの致死的不整脈に移行する危険性が高い。そこで、不整脈認識のアルゴリズムはVPCと心房細動の患者について適用し、現状における認識性能を評価した。この結果正常心拍とVPCについては、それぞれ99.2%と76.2%の認識率を得た。心房細動の結果では、フィルタ弁別性能が高まらずF波そのものの検出は現段階では失敗したが、心拍発生時間間隔の処理によって、心房細動に起因するリズム異常は100%の精度で検出した。基本的なアルゴリズムは、ほぼ試作段階の所期の性能を出していると考える。

 加速度信号の処理では、加速度信号をもとに動作の種類を認識するアルゴリズムを導入した。アルゴリズムは、基本的にはFIRフィルタの構成をとる。FIRフィルタは同時にmatched filterとしても動作させられる。演算*を畳み込み積分とし、フィルタをとすれば、

 

 ここでyはxとrとの相関になる。このフィルタを応用して認識をおこなった。

 まず、動作認識のフィルタ設計を行うために、各日常動作の波形を測定した。matched filterで波形の形状を調べ、さらに詳細の認識をおこなう数段のフィルタを構築した。「歩く」や「跳ぶ」などの動作の弁別性能を高めるためにリミッタを設け、さらに遅延補償フィルタや、排他論理処理を行い、動作の連続性を処理するアルゴリズムを組み込んだ。最終的に動作認識フィルタは高齢者のべ32名からデータを採取し認識結果の評価を行った。この結果を以下に示す。

表1 加速度波形からの動作認識率

 今回の試作アルゴリズムで、動作の約60%が正しく認識できていることが示された。階段の昇降は、歩行との誤認識率が高かった。階段の昇り降りを歩行と誤認識している部分を改良すると(表1の[昇る][降りる]の項)認識率は改善し、全体として76%程度の性能が出る。若年層と高齢者とでは高い認識率を得るためのパラメータが異なることから、幅広い年齢群を総合的に調査することによって、現在の動作認識フィルタで、年齢の推定も可能であることが予測された。現時点で動作認識は技術試作段階から量産試作に移行すべき水準に達していると結論づけられる。

 最後に、これらの認識結果を体系的に処理し、最終的に心臓発作の発生可能性を予知する技術を考察した。心電図、行動認識結果、運動量、心拍のゆらぎなど、物理的な性質も測定の信頼性も異なる指標を統合的に集約する手法として、本論文ではデータ・フュージョンを応用した。物理現象から導出される個々の判定指標をブール値uiで与え、PFiをセンサーごとの誤報率、PMiをセンサーごとの見落とし率とし、各判断指標ごとの重みをwiとした場合、

 

 を得る。この∧に対して最終的な判断が行われる。

 個別の認識処理において正通報率、誤報率、見落とし率などが得られる。これらを複合的に組み合わせた場合の最終的な正通報率や誤報率、見落とし率などはデータフュージョンの数理モデルを利用することによって得られることを示した。

 総合的に考察をおこなった結果、心臓発作の予知監視通報システムは個別の要素技術としては今回の研究によって数理解析、試作実装の段階をおおむね終了し、量産試作から臨床研究にかけての段階に至っていることが示された。

審査要旨

 現在、わが国においては人口の高齢化が急速に進展しているが、社会制度や医療におけるサポート体制は高齢化に十分対応しているとはいいがたい。在宅サービスを支える要となる理工学技術の一つに、無拘束モニターがある。心臓発作や脳梗塞などの発生を予知し、装着者本人に対して未然に警告を出したり、発作の前駆現象を検出した際には救急センターにも通報を出すなどのシステムがあれば、装着者は在宅のまま緊急時の医療サービスを受けることが可能となり、独居高齢者の生活不安の低減につながる。心臓発作の発生を予知することは、一定の測定条件を満たせば心電図の解析によって可能となっている。しかし、日常生活と病院での入院生活とでは心臓への負担が異なる。様々な日常の生活行動は、運動負荷として直接心臓に負担を与え、また運動に伴う自律神経系の活動状態の変化は間接的に心臓に影響を与える。心臓発作の予知には、心電図信号の解析に加えて、行動を認識し、循環状態を推定することが重要である。

 そこで、無拘束に心電図信号と加速度信号及び傾斜計の値を測定する試作器に、その作動システムを構築している。心電図信号から不整脈を検出する。加速度信号を用いて日常の生活動作などを認識し、それらを総合的に判定することにより、心臓発作の予知を行うアルゴリズムの理論検証を試みている。そして、これらすべての情報処理系はシステムとして試作している。

 システムの処理ソフトウェアは、全てリアルタイム処理として実装としている事が新しい。このため、アルゴリズムは高速で演算装置への負荷が小さく、かつ心臓疾患を予知するに足るだけの精度を持つことが要求仕様としている。VPC(心室性期外収縮)は、心臓発作すなわち心室細動や心室頻拍などの致死的不整脈に移行する危険性が高い。そこで、不整脈認識のアルゴリズムはVPCと心房細動の患者を対象に、現状における認識性能を評価した。この結果、正常心拍とVPCについては、それぞれ99.2%と76.2%の認識率を得た。心房細動の結果では、フィルタ弁別性能が高まらずF波そのものの検出は現段階では困難とし、心拍発生時間間隔の処理によって、心房細動に起因するリズム異常は100%の精度で検出した。基本的なアルゴリズムは、ほぼ試作段階の所期の性能を出している。

 加速度信号の処理では、加速度信号をもとに動作の種類を認識するアルゴリズムを導入した。アルゴリズムは、基本的にはFIRフィルタの構成を取っている。FIRフィルタは同時にmatched filterとしても動作させられる。演算*を畳み込み積分とし、フィルタをとすれば、

 213763f03.gif

 ここでyはxとrとの相関になる。このフィルタを応用して認識をおこなっている。

 まず、動作認識のフィルタ設計を行うために、日常動作の波形を測定し、matched filterで波形の形状を調べ、さらに詳細の認識をおこなう数段のフィルタを構築した。「歩く」や「跳ぶ」などの動作の弁別性能を高めるためにリミッタを設け、さらに遅延補償フィルタや、排他論理処理を行い、動作の連続性を処理するアルゴリズムを組み込んだ。最終的に動作認識フィルタは高齢者のべ32名からデータを採取し認識結果の評価を行っている。心臓発作、脳循環障害発作などの至死的発作の行動認識アルゴリズムの作成は新しい。

 今回の試作アルゴリズムで、動作の約60%が正しく認識できていることが示している。高齢者の発作誘発動作の中で、階段の昇降は、歩行との誤認識率が高かったが、階段の昇り降りを歩行と誤認識している部を改良すると(表1の[昇る][降りる]の項)認識率は改善し、全体として76%程度の性能が出る。若年層と高齢者とでは高い認識率を得るためのパラメータが異なることから、幅広い年齢群を総合的に調査することによって、現在の動作認識フィルタで、年齢の推定も可能であることが考えられる。現時点で動作認識は技術試作段階から量産試作に移行すべき水準に達していると結論づけているものの、今後、発作症例の検討を待つ以外に研究は完成しないとの審査委員の意見になった。

 最後に、これらの認識結果を体系的に処理し、最終的に心臓発作の発生可能性を予知する技術を考察している。心電図、行動認識結果、運動量、心拍のゆらぎなど、物理的な性質も測定の信頼性も異なる指標を統合的に集約する手法として、本論文ではデータ・フュージョンを応用した。物理現象から導出される個々の判定指標をブール値uiで与え、PFiをセンサーごとの誤報率、PMiをセンサーごとの見落とし率とし、各判断指標ごとの重みをwiとした場合、

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 を得る。このに対して最終的な判断が行われる。

 個別の認識処理において正通報率、誤報率、見落とし率などが得られる。これらを複合的に組み合わせた場合の最終的な正通報率や誤報率、見落とし率などはデータフュージョンの数理モデルを利用することによって得られることを示した。

 総合的に考察をおこなった結果、心臓発作の予知監視通報システムは個別の要素技術としては、数理解析、試作実装の段階をおおむね終了し、量産試作から臨床研究にかけての基礎的研究を完成させている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51072