学位論文要旨



No 213764
著者(漢字) 綿貫,忠晴
著者(英字)
著者(カナ) ワタヌキ,タダハル
標題(和) 第二世代型燃焼駆動式CO2ガスダイナミックレーザーの性能向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 213764
報告番号 乙13764
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13764号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 佐藤,淳造
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨

 惑星探査体をその大気に突入させるとき、通信系、観測系の整備はもちろん、探査体が受ける苛酷な空力加熱、特に輻射加熱に耐える熱防御系の設計が非常に重要になる。しかし、このようなミッションに対する飛行試験は不可能であり、地上で輻射加熱シミュレーターを用いた熱防御系の研究開発は不可欠である。このための輻射加熱用シミュレーターとして第二世代型燃焼駆動式二酸化炭素ガスダイナミックレーザー(CO2 Gas Dynamic Laser;以下、CO2GDLと略記する)が有効であり、燃料/酸化剤には液体ベンゼン/気体酸素の組合わせが特に強い毒性もなく、高温高圧の二酸化炭素CO2を連続的に生成できること、これに窒素N2を加えた混合気体が超音速ノズルを通過する際の急膨張・急冷却という気体力学的な手法でレーザー出力の抽出が可能である。

 本論文では、安全で高効率な上記第二世代型CO2GDLの性能向上の研究を行うこととし、先ず、装置の設計・製作に先だち、数MW/m2級の輻射加熱源に相当する大出力レーザー実現のために必要な基本性能を検討する。輻射加熱シミュレーターとして燃焼駆動式CO2GDLに要求されるレーザー出力を2500Wとしたとき、この出力実現のために必要な作動流体総流量、燃焼室温度・圧力、および超音速ノズルで実現される超音速流れのマッハ数がそれぞれ500g/s、1000〜2000K、20〜40kgf/cm2、およびM=4〜6であることが示された。また、ベンゼン/酸素の燃焼で生成される二酸化炭素に、80〜90%の供給割合を占める窒素(気体)が添加されても1000〜2000Kの混合気体温度の実現は可能でおることが明らかにされた。

 次いで、基本性能に基づいて設計・製作された装置の燃焼に関する特性が調べられた。第二世代型CO2GDLを目指した液体ベンゼン/気体酸素の燃焼は、燃焼室圧力が30kgf/cm2の高圧でも安定して得られた。また、装置の自動運転で、点火器からベンゼン/酸素の主燃焼への点火、ここに大量の窒素を添加してレーザー媒質となる二酸化炭素+窒素+水の混合気体が、1200K、20kgf/cm2程度の高温・高圧で30秒以上連続かつ安定して供給でき、燃焼駆動式CO2GDL装置として要求される仕様を満たす燃焼装置として確立された。

 レーザー媒質となる二酸化炭素+窒素+水の混合気体の組成比や燃焼室温度・圧力がレーザーの性能に大きな影響を及ぼす。燃焼生成物やその組成比の測定は、一般に、質量分析計を用いた燃焼ガスの直接サンプリングによる定性・定量分析法が用いられる。一方、燃焼反応が化学的に平衡な場合、燃料/酸化剤などの供給質量流量を与え、燃焼平衡計算により燃焼生成物やその組成比が推算できる。CO2GDLは内部エネルギーの振動非平衡過程を扱うものであるが、燃焼室での燃焼を伴う化学反応は、いわば超音速風洞の貯気槽状態に相当し、燃焼室での流体力学的速度は化学反応速度に比べて非常に小さく、平衡状態として扱っても問題ない。このことから、ベンゼン、酸素、窒素の供給流量を与えて燃焼生成物の組成を求める燃焼ガス平衡組成計算による方法が採用された。

 CO2GDLでは、超音速ノズルを通過する際の急膨張・急冷却の効果によって振動非平衡流れを作り出し、数密度反転を実現してレーザー媒質とし、レーザー発振を実現する。この原理からして、超音速ノズルの開口比や形状がレーザー性能に大きな影響を及ぼすものと考え、本研究ではこれらの影響を中心に、燃焼生成物の組成、燃焼室温度・圧力の影響が系統的に調べられた。

 レーザー性能の測定方法には、レーザー出力を直接測定してその特性を調べる方法と、燃焼によって生成された作動流体の持つレーザー媒質としての特性を表す微小信号利得係数G0を測定してレーザー性能を評価する2通りの方法がある。本研究では先ず、試作装置のレーザー出力抽出をめざし、レーザー出力の抽出が可能となる微小信号利得係数の敷居値Gtを越す、高い微小信号利得係数の実現をめざすことから始められた。

 最初に第I段階の実験として、超音速ノズルとして二次元CC(Circular-Circular)ノズルの開口比を5から15まで次第に大きくし、開口比、作動流体組成比、燃焼室温度・圧力が微小信号利得係数に及ぼす影響が調べられた。この結果、開口比を大きくすることで次第に大きな微小信号利得係数が得られること、CC10、CC15ノズルでは最大0.2m-1の微小信号利得係数が測定され、燃焼によって生成された作動流体が超音速ノズルを通過する際の急膨張・急冷却によって数密度反転を起こし、レーザー媒質となることが確認された。しかし、微小信号利得係数0.2m-1は、98%の半透過鏡を用いた光共振器でレーザー出力抽出可能と考えられる敷居値を超えていたが、レーザー出力の抽出には至らなかった。

 一方、レーザー発振実現の研究を効率よく進めるため、数値計算によるレーザー性能推算が装置設計の段階から行われてきた。初期の段階では、振動非平衡流れを解く方程式構成のための振動緩和モデルとして三温度モデルを用い、準一次元非粘性流れに対する数値計算が行われた。実験と数値計算結果の比較より、CC10ノズルに対しては両者の一致が良好であり、この計算法で燃焼駆動式CO2GDL性能の評価や予測が十分行えること、また、性能予測計算より、超音速ノズル開口比や燃焼室温度・圧力に関する高い微小信号利得係数実現の方向性が明らかにされた。

 その後、数値計算の進展にともない、振動緩和モデルにより正確な四温度モデルを用い、さらに二次元粘性流れに対する数値計算が可能となり、CC、およびSF(Shock Free)ノズルの開口比や膨張距離を各種変えた場合の性能計算が行われ、同じ開口比ならば膨張距離は短いほど、また、CCノズルよりもSFノズルのほうが大きな微小信号利得係数が得られるという予測結果が導かれた。

 第I段階の実験結果、および数値予測結果に基づき、第II段階の実験としてCC20、およびSF20ノズルの膨張距離がレーザー性能に及ぼす影響が調べられ、膨張距離L=30mmのCC20ノズルにおいて、安定してレーザー発振に必要な敷居値を越える最大微小信号利得係数G0=0.56m-1、またSF20、L=45、33、20mmの各ノズルでも0.2m-1を越える微小信号利得係数が測定され、レーザー出力抽出可能と考えられる性能が実現された。

 レーザー発振に必要な敷居値を越える微小信号利得係数が測定された上記4種の超音速ノズルに対し、片短半径形光共振器を用いてレーザー出力の抽出試験が実施され、膨張距離L=30mmのCC20ノズルで、半透過鏡の反射率98、95%の場合において、各々最大24.5、6Wのレーザー出力抽出に成功し、ベンゼン/酸素の燃焼で得られる二酸化炭素に窒素を加えた方式の第二世代型燃焼駆動式CO2GDL装置がレーザー発振装置となることが実証された。

 反射率98%の半透過鏡を用い、レーザー出力の抽出位置を流れ方向に変えて行われた実験により、反射鏡中央より2.5mm上流の位置で最大24.5Wのレーザー出力が得られ、レーザー出力に最適位置のあることが示された。この位置は数値計算で得られた同ノズルに対する微小信号利得係数G0の最大位置よりかなり上流に位置することから、レーザー出力と微小信号利得係数とで流れ方向位置の特性が異なること、レーザー出力抽出の場合は高い微小信号利得係数が広い範囲で得られるような超音速ノズル流れの実現が重要なことが明らかにされた。また、反射率98%の半透過鏡を用いた場合のレーザー発振に必要な微小信号利得係数の敷居値Gtが理論的な敷居値より大きくなる原因の1つに、本装置レーザー媒質幅が138mmと狭いことが示唆された。

 最大レーザー出力が得られた位置で、半透過鏡の反射率だけを98%から95%に変えた実験では、出力は約1/4、6Wしか得られなかった。半透過鏡の反射率の減少で光共振器内の輻射強度は強くなるが、半透過鏡反射率の減少は光共振器の損失増加に相当し、それだけレーザー発振は難しくなる。光共振器内の輻射強度を強くして大出力のレーザー発振を実現するためには、反射率を減らして光共振器内の輻射強度を強くしても容易にレーザー発振する、高い微小信号利得係数が必要となる。

 本研究で実現されたレーザー出力の最大値は24.5Wでおり、本来の目的である輻射加熱シミュレーターとするためにはこれを10〜100倍に向上する必要がある。このための課題は第1に微小信号利得係数の大幅な増加を図ること、第2に有効なレーザー媒質の幅を可能な限り広くすること、第3に大出力レーザーに適した光共振器・光軸調整法を検討することで、これらの課題解決により本研究で用いた燃焼駆動式CO2GDL装置は、輻射加熱シミュレーターとなる大出力レーザーとして構築可能である。

 CO2GDL装置一般に共通する結論は次の通りである。

 (1)広い範囲で一様な微小信号利得係数分布の得られる衝撃波無し超音速ノズル(SFノズル)を用い、マッハ数5を越える超音速流れを、できるだけ短い膨張距離で実現する。

 (2)レーザー媒質の幅はレーザー発振に必要な微小信号利得係数の敷居値Gtを下げること、およびレーザー出力を向上させることのいずれの面からも、できる限り広くする。

 (3)効率の良いレーザー装置を構成するためには、レーザー媒質全体からエネルギー抽出が可能な平行平面型、あるいは不安定型の光共振器の採用が適当である。

 (4)レーザー発振を実現し、また、大出力レーザーをめざす上で、レーザー媒質の特性を表す微小信号利得の特性は重要で、できるだけ高い微小信号利特係数の実現が望ましい。

審査要旨

 工学士綿貫忠晴提出の論文は「第二世代型燃焼駆動式CO2ガスダイナミックレーザーの性能向上に関する研究」と題し、本文6章および付録4項から成っている。

 CO2レーザーは、高温に振動励起した炭酸ガス(CO2)の3つの振動モードの緩和時間の差を利用して、高い振動エネルギー準位にある分子の数密度反転を起こすことによりレーザー発振を実現するもので、その大出力性を利用して航空宇宙分野での輻射加熱シミュレータとして使用できる可能性を有する。CO2ガスダイナミックレーザーは、上記数密度反転に必要な急冷却を超音速流を使って気体力学的に行うもので、その流れ場は強い振動非平衡を伴う。このようなレーザー発生装置は、高温作動流体の生成系、超音速流系、共振器系から成り、各要素の特性とシステム全体の総合特性はレーザー性能に大きな影響を及ぼす。上記輻射加熱シミュレータとして連続出力の供給を実現するためには、高温作動流体の生成を燃焼駆動式とすることが有効である。

 このような観点から、著者は従来の気体燃料による第一世代型から脱却して、安全で高効率の液体燃料を用いる第二世代型燃焼駆動式CO2ガスダイナミックレーザーの性能向上の研究を行うこととし、装置の実現に必要な基本性能を検討した後、装置を製作し、その性能評価を行うこととしている。

 第1章は序論で、当該ガスダイナミックレーザーに関する従来の国内外の研究状況を概観し、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、本論文における実験に用いた装置の設計性能に関する検討を行い、要求されるレーザー出力およびそのために必要な燃料/酸化剤供給流量、燃焼方式等を述べている。

 第3章では、第2章の検討に基づき、燃料/酸化剤をベンゼン/酸素としたときのレーザー装置の基礎特性試験の概要とその結果を、各要素ごとに述べている。

 第4章ではレーザー媒質の性能を評価する指標である微小信号利得の定義とその測定方法について述べるとともに、レーザー発振の実現のために必要な微小信号利得係数のしきい値を設定している。同時にレーザー出力の抽出方法と性能、および取り出される10.6mのレーザー光の出力の測定方法について述べている。

 第5章は本装置を用いて得られた実験結果を、振動緩和に関する三温度モデルと四温度モデルを用いた準一次元/二次元数値解析結果を援用して検討している。CO2ガスダイナミックレーザーでは、超音速ノズル内での振動非平衡流の特性がレーザー性能に及ぼす影響が大きいことに鑑み、著者は円錐-円錐ノズルおよび衝撃波なしノズルの2種類の形状について、開口比と膨張距離の効果を特に詳細に検討した。この結果、微小信号利得は、ノズル内流れのマッハ数を高くすること、ノズル膨張距離を短くすること、作動流体組成を適正にすること、燃焼室圧力を可能な限り低くすること等によって向上することを示した。また、出力特性は主として作動流体組成、測定系の光軸位置、半透過鏡の反射率によって変化し、出力値を最大にするCO2モル分率は約10%であることを示した。同時に、出力値を用いて得られる出力効率を検討している。

 第6章は結論で、上記各章における考察の総括を行うとともに、当該レーザー装置の将来の発展性についても言及している。

 付録A1には本ガスダイナミックレーザー装置の概要、A2には燃焼生成物の分析方法、A3には光共振器の構成例と光学材料、A4にはレーザー装置性能の数値解析法が収録されている。

 以上要するに、本論文はベンゼン/酸素を燃料/酸化剤とする第二世代型燃焼駆動式CO2ガスダイナミックレーザーについて、数値解析を援用した実験的研究を行うことによって、微小信号利得と出力の向上に寄与する種々の特性を明かにしたもので、その成果は熱工学上新しい知見をもたらし、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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