学位論文要旨



No 213766
著者(漢字) 井床,利之
著者(英字)
著者(カナ) イトコ,トシユキ
標題(和) 揚力・浮力複合支持型高速船の動解析と制御設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 213766
報告番号 乙13766
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13766号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
内容要旨

 近年の大量高速貨物海上輸送に対するニーズに応える有望な船型として、図1に示すような水中翼揚力と没水体浮力で船体重量を支える揚力・浮力複合支持型船型が検討されるようになった。この船型は、大型化に適し、特に耐航性に優れた船型であるが、復原力が弱い上に浮力による姿勢の不安定性があるため、姿勢安定化と高度制御が不可欠な新しい船型である。本論文は、これまで研究されていなかったこの新しい船型の運動特性、特に浮力が運動特性に及ぼす影響の解明やその制御システム設計手法の確立を目指したものである。

図1 揚力・浮力複合支持型高速船

 本論文では、まず揚力・浮力複合支持型高速船の基本特性について考察した。即ち、本船型が有利に適用できる船速と船体重量の範囲などの基本静特性を示し、船速に応じた適正ピッチ角や旋回時のロール角設定の指針などを導いた。そして、本船型は横滑りなしでの旋回が困難であること、船速変化や旋回時のトリムに必要な定常操作を避ける観点から、必然的に縦の静安定および横の静安定が中立近くに設計されることを指摘した。

 また、動特性に関しては、定常翼走直進時の微小擾乱運動方程式を導き、航空機や揚力支持型船型との違いについて考察した。その結果、本船型は重心より低い位置に浮力が存在するため、縦運動に関してはピッチングの不安定極があること、図2に示すように横・方向運動に不安定なスパイラルモードが存在すること、そして、上反角効果が不安定側で、風見安定が中立に近いため、ダッチロールモードは振動的にならないといった特徴のあることを明らかにした。さらに、最もクリティカルと考えられるロール運動について、浮力により生じる不安定性が制御に与える影響について考察した。その結果、基準となる船型から形状相似的に大きくする場合、アップライト旋回時には旋回半径船長比を大きくとる必要があり、荒天時の旋回性能に制約が生じる可能性を示唆した。そして、安定化する上で最小限必要な制御ゲインを実現する操作量は、船体重量が大きくなると相対的に大きくなるが、基準船型の制御である程度の応答性が実現されていて安定性に余裕があれば、浮力による不安定性の増加は応答性の改善に結びつくため、制御の観点からは望ましく、問題とならないことを明らかにした。

図2 横・方向開ループの極(例)

 本船型の制御系については、設計段階での様々な要求性能の系統的評価と、現場での調整の容易さが求められるが、従来の制御設計手法では困難である。そこで、従来航空機の再構成制御で研究されていたCD法を用いたコントロールミキサー法によるシステム構成の簡潔性に着目し、図3のような力・モーメント配分制御を適用した本船型の基本制御システムを考えた。

図3 基本制御システムブロック図

 この制御システムは、冗長なエフェクタを有するビークルを制御する場合、エフェクタ故障時の制御機能維持のための再構成制御が容易に実現でき、船速変化による制御ゲインの補償や調整が容易であるといった利点を有している。

 次に、この制御システムを本船型の制御システムに適用して設計する場合の具体的な設計手法について提案した。力及びモーメント指令値を作り出す状態フィードバック部のゲインに関しては、縦及び、横・方向運動に関してLQRによる初期ゲイン設計方法を適用した。また、力及びモーメント指令値から各操作量として指令を配分する配分マトリックスについては、「操作負荷度」として本論文で定義した各操作量の各最大操作量に対する比のユークリッドノルムを、操作量が極力制限にかからないように最小にする設計方法の適用を提案した。さらに、船速による補償器の設計法についても導出した。

 そして、操作負荷度を最小にする配分マトリックス設計は制御可能範囲を最大限活用する上で非常に有効であることを、シミュレーションにより例示した。図4はピッチ角設定変化を行った時のシミュレーション結果例であるが、通常の固定配分マトリックスを用いた場合では、主翼フラップがヒービング運動制御で操作限界に入り、振動状態に陥ってしまう場合でも、操作負荷最適配分マトリックスを用いれば前後部の水平翼舵がヒービング運動制御にも寄与するため、制御範囲内で運動制御できており、非常に有効であることを示している。次に、提案した基本制御システムが実用に供される上で必要となる機能とその具体的実現方法について導き、それらの実用的制御システムおよびその設計法を、図5に示すような実船の1/6スケールである実海域模型船に適用した。

図4 ピッチ角設定変化シミュレーション結果比較例図5 実海域模型船

 そして、設計した制御システムを搭載した実海域模型船を用いて、実海域における各種の実証試験を行った。図6に一例としてロール角設定ステップ変化試験時の応答結果を、シミュレーション結果と比較して示す。これらの結果、本論文で用いた運動解析モデルが制御系の設計に十分な精度を有しており、提案した制御システムおよびその設計手法が実用上有用であることが確認できた。

図6 実海域試験結果例

 以上により、揚力・浮力複合支持型高速船の動特性を考察してその基本特性を解明し、本船型に適した実用的制御システムとその設計法を考えた。そして、実海域模型船に適用して実海域での航走実験を行った結果、提案した制御システムとその設計方法は、高い耐航性と操縦性を実現でき、しかも、調整が容易な実用性の高いものであると結論づけることができた。

審査要旨

 工学修士井床利之提出の論文は「揚力・浮力複合支持型高速船の動解析と制御設計法に関する研究」と題し、本文6章と、付録4項よりなる。

 経済活動の広域化・グローバル化に伴い高速の大量輸送手段に対するニーズが高まることが予想される。本論文はこうしたニーズに応える輸送手段として水中翼揚力と没水体浮力により船体を支える船型を研究の対象としている。この船型は水中翼揚力支持型船の高速性、外洋航行性能に着目し、輸送能力を増加させるために没水体浮力を併用するものである。ただし、重心位置よりも低い位置に浮体を有するこの種の船型は本質的に不安定であるため、制御システムを組み込むことが不可欠となる。本論文では、揚力・浮力複合支持型高速船の運動特性を解明するとともに、実用的な制御システムの設計手法について考察し、実験船によってその有効性を検証した結果に関してまとめている。

 第1章は序論で、本研究の背景を整理するとともに、高速船への制御理論の適用に関する研究の流れを概観している。

 第2章は揚力・浮力複合支持型高速船の基本的な動特性を導くとともに、制御上の要求について考察している。初めに直進航行および定常旋回時にバランスを取るための操舵量を導き、本船型の縦・横の静安定をともに中立に近く設定すべき点を指摘している。次に定常直進時の微小擾乱運動方程式を導き、縦・横運動に関する運動モードを解析し、縦運動に関してはピッチング運動に、横運動に関してはロール回転とヨー回転の連成するスパイラル運動に浮力に起因する不安定モードが存在することを明らかにしている。また、最も操舵能力が要求されるロール運動に関して船型の大型化に関する制御上の制約に関して考察している。すなわち、船型が大型化すると浮力支持の割合が増し、翼操舵面の面積が相対的に減少するため、操舵能力が制約される。こうした制約は安定化のための制御限界よりも旋回時の操舵量の確保に厳しく現れることを明らかにしている。

 第3章は不安定なこの船型の操縦性と耐航性の確保のために必要な制御系の設計に関する従来からの手法を整理し、その限界を指摘している。すなわち、出力フィードバック制御に基づく制御系の設計では要求性能の系統的評価が困難である反面、調整すべきパラメーターが少ない事、最適制御理論に基づく状態量フィードバック制御系の設計では逆に要求性能の評価は容易であるが評価関数の重みの調整が困難であることを実際の設計事例から示している。

 第4章は力モーメント配分法とよぶ新しい制御系設計法の適用に関して述べている。この方法は制御系を階層化し、上位では制御に必要な力およびモーメントの指令値を作り、下位ではこの力とモーメントを生み出す舵角指令を作る。上位の制御では要求性能の評価が容易な最適制御理論を採用し、指令値の数を減らすことで設定すべきパラメーター数を減らすとともに、力やモーメントといった物理量を指令値とすることで調整の見通しを良くしている。一方、下位の制御では冗長な舵面に指令を配分する際に様々な工夫をしている。一つは舵面故障時の制御系の再構成機能で、故障した舵面への配分を無くし、残った舵面で要求を満足するように再配分を行う。また、この配分を行う際に、各舵面の可動範囲を最大限に活かすような配分行列の決め方を提案している。さらに、舵面や流体力の時間遅れを位相補償し、船速の違いをゲイン補償している。最後に、こうした制御法の有効性をシミュレーションによって検証している。

 第5章は実験船による試験結果に関して述べている。まず、システムを構成する際に必要となる機能とその実現方法に関して検討し、実際の6分の1の実験船における各種試験結果を整理し、本論文の提案する制御システム設計法が要求された耐航性と操縦性を実現でき、しかも調整の容易な実用的手法である事を確認している。

 第6章は結論で本研究の成果を要約している。

 付録A項は本論文で使用する座標系と釣り合い方程式を整理し、付録B項は運動解析モデルの説明をしている。付録C項は基本制御方法と解析モデルの検証のためにおこなった小型模型船の諸元と試験結果を述べ、付録D項は実験船制御システムの調整と操縦訓練にもちいた実時間シミュレーターの構成を概観している。

 以上要するに、本論文は水中翼揚力と没水体浮力を利用して船体を支持する揚力・浮力複合支持型高速船に関して、その運動特性を解析するとともに、不安定な船型に不可欠な制御システムの設計法として力モーメント配分法を提案し、その有効性を実験船により検証したもので、工学上寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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