学位論文要旨



No 213767
著者(漢字) 丸山,新一
著者(英字)
著者(カナ) マルヤマ,シンイチ
標題(和) 構造-音響系の相反定理を活用した車両の騷音低減技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 213767
報告番号 乙13767
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13767号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 梶,昭次郎
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 鎌田,実
内容要旨

 自動車に関する騒音問題は多種多様であり,その周波数範囲は人間の可聴域と重なるほど広範囲に及んでいる.騒音低減の基本は原因となっている振動源,騒音源を抑えることであるが,発生源である動力装置等は騒音以外の制約を強く受けているため,実際の開発では伝達系での対策が重要な位置を占めている.また,路面入力で発生する騒音の様に,伝達系のゲインを下げる以外方法がない現象も多い.

 伝達ゲインの低減は,周波数に応じて吸音処理,遮音処理,制振処理,車体の構造変更といった手段を組み合わせ行うのが一般的である.吸音材,遮音材は500Hz以上の高い周波数に有効な材料であるが,どちらも設定できる場所は限られており,各部位毎にスペース,重量,コストの制約のなかで許される最良のものを選択すれば車両全体としてとして最適に近い構造となる.これに対して,制振処理,車体の構造変更は低い周波数から用いられる手段であるが,低周波の騒音では振動と騒音の対応が明確ではない場合が多く,振動を下げても音が下がらないといったことがしばしば起こる.

 本研究では構造・音響連成系の相反定理を応用した音響加振法を用いて,300Hz以下の比較的低い周波数域の自動車の騒音を低減することを検討している.ここで用いている手法は,受音点から車両を音響的に加振し,実現象とは逆の経路で入力点までの伝達特性を調べたデータから騒音低減策を探る方法である.車室内の固体伝播騒音を例にとると,車体が振動して騒音を放射する問題を,音響的に加振された車体振動の問題と捉え,この振動を押さえるための構造変更を考える.

 初めに,研究の中心となる相反定理を応用した音響加振法の理論について述べる.自動車の騒音低減業務に携わる技術者の間では,連成系において相反定理が成り立つという認識は一般的なものではなく,本定理が実験に活用されることも少なかった.また,相反定理を導出するとき,構造系が音場の式の境界条件として微分演算子を用いた表現で扱われており,構造系に関してやや物理的なイメージを欠いていた.そこで,構造部分をつり合い式,音場をHelmholtzの式より出発する方法で別々に相反定理を導き,接続条件を考慮することで連成系の相反定理が成り立つことを確認する.

 次に,相反定理を応用した音響加振法を自動車の特性測定に適用するときの実験方法ついて考察すると共に,実際の自動車構造に対して本手法が適用可能であるかを検証する.

 最後に,相反定理を応用した音響加振法を車両開発に活用した事例を紹介する.受音点から音響的に加振するこの方法は,実際の現象とは入力形態と振動形態が異なるが,入力点から加振する一般的な方法よりも自動車の低騒音化に有効な対策を短時間で見つけられることを実証する.

 本論文は以上の流れに沿って構成されており,以下の8章からなる.

 第1章「序論」では,本研究の背景と目的,相反定理の応用に関する今までの研究,および論文の構成について述べている.

 第2章「構造と音響の相反定理」では,(1)構造系に加えられた荷重と発生する音圧に関する相反定理,(2)構造系に加えられた強制変位入力と発生する音圧に関する相反定理,(3)音響系に加えられた荷重と発生する音圧に関する相反定理について検討した.従来(2)の相反定理および(3)の相反定理において音波が構造系の振動を介して伝達していく経路を含む場合については明確に説明されていなかったが,同様の方法で導出できることを示している.また,動的問題では慣性項と減衰項を考慮する必要があるが,調和振動の場合,慣性項は打ち消しあって考慮する必要が無くなること,減衰項も歪み速度に依存する単純なモデルでは打ち消し合うことを確認している.

 更に(1)の相反定理を用いると,構造系の入力点から受音点までの伝達特性を表す構造音響伝達関数を,受音点に置いた音源の体積変位(または体積変位,体積加速度)に対する入力点の振動応答として測定できることを示した.(2)の相反定理より,強制変位入力に対する構造音響伝達関数を受音点に置いた音源の体積変位に対する入力点の拘束点反力の応答として測定できることを示している.(3)の相反定理については,一旦振動に変換されて伝達していく場合も,音源と受音点の位置を入れ替えて音響伝達関数を測定することができることを示している.

 第3章「数値計算による相反性の検証」では,第2章で導き出された三種類の相反定理を数値計算によって検証している.ここでは単純な箱のモデルの振動と音場を,境界要素法と有限要素法によるモード解析法を組み合わせた構造音響連成解析プログラムを用いて計算している.なお,本研究で作成した構造音響連成解析プログラムについてはAppendix-Aにまとめている.

 第4章「実験方法の検討と自動車構造における相反性の検証」では,相反定理を応用した音響加振実験で伝達特性を測定するときの実験方法について説明すると共に自動車構造においてこの手法が適用可能であるかを検討している.

 実験方法の章では,実験装置,信号処理の方法,音源として用いるスピーカに要求される性能と製作したスピーカの構造,スピーカの発生する加振力の測定法について考察している.音源に関する検討では,スピーカは無指向性であることが重要であり,スピーカ周辺の音場が点音源的になるまでの距離を確保する制約のもとで使う限り,一般的に点音源と見なすことができるとされる上限周波数の5倍以上の領域まで等価的な点音源として利用できるという結果を得ている.また,スピーカの加振力の強さを表す体積変位(または体積変位,体積加速度)は,理想的な点音源と見なした場合の等価的な値を使わなければならないことを見いだしている.更に50Hz以下の低い周波数の構造音響伝達関数の測定に用いるスピーカは,コーンが振動するときに発生する反力をキャンセルするような構造とする必要があることを示している.

 次に,本来の入力点側から加振する方法の測定結果と比較し,自動車においても音響加振により実用上十分な精度を有するデータを得ることができること,また騒音源側から加振する一般的な実験法に対して実験装置が簡単になる等幾つかの優れた点があることを示している.

 第5章「構造系に加えられた荷重と発生する音圧に関する相反定理を応用した車室内騒音の研究」では,自動車のキャビン内に発生する低周波数域の固体伝播騒音の低減方法について検討している.初めに自動車のキャビンと同程度の大きさをもつ単純な箱モデル内部の騒音について考察し,音の原因となっている振動を見つけだす方法としては,構造系を加振したときの振動を測定するよりも音響系を加振した時の構造の振動を測定する方法が優れていることを明らかにしている.

 次に,音響加振法をエンジン振動によって発生するこもり音とサスペンションからの入力によって発生する低周波騒音の低減検討に適用した.その結果,構造系を加振して求めた振動形状と音響系を加振したときの車体振動の形状は異なる場合が多いこと,また,騒音低減を図る方法としては,シェーカ加振で測定した振動を抑えるよりも音響加振から得られた車体振動を抑える方法が合理的であることを確認している.

 第6章「構造系に加えられた強制変位入力と発生する音圧に関する相反定理を応用した車室内騒音の研究」では,タイヤが路面の凹凸から受ける強制変位的な入力によってキャビン内部に発生する騒音の低減について検討している.まず,エンジン・駆動系,サスペンション等全ての部品を取り付けた車両の騒音低減の手順として,発生経路を実際とは逆の方向に辿り,音響加振時のタイヤの拘束点反力,及びタイヤを支えるサスペンションの振動を下げるという考え方を示している.次に,騒音の原因となっているサスペンション振動を特定する簡便な手法として,加振器による加振で測定した振動モードと音響加振で測定した振動形状の内積をとる方法を提案している.

 自動車の騒音低減検討に適用した結果より,音響加振法の考え方では最終的な目的関数となるタイヤ反力と,設計変数となる車体・サスペンション等の間に音響系が介在しないため対策が立てやすく,騒音低減が比較的短時間で実現できることを確認している.

 第7章「音響系に加えられた荷重と発生する音圧に関する相反定理を応用した車室内騒音の研究」では,エンジン・駆動系からキャビン内に透過する騒音の低減方法を検討している.最初に,騒音源の特性を表す指標として受音点音圧に対する音源寄与度と,伝達系を構成する車体の特性を表す指標として提案した音響伝達関数に対するパネル寄与度(「音響伝達関数寄与度」)について述べる.次に,エンジン透過騒音の要因分析と低減検討に適用した結果より,音源寄与度と「音響伝達関数寄与度」を測定することで対策すべき部位,伝達ゲインに対する音響的特性と振動的特性の影響の大きさ等が明確になり,従来トライアンドエラー的にならざるを得なかった低減作業が短時間で的確に行えることを確認している.

 第8章「結論」は,相反定理を応用した音響加振実験の自動車騒音低減への利用技術に関する本研究の結論である.従来の騒音解析は構造系の振動特性の解析に重きを置いてきたが,騒音問題では音響系の役割が重要であることを指摘し,音響特性を考慮して構造系の振動特性を変更する手法の必要性と有効性についてまとめている.

 以上,本論文では構造・音響連成系の相反定理に関する基礎理論,従来の研究をまとめ,本定理を応用すれば騒音の伝達特性が受音点側から音響的に加振する方法で測定可能であることを数値計算により確認し,その有効性を車両の騒音問題に適用して検証した.

審査要旨

 工学修士 丸山新一 提出の論文は「構造-音響系の相反定理を活用した車両の騒音低減技術に関する研究」と題し、本文8章と付録2項よりなる。

 車両の騒音問題は構造系の振動特性と空間の音響特性が連成する複雑な問題であり、その対策は現場での試行錯誤的な方法に頼っているのが現状である。本論文は、構造-音響系の相反定理に立脚した音響加振方法が、通常行われている構造系への加振よりも騒音低減のために有効な方法であることに着目した。ここで用いた方法は受音点から音響的に加振し、実際の現象とは逆の伝達経路によって本来の入力点までの伝達特性を調べることによって騒音低減策を探る方法と言える。筆者は音響加振の理論的背景を整理するとともに、音響加振実験方法を考察し、車両の様々な騒音問題へのこの方法の有効性を示した。

 第1章は序論で、本論文の背景を述べている。本研究着手の動機、車両の騒音問題に関する数値計算的、実験的方法の推移と現状などを概観し〓〓〓。

 第2章は相反定理を構造-音響系の様々な連成系に対して整理〓〓いる。これは、入出力関係を入れ替えて伝達特性を測定することの理論的妥当性を与えている。最初に、構造-音響系における構造への入力〓〓振力から受音点音圧への伝達特性が、受音点からの音響加振による体積変位に対する本来の入力点への構造変位の伝達特性と一致することを示している。さらに、構造系に加えられた強制変位入力によって発生する音圧の伝達特性、また、音響系への音響加振が構造振動を介して受音点音圧として伝わる伝達特性に関しても相反性が成立することを明らかにしている。

 第3章は第2章で導かれた三種類の伝達特性の相反性を単純な箱モデルに関する壁面振動と内部音場の連成計算によって検証している。数値計算では音響系は境界要素法によって、構造系は有限要素法によってモデル化され両者の連成効果が考慮されている。

 第4章は音響加振法の実験方法と、車両構造における音響加振の適用可能性を検討している。最初に音源として使用するスピーカーの構造とスピーカーの加振力である体積変化の測定方法を考察し、無指向性を確保するための条件と、等価な点音源としての較正方法を提案している。また、50Hz以下の低い周波数における音響加振ではスピーカーの振動板が発生する反力をキャンセルするような機構が必要であることを指摘している。最後に車両構造に対して、音源の体積変化に対する構造応答変位の伝達特性(実験では体積加速度に対する応答加速度の伝達特性)を実際に測定し、構造を加振して得た受音点音圧の伝達特性と比較することで、音響加振により実用上十分な精度でしかも簡便に伝達特性が測定できることを示している。

 第5章は構造への加振入力によって騒音が発生する問題に対して、音響加振による騒音低減技術の有効性を示している。最初に箱モデルに関する壁面振動と内部音場の連成解析を通して、構造への加振ではなく受音点からの音響加振によって構造振動を測定すれば、受音点音圧と相関の強い壁面振動分布を見出すことができることを明らかにしている。続いて、音響加振法をエンジン振動およびサスペンション入力により発生する車室内騒音問題に適用し、音響加振によって測定される車両振動を抑えることで車室内音圧を低減できることを確認している。

 第6章は強制変位入力によって発生する騒音としてタイヤからの路面入力が問題となる例を検討している。この場合の音響加振は、タイヤへの変位入力に対する音圧の伝達特性を体積変位に関するタイヤ反力によって求めるものである。こうした場合でも音響加振法は、実験方法が簡便であるばかりではなく、騒音の原因となるサスペンション系の振動を特定する有効な手法であることを示している。

 第7章はエンジン騒音が車体パネルを加振し、この振動が車室内の騒音となる問題における音響加振の方法を検討している。ここでは、車体パネル振動と受音点音圧の伝達特性と、騒音源となるエンジン部位の振動と受音点音圧との伝達特性を、いずれも受音点からの音響加振によって求めることにより、騒音に対して寄与度の大きい音源部位を特定できるとともに、伝達系として増幅率の高いパネル振動部位を効率的に探索できることを実証している。

 第8章は結論で、本研究の成果を要約している。

 付録Aは、境界要素法と有限要素法とを組み合わせた構造-音響連成系の数値計算法を整理し、付録Bは開領域における音響系の相反定理を導いている。

 以上要するに、本論文は構造-音響連成系の相反定理を明らかにし、この定理を利用したスピーカーによる音響加振実験法を考察するとともに、音響加振実験が騒音低減のために利用可能であることを示し、この技術を車両の様々な騒音問題に活用しその有効性を実証したもので、工学上寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54047