学位論文要旨



No 213768
著者(漢字) 種子田,裕司
著者(英字)
著者(カナ) タネダ,ヒロシ
標題(和) 超音速低乱ノズル形状の研究
標題(洋)
報告番号 213768
報告番号 乙13768
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13768号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,淳造
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨

 超音速で飛行する航空機の機体表面に沿って発達する境界層の遷移は、機体の抵抗や空力加熱に大きな影響を与えるため、遷移位置を予測し、それを制御することは、超音速輸送機の開発における重要な技術課題である。超音速気流中の境界層遷移の研究を目的とした実験は、これまでに多くの風洞で実施されてきたが、従来の超音速風洞における気流の乱れは、風洞実験模型の境界層遷移を早め、このため通常、実験で得られる遷移レイノルズ数は、飛行状態での遷移レイノルズ数よりも小さいことが知られている。超音速風洞の計測部に置かれた模型上の遷移に影響を及ぼす主要な乱れは、ノズル壁面上の乱流境界層を発生源とする音波(ノイズ)であるため、低乱超音速風洞を実現するためにはこのノイズを低減することが必要である。

 ノズル壁面境界層の遷移は、主にGortler渦の成長によって引き起こされるため、この乱れを低減するためにノズル壁面境界層をできるだけ層流に保つようなノズル形状をGortler渦の線形安定性理論及びeN法に基づいて求めた。ノズル出口マッハ数Me=3.6の軸対称ノズルを特性曲線法を用いて設計し、壁面境界層の遷移点を上述の安定性解析により推定した。その結果、図1に示すようにノズル変曲点でのマッハ数MAはできるだけ大きく、そこでの壁傾斜角Aはできるだけ小さいほど低乱一様流領域のノズル中心軸上長さXQは大きいことが判明した。ノズルの加工精度を考慮して、ノズル長さと出口半径の比を20以下に制限すると、最も大きな低乱一様流領域を与えるノズル形状は、MA=3.124、A=4°に対応し、これはノズル壁面上の変曲点から下流に伸びる特性曲線がノズル中心軸と交わる点でノズル出口マッハ数に達する場合である。この場合のGortler数G及びeN法におけるNの値のノズル壁面上分布を図2に、ノズル形状を図3に示す。

図1 低乱一様流領域のノズル中心軸上長さMe=3.6,PO=1MPa,TO=Tw=288.15Kノズル出口ye=45mm図2 Gortler数G及びNのノズル壁面上分布Me=3.6,MA=3.124,A=4°図3 ノズル形状Me=3.6,MA=3.124,A=4°

 安定性解析に基づく設計の妥当性を検証するために、上述の形状を有するノズルを製作した。ノズルの表面粗さの低減を含めて高い加工精度を実現するためには、ニッケルを材料とする電気鋳造が非常に有効な加工方法であることが確認された。このニッケル電気鋳造により製作した表面粗さが1m以下のノズル用いて気流特性及び半頂角5°の円錐の境界層遷移点を計測した結果、以下のことが判明した。

 (1)ノズル中心軸上のピトー圧変動のrms値Ptrmsを時間平均ピトー圧Ptmで無次元化した値は、図4に示すように一様流領域先端付近から上流では約0.2%であり、その下流では0.7%程度である。この圧力変動の分布からノズル壁面上境界層の遷移位置は、スロートから400〜450mm下流であると推定される。ノズル壁面粗さの影響を調べるためにこのニッケル電鋳ノズルと同じコンタを有しノズル壁面の表面粗さが数十m以上であるS50C材製のノズルで同様の実験を行なった結果、局所的に2%程度のピトー圧変動のrms値が観察された。

図4 ノズル中心軸上ピトー圧変動のrms値Me=3.6

 (2)ノズル壁面の表面粗さを1m以下に抑えることにより、表面粗さが数十m以上のノズルと比較して壁面境界層厚みをある程度抑えることができたが、安定性解析で予想した位置よりも少なくとも200mm以上上流で遷移が起こっていることが確認された。解析と実験結果の相違は、解析ではスロートから境界層が成長を開始すると仮定しているが、実際にはスロート上流に既に存在する境界層がスロート下流の境界層の成長に影響を与えているためではないかと考えられる。

 (3)円錐上境界層の遷移点は、図5に示すように円錐表面温度が低いほど下流に移動し、単位レイノルズ数がRe=4.32×107/m、4.83×107/m、及び5.47×107/mにおける遷移点は表面温度と気流総温の比TW/TOの値が0.915〜0.918の範囲で円錐下流端に達している。このときの遷移レイノルズ数は、各々ReT=6.0×106,6.8×106及び7.7×106である。ノズル壁面の表面粗さが数十m以上であるS50C材製のノズルと比較すると、同じ遷移レイノルズ数を実現する表面温度はニッケル電鋳ノズルの方がTW/TOの値にして0.01程度高い。即ち、同じ表面温度に対する遷移レイノルズ数は、ニッケル電鋳ノズルの方が高い。また、本試験条件の範囲において同じ表面温度に対する円錐上境界層の遷移レイノルズ数は、気流の単位レイノルズ数の増加に伴い低下する。

図5 円錐上境界層の遷移レイノルズ数と表面温度の関係

 (4)図6に示すように本実験で得られた遷移レイノルズ数の最大値7.7×106は、従来風洞の遷移レイノルズ数ReT=2×106〜4×106を上回り、安定性解析で予想される円錐上境界層の遷移レイノルズ数に近い値となっている。

図6 円錐上境界層の遷移レイノルズ数の比較

 以上の結果から、本研究で試みたGortler渦の線形安定性理論及びeN法に基づくノズル形状の設計手法は、超音速低乱ノズル形状の設計方法として有効であると考えられる。ただし、解析結果と同等の位置までノズル壁面境界層を層流に保ち、気流の乱れを更に低減するためには、スロット抽気等によりスロート部で上流の壁面に沿って成長した境界層を除去する必要があると考えられる。また、円錐模型の境界層の遷移は、円錐表面温度に依存することが判明したので、風洞試験における模型の遷移レイノルズ数を評価する上で模型表面温度を重要なパラメータとして考慮する必要があると考えられる。

 本研究においてはノズル壁面境界層の遷移がGortler渦の成長によって引き起こされる場合を検討の対象にしたが、凹面部の開始がノズルのかなり下流から始まるようなノズル形状においてはTollmien-Schlichting(TS)波の成長が遷移の直接の原因となる可能性がある。また、壁面粗さが遷移のきっかけとなる場合も考慮して、Gortler渦の安定性、TS波の安定性及びノズル加工精度の全てを考慮して最適なノズル形状を決定する汎用的な低乱ノズルの設計手法を確立することが今後の課題である。

審査要旨

 工学修士 種子田裕司 提出の論文は、「超音速低乱ノズル形状の研究」と題し、本文6章及び付録2章より成っている。

 第二世代の超音速旅客機開発においては、その経済性を確保することが成功の重要な鍵であるとされているが、このためには超音速における航空機の空気抵抗を正しく見積もる必要があり、この目的で使用される風洞は、風洞自身の持つ気流乱れのために模型表面の境界層が不当に早く乱流に遷移したりするおそれのない低乱性能が要求される。著者は、このような要求に応える超音速風洞について流体力学的に考察し、新たな工夫を加えることによって一つのノズル形状を案出して、実験によりその性能を確認することを試みている。

 第1章は序論で、これまでの超音速風洞に関する研究を概観し、風洞主流乱れ発生の原因を分類して、それぞれに対する流体力学的な考察を示している。特に超音速風洞では、ノズル内壁の凹面に沿って成長するゲルトラー渦を源とする擾乱が低乱性を損なう主要な原因であることを指摘し、併せて本論文では出口マッハ数が3.6の軸対称ノズルを検討対象とすることの妥当性を示している。

 第2章はノズル形状の設計方法で、軸対称圧縮性ポテンシャル流理論による基礎方程式を基に特性曲線法によってノズルを設計する方法を整理し、数値積分を使用してノズル出口で一様な超音速流を得る手法を示している。更に、ノズルの凹曲面上に発生するおそれのあるゲルトラー渦について、El HardyとVermaによる線形安定性解析法を拡張した三次元微少擾乱方程式の数値的解法を提案し、Smith のeN法を併用してゲルトラー渦によるノズル壁面境界層の乱流遷移限界を推定する方策を示している。

 第3章はノズルの設計結果で、第2章で示した手法を使用して、代表的なノズル出口マッハ数に対して、ノズル形状とノズル壁面上のゲルトラー渦の遷移位置を求めて評価を加えている。その結果、ノズル出口マッハ数を一定として比較すると、ノズル上の変曲点におけるマッハ数が出来るだけ高く、変曲点における壁面の傾斜角が出来るだけ小さいほど、ノズル内の低乱一様流領域が大きくなることが示され、実用的な考慮と併せて一つの形状を選定し、これを使用して以下の実験を試みている。

 第4章はノズルの製作で、既存の風洞設備のノズルないし測定部を第3章で選定した形状に作り直すに際して、必要な工作精度とノズル内壁の表面粗さについて検討し、所定の要求に仕上げる方策が述べられている。製作には電気鋳造法を使用し、別に機械加工で仕上げた同一形状のノズルと比較されている。

 第5章は実験とその結果が示されており、仕上げの異なる二種のノズルについて、測定部が空の状態で運転した場合のノズル中心軸上で測定されたピトー圧変動とそのパワースペクトル密度分布、ノズル断面にわたるピトー圧分布などを示して電気鋳造仕上げのノズルにおいては、著しく一様流中の流れが滑らかになり、ノズル内壁に沿って成長する境界層の厚みも小く抑えられていることを確認している。更に、測定部に挿入した円錐模型表面温度分布の時間変動を測定し、これを基に円錐局所の加熱率を推算することにより、円錐表面の境界層が層流から乱流に遷移する位置を求め、これによってこのノズルが所期の目的を満たす低乱超音速流を実現し、飛行実験で得られている乱流遷移の下限に近づいたとしている。また、模型表面の境界層乱流遷移は模型表面温度に依存することを示して、遷移レイノルズ数の評価には模型表面温度を考慮する重要性を指摘している。

 第6章は結論で、以上の結果を総括している。

 付録Aでは、定常非回転圧縮性流体の軸対称流に対する基礎方程式について整理し、更に付録Bにはゲルトラー渦の安定解析に必要となる行列について詳しく説明している。

 以上を要するに、著者の論文は超音速風洞の乱れを減少させることを目的として、それに必要な低乱ノズル形状を流体力学的に考察し、新たな知見を付け加えると共に、低乱超音速風洞の実現に重要な指針を与えたもので、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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