学位論文要旨



No 213769
著者(漢字) 藤田,欣裕
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ヨシヒロ
標題(和) 固体撮像素子を用いた放送用カメラにおける高機能および高解像度撮像方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 213769
報告番号 乙13769
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13769号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 放送用カメラは、多くのテレビ視聴者に感動や情報を正確に伝えるため、重要な使命を負っている。放送全体システムの中では最前段に位置し、画像の品質を左右する重要な機器である。その性能を決定する大きな要因は光を電気信号であるテレビジョン信号に換える撮像素子および、それを支える撮像方式や信号処理技術である。

 撮像素子は、近年撮像管から半導体素子である固体撮像素子へと進展してきた。撮像素子の半導体化は、撮像の基本特性に与える影響が大きく、素子性能の面での研究とともに、カメラとして構成する場合の撮像方式や信号処理技術についての研究が重要である。

 本研究の目的は、放送番組や放送システムから求められるニーズを新しい撮像方式により解決を図ることにある。すなわち固体撮像素子を応用して、新しいアイデアのもとに、これに応える撮像方式を実現することである。このような観点から、現状の放送用カメラの研究を概観してみると、重要であるにもかかわらず、十分に行われていなかった。

 固体撮像素子は撮像管にない特徴を有している。その中に走査が柔軟であることが挙げられる。MOS技術をベースとした増幅型固体撮像素子AMI(Amplified MOS Imager)に着目し、現行テレビ方式の6倍、毎秒360フィールドで撮影が可能なハイスピードカメラを実現した。図1には試作したAMIの素子構成を示す。CCD(Charge Coupled Device)にはないAMIの特性、利点を活かすため、考慮した点を以下に示す。

 (1)高速な信号読み出しを可能とするため3線出力の並列構造とし、さらにリセット走査回路を設け、電子シャッタ機能を付加した。

 (2)広帯域信号出力に対してランダムノイズを少なくするため各画素の増幅率を可能な限り大きくした。増幅率のバラツキは後処理で補正することとした。

 (3)高速撮像特性にとって重要な、残像特性を向上させるため電荷をリセットする期間を十分とれる構成とした。

 (4)画素数は放送用途として最低限必要なNTSC方式のシステム解像度を維持できる25万画素とした。

図1 ハイスピードカメラ用AMI(Amplified MOS Imager)の素子構成

 またハイスピードカメラシステムの記録再生装置として初めて半導体メモリを使用した。スロー再生速度が容易に可変できる、即時再生が可能など利点も多く、システムの高機能化が図れた。試作したハイスピードカメラにより、従来フィルムカメラでしか撮影できなかった映像を、高画質にビデオで捕らえることが可能となった。(図2)

図2 撮像素子AMIを用いたハイスピードカメラによる車の衝突実験の映像

 さらに小型、図形歪みの少ない固体撮像素子の利点を活かしたユニークな小型カメラ、CCDとイメージインテンシファイヤとの結合を工夫し、実現した高機能高感度撮像方式の研究についても示した。これらの高機能カメラの番組における応用例を示し、放送番組の演出法拡大に貢献していることを明らかにした。

 さらに固体撮像素子の特長を活かした高解像度撮像方式について述べた。これは放送システムのニーズに即応するためである。小型で高解像度しかも低価格なカメラはハイビジョン放送など、放送システムの普及促進には必要不可欠である。ハイビジョンなどの高画質メディアの放送用カメラは、いかに解像度をあげるかが重要な課題となっている。

 小型のハイビジョンカメラでは特にレンズの色収差による解像度劣化が課題となる。検討したデュアルグリーン撮像方式はGに2チャンネルを使用し、残り1チャンネルにRBチャンネルを割り当てる方式である。互いのGの撮像板を半画素ピッチずらす、画素ずらし法により高解像度化を図る。同じスペクトル幅でグリーン光を分割するため画素ずらしに対する色収差の影響は少ない。

 色収差の影響を輝度信号Yについて、通常のRGB3板撮像方式と比較験した結果を図3に示す。横軸は画面の水平方向の測定位置を、縦軸は800TV本の縦じまを撮像した場合に生ずる偽信号の量を示している。レンズの色収差は光軸の中心から離れる程大きくなる。画面では中央で小さく、画面の端で大きい。測定では信号の解像度よりも測定感度が高い、偽信号のP-P値を求めた。偽信号はP-P値として信号のP-P値との比で表した。偽信号の量が多いほど、画素ずらしによる折り返し成分のキャンセル効果が少ない。この結果から、デュアルグリーン撮像方式は、画面の全体に色収差の影響が少なく、有利であることが示せた。RGB撮像方式は画面の中央でしか、画素ずらし効果が得られていないことがわかった。実際にデュアルグリーン撮像方式を用いたハイビジョンカメラを試作し、小型ながら解像度などバランスの良い特性を実現した。

図3 輝度信号に含む偽信号

 カメラの解像度向上のためには当然固体撮像素子においては画素数を多くすることであるがこれには限界がある。本研究の手法である撮像素子を複数枚利用し信号処理により出力を合成する撮像方式は撮像管カメラではできない独自の方法である。

 さらに高画質を目指した高解像度な撮像方式の研究について示した。新たなアイディアに基づく、4板撮像方式を提案した。従来のRGB3板撮像方式より偽色信号の少ない撮像方式であるとともに、画素数は少ないが特性の優れた固体撮像素子を4枚用いて高解像度化が実現できることを示した。図4には4板プリズムの構成および従来の3板プリズムとの比較を示す。カメラの重量や消費電力の大きさは3板式と比べ大きな影響はない。単体素子の画素数を抑え、感度、ダイナミックレンジなど特性の優れたCCDを使い、高画質化が図れる。4枚のCCDを、画素ずらしが効果的に行なわれるように配置し、従来のRGB3板方式と比べて、本方式が有彩色信号の解像度において有利であることを計算により明らかにした。

図4 4板プリズムの構成および3板プリズムとの大きさ比較図5 色空間における折り返し成分

 XYZ色空間のy=一定平面において、画素ずらしの効果が完全でないことにより、発生する折り返し成分を計算し、CIE色度図上に投射する方法により有彩色信号の偽信号成分を求めた。入力光の空間周波数は、画素ずらしをして得られるナイキスト周波数とした。

 結果を図5に示した。輝度の信号成分と折り返し成分の比を表示している。0%は折り返し成分が0、すなわち、画素ずらしにおいて完全に折り返しが抑圧されていることを示し、100%は信号成分と同じレベルの折り返し成分が発生していることを示す。

 RGB方式では、R、G、Bのレベルが2g=r+bの関係を満たすときに折り返し成分がよく抑圧されている。この直線から離れた部分、R、G、Bの単色に近い部分や、R、Bの間の部分では、ほとんど抑圧効果がない。

 一方、4板撮像方式では広い範囲で折り返し成分が抑圧されていることがわかる。特に、二つのGの間で画素ずらしを行なっていることから、G成分の折り返しは完全に抑圧されている。さらに、RとBの間でも画素ずらしを行なっているので、RとBの間にある信号についても、折り返しが少なくなっている。ただ、画素ずらし効果のないR単色、B単色近傍で折り返しが多くなっている。

 デュアルグリーン撮像方式は小型で解像度に優れた方式であるが、4板方式は輝度信号だけでなく、有彩色信号に対しても折り返し成分が少なく、高画質な撮像方式であることを示した。

 4板撮像方式の研究結果を基に、メーカーにより製品化された小型ハイビジョンカメラはハイビジョン放送に使用され、臨場感ある画面づくりに貢献している。

 また将来の放送システムとなる超高解像度カメラにおいても、4板撮像方式は有効である。ハイビジョン用順次走査が可能な200万画素撮像素子を4枚用い、水平、垂直両方向への高解像度化(約1300TV本以上)が可能であることを撮像実験により確認した。

 本論文で研究された結果は固体撮像素子の放送カメラへの応用のみならず、将来のマシンビジョンにおける高画質化や高機能化にも十分応用され得るものである。また4板撮像方式は超高解像度カメラへの展開はもちろん、基本的に3板方式と同様に広い分野へ応用可能である。発展性のある豊かな技術であると確信している。

審査要旨

 本論文は「固体撮像素子を用いた放送用カメラにおける高機能および高解像度撮像方式に関する研究」と題し、放送用カメラに関して、新しい撮像素子である固体撮像素子に着目し、従来の撮像管カメラでは得られない高機能ならびに高解像度の撮像方式を提案、特性の検証と開発されたカメラによる新たな放送映像制作の有効性、および将来の可能性について論じたもので6章より成る。

 第1章は「序論」であり、放送用カメラと固体撮像素子の発展経緯について述べるとともに、放送用カメラは新しい高画質放送メディアに対応するため、高解像度化への要求と同時に、放送番組の多様化により、テレビ視聴者の見えないものを見たいという要求、すなわち撮像領域拡大への要求が強いことを述べている。一方、固体撮像素子は従来の撮像管にはない様々な特徴を有し、その特徴を活かした新たな撮像方式がこれらの要求を満たすために重要であることを示し、本論文の目的、必要性、意義を述べて論旨の展開を図っている。

 第2章は「撮像領域拡大のための高機能撮像方式」と題し放送用カメラの機能としての課題を述べ、さらに放送番組演出の多様化のニーズに対応した、撮像領域を拡大する撮像方式の高機能化について検討している。機能を付加することに有利なMOS技術をベースとした増幅型固体撮像素子AMIに着目し、走査部および出力部を3並列構造とする素子を試作、それを用いて高速、高感度な、高機能ハイスピードカメラを実現している。速い動きを高画質に捉えることが可能な撮像方式であり、それらの要素技術について示している。またカメラヘッドと制御部を分離した新たな超小型の高機能撮像方式や、CCDとイメージインテンシファイヤの組み合わせを用いた撮像方式についても述べている。これらの撮像方式を用いた放送用カメラの番組での応用例を示し、演出法拡大に貢献していることを示し、新たな高機能撮像方式が有効であることを明らかにしている。

 第3章は「ハイビジョンカメラ用デュアルグリーン高解像度撮像方式」と題し、ハイビジョン放送の普及促進に不可欠なカメラを実現するため、撮像方式の高解像度化について述べている。カメラの高解像度化の課題を明らかにするとともに、固体カメラの解像度特性改善の定量化に必要な、新たな測定法を提案している。従来測定が困難であった偽解像成分を分離して測定を可能としている。新測定法は撮像方式の高解像度化の研究全般に貢献している。さらにハイビジョンカメラの高解像度化に有効なデュアルグリーン撮像方式について提案し、他の撮像方式と比較し、優れていることを示している。ハイビジョン放送に必要な小型で、しかも高画質を有するCCDカメラを実現し、あわせて放送番組での有効性も示している。

 第4章は「ハイビジョンカメラ用4板高解像度撮像方式」と題し、さらなる高画質を目指した高解像度な撮像方式について述べている。新たなアイディアに基づく、4板撮像方式による高解像度化の方法を提案している。3板撮像方式より偽色信号の少ない撮像方式であるとともに、画素数は比較的少ないが、特性の優れた固体撮像素子を4枚用いて高解像度化が実現できることを明らかにしている。本格的なハイビジョンカメラとして優れた感度、SN比、ダイナミックレンジ特性を実現している。カメラの重量や消費電力の大きさは3板式と比べ大きな負担増はなく、実際に商品として開発された例についても示し、4板撮像方式の有効性の高さを述べている。

 第5章は「超高解像度カメラへ向けた展開」と題し、本論文で得られた撮像方式の知見が高度情報化社会の21世紀へ向けて、臨場感の高い超高精細放送メディア用のカメラの実現に有益であることを述べている。さらに高解像度を有するハイビジョン用順次走査が可能な固体撮像素子とハイビジョン方式を超えた走査線2千本超高解像度カメラへの展望を示している。高解像度撮像方式である4板撮像方式が、ハイビジョンを超えた撮像入力装置では特に有効であり、2千本走査線を有する将来のテレビジョン実現の手段として期待されている。

 第6章は「むすび」であり、本研究の成果を要約している。

 以上これを要するに、本論文は固体撮像素子を放送用カメラに応用するための基本技術として、撮像領域の拡大やハイビジョン放送に対応するため、撮像方式による高機能化、高解像度化の方法を明らかにし、この方法が放送用カメラに応用できることを述べている。さらにこれらの技術がハイビジョン放送を超えた解像度を持つ将来のテレビジョン用カメラを実現するものとして、新しい放送メディアへの展開をも切り開くものであり、電気通信工学上貢献することが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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