電力流通の根幹を受け持つ送電線において、電力の供給を妨げる最も大きな原因は、落雷である。現在のところ、大電流を伴う落雷を制御することは不可能であり、電力設備の建設コストを不当に高くできないことからも、架空送電線の落雷によるトリップ事故を皆無にすることは、非常に困難である。そこで、架空送電線においては、耐雷設計の時点で落雷に対する供給信頼度を予測し、評価することが行われている。この評価を行うために活用されるのが、送電線100km当たりの年間の事故件数として定義される送電線雷事故率であり、それを予測するための手法である。 現在は、昭和60年代に提案された送電線雷事故率予測計算法が、国内のほとんどの電力会社において利用され、近年建設された架空送電線の設計方針の根拠となっている。しかし、この予測手法は、冬季雷と夏季雷の差を考慮した現在唯一のものと思われるが、使用されている重要なパラメータの中に実態にそぐわないと思われるいくつかの仮定を含んでおり、特に冬季雷に対する事故率の予測を目的とするには、大きな問題が残されている。近年は、雷観測設備も充実し精度も向上しているため、以前よりも冬季雷に関する多くのデータが蓄積されているが、依然としてこれらの成果が雷事故率予測手法に有効に組み入れられるまでには至っていない。したがって、日本海側を通過する送電線にとって、驚異となる冬季雷を考慮できていない予測手法では不十分であり、より現実に即した送電線雷事故率予測手法の早期確立が望まれている。 送電線の雷事故率を予測するためには、多くの落雷実態の把握と解析モデルの確立が必要であり、予測精度は、送電線への雷撃頻度の推定、雷撃電流の推定およびフラッシオーバ判定の各精度に大きく影響される。特に、送電線へ雷撃する落雷とそれに伴う送電線事故の実態については、現在でもほとんど明確となっておらず、本質的な洗い直しが必要とされている。本研究は、以上の観点に基づき、まず送電線へ雷撃する落雷の実態を通年観測により解明し、次に雷撃後の過渡応答を解析する各種モデルの有効性を送電線への実落雷により評価し、冬季雷の実態に合った送電線雷事故率予測のための新しい手法の提案を行っている。 提案手法は、図1に示した体系の全ての項目に関して適用すべき具体的内容を決定しているが、特に図中*印を付けた項目については、本研究で行った実態の明確化(*1)や有効性の評価(*2)などの成果に基づいており、これらの研究成果は、次の通りである。 最初に、広域に発生する落雷の実態把握に適した落雷位置標定システムの精度(捕捉率、標定位置等)を厳密に評価し、雷事故率の予測に活用するために最も適したマップ区分幅の検討を行った。更に、落雷頻度をマップ形式で使用する場合に、送電線トリップ時の落雷に対する捕捉率を用いての落雷件数の補正、メッシュ内の送電線こう長による標定件数への重み付けおよび落雷の下限電流値に基づく標定件数の絞り込みがあまり有効ではないことを検証した。 次に、高速シャッタを有したカメラによる雷放電路の観測から、冬期は、夏季に比較して上向きで始まる落雷が多いことや送電線への雷撃頻度が高いこと、それらが原因して冬期の送電線事故が増加する可能性があることなど示した。 図1 送電線雷事故率予測のための体系 特に、送電線への雷撃頻度については、季節による違いを定量的に把握し、雷事故率予測手法に反映した。 更に、実規模送電線における冬季落雷に対する過渡応答を測定し、EMTP(Electromagnetic Transient Program)を用いた鉄塔モデル、送電線モデル、避雷器モデルおよびフラッシオーバモデルの有効性について、実落雷による実測データに基づく世界でも初めての検証を行った。その結果、現象の再現精度を定量的に把握することにより、今後使用頻度が高まることが予想されるサージシミュレーション手法が、送電線の過渡応答をシミュレートするのに十分な能力を持ち、雷事故率予測への適用に有効であることを検証した。 以上の成果を総合的に考慮した上で、新しい送電線雷事故率予測を提案したが、特に冬季雷に関するパラメータを従来の夏季雷に基づく予測手法のものと対比する形で示したことにより、冬季雷による送電線事故の実態を比較的容易な形で説明することが可能となった。更に、過去の送電線事故実績との比較検証により、従来手法で予測できなかった冬期の送電線事故の高さが、提案手法では説明できることが検証された。よって、冬季雷の発生する地域においては、季節による事故率予測を明確に区別すべきであり、提案した手法の方向性に従えば、より実態を捕らえた冬期送電線雷事故率の予測が可能となることが確認された。 |