学位論文要旨



No 213774
著者(漢字) 多田,泰之
著者(英字)
著者(カナ) タダ,ヤスユキ
標題(和) 大規模電力系統における電圧安定性の実用的向上方策に関する研究
標題(洋)
報告番号 213774
報告番号 乙13774
学位授与日 1998.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13774号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 電気エネルギーは社会生活に欠かすことのできないエネルギーであり,安定に低コストで電力を供給するシステムを構築することは大変重要である。近年になり,電力系統の短絡容量を抑制する必要性が高まったこと,送電線の新規設置が困難になりつつあること,電圧安定性や定態安定性が脅かされることが多くなってきたことなど電力を安定に供給する送電システムを構築する際の技術的な課題が山積し始めている。さらに,規制緩和に伴いさらなるコスト削減が必要になるなど,電力系統をとりまく社会情勢も厳しさを増している。

 電力系統が安定に運用されるためには,適切な電圧が系統に分布することが必要である。この電圧は系統の送電可能な電力が大きくなれば設定しやすくなるという定性的な解釈から,従来は送電ルートを増強し,短絡容量を大きくすることが電圧安定性向上に効果的であるとされてきた。しかし,総需要電圧曲線の運用点での傾きである各母線の総需要電圧感度を縦軸にとり,潮流状態を示す位相角を横軸にとった平面上で送電線を直線で表現する,本論文で提案した総需要電力-電圧マップ手法を用いて解析を行うと,電圧弱点母線部分から電圧安定性に余裕のある部分に電力を送電する送電線が存在し,このような送電線は連系することで逆に電圧安定性を悪化させる可能性のあることを明らかにした。

 これは,短絡容量制約の順守と電圧安定性の維持を考慮した系統構成の検討には自由度が存在することを意味しており,系統構成案を適切な計画問題で解くことが必要不可欠であることを示す一例である。系統計画の客観性の確保,問題処理労力の低減の点からも電力系統の各種パラメータの調整に関する知見を体系化することは重要である。

 以上のような視点で系統計画問題を定式化すると,ほとんどの問題は非線形計画問題として表現される。しかしながら電力系統は非常に巨大なシステムであり,非線形計画問題として問題を扱った場合,反復計算が収束しにくいという数値解析上の問題や得られた結果の物理的な解釈が複雑になるなどの問題があることから,本論文では,線形解析手法を利用することとした。線形解析手法を用いた解析では,最終的な結果の確認のために詳細解析が必要になるという問題があるものの,数多い調整パラメータのスクリーニングや電圧安定性維持対策の物理的な解釈に用いるのであれば有用な手法である。

 従来から,潮流方程式を線形化して扱う方法としては直流フロー法があったが,この方法では,有効電力潮流変化により電圧安定性がどのような影響を受けるかという点を明確に議論することができなかった。本論文では,有効電力潮流変化により決まる無効電力損失の変化分をQV回路上で等価的に表現することを提案し,線形解析を用いて行なえる電圧安定性評価の可能な項目を拡張した。

 まず,本論文で検討した線形解析手法の適用は,系統内のどこに無効電力補償対策を施せば電圧安定性改善に効果的であるかという知見の明確化である。無効電力補償により系統の電圧安定性の改善を図る並列形無効電力補償装置の設置場所についての知見は従来から不足していた。線形解析により検討したところ,無効電力電圧感度の大きい母線に並列形無効電力補償装置を設置すると効果的であることが明らかになった。特に,変電所において行われる無効電力補償は,変圧器の三次側に無効電力補償設備を設置し,一次母線電圧の電圧維持を行った方が,一次側に直接無効電力補償設備を設置するよりも効果的であるという知見を得た。また,並列形無効電力補償装置は,無効電力を補償する電力用コンデンサと,系統の無効電力電圧感度を低減することが可能な静止形無効電力補償装置(SVC)を代表とする電圧維持装置に分けられることを線形感度解析の立場より確認した。電力用コンデンサによる無効電力補償を大きくするにつれて,限界送電電力は大きくなるものの,同時に限界送電電力時の電圧値が上昇してしまい,最終的には運用電圧上限以上になり,運用不可能になることは従来からよく知られた事実である。これは,当該母線に系統と並列にコンデンサが接続されるため無効電力電圧感度であるQV回路上の当該母線のインピーダンス行列要素が大きくなることから説明でき,電力用コンデンサによる無効電力補償においては無効電力電圧感度を低減する方策の併用が必要であることを意味している。

 次に線形解析手法を効率的な無効電力補償システムの構築に応用し,短絡容量が限界に達している系統で電圧不安定性を発生させないように送電容量を増大させる無効電力補償方策を検討した。このような場合には送電線を増設することができない。そこで,電圧安定性を維持する無効電力補償対策を検討するために,電圧理想系統という全ての母線に電圧維持装置を設置した仮想的な系統を考え,電圧理想系統での無効電力供給の特徴分析を行った上で,準電圧理想系統という実際の設備を組み合わせることにより電圧理想系統に準じる性能を有する系統を構築することを提案した。電圧理想系統では一次側,二次側母線から無効電力を供給し,三次側母線からの無効電力供給がほとんど0になるという特徴がある。準電圧理想系統は,この性質を利用し,一次側母線と二次側母線に電力用コンデンサを設置し,無効電力電圧感度が大きく,かつ無効電力補償をあまり必要としない三次側母線に電圧維持装置を設置し無効電力電圧感度を効率的に低減しようという考え方で構築することができる。この考え方により,系統の送電可能電力を無効電力補償により大きく増加させることが可能であることを数値解析例で確認した。また,準電圧理想系統では,電圧維持装置の無効電力出力が上限に達し,電圧維持能力が失われると電圧不安定の発生が懸念されることから,潮流方程式ヤコビヤンの要素である電圧感度を利用し,総需要無効電力出力感度を定義し,総需要電圧感度と組み合わせることで,需要が増加したときに電圧維持装置に要求される無効電力出力増加量を精度高く推定することを可能にする手法を提案した。

 第三に線形解析手法を,系統計画を行う場合に多くの労力を必要とする,短絡容量制約の順守と電圧安定性の維持の協調へ応用した。連系することで電圧安定性を悪化させる送電線が存在することからも明らかなように,短絡容量低減と電圧安定性維持の関係は単純なトレードオフではなく,送電線の接続を適切にすれば電圧安定性の悪化を抑えて短絡容量を低減することが可能になる。このための手法として,母線分割時の電圧感度変化の計算方法を母線分割案のスクリーニングに利用する方法と,電圧安定性の低下を極力小さくし短絡容量を低減するための送電線開放箇所を線形計画法を利用して求める手法の二つを提案した。前者は,無効電力電圧感度と系統の短絡容量とのアナロジーを利用し,詳細計算を行なうこと無しに,母線分割時の短絡容量と無効電力電圧感度を同時に推定計算し,無効電力電圧感度増加が小さく短絡容量低減に効果のある母線分割案を選定するものである。後者は,短絡容量,電圧安定性,送電線の定格容量を同時に考慮して系統計画案を自動生成することを可能にはしたが,非線形計画問題に定式化して最適解を得ることが最良である問題を線形計画法に帰着して解いていることから,制約条件の与えかたなどによって得られる解が変化するという問題がある。しかしながら,膨大な組み合わせになる系統計画問題のスクリーニングに利用するのであれば,有効な解析手法であると考えられる。

 最後に,短絡容量を増加させないで有効電力を送電することが可能な直流送電システムの導入による電圧安定性への影響を評価する指標を,線形解析手法を用いて計算する提案を行なった。直流送電システムは,直流送電線での無効電力損失が存在しないことから電圧安定性を改善できる可能性を有する。直流送電システムが導入されると,有効電力潮流変化により,交流系統での無効電力損失が変化する。この変化による影響を評価するために,有効電力電圧感度変化量を計算する方法を定式化し,これを利用して,電圧弱点母線の総需要電圧感度の変化率を計算し,これを変換器設置指標と名づけ交直変換器の設置場所に対する知見を得ることを提案した。変換器設置指標は,系統の電圧安定性が厳しくない系統では,精度高く総需要電圧感度の変化率を計算することが可能である。また,系統の状態が電圧限界に近い状態では,線形解析の結果である変換器設置指標は潮流方程式の非線形性の影響により誤差が大きくなるが,変換器設置指標の相対値が入れ替わるなどの問題は発生しないことから,電圧安定性から見た好ましい変換器設置場所のスクリーニング用として利用することが可能であることを明らかにした。変換器設置指標を用いて解析を行なったところ,交流系統の無効電力損失を低減する効果が高い負荷端に逆変換器を設置すると電圧安定性が向上し,逆に発電機端に逆変換器を設置すると交流系統の無効電力損失が増加するために電圧安定性が悪化するという知見が得られた。さらに、直流送電システムの制御方式について考察し、変換器設置指標を基に設置した直流送電システムにより,電圧安定性を可能な限り向上させるための,制御角及び変換器変圧器タップの制御方式について基礎的な検討も行った。

 以上

審査要旨

 本論文は,「大規模電力系統における電圧安定性の実用的向上方策に関する研究」と題し,7章より成る。

 第1章は「序論」で,近年のわが国の電力系統の現状ならびに電圧安定性問題について述べ,次いで電圧安定性を含めた電力系統工学上の問題に対する国内外の研究動向を概観している。

 第2章は,「短絡容量制約と電圧安定性問題」と題し,電力系統を計画,運用する上で大きな制約になる短絡容量の計算方法の定義を行い,また,静的な電圧安定性を解析するために必要な注目母線PV曲線と総需要PV曲線の二つの定義を行うとともに,負荷として誘導電動機の簡易モデルを用いて,電圧不安定現象を発生させないための必要な条件を定性的に明らかにし,次章以降の解析のための準備を行なっている。

 第3章は,「電圧感度の性質と感度解析手法」と題し,電圧安定性の評価手法や電圧安定性向上策について電圧感度を利用した解析方法を提案している。大規模電力系統の計画問題においては線形解析手法が有効であることに着目し,様々な電圧感度の特徴を検討し,総需要電圧感度,無効電力出力感度,総需要無効電力出力感度などを電圧安定性解析に利用することを提案している。この中で,送電線の無効電力損失が母線の無効電力流出量で等価的に表現できることを明らかにし,送電線の無効電力損失を用いて電圧安定性を評価する場合は,電圧弱点母線付近の送電線での無効電力損失が電圧安定性に大きな影響を及ぼすという関係を定量的に明らかにしている。

 第4章は,「電圧安定性改善への電圧感度の応用」と題し,並列形無効電力補償装置による電圧安定性改善について考察し,どのような場所に無効電力補償装置を設置すると効果的に電圧安定性を改善することが可能かを検討している。また,並列形無効電力補償装置は,無効電力量の補償を行う電力用コンデンサと電圧感度を低減することが可能なSVCや同期調相機などの電圧維持装置に特性上区別できることを明らかにしている。

 第5章は,「短絡容量制約を考慮した電圧安定性維持法策」と題し,与えられた短絡容量内で電圧安定性を発生させない系統を実現する無効電力補償方法について,準電圧理想系統という新しい概念を提案している。これは,電力用コンデンサで無効電力量の補償を行い,電圧感度を電圧維持装置で低減する方法を確立したものである。準電圧理想系統は,電圧維持装置が無効電力出力上限に達し電圧維持能力が失われると電圧安定性が悪化することから,総需要が増加したときの電圧維持装置の無効電力出力増加量を推定する手法についても提案している。また,母線分割時の電圧感度変化の計算手法を母線分割案のスクリーニングに利用する方法を検討し,さらに電圧安定性の低下を極力小さくし短絡容量を低減するための送電線開放箇所を線形計画法を利用して求める方法を提案し,短絡容量,電圧安定性,送電線の定格容量を同時に考慮して系統計画案のスクリーニングを行うことを可能にしている。

 第6章は,「直流送電システムによる電圧安定性向上」と題し,短絡容量を増加させない直流送電システムの電圧安定性に及ぼす影響について検討している。ここでは,有効電力潮流の変化による電圧感度の変化を計算する手法から、交直変換器の設置による電圧安定性の変化を示す変換器設置指標を導き、交直変換器設置個所をスクリーニングする方法を提案している。さらに、電圧安定性を向上させるための直流送電システムの制御方式について基礎的な検討も行っている。

 第7章は「結論」で,本研究で得られた知見をまとめており,今後の課題についても述べている。

 以上を要するに,本論文は,大規模電力系統における計画・運用の観点から,電圧安定性の実用的向上方策を立案するための様々な電圧感度を利用した効率的解析手法を提案し,並列形無効電力補償装置の最適導入法,向上効果の検討を行ない,また,短絡容量を抑制しつつ電圧安定性を改善するための無効電力補償システムならびに系統分割手法,直流送電の最適配置法,制御方式を提案し,実規模のモデル系統に対して数値シミュレーションを行ない,その有効性を明らかにしたもので,電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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